八条学園騒動記
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第百六十七話 酒のないロシアその四
「これって何?」
「クッキー?」
「だよな、どう見ても」
「それがケーキよ」
しかしアンネットはこう答えるのだった。
「それがロシアンケーキよ」
「えっ、ケーキ!?」
「これが!?」
「そうよ」
驚く客達に落ち着いた顔で述べるのであった。
「それがケーキだけれど」
「どう見たってクッキーだけれど」
「そうよね」
「絶対にケーキじゃないし」
「それに」
他にもあるのだった。見ればそれはケーキの生地の間に餡を挟んである、そうした和食を思わせるお菓子であった。少なくともケーキには見えないこともない。
「ええと、これも」
「ケーキか?」
「日本のお菓子の何かじゃないわよね」
「シベリアケーキよ」
それだというのである。
「これはサービスで出してるんだけれどね」
「シベリアケーキ」
「聞いてるだけで寒くなりそう」
「流刑地で食べるもの?」
シベリアといえばまさにそれであった。このイメージがずっと残っているのである。
「そうじゃないかしら、やっぱり」
「だよなあ」
「怖い由来だな」
「ああ、別に流刑とかは関係ないから」
ここでまた説明するアンネットだった。
「このシベリアケーキはね。たまたまそういう名前なのよ」
「そう、よかった」
「とりあえずは」
「で、これとそのロシアンケーキがロシアのケーキよ」
あらためて客達に説明するのであった。
「どう?美味しそうでしょ」
「美味しそうっていうか」
「どう見たってケーキじゃないし」
「特にロシアンケーキ」
とりわけこのケーキの評判が悪いのだった。
「絶対ケーキじゃないわよ」
「クッキーだろ、これ」
「そうよ、どう見ても」
「だよな、やっぱり」
「けれどケーキよ」
アンネットの言葉は変わらない。
「安心していいから」
「安心って」
「ケーキってことを?」
「そうよ。ロシアではね」
ロシアのことも話されるのだった。
「焼き菓子全般のことをケーキって呼ぶのよ」
「えっ!?」
「そうだったんだ」
「そうよ。皆それは知らないのよね」
実は彼女にしても学園でこのことを話したのははじめてのことである。
「ロシアでは焼き菓子は全部ケーキっていうのは」
「初耳だよ」
「そうよ、生まれてはじめて聞いたことだけれど」
「だから。ロシアンだったりフランスだったりで分けているのよ」
「何とまあ」
客達はそこまで聞いて呆然となっていた。
「それでだったんだ」
「焼き菓子全体がケーキだったの」
「これもロシアだけじゃないかしら」
「そうでしょうね」
そのロシアだけということについても否定しないアンネットだった。
ページ上へ戻る