リリカルってなんですか?
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無印編
第十二話
「先生、これ、ここに置きますよ」
学年が上がると変わることがある。だが、同時に変わることがないこともあるのが事実だ。
こうして、担任の代わりに小テストや宿題を持ってくることは三年目になった今でも変わらない。
「おお、蔵元。いつもありがとな」
よほど忙しいのだろう。僕に目を向けることなく、カリカリカリと書類を書き続ける先生。もっとも、新学期が始まったばかりのこの時期に忙しくない先生などいるはずがないのだが。
「そう思っているなら、僕にも何かくださいよ」
「なに、お前の内申書はいつも美辞麗句で埋まってるぞ」
「いや、ダメじゃないですか」
ははは、と笑う先生。
いつものようなやり取りだった。定型文的なやり取り。だから、僕ははいはい、と言って職員室をそのまま出て行く予定だった。だが、背中を向ける直前、書類に目を落としていた顔を突然何かを思い出しように上げてた。
「ああ、そうだ、蔵元」
くるっ、と椅子を回して僕の背中に声を掛ける先生。僕は、また何か雑用があるのか、と半ば呆れ顔でまた振り返り、先生と真正面から向き合う形となる。
僕の予想はある意味で当たっていた。下らない、という部分に対しては。
「お前に春が来たって噂なんだが、本当か?」
「はぁ、春なら今の季節は確かに春ですが」
僕は先生の言っている意味が分からなかった。そのニヤニヤとまるで初々しいものでも見るような表情もその言葉の意味もすべてが。
とりあえず、言葉の意味のままにとってみたが、先生は額を押さえて参った、というような仕草を取って見せた。
はて、僕は何か間違ったことをやってしまっただろうか。
「おいおい、蔵元。お前なら分かってくれると思っていたんだが、私の期待はずれか? 春といえば、あれだ。これだよ」
そう言いながら小指を立てる先生。今の世代からしてみれば確かに古い仕草だろう。もしかしたら、今の若い世代には通じないかもしれない。だが、輪廻転生という摩訶不思議な体験をしている僕には通じた。そして、同時に先ほどの意味も理解できた。
「ああ、なるほど。そういう意味ですか」
「私には、この仕草が理解できて、さっきの言葉の意味が理解できないお前が分からないよ」
そういわれても、今の僕は小学生という意識が強くて春が来たといわれても、彼女ができたという思考に結びつかないのだから仕方ない。もしも、僕が中学生ぐらいになれば、まだいくらか思考の回路は繋がったかもしれないが、この身体は小学三年生だ。勘弁してもらいたいものである。
しかし、その春の意味が分かったとしてもさらなる疑問が出てくる。
「ん? でも、一体、どこからそんな話が出てきたんですか?」
「最近、お前、隣のクラスの高町と毎日帰ってるだろう」
「そうですね」
最近、僕の放課後のスケジュールは、ジュエルシード捜索で埋まっている。
あの神社の事件から早一週間近く経とうとしている。その毎日、僕はなのはちゃんと放課後を共にしている。と言っても、途中から恭也さんか美由希さんと合流するのだが。最終的に僕となのはちゃん、ユーノくん、恭也さんか美由希さんの三人と一匹でジュエルシードを探している。
先生が言っていることも確かだ。しかしながら、男の子と女の子が一緒に帰るなんて小学生の中学年ならまだ普通だろう。僕の友達にだって家が近所だからという理由で一緒に帰っている男女を知っている。それが、なぜ、僕になるとそんな話に流れてしまうのだろうか。
「そりゃ、珍しいからだよ。お前が、毎日特定の誰かと帰ったことなんてあったか?」
先生の言葉を聞いて考えてみたが、そういえば、僕は特定の誰かと毎日帰宅を共にしたことはない。
なぜなら、僕はあちこちに顔を出すようにしているからだ。といっても、塾のときはアリサちゃんたち、サッカーなどのときは、男の子の友人といった風に特定のイベントに対して特定の友人というのは決まっている。しかし、毎日同じイベントが続くことはなく、結果として、毎日特定の誰かと帰宅するということはなくなるのだ。
「まあ、そんな感じで蔵元が、珍しく毎日同じ子と帰ってる。しかも、女の子。おお、蔵元に春が来たのか、と女性教師陣の間では噂になったわけだ」
「教師ってそんなに暇人なんですか?」
しかも、仮にも教師がそんな噂を作って欲しくない。
「なに、女という生き物はいくつになっても恋バナに目がないものなのさ」
「はあ」
僕は、呆けながら、そう返すしかなかった。先生の言うように女の子は恋の話が好きだということは聞いたことがある。僕が高校生のときは確かに誰々と誰々が付き合ってるなんて話はよく話題に上ったものだ。
「それに、まあ、憧れみたいなものもあるのかもな」
「憧れですか?」
「ああ、子供の頃って純粋な好意だけで恋愛ができるだろう? だがな、大人の恋愛って奴は面倒なんだ。結婚、子供、仕事、家族とかな。純粋な好意だけじゃできないことが多いんだよ。だからこそ、素直に好意を伝えられる子供の恋愛が羨ましいし、楽しそうに見えるんだろうな」
「先生……」
実に感慨深い話だった。
僕は結局のところ、経験と知識は大学生並だ。だが、それ以上、つまり、仕事をしている社会人としての経験も知識もない。だから、先生の言葉の端々から垣間見た大人の社会というものに思わず感心してしまった。
「で、結局のところ、どうなんだ?」
「先生……」
真面目な顔をしていたのにすぐに好奇心を前面に出した表情に対して、先ほどと同じ言葉にも関わらず、感情的には真逆の感情を込めた呟きを吐き出すことしかできなかった。
◇ ◇ ◇
神社での戦いからそろそろ一週間が経とうとしている。これまでに見つけたジュエルシードは全部で五つ。
何の因果か、神社での戦い以来に見つけたジュエルシードはすべて聖祥大付属小学校で見つかった。一つはプール、一つは校庭だ。これらのジュエルシードは幸いにして暴走前に見つけることができた。
ジュエルシードの基本的な探し方だが、ただ闇雲に探しているわけではない。ユーノくんやなのはちゃんクラスになるとジュエルシードの大体の気配が追えるようだ。ユーノくんにいたっては探索魔法というもので魔力を持った物体を探索できるらしい。ただし、その範囲は広範囲になればなるほど曖昧になるという。
そこで、僕たちはまず僕たちの行動範囲に近いところから探っていくことにした。暴走体が危険であることは分かっている。それが人に危害を加えることも。ならば、最初に僕たちの周りの親しい人達の安全から確保したかったのだ。そういうわけでまず学校から探索してもらったのだが、ここでいきなり2個のジュエルシードを発見してしまったというわけだ。
もっとも、幸運もそこまでで、後はまったく見つかっていないのだが。残りは16個。短時間で見つかればいいのだが、この調子で行くと一月以上かかるかもしれない。塾のことやら周囲へのことを考えるとそれはいささか憂鬱だったが、放っておくわけにもいかないところが、実に性質が悪い。
しかも、捜索はユーノくんの探索魔法に頼っているものだから、一日で探索できる範囲の狭いこと狭いこと。もしも、海鳴市のみにジュエルシードが散らばっていると考えても、終わりが見えない。
しかしながら、こんな状況にありながら僕ができることは少ない。せいぜい延々と見つかるかわからないジュエルシードを探し続けることと時空管理局なる組織が一日でも早く来てくれることを願うことだけだ。
そんなことを考えていたら、目の前の横開きの木でできたドアがガラガラとローラを転がすような音を立てて開いた。開いたドアから出てきたのは我がクラスの担任とは違ってぴしっとしたスーツ姿の女性。第二学級の担任である。この先生が出てきたということは、僕が待っている彼女ももうすぐ出てくるということだ。
「ショウくんっ! ごめん、待った?」
「いや、ついさっき終わったところだから大丈夫だよ」
僕が待っていた目的であるなのはちゃんが先生が出てきた後、すぐに飛び出すように出てきた。毎回思うのだが、そんなに急がなくても僕は逃げないのだが。一度、そういってみたが、彼女が急ぐことに変化はなかった。飛び出してくることは、そんなに問題でもないので、それ以上言うことはなかった。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
僕が促すと、なのはちゃんは僕に並んで歩き始める。この後は、いつもどおり恭也さんとユーノくんと合流して街中を散策するだけだ。自宅周辺、なのはちゃんの自宅周辺、商店街、学校などの主要な場所はこの一週間でほぼ探索が終わっている。後は、街中などの大きなところと海鳴市の外側である山の中とかである。
僕としては、山の奥深くなんて場所に転がっているのは勘弁して欲しいものである。なお、もしもそんな森の奥深くにジュエルシードの暴走体が出現した場合は、士郎さんの車で移動することになっている。
閑話休題。
「さて、それじゃ、今日はどの辺りを調べよう―――ってなのはちゃん?」
「ふぇ、ふぇっ? ご、ごめんなさい。な、なに? ショウくん?」
昨日までで大体、僕たちが行動する範囲を全部調べ終わっていた。僕で言えば、学校、塾、家の周辺。なのはちゃんは、学校、翠屋、駅前商店街といった場所だ。だから、今日はどこから調べようか? と聞くつもりだったが、どうもなのはちゃんの様子が変だ。
頭が左右に揺れており、目がトロンとしている。しかも、よくよく見てみれば、笑みを浮かべている顔も青白く、血行がよくないことがわかる。
「なのはちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
胸の前でぐっ、と拳を握り上下に振り、大丈夫だと豪語するなのはちゃんだが、僕にはそうは見えない。
しかも、顔が青白いだけではなく、どこかまっすぐ歩けていないような気がする。いや、一歩一歩を慎重に歩いているような感じだ。
もしかしたら疲労が溜まっているのかもしれない。ここ数日は毎日ジュエルシードを探している。しかも、なのはちゃんにはジュエルシードを見つけるたびに封印を頼んでいるのだ。封印魔法には大量の魔力が必要だとユーノくんが言っていたことも鑑みれば、あながち僕の推測が間違いとも思えなかった。
「―――今日はお休みにしようか?」
僕から至極当然な提案だ。僕は、さほど疲れを感じていないが、なのはちゃんが疲れているのなら話は別だ。
ジュエルシードに関していえば、なのはちゃんが中心である。彼女がいなければ、僕たちはジュエルシードを封印することができないのだから。
ならば、もしかしたらジュエルシードが暴走するかもしれない、と心配して無理に探し回るよりも、なのはちゃんの身体を第一に考えて、休んでもらったほうがいいだろう。
そのつもりで僕はなのはちゃんに提案したのだが、僕の言葉を聞いたなのはちゃんは足を止めて、先ほどまで浮かべていた笑みを凍りつかせていた。
「なのはちゃん?」
「ダ、ダメだよっ!! ショウくん、どうして―――」
急に足を止めたなのはちゃんを心配して声をかけるが返事はなく、今一歩近づこうとしたところで、急に先ほどまで浮かべていた笑みを消して鬼気迫る表情で叫んだかと思うと、ふらっ、となのはちゃんの身体が崩れ落ちた。
「―――っ!」
間に合うかっ!? と思ったが、何とか僕の身体をなのはちゃんと床の間に滑り込ませることに成功した。
なのはちゃんが倒れてきた衝撃が、僕のお腹にそのままぶつかってきてかなり痛かったが、なのはちゃんがそのまま倒れて頭を打つと僕のこの衝撃よりもさらに大事になることを考えれば、大したことではない。
「なのはちゃん?」
僕のお腹に頭をうずめているなのはちゃんに声をかけるが、反応がまったくない。青白い顔をしたまま、目を瞑っている。
感覚的にこれは拙い、と感じるのにさほど時間は必要なかった。すぐに僕は、なのはちゃんを背後に回して背負い、立ち上がる。
漫画などでは、男の子が女の子を背負うと、女の子が「重くない?」と聞き、苦笑しながら軽いよ、と男の子が答えるシーンがありきたりだが、あれは二次性徴を超えた高校生ぐらいになればの話だ。二次性徴などまだ数年先である僕となのはちゃんの場合、ほぼ成長速度は同じ。いや、女の子のなのはちゃんのほうが早いぐらいだ。
そんなわけで、僕は自分を背負っているのと同じぐらいの重みを感じながら保健室へ向けて慎重に早足で歩いていた。
途中で奇異の視線を向けられるが、正直構っていられない。何より、ここで囃したてるような子供は、聖祥大付属小にはいないようだ。
「ショウ、どうした?」
「高町さんが倒れたんだ。第二学級の先生に伝えてくれる、と嬉しい」
偶然、学校に残っていた男の子の友人に話しかけられ、僕は自分がこれからやらなければならない、と考えていた中で、一番一人ではできないことをその友人に頼んだ。割とクラスの中でも気の良い彼は、分かった、と言うと職員室のほうへと走っていってしまった。
普通なら廊下は走らないように、と言うところだが、今はそんなことは言っていられない。
他にも話しかけてくる友人が数人いたが、彼らには保健の先生を捕まえること、僕らの担任にこのことを伝えることなどの仕事を任せて、僕は保健室へ一直線に向かった。
◇ ◇ ◇
僕は、目の前ですぅ、すぅと先ほどよりも若干血行のよくなったなのはちゃんの顔を見ていた。
あの後、職員室では結構な騒ぎになってしまったらしい。学校で生徒が倒れたとなれば、当然といえば当然なのかもしれないが。
結局、原因は寝不足による貧血ということが、定年退職間近に見えるおばあちゃんの養護教諭によって分かった。どうやら、この教諭、伊達に年を取っていないようで、脈と顔色を見ただけで、原因を探り当ててしまった。これが、養護教諭としての経験なのだろうか。
しかも、どうやら、この学校の教師たちもこの教諭を信用しているようで、原因が分かった今となってはすっかり落ち着いている。ただ、第二学級の先生によって高町家には連絡がいっている。病院には行かなくてもいいのか? とは思うのだが、寝ている今は、素直に寝かせて、後で念のため病院に行くことをお勧めされていた。
僕は、簡単に事情を話して、後はお役ごめんだったのだが、この後は、ジュエルシードを探す予定で何も予定がないことと目の前で倒れて、意識が戻る前、あるいは家族に引き渡す前に消えるのは礼儀として拙いだろうと思い、こうしてベットに寝かされたなのはちゃんの隣に丸椅子を持ってきて、座っていた。
高町家に連絡がついた後、すぐに僕の携帯にも電話がかかってきて状況を詳しく聞かされた。しかも、口調から考えるに、相当焦っている様子がありありと分かり、なのはちゃんが家族に愛されているんだな、と思わず苦笑してしまったぐらいだ。
そんなに慌てている彼らを僕は、素直に原因と対処法を伝えて、何とか落ち着かせた。その後の話で迎えに来るのは恭也さんになるらしく、そのまま、恭也さんがなのはちゃんを病院に連れて行くようだ。
「う、ううん……」
恭也さんが来るまで後三十分ぐらいかな? と考えていると不意になのはちゃんの眉がぴくぴくと動いた。
どうやら、目が覚めたようだ。
「……しょう……くん?」
どうやら、目覚めたばかりで意識がしっかりしていないのだろうか。あるいは、寝不足による貧血で倒れたらしいから、まだしっかりと覚醒していないのかもしれない。僕の姿を認識したようだが、名前の呼び方が呂律が回っていないように怪しかった。
「なのはちゃん、大丈夫?」
「……えっと……私は」
自分の状況を思い出しているのだろうか、少しだけ自分の考えに浸った後、急に何かを思いついたようにがばっ! と上体を起こす。だが、先ほどまで貧血で倒れていたのに急に上体を起こしたのが悪かったのだろう。すぐにふらっ、と倒れて、ぼすんと頭を枕の中に沈めた。
「なのはちゃん、ダメだよ。貧血で倒れたんだから、急に起き上がったりしちゃ。もう少しで恭也さんが来るから、ちゃんと病院に行くといいよ」
「そんなことより……ジュエルシードは?」
呆れたことにどうやらなのはちゃんは自分の身体の心配よりもジュエルシードの心配をしているらしい。
「今日はお休み。というか、そんなことはどうでもいいよ。なのはちゃんこそ、貧血になるほど寝不足って何やってたの?」
「えっと……」
なのはちゃんが言いよどんでいた。
寝不足で貧血と原因だけ言えば、なんだ、で終わりそうなことではあるが、寝不足で貧血になるようなことなど、毎日寝ていれば問題ないし、仮に一日殆ど寝ずに頑張ったとしても貧血で倒れることはない。つまり、ここ最近ずっと無理していたということになる。
その原因を探らなければ、きっと彼女はまた倒れるだろう。
だが、なのはちゃんは何も答えなかった。答えにくいのか、あるいは答えられないのか。
本当はとりたくない手段だったが、なのはちゃんが答えてくれないのなら、仕方ないと割り切るしかない。
「レイジングハート、原因に見当は?」
―――Maybe magic practice.
僕は、なのはちゃんがレイジングハートを首から下げていることを知っている。首から下げる紐はユーノくんから譲ってもらったものだ。
そして、僕はゲスト権限ではあるが、レイジングハートへのアクセス権限を持っている。だから、こんな単純なことには答えてくれる。何よりマスターの健康管理に関する質問だ。おそらく、答えてくれるものだろう、と思っていた。
「―――やっぱりね」
もしかしたら、と大体見当をつけていたが、どうやら正解のようだった。これまで、なのはちゃんが貧血で倒れたという話は聞いたことないし、養護教諭に確認しても同じ答えが返ってきた。つまり、なのはちゃんはこれまで倒れたことはなかった、ということだ。
今日―――ひいていえば、最近と前とで違うところといえば、魔法ぐらいしか思いつかない。そして、それは今、確信に変わった。
僕たちの存在がなのはちゃんに負担を掛けたのかもしれない。
現状でいば、魔力を持たない恭也さんはともかく魔力を持っている僕もユーノくんもジュエルシードに対しては無力だ。対抗できるのはなのはちゃんしかいない。それが彼女の負担になっているのかもしれない。
なのはちゃんに顔を向けてみると気まずそうな顔をして僕から顔を逸らした。
彼女の負担軽減になるかどうか分からないが、もう少ししたら話そうと思ったことをここで話すことにした。
「なのはちゃん」
僕の呼びかけに少しだけ布団を被り、顔を上半分を出した状態で僕を見てくるなのはちゃん。
「ちょっと見てて」
僕は、意識を少しだけ集中させて、胸の奥にある何かから水を掬い上げるようにそれを引っ張ってくる。そして、それ―――魔力と呼ばれるそれを掌へと回すようにして、そこから出力させる際に球を描くプログラムを付与して急造の魔法と呼ばれる形にして顕現させた。
僕の掲げた掌の上には球状になった白い光を淡く放つ魔力の塊がぷかぷかと浮かんでいた。
ユーノくんに言わせて見れば低学年の子供が簡単にできる魔法のようなものらしい。これができることで第一段階はクリアらしい。
もっとも、デバイスといわれるレイジングハートのようなものがあれば、2、3時間で感覚がつかめるものらしいが、何もない僕は一週間近くかかってしまった。だが、ここまでできれば後はプログラム部分になるから、早い人は早くもっと複雑な魔法が会得できるらしい。
僕がその早い人に部類されるかどうかはともかく、なのはちゃんがこうなっているなら、実践的で簡単な魔法の一つでも早く覚えなくてはいけないだろう。
僕の魔法とも呼べない魔法を見て、なのはちゃんは目を見開いて驚いてた。
「ど、どうして? どうしてショウくんが魔法を使えるの!?」
そして、またがばっ、と起き上がったかと思うと、僕に詰め寄って問いかけてくる。その表情はとても必死でなんでこんな表情を浮かべているのか僕には分からない。とにかく落ち着かせるために僕は、なのはちゃんの肩を押さえながらベットの上に座らせた。
「どうしてって……ユーノくんに習って練習したからかな? 僕にも魔力はあったから」
ユーノくん曰く、僕にもなのはちゃんには到底及ばないもののそれなりの魔力はあるらしい。ユーノくんと同等か少し上ぐらいらしいが。
「で、でも、あの時、『僕にはできないから』って」
「うん、僕にはできないよ。ただ、魔法が使えるだけ。ジュエルシードの封印ができるのはなのはちゃんだけだよ。僕ができるのはお手伝いだけ」
そう、僕がどう足掻いたとしてもジュエルシードを封印できるほどの魔法を使うことはできない。僕ができることは、なのはちゃんがジュエルシードを封印するためのお手伝いだけだ。神社であの暴走体を縛った―――バインドといわれる類の魔法のようなもので補助するしかない。幸いにしてユーノくんはそちらの補助魔法が専門のようで、僕もその方向性で魔法を覚えていこうと思っている。
「だからさ、もう少ししたら僕もなのはちゃんと一緒にジュエルシードの封印ができると思うから」
「ショウくんと一緒に……」
「そう。だから、こんなに倒れるまで頑張らなくてもいいんだよ」
僕は、なのはちゃんの肩を押して、再び横にならせた。少なくともあと二十分は恭也さんは来ない。今のなのはちゃんに必要なのは休養だろう。だから、もうしばらく寝ていたほうがいいと思った。
「さあ、もう少ししたら恭也さんが来てくれると思うから、それまでお休み。僕もずっと隣にいるから」
横になったなのはちゃんはやはりまだ疲れていたのだろう。すぐにうつらうつらと眉を閉じそうになっていた。それでも、僕が布団を肩まで被せてやると、その小さな口でうん、と肯定の言葉を言ってすぐにまた眠りに着いた。
◇ ◇ ◇
「うん、それじゃ、また、明日」
ぴっ、と僕は携帯の通話を切る。携帯のディスプレイに通話時間が簡単に示されて、やがて省電力モードになる。ディスプレイが真っ暗になるのを確認して、僕はパカンと携帯を閉じた。
「はぁ」
同時に吐き出されるため息。この数十分で非常に疲れたような気がする。
「どうしたの? ショウ」
机の上のバスケットの中で半ば眠るような形になっていたユーノくんが僕のため息を聞いていたのだろう、心配そうな声で聞いてきた。
「いや、ちょっと大変なことが一杯でね」
先ほどまでの電話の相手は、アリサちゃんだった。
アリサちゃんとは先週から少し冷めた関係になっている。冷めているというか、アリサちゃんが拗ねているというか。そんな感じだ。もっとも、一緒にお昼を食べたりするのだが。ちなみに、アリサちゃんの親友であるすずかちゃんとは、あまり変わらない。時々、何かを問いたそうな顔をしている。
そんな折に入ってきた電話が、僕の二つ上の先輩からの電話だった。
その先輩はサッカーをやっていたときによく一緒になっていた先輩で、今は五年生。四年生からしか入部できない翠屋FCという地元のサッカークラブに入っており、聖祥大付属小の校庭で行われるお遊びサッカーには顔を出さないが、時々、思い出したように顔を出していろんなサッカーの技を教えてくれる。
そんな先輩からの電話の用件は、というと、明日のサッカーの試合に来て欲しいらしい。もちろん、助っ人とかいうおいしい役回りではない。僕はどうやら餌らしい。本命は、アリサちゃんとすずかちゃんだった。
試合の際、応援席に可愛い女の子がいると他のメンバーのやる気―――当然、その先輩も―――が全然違うらしい。確かに客観的に見てもアリサちゃんとすずかちゃんは二人とも美少女に分類される類だとは思う。僕に電話を掛けてきたのは、先輩が僕と一緒に歩いているアリサちゃんとすずかちゃんを見たことがあるかららしい。
断わることも可能だったが、その先輩は五年生のリーダー的ポジションにいる人で、三年生までは、サッカーの時には一緒にチームを組んだり、場所を分けてもらうように他の人を説得してもらったり、お世話になった人で断わることはできなかった。
そんなわけで、まずはすずかちゃんに電話。理由は僕がサッカーを見たいかつアリサちゃんと仲直りしたいということにして誘うことに成功。次は難関のアリサちゃん。
明日は、あたしたちより大事な用事にいかなくていいの? とか、色々言われたけど、ごめんなさい、と仲直りしたいということを話し、簡単に事情も話すからということで、翠屋のシュークリームを奢ることで手を打つことに成功した。
おそらく、今日で一番疲れたことだろう。
さて、問題がこれだけなら、後は明日にすべて回せばいいのだが、問題はこれだけではなかった。
どうやら、聖祥大付属の三年生以下で行われているサッカークラブのようなものに異変が起きているらしい。
通常、三年生が校庭を使っていると一年生、二年生も一緒にサッカーをやる。だが、最近はどうも三年生だけで独り占めしているらしい。しかも、先に使っていた一年生や二年生を追い払ってだ。
僕がいたころは一緒に遊ぶという感じで、一緒にサッカーに興じていたものだが。
どうやら、僕がいない一週間の間に前までは一緒にサッカーに興じていた同級生がリーダーシップを取ってそんな事態になっているらしい。先輩が笑って言うには、下克上だな、なんて言っていた。
しかしながら、それが本当だとすれば、問題だ。三年生の評判が悪くなるし、3年生になれば、校庭を独り占めできるという悪しき習慣が広がってしまうかもしれない。これもまた何とかしなければならないだろう。
「はぁ、まるで内憂外患のようだね」
「え? なんだって?」
思わずはいてしまった独り言にユーノくんに聞かれてしまった。僕は慌てて手を左右に振ってなんでもないことをアピールしながら、別のことに話題を振った。
「なんでもないよ。それよりも、今日も魔法の特訓、よろしく頼むよ。先生」
「あ、うん。それじゃ、今日は魔法のプログラムの基礎について―――」
それから、一時間、みっちり魔法についての講義が続き、明日への若干の不安を感じながら、僕は眠りに就くのだった。
後書き
次回は、アリサVSなのは!! では、ありません。あしからず。
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