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世界はまだ僕達の名前を知らない

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仲間の章
07th
  潜伏






 あれから暫く運ばれた後、トイレ男の入った箱はドサリと床に置かれた。

「おぉーい! 来たぞー!!」

 誰かと待ち合わせでもしていたのか、そう声を上げる大男。そうやって相手を呼ぶという事は、相手は何かしらの建物の中か、或いは壁の向こう側に居るのだろう。上下移動をした感覚は無かったから、まだここは地下水路の筈だが……。「…………」、一つの悪い想像が脳を走った。

 それから少しして、ガチャという音が鳴った。

「おー、やっと来たか。中まで運んでくれや」

「おいやっとって何だやっとって、こっちは走ってきたんだぞ」

「そっすよー!!」

「あーはいはい悪かったな。報酬倍にしてやるから早く運んでくれ」

「……儲かってんなぁ」

 箱はもう一度持ち上げられて、少し移動した後また置かれた。先程よりも雑な置き方だった。

「あいよ。ほら金」

 ジャッという音。硬貨が入った袋が揺れる音だろうか。

「うお、ほんとに二倍になってら! よしジェン、酒だ、呑みに行くぞ呑みに!!」

「っすー!!」

 二つの足音がドタドタと遠ざかっていった。

「……ふぅ、単純な奴らだなぁ。中身が偽物って知ったらどんな顔するやら」

 最後の一人も、そんな事を呟きながらどこかへ行った。方向は大男達と真逆だ。その後にドアが閉まるような音もした。

「……………………」

 行った? 行った? もう誰も居ない? 誰か潜んでいたりしない?

 音以外に外界を知覚する手段が無い以上、もしこの部屋にトイレ男と同じように息を潜めている者が居たら終わりだ。だが、ここの家主は大男達に箱を運び込ませてそのままという訳ではあるまい。必ず開けて中身を取り出す筈だ。それがいつかは知らないが、だからこそこのまま隠れている事もできない。

 トイレ男は意を決して外にでようと、蓋に掌を押し当てた。

 その直後、力も入れていないのに蓋が浮いた。

「!!!!!!!!」

 居たー!!!!

 トイレ男は心底驚くと同時に自らの将来を憂いた。お届け物の中に注文した物ではなくトイレ男が入っていた時、注文主がどのような対応を取るか……しかも今回の注文主は地下水路に住むような碌でもない人間なのである。

 二つの負の感情に肉体の制御権を奪われて動けない中、完全に蓋が取り払われ、蓋を開けた人物が顔を覗かせた。

 優男であった。

「ッー! ッッーーーー!!!!」

「やっぱり、ここに居た」

 何でぇぇぇぇ!?!?

 と声にならない悲鳴をあげるトイレ男に、優男は手を差し出した。思わず握ると、そこから引かれてトイレ男は立ち上がった。べチャリと音がする。「…………」、下を見ると、赤くて水気を帯びていて柔らかい物体⸺生肉があった。本来運搬したいものはこれだったらしい。現実逃避的に上を見ると、ランプが天井からぶら下がっていた。

「さっきこの箱を運んでる人達に会った時に、中に君が居るような気配がしたからこっそり追ってきたんだ。アタリだったね」

「……………………」

 いや怖ぇーよ。気配って何だよ。分厚い木箱越しに伝わるモンじゃねーだろ、気配。

 そう色々と突っ込みたいトイレ男であったが、恐らくコケた時にだろう、紙がダメになっていて書けなかったので諦めた。

「あ、紙が無いんだね? はい、どうぞ」

「……………………」

 何でわかるんだよ。

 トイレ男はまるで自らの全てを見透かされているかのような不快感を味わいつつ、軽く頭を下げて感謝を示した。

 そして今更ながらに周囲を見た。予想通り、ここは屋内のようだ。臭いがするので、恐らく地下水路内に建てられた家なのだろう。ここは倉庫のようで、トイレ男が隠れていたのと同じような箱が幾つも積み重ねられていた。

【ここどこかわかります?】

 トイレ男は取り敢えず訊いてみた。

「僕の覚えた地図が正しければ、壷売り残党のアジトだね」

「……………………」

 先程トイレ男の脳を走った想像は正しかった。プラスな予感は外れて嫌な予感は当たるものである。

「それで、どういう経緯であの中に居たのか教えてもらおうか」

「……………………」

 隠す理由も無いので書く。ただ、二人っきりであるというこの状況が恐ろしく、用が済んだ(=トイレ男が箱の中に居た理由を答えた)らいつかみたいに襲われてしまうのではと怖かったので、ゆっくりと書いた。

 半分ほど書き終えた所で、足音がした。

「隠れよう」

 二人は手頃な、複数重なった箱の裏に隠れた。その直後に、ゾロゾロと複数の男達が部屋に入ってくる。

「あーあ、まーた雑に置いちゃってぇ」

「全く、整理させられる俺達の身にもなれよなぁ」

 男達は箱を動かし始めた。仕分けの為か、たまに蓋を開けて中を覗いている。

「(このままだとバレるね。早く部屋を出よう)」

 そう囁く優男がトイレ男の腕を引いて、扉に近い位置に静かに移動する。

「ありゃ、これだけ蓋が開いてんぞ」

「あ? あー、確か一個だけ運搬中に置いて忘れた奴があったな。ケトの奴が持ってくる事になってた筈だ。んで奴の事だから、どうせまたその辺のチンピラを騙して……」

「ったく、中身潰れてんぞ。これはもう廃棄だ、廃棄」

 トイレ男が入った箱がここまで運ばれた理由が意外な形で判明した。

 その後も男達は次々と箱の位置を変えていった。時には床に、時には別の箱の上に。トイレ男達はその箱らの裏から裏へ、時には一瞬身を晒しながら伝った。そして何とか、外に出るに至る。

「……………………」

 出た先である所の廊下に今は誰も居ない事を確認して、トイレ男は安心の息を吐いた。

「(気を抜いちゃいけない、いつ誰が来るとも知れないからね。どこか人が来なさそうな所に隠れて、衛兵が来るのを待とう)」

「……………………(頷く)」

 二人はコソコソと廊下の端を移動した。いつか、衛兵の詰所の中をこんな風に歩いたなぁと思い出すトイレ男。

 優男と行動する事への不安は大体消えていた。さっき箱の裏を移動しながら考えたのだが、彼にはここでトイレ男をどうする事もできないのである。何故なら、トイレ男が敵に捕まれば、トイレ男が優男の事を言うかもしれないから。優男が故意にトイレ男を陥れるような事があれば、トイレ男は優男の存在を敵に言うかも知れない。だとすれば敵は優男の事を探し始めて隠れるのが難しくなる。

 またよしんば隠れ抜いたとしても、もうすぐここには衛兵が来る。あれだけの数の衛兵が居るのだ、ここに居る奴らの多くはお縄に付く事になるだろうし、トイレ男も解放される。そして開放されたトイレ男はどうどうと優男にハメられた事を衛兵に言う事ができる。表向きは前衛兵をも騙すほど精巧な演技で善良な人物を装っている優男も、そうなってしまえばその外皮が剥がれ落ちてしまう。なので彼はトイレ男に手を出さない、出せない。「…………」、トイレ男の命を奪ってしまうのなら話は別だが、そうなった時は全力でトイレを使うまでだ。これまでの経験則から、今戻るとしたら今朝家を出る所になると予測できる。そこなら巨女も居るので記憶が無くても安全だ。きっと彼女なら上手い具合に前衛兵達を誤魔化してトイレ男を家から出ないようにしてくれるだろう。

 まぁ、トイレ男は別に頭がいい訳でもないので、考え足らずな所があると想像したら怖いのだが。

 二人は或る扉の前まで来た。かなりボロボロな扉である。

 優男がそれをゆっくりと開けた。中は暗く、誰かが居る気配は無い。また隠れる事のできる棚が多くあり、潜伏場所としては文句の付けようが無い場所だった。

「(ここに隠れよう)」

 二人はその中に入って、適当な場所に隠れた。

「……………………」

 トイレ男は認識外から優男に刺されたらいけないので彼に背中を向けないように注意した。

「(……そう言えば君は何故ここに来たんだい?)」

 そう言われて、先程書いていた文が未完成だった事を思い出したトイレ男は暗い中頑張って続きを書いて渡した。

「(ふむふむ……成程ね)」

 優男も頑張って読み終えたのかトイレ男にそれを返した。

「(僕は君とハイリンシアさんが見えないから探しに来たんだけど……彼女を知らないかい?)」

「……………………」

 やさぐれ女が?

 一瞬疑問に思ったが、彼女はトイレ男の監視役という事で納得した。多分、彼女はトイレ男の後を付けていたのだ。優男と鉢合わせなかったという事は、多分途中で意図せず撒いてしまったのだろう。子供を追って走り出した時だろうか。

「……………………」

 あの子供は大丈夫だろうか。というかあの黒い影は何だ? 人に見えるが、足音がしなかった。幽霊、という言葉が浮かんで、それを首を振って追い払った。そんなの実在する訳が無い。「…………」、いや、でも黒女は騙界術とかいう魔法みたいな術を使うし、約束師(なこうど)の"約束"だって同じだ。幽霊だって実在するのでは? いや、しない。筈だ、多分。

 そう一人顔を青くしていると、ドアの外から足音と話し声が聞こえてきた。

「えー、確か金庫は……ここに置いてたよな」

「わざわざボスが来るほどの事では……」

「いいんだよ」

 頼む通り過ぎてくれ、というトイレ男の願いも虚しく。

 彼らは扉を開けて入ってきた。 
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