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世界はまだ僕達の名前を知らない

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仲間の章
07th
  前日






 翌朝。

 黒女に布団を譲って床で寝たトイレ男は、二日連続硬い物の上で寝たせいで本格的に痛んできた腰を(さす)りつつ、トイレ男はトイレを抱えて立ち上がった。

 そうすると豪快に腹を出してぐかーと眠る黒女が視界に入った。「…………」、もう少しお淑やかさを持って欲しい。

「おはよう」

 寝室を出ると巨女が朝食を作っていた。昨夜に引き続き、というか一昨日からずっと料理をしてもらっている。流石に任せ過ぎで申し訳ない気持ちになったので、隣まで行き手伝うと態度で示す。トイレは足元に置いた。

「ん、ありがとう。これ切ってくれ」

「……………………(頷く)」

 二人で並んで野菜を切る。流石に切りながら文字は書けないので会話は無い。

 そこへふわぁと欠伸をしながら黒女が起きてきて、

「ふぁぁ、おふぁ……ってえ! お二人さん朝から並んで……キャーやっぱそういうのなんだ! キャーン!」

 と目を手で隠しつつクネクネしていた。「?」となるトイレ男と、微妙な顔をする巨女。「…………」、まぁいいか。

 そうして朝食を作り終え、食べ終え、支度を終え、三人で家を出た。向かう先は前衛兵の元である。

 道中、巨女に警戒されるのに慣れたのか、或いはいい加減静寂に耐えられなくなったのか、黒女が口を開いた。

「ねぇねぇお二人さんってどういう関係なの?」

「関係?」

「?」

 巨女と二人で顔を見合わせる。

 友人……ではないが、仕事仲間という程ドライで淡白な関係でもないと思う。じゃあ何だ? その間を表す言葉はトイレ男の知識には無かった。

「……何だろうな、協力者?」

【恩人とか】

「? 私が何か……あぁ、そうだったな」

 巨女はトイレ男の文面に一瞬疑問を覚えるも、すぐにその理由を思い出した。もうトイレ男の記憶にしか無い世界で、巨女はトイレ男をチンピラから守ったらしい。そんな記憶は無いし実感もありやしないが。

「えぇ……もっとこう、何か無い訳? 友達とか親友とか……」

「……あんまりそういう感じはしないな」

【出会って数日だし】

「……そう、私の勝手な早とちりだった訳ね……」

 まさか友達ですらなかったなんて、と天を仰ぐ黒女。トイレ男には何が彼女をそこまで失望させたのかわからなかった。

 そうこうしている内に詰所に着いた。

 巨女の顔パスで中に入り、三階に登って前衛兵の執務室に着いた。

「失礼する」

「む、リーフィア氏か。それとツァーヴァスに……」

 前衛兵はトイレ男の横に引っ付く黒女を見た。

「何?」

「悪いが、あまり外部の者に聞かせたくない話をするので、出ていってもらいたい」

「えー」

「……………………」

【これで何か遊んでこい】

「やった行ってきまーす!」

 トイレ男が小銭を握らせると黒女は喜んで部屋を掛け出ていった。「…………」、そろそろ貯金に手を出さざるを得なくなってきて誠に不安である。

「さて、では座ってくれ」

 前衛兵がデスクを立ち、来客用のローテーブルに二人を誘導する。二人は並んで長いソファに座った。

「こんなに早い時間からすまない。それとツァーヴァス、体は大丈夫か? 疲労と聞いたが」

【えぇ、もう元気です】

「そうか。では改めて、作戦を説明し直そう」

 前衛兵はテーブルに複数枚の地図を広げた。

「作戦開始は明日の夜明け前、明るくなる前に一気に攻めて制圧する。これが潜入した者が書いた間取り図だ」

 前衛兵が一番上に置いた地図を見せる。

「一見ただの二階建ての一軒屋だが、どうやら地下を広げているらしい。旧地下水路を利用していると思われる」

 一枚目、二枚目に比べて三枚目は圧倒的に広い。これが地下部分か。確かに、細長い。

「なのでまずは地上部分を四方から囲み、地下水路に逃げた所を先に潜ませておいた本体で狩る……というのが大雑把な所だ」

 狩るらしい。

「ツァーヴァスに任せたいのは運搬だ。ハイリンシアとヘルマン、それにアイレックスと地下水路側から、捕まえた奴を詰所に連行するのを手伝って欲しい」

 トイレ男は頷いた。

 頷いて、ん? となった。

「その事で少し話なんだが」

「どうした?」

 巨女は優男に纏わる一連の事件を一部隠蔽・改竄して伝えた。

「……アイレックスが?」

 全てを聞き終わった前衛兵はそんな馬鹿なという顔をした。

「あぁ、アイレックスがだ」

「…………ツァーヴァスの記憶違いではなく?」

「あぁ」

「……………………(頷く)」

 前衛兵は天を仰ぎ目を覆った。

「……証拠は無いんだな?」

 しかしすぐに元の姿勢に戻り訊く。

「……………………(頷く)」

「あぁ、ツァーヴァスの証言だけだ」

「成程な。ならば俺の人を見る目とツァーヴァスの信頼性の勝負になる訳だ」

「……………………」

 やはり簡単には信じてくれない。心拍数が上がる。

「だが、今ここで決着を付ける必要は無いだろう」

 が、次に耳に届いた言葉には驚いた。

「?」

「何でだ?」

 二人の疑問に前衛兵は答える。

「ツァーヴァスとアイレックス、この二人で二人きりになるタイミングが無いからだ。周りには常にヘルマンやハイリンシア、衛兵達が居る。何か行動に出るとは考えづらい」

「……………………」

 真っ当な意見である。

「そもそも、常に連行する人間が隣に居る筈だ」

「……………………」

 正論である。

「今はこちらも忙しい。という訳で、その件に関しては壷売り残党の件が終わってから、という事にしたい。仮釈放の人間が本当は全然反省していなかった、なんて事はこちらとしても問題だから、なるべく早くに捜査を始めるし、手を抜く事もしない」

「……………………」

「今夜が不安ならここで泊まってもいいが……」

「……………………」

 トイレ男はあのかったいソファを思い出した。

【結構です】

「そうか、では移動しよう。人の捕まえ方と運び方を教える」

 前衛兵は立ち上がり部屋の外へと向かう。トイレ男と巨女も立ち上がり、彼の後を追った。



     ◊◊◊



 その後は一日中訓練だった。

 トイレ男のようなヒョロガリでも大柄な相手を拘束する方法をみっちり教え込まれ、何とか合格という所まで漕ぎ着けた。ちなみに巨女を押さえる事はできなかった。

 途中で戻ってきた黒女も加わり、何故かトイレ男より圧倒的に小柄である彼女はトイレ男よりも大きな相手を押さえられた。「…………」、解せぬ。

 今夜も貯金を溶かして三人分の食材を買って帰る。今日はトイレ男が夕食を作った。

「……うん! ツァーヴァスのスープはリーフィアのより味が濃くて美味しい!」

「薄味も美味しいだろ。これも美味いが」

「……………………(ニマリ)」

 どうやら好評なようだった。

 その後は昨日と同じような調子で寝る準備をする。

「……………………」

「……………………」

「くっかー」

 一人だけうるさい奴が居る。誰かは言うまでもあるまい。

 これで寝たふりという事はないだろう、と思ってトイレ男は紙を巨女に渡した。

「ん? 暗くて読めん、ちょっと待ってくれ……」

 巨女はズリズリと月明かりの見える場所まで移動した。トイレ男はタイミングを間違えたなと少し反省した。

【アイレックスさんはどこ行ったんでしょうね?】

 別に大した用ではなく眠るまでにする雑談みたいなものである。

「……さぁな。明日になれば会えるだろうが」

【夜の間に忍び込んできたり】

「大丈夫だ、それはない。安心しろ」

「? ……………………」

 巨女が一体どういう根拠でもって断言するのかはわからないが、まぁ無根拠にこんな事を言う人でもないので、何かしらトイレ男の知り得ぬ、或いは忘れている根拠があるのだろう、と納得した。

 それからも他愛のない話を続け、いつしかトイレ男は手からペンを落としていたのであった。 
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