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ああっ女神さまっ 森里愛鈴

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9 その名に祈りを

「君が「俺の側で産みたい」って言った時、正直びっくりしたよ」
「初めての我儘でした」
 微笑んだ。
「ウルド達が天界に申請してくれて無事に通ってほんとに良かった」
 さすがに地上界そのものでは、どんな影響があるか未知数だったので、隣接する「亜空間に部屋」を作った。
──そして
 薄紅色の光が、障子越しに揺れていた。
 春の午後。静けさに包まれた一室に、小さな呼吸の音が響いている。
 生まれたばかりの娘――まだ、名もない命。
 螢一は彼女のの顔を見つめていた。
「……ちっちゃいな」
「ふふ、そうですね。どこか、あなたに似ています」
 横で布団の上に横たわるベルダンディーは、娘の指先をそっと撫でる。その仕草には、これまでにないほどの柔らかさがあった。
「名前……もう、決めてたの?」
 螢一がぽつりと聞く。
 ベルダンディーはしばらく考え、ゆっくりと首を振った。
「いいえ。いくつか候補はありました。でも……今、この子を見ていたら、違う気がして」
「……うん。俺も……なんだか、ちゃんと“呼びたい”って思える名前が欲しい」
 沈黙が訪れる。
 娘の寝息だけが、二人の胸を静かに打つ。
 そのとき。
 ベルダンディーは、ぽつりと呟いた。
「愛……ってどうでしょう?」
 螢一は、その言葉に目を細めた。
「“愛”……うん、すごくベルらしいよね。でも、それだけじゃ、まだこの子の全部は表せてない気がする」
「そう……ですね」
 そして、しばらく考えていた螢一が、ふと微笑む。
「“鈴”って字、どうかな。小さくても、音が遠くまで響いて……誰かの胸に、そっと届く感じ。なんとなくだけど、この子……そんな感じがして」
 ベルダンディーの瞳が、やわらかく揺れる。
「“愛”と“鈴”……「愛鈴」(あいりん)……」
 彼女はゆっくりと名を繰り返した。まるで口にするたび、愛しさが育つように。
「……いい名前ですね、あなた」
「いや、最初に“愛”って言ったのはベルだから」
「ふふ、それなら半分こ、ですね」
 二人は顔を見合わせて、微笑んだ。
 その間も、愛鈴は眠ったまま、ほんのわずかに小さな音を立てて息をしている。
「森里愛鈴……この子が誰かを愛し、その鈴のような声が、世界に響きますように」
「世界がその音に気づかなくても、俺たちは、ちゃんと聞くよ」
 それが、彼らの最初の“誓い”だった。
――その名に宿る音は、まだ誰も知らない。
 けれど、それはたしかにこの瞬間、生まれたばかりの命とともに、響き始めていた。 
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