| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ムゲン回廊の魔少女・限定版

作者:ジンカイ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一章第三節 白熱の交叉と蒼穹のやさしさ(commitment)

 ほむらは、めがね越しにその魔法少女を見つめる。少女の目元はフードに隠れよく見えないが顔つきは西洋とも東洋ともいえない感じがした。普段着のままでグリーンのジャンパーにブルーのジーンズとブラウンのブーツを履いていた。背丈は百七十センチ程度か。
(早い。私がメッセージを送信してから、まだ一日しか経っていない。あのメッセージはインキュベーターも見ているはず。ならば、この少女は奴らの刺客、もしくはよほど情報収集力に優れた魔法少女、ということか)
 少女が接近する様子を観察しながらほむらは驚くべきことに気がついた。ほむらが衝撃を受けたのはその少女の「歩き方そのもの」だった。
(頭が全く揺れていない。水面を滑るような足の運び。このような歩き方をするものは私が知る限り二種。ひとつは能楽師。もうひとつは、武術の達人)
 一朝一夕でできるものではない。よほどの修練を積んだはず。魔法少女としての能力と合わせ格闘では恐るべき力を発揮する近接戦のエキスパートだろう。
(おそらく、あの杏子以上の力を持つ強力な魔法少女。これが身方ならば心強い。だが、この少女が奴らの刺客だったならば)
 もしそうならば自分の能力を知り尽くし当然なんらかの対策をしているはず。となると相当不利な戦いだ。だがほむらはすでに少女の接近を許してしまった。おそらく自分は彼女の攻撃範囲内にいる。
(仮に居抜きの達人ならば、一瞬で首を跳ねられるだろう)
 変身し刻を止めていったん待避するか。それとも、もう少しだけ様子を見るか。どちらにせよ互いに信用できる証拠が必要だ。ほむらが判断しかねていたとき国籍不明の少女は流暢な日本語で話しかけてきた。
「貴女のメッセージを拝見したわ。私のソウルジェムも必要かしら」
 少女はエメラルドのように明るく輝く、翡翠色のソウルジェムを手のひらに出現させる。それは落ち着きと深みのある、とてもやさしい光を放っていた。その色を見ているとほんとうに心やさしい魂の持ち主なのだろうという気がしてきて、ほむらの気持ちは少しなごんだ。だが改めて周囲を警戒したとき緊張が走る。
(いつの間にか囲まれている)
 公園内の遊戯器具に隠れ十二人の魔法少女が取り囲んでいる。
(もしこれが、全員敵であったならば)
 ほむらは用心深く最悪の事態を想定した。気づいたことを悟られてはいけない。ほむらは緊張を一切表に出さず平静さを保っていた。そのあいだ少女は続けて語る。
「貴女が私を疑っているのはわかっている。まず私たちから証拠を見せるわ」
 前方よりもうひとり少女が近づいてきた。やはり魔法少女だ。魔法少女となったものには独特の雰囲気と空気が漂う。この少女にも同じものを感じる。おそらく魔法少女のコアでありコントロール・デバイスであるソウルジェムが、ハードウェア・デバイスとなる身体を操るために発する信号あるいは「魂の固有波動」とでも呼ぶべきものがそう感じさせるのだろう。中華系らしく水色のチャイナ服を着て髪を右側へ結いまとめていた。前髪は左側をすこしだけ残したオールバックふうで額が目立つ。少女の手には首を斬られたインキュベーターの死骸があった。
(歳は十くらいか。こんな幼いものまで魔法少女にされていたとは)
 少女は緊張しこわばった表情でほむらを見つめている。
(無理もない。この少女も私を敵かも知れないと疑っているのだ)
 ほむらはゆっくり立ち上がり少女から慎重に死骸を受け取る。
 本物だ。作り物ではない。ほむらはいったん安堵した。
「貴女たちの言葉が真実だと確認したわ。こんどは私の番ね」
「一時間までよ。それ以上は、」
 少女が言い終わる前にほむらは変身。一旦姿を消し再び姿を現す。
「足下をご覧なさい」
 視線を落とした少女たちは驚愕する。まったく気づかないうちに蜂の巣となったインキュベーターの死骸が転がっていた。ほむらは近場で自分たちを見張っていた一体を見つけ射殺したのだ。
〈誰か彼女の動きを捉えたものはいるか〉
 最初に来た少女がテレパシーで周りの魔法少女たちに問いかけたが、誰も答えることはできなかった。
「時間を操り止める。さらに時間遡行ができる。これが私の能力。信じていただけたかしら」
(へえ、おもしろいなアイツ。オレと勝負したらどうなるかな)
 ほむらを囲んでいた少女のひとりが少年のようにニヤリと笑う。
「認めるわ。貴女こそが私たちの探し求めていた人物かもしれない」
「どういうこと」
 少女はフードから顔を現す。緑色の混じった髪は長さが背中まであり、三つ編みにされ黄緑色のリボンで結ばれていた。やはり東洋とも西洋ともいえない顔つきに見えた。年齢は自分よりいくぶん年上らしく十六、七に見える。
「ついてきて。サバトがあるの」
「サバト(集会)?」
 ほむらはインキュベーターの監視に目を配りながら、少女たちに連れられ廃屋の倉庫にたどり着く。むき出しの鉄骨にさびが浮かび壁もあちこち崩れおちている所をみると、相当古い建物のようだ。倉庫の入り口に近づいたとき、ほむらは大勢の気配を感じ警戒する。だが倉庫に入った瞬間その光景に圧倒された。そこにはゆうに百人を超える国籍多彩な魔法少女たちがすでに集まっていたのだ。
「私たちは奴らと戦うために世界中を渡り歩き、少しずつ仲間を集めてきた。でも貴女は全世界に対し、たったひとりで呼びかけた。暁美ほむら。貴女のことはすでに調べたわ。私たちは魔法少女同盟を組織しながら、真のリーダーを探していた。そして、それが貴女だと私は本能的に確信した」
 そのとき数人の少女が立ちふさがった。
「待ってください。あなたが認めても全員が同意するとは限らない」
「そうね。ではどうすれば、あなたたちは認めてくれるのかしら」
「この中にいる誰かと、私を戦わせるというのはどうかしら。私の能力を先に教えるわ。私は時間を操ることができる。あなたたちが瞬きした瞬間、ここにいる全員の眉間に弾丸を撃ち込み、のど元へナイフを投げつけることができる」
「そんなことが」
「信じられない」
「なんて恐ろしい」
「こんな魔法少女がいたなんて」
「ならば私がお相手しよう」
 周囲がざわめく中、名乗り出たのはリーダー自身だった。
「危険ですリーダー。やめてください」
 仲間の制止を聞かず少女は歩み出て変身する。翡翠色のソウルジェムは左肩側方に現れその形は刀の鍔を連想させた。髪はキンポウゲの花の意匠をほどこされた、くしとかんざしで結い上げられる。上は袖のない若草色の着物に黒い帯を巻き、下はよもぎ色の袴で白い足袋を履いていた。両腕に赤褐色の籠手を装備し、意外にも魔法の武器ではなくただの木刀を担ぎこちらに柄を向けていた。
「私にはこの籠手以外に武具がない。そのため魔女とは本物の刀剣を使って戦ってきた。今回は力試しゆえ木刀を使う。そして私は、相手の能力を『複写』することができる」
 その一言でほむらは理解する。
「なるほど、貴女も私と同じね。武術の達人であっても、魔女と戦うには決定的な攻撃力がないため、誰かと一緒に組まなければ戦えない。貴女がリーダーとして、他人に慕われる理由が納得できたわ。そうした環境下で戦ってきた貴女だから、必然的にリーダーシップを身につけることができたのね」
「そういうことよ。始める前に質問をいいかしら。貴女はなぜひとりできたの。貴女はいま私と同じと言った。貴女に仲間はいないの」
「私は、奴らの正体と目的を話しても誰も信じてくれなかった。だから誰にも頼らず戦ってきた。それだけよ」
 ほむらは盾にめがねを納め髪の結びめをほどく。
(なるほど。誰にも信じてもらえず孤独に戦ってきた魔法少女か)
 そのときほむらはソウルジェムに、何かが触れたような感覚を覚えた。その瞬間、少女の左腕にほむらの盾が現れる。
「この盾で時間を操るのね。それから、こういうこともできるの」
 少女の全身が翡翠色に光りだす。ソウルジェムが左手の甲に移動し形もほむらと同じ菱形になる。そればかりか顔つきも背丈も含め、姿が完全にほむらそっくりになった。ただひとつ違うのはソウルジェムが翡翠色のままという点だけだった。
「体格も合わせた方が相手の技を盗みやすいのよ」
(さすがは、武術の達人)
 ほむらはすでに己の不利を悟っていた。近接格闘を避けるために銃撃戦に持ち込むつもりだったが、互いに刻を止めてしまっては弾丸は空中で制止してしまう。どうやって戦うべきか。ひとまず二丁の拳銃を取り出しスライドを引き、両手に持つ。
「これはペイント弾。実弾は入っていない」
 ほむらに擬態した少女は他の少女たちにスペースを空けるよう指示を出す。少女たちは吹き抜けの二階に上がり、渡り廊下から見下ろす形になった。
「私はいつでもいいわ」
 少女の言葉を合図にほむらは刻を止める。対手と一定の距離を保ちつつ倉庫内を横移動する。相手も同方向に動くため鏡を見ているようだった。
(やはり同じ能力を持つもの同士。止まった時間の中でも動けるということか)
 相手の姿と能力までコピーする魔法少女との戦い。ここまでは予想通りだ。次にほむらは左右にフェイントをかけながら距離を縮める。相手もそれを見て距離を縮めてくる。ほむらは気づかなかったが、少女はどんなに激しく動き回っても木刀の柄はほむらに向けられたままだった。これは武器の長さを悟らせまいとする武術家の習性である。ほむらは左右の拳銃から一発ずつ発砲した直後に刻を再始動する。相手は立ち止ることなくなんなく避けた。
 その様子を見下ろしていた他の少女たちには、ふたりが瞬間移動し突然弾丸が発射しているように見えた。
「もう始まっているのか」
「いつの間に移動したんだ」
「これが時間を止めた戦いか」
「木刀の方がリーダーだな」
 だがほむらは刻を止めずに戦っていた。距離を縮め射撃後すぐ離脱するヒット・アンド・アウェイを繰り返す。しかし相手は立ち止まることなく機敏に避け、弾丸はかすりもしない。
(なんという身体能力。いくら魔法少女とはいえ秒速三百六十メートル、音速以上で飛来する弾丸の軌道を見定め回避するなど)
 だがほむらは以前読んだスポーツ記事を思い出した。時速百数十キロを超える投球に対しバッターは球を見てバットを振っても間に合わない。バッターはピッチャーの投球モーションに合わせて振っている。女子ソフトボールを見た大リーグ選手が「あんなもの簡単に打てる」といったがまったく打てなかったという。投球モーションが違うためタイミングが計れなかったのだ。それを逆手にとった投球がチェンジアップだ。そうなると、武術の達人とは襲いかかる刃そのものを見て反応していないはずだ。まず刀を振るために予備動作が生じる。相手の視線で斬りつける箇所を予測する。さらにその武器を操る手と武器の先端を観察する。それだけでどこに攻撃してくるか予測しているのではないか。
 ならばと「まず右手の銃をやや右側へ向け発砲する。相手が左に避けたところを左手の銃で仕留める」というトラップを試みる。
 だが発砲した瞬間、少女は避けにくいはずの右側に避けた。
(私の心理が完全に読まれている)
 ほむらは戦慄した。少女は読心術にも長けていた。今度は引き金を引くとみせかけ実際は撃たないというフェイントをかけた。だが相手は戸惑うことなく踏み込み、ほむらの左手に斬り込んでくる。ほむらは盾でかろうじて直撃を防いだ。
 仲間を探しはじめ最初に出会った魔法少女が、これほどまでに高い技量の持ち主だったとは。そしてこんなにも恐ろしい力を持つ強力な魔法少女がこの世にいたとは。ほむらは世界の広さと己が井の中の蛙であったことを痛感した。その後ヒット・アンド・アウェイを三回繰り返す。
(同じ能力を持つもの同士の戦い。ならばその勝敗をわけるものは技量。ここまで圧倒的に技量差があっては勝ち目はない。どうする。いや、まてよ)
 銃口を相手に向けたまま停止する。相手も停止する。ほむらは盾を収納する。相手の盾も消える。
(やはりそういうことか。複写とは相手の能力に影響される能力。自分の能力を制限すれば、相手もその影響を受けるということ。私が時間を止めなければ、あちらも時間を止めることができない)
 時間を止めたもの同士の戦いに射撃は不利。刻を止めず相手の間合いの、ぎりぎり外から仕留めるしかない。
(はたして、私にそれができるだろうか?)
「ふふ、そういうことよ」
 少女の全身は再び光に包まれ元の姿に戻る。ほむらはさらに数回ヒット・アンド・アウェイを繰り返す。
(だめだ。もっとぎりぎりまで近づかなければ、当てられない)
 ついに残弾はそれぞれ一発ずつとなる。ここで勝負に出るしかない。一方少女は左半身となり木刀の切先を右後ろに向けた構えをとる。左肩のソウルジェムがほむらへ無防備に向けられた。だがほむらにはわかっていた。あれはフェイク、誘いだ。武術家が仕掛けた心理戦なのだ。しかしほむらに選択の余地はなかった。ほむらは最後の賭けに出るため迷わず突進。少女のソウルジェムへ向け最後の弾丸を打ち込む。同時に少女はほむらの左手首に斬りかかる。
 ふたりは停止していた。ほむらは最後の弾を撃ち尽くし、少女はほむらの左手に斬りつけ木刀を寸止めしていた。少女のソウルジェムは紫色に染まっている。
「相打ちね」
 ほむらがつぶやく。
「いいえ、違うわ」
 どういう意味だろうかとその場にいた全員が疑問に思う。
「私の振り下ろしよりも着弾の方が早かった。もしこれが実弾であったならば、私はソウルジェムを破壊され即死していた。だから、貴女の勝ちよ。暁美ほむら」
 少女たちから歓声がおこる。だがほむらは腑に落ちなかった。
「ふふ、わたしまけましたわ」
 回文だ。この少女はわざと負けたのだ。
 先ほど反対していた少女たちが近寄りひとりが手を差し出す。
「認めよう暁美ほむら。貴女こそが、わたしたちのリーダーであると。どうかわたしたちを導いて欲しい」
 皆が笑顔で迎えてくれた。彼女らと握手をかわす。そして積み上げられていた貨物用パレットに上り全員に向かって自分がなぜ魔法少女となりここまできたのか。その経緯を包み隠さずすべてを話し始める。全員が黙って聞いていた。涙するものもいた。嗚咽が所所から聞こえてきた。誰もが思った。自分ならば絶望してしまいそうな地獄を、この少女は何度もその目に焼き付けてきた。どんなに逆風が吹こうとも炎が風に煽られ大きくなるかのごとく、強く、激しく、その情熱と闘志を燃やし続けてきたのだと。
「やはり私の目にくるいはなかった。貴女こそ私たちが長年探し求めてきた、魔法少女の真のリーダー。ほむら、貴女はあの悪魔たちと戦うための希望の灯火」
 今までは運命をもてあそばれ続け出口なき無限回廊をさまよっていた。だがいまはわかる。ここから抜けだす鍵、それはパンドラの匣。どんな絶望と禍いが降りかかろうと、その先には必ず希望が残されているはず。ほむらはそれにうなずき話を続けた。
「一カ月後、日本にワルプルギスの夜が襲来する。ワルプルギスの夜はあまりにも強大。これを倒すためには数を集めるだけでは足りない。綿密な作戦を立て計画的に行動し、実行に移さなければならない。そのためには、それぞれの魔法少女が持つ長所を引き出し、互いの短所を補う必要がある。まず能力ごとに分類する。攻撃に優れたもの。防御に優れたもの。仲間のけがを治すことができるもの。そして戦争においてもっとも重要なものは、兵站。補給部隊としてグリーフシードを集めるもの。その他、私のように特殊能力があるもの。次にそれらのバランスがとれた混成部隊を作り、それぞれリーダーを選ぶ。私たちに残された時間は少ない。仲間を集めながら、これら組織編成と作戦遂行は同時進行で行わなければならない。そして奴らの動きも監視する必要がある。インキュベーターたちが、おとなしく私たちを静観しているはずがない」
 そのとき屋外で情報収集をしていた少女がテレパシーで元リーダーの少女に報告を伝える。
 少女は〈ここにいる全員に見えるようその映像を映し出せ〉と指示を出す。まるで立体プロジェクターに生み出されたかのような巨大な仮想スクリーンに映っていたものは、まどかだった。
「わたしは鹿目まどか。みなさんどうか聞いてください。わたしの大事な友達を、魔女の生け贄にした悪い子がいるの。わたしの親友さやかちゃんは、魔女に、魂を奪われたの」
 さやかが魔女に堕ちる瞬間の映像が流され、魔女になったさやか、人魚の魔女が映し出される。まるで人魚の魔女がさやかを襲ったかのように編集されていた。
「その子は魔法を使って、世界中を災いで満たし世界を混乱させようとしているの。その子の名前は、暁美ほむら。その正体は悪魔と契約を交わした、魔女なんです」
 ほむらが戦っている映像が挿入される。映像はねつ造され魔女は映っていない。まるで無機質な戦闘マシーンのようにほむらが機関銃を撃ち、ロケット砲で砲撃を繰り返す姿だけが映っていた。
「魔女たちは大昔から世界の裏で陰謀をくわだて、人間の姿で世界中に潜んでいます。現代社会に起こる陰惨な事件、無差別テロや集団自殺、さらに争いの引き金は魔女たちが仕組んだことです。魔女は特別な指輪をしています。これがその指輪のレプリカです。どうか世界に災いが拡がる前に、魔女たちから世界を救ってください。千年前のように、ひとり残らず魔女を捕らえて、徹底的に弾圧してください!」
 最初に動画投稿SNSに公開されたその映像は瞬く間に翻訳され、世界中の映像配信サービスにアップロードされていた。同時にあらゆるコミュニティに拡散し爆発的に広まっていた。もちろんこんな突然すぎる話と作り物のような映像を信じないものもいた。だがインキュベーターたちの計略によりそれを信じ始める人人が徐徐に増え始めていた。
「魔女狩りだわ。中世の忌まわしき風習の復活よ。こんどは私が狩られようとしているのね。魔女狩りをしていた私が。つまり、それほどまでに私が危険な存在だと、奴らが認めたということ。盛大なる宣戦布告ね」(やってくれたわね、まどか。ふふっ)
 ほむらの目はまどかへの憎悪に燃えていたが口元は無意識に笑みを浮かべていた。インキュベーターたちが本気で自分たちの計画を阻止しようとしている。きっと魔法少女たちも利用してくるにちがいない。魔法少女同士の戦闘は可能な限り避けたい。だがやむを得ない状況では戦うしかない。自分たちのやろうとしていることは、ひとりも犠牲を出さずできるほど生やさしいものではない。だが魔法少女と戦うことになったとき、こちらに有利なことがひとつある。魔法少女の弱点はソウルジェム。奴らに利用されている彼女たちはそのことを知らない。
「約束しよう暁美ほむら。一カ月後、ワルプルギスの夜が襲来するその日まで貴女の目の前に、ここにいる百倍の魔法少女たちを集めてみせると」
 元リーダーの少女は、ほむらに向かい宣言した。
(約束、そういえばあの約束はもう、)
「申し遅れたが、私の名はカナメ=クラウディア。母は貴女と同じ日本人だ」
 その名を聞いた瞬間ほむらは稲妻に撃たれたような衝撃を受けた。
(そういうことか。私の願いとは。私が護るべきものとは!)
 ほむらは思い立ったかのように少女たちの方へ向き直り、左手を握りソウルジェムを高高とかかげ自分も宣言する。
「私もここにいる全員に約束する。全ての魔女を殲滅し、この星から、全世界から、インキュベーターを、悪魔どもを、追放する!」
 全員が沈黙していた。それは、誰もが『夢』とさえ思っていた言葉だった。それは、だれもが願っていた『願い』だったからだ。
「一人ひとりが力を合わせなければ奴らには勝てない。その最初のターゲットはワルプルギスの夜」
 そう叫び左手をさしだす。
「みんなの力を、私に貸して」
 一斉に歓喜が起こる。全員のこころが一つになった瞬間だった。
「これより本作戦を『アーマゲドン』と呼称する」
『オペレーション・アーマゲドン?』
 少女たちはほむらの言葉を繰り返した。
「HOMURA!」
「ホムラ!」
「ほむら!」
 全員が涙を流しながら、たったいま誕生した新リーダーの名を次次と叫んだ。ついにこの日がきた。あの悪魔たちに立ち向かう偉大なる指導者を見つけた。それは長く、遠い道のりだった。
 ほむらも感動に涙していた。ついに出会えた。同じ願いを持ち同じ哀しみを背負いさまよい続けてきた仲間、同志たち。その彼女たちにいま、自分は包まれていた。だが感激に浸っている場合ではない。これはただの始まりなのだ。残された時間は少ない。
 カナメも涙を抑えきれなかった。それはほかの少女たちとは違う、彼女だけの特別な理由があったからだ。
(お祖父様、ルー。ついに、ついに私は本当のリーダーを見つけることができたようです。みんな見ているか。あれから三年。とても長く、苦しい道のりだった。あなたたちの尊い犠牲は無駄にしない。私はかならず彼女を、最高のリーダーに育ててみせます。どうか見守りください)
 赤いショートヘアの少女がカナメのそばによってくる。少女はやさしい眼差しでカナメを見つめ少年のような笑みで「やったな」と目で合図した。カナメは感激を抑えられず彼女に倒れかかるようにして抱きつく。感情を一気にはき出し大声で泣いた。少女は何もいわず静かにカナメを抱きしめていた。

 サバトを終えた少女たちは屋外に出る。ふと空を見上げたほむらは、そのまま立ち止まった。
「どうした」
 カナメが声をかける。
「空はこんなにも蒼く、美しかったのね」
 まぶしく澄みきった冬の蒼穹――サファイアのような蒼玉色のソウルジェム――そうだ、この蒼さは美樹さやかの魂の色、こころの色。なんとやさしさに満ちた蒼さだろう。思えばさやかはこころやさしい少女だった。もし魔法少女にさえならなければ、彼女はきっと素適な大人になれただろうに。
(私は、まどかしか見ていなかった。まどか以外のものを救おうなどとは思わなかった。私はなんと傲慢で、身勝手で、器量の小さい女だったのか)「先ほどの映像で魔女にされたのは、私のクラスメイト。彼女は、とてもやさしく輝く蒼いソウルジェムの持ち主だった。……この空のように」
「そう、だったのか」
 誰ひとりとしてほむらを慰める言葉が見つからなかった。蒼穹を見つめ、微動だにしないほむらは例え難い気高さと威厳に満ちていた。少女たちは年齢こそそれほど変わらないこの少女に、無限の差を感じていた。
(ごめんなさい、さやか。私はあなたを救えなかった。もう、償えない。何もできない。私は、取り返しのつかないことを、してしまった。本当にごめんなさい……さやか)
 ほむらは変身しコンバットナイフを取り出す。左手で髪を束ね、うなじの辺りから一気に切り裂いた。
 あまりに突然すぎるその行為に全員が凝然と驚きの色を浮かべる。だが少女たちはこの偉大なるリーダーが見てきたであろう地獄絵図を想像し、その双肩にのしかかる責任の重さと悲壮なる決意の堅さを深く、深く胸に刻み込んだのだった。
(似ている。先ほどの少女に。そうか、今のは彼女への懺悔)
 カナメだけがほむらの気持ちをくみ取った。そして確信する。ついに見つけた。強靱な信念と底知れぬ可能性と気高き精神。そしてこころやさしき魂を持った、最高の魔法少女。自分はなんとしても彼女を悪魔の手から守り抜かなければならない。それが今日まで戦い続けてきた自分の使命であり、犠牲になったものたちへの弔い。そして『彼女』との約束。暁美ほむら。彼女こそが長年全世界を渡り歩き探し求めたきた人物。カナメはそう己にいい聞かせ、自身の胸にその闘志を静かに激しく燃やしていた。
 そのとき漆黒のアゲハチョウが誰にも気づかれず飛び去っていく。
 ほむらの手から離れた黒髪は北風に乗り、どこまでも高く、遠くへ運ばれていった。

 ワルプルギスの夜襲来まで、あと二十九日。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧