| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ああっ女神さまっ 森里愛鈴

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

3 学校での邂逅

  朝の森里邸、賑やかな朝食が終わり、学校に行こうと愛鈴が立ち上がった。
「ところでぇ~」
 ウルドの甲高い声が響いた。茶の間に入ってきた愛鈴の背後から、まるで狙っていたかのように。
「愛鈴、“ウルド叔母様”とか“スクルド叔母様”とか……そういうの、ちょっと遠くない? ねぇ、スクルド?」
「そーそー!あれほど言ったでしょ!『叔母様』って他人行儀すぎるの!せめて“姉”って呼びなさいって!」
 食卓に座りかけていた愛鈴が、びくっと肩をすくめ、振り返る。
「ご、ごめんなさい……ウル姉、スク姉……」
  その姿に、螢一が新聞をめくりながらぽつりと呟いた。
「……相変わらず騒がしいな……」
  スクルドが愛鈴の背中をぽんと叩き、満足げに頷いた
「よし、理解したなら──学校行きなさーいっ!」
「はいっ!」
 愛鈴は背筋をしゃんと伸ばして玄関へ向かう。朝の風に髪をなびかせ、自転車のペダルを踏みしめた。
 余裕を持って出れば歩いて行けない距離でもないけど、今日は自転車を選んだ。

 聖神学園。緑に囲まれた小高い丘の上に建つその学び舎は、天界とのエネルギーが微かに交差する特異な場所である。
 制服のスカートを整え、校門をくぐる彼女に、何人かのクラスメートが目を向ける。
「……なんかさ、あの子さ、“こっちくんな”オーラ出てない?」
「うん。普通に話すし、返事も丁寧なんだけど……なんか壁を感じるんだよね。私たちとの間に一枚、透明な膜があるみたいな……」
 愛鈴は気づいていた。人との距離感に敏感な自分。無意識に空気を読み、過去の力の暴走を思い出す。
 自分は、「普通」でいなければいけない。でも……“普通”ってなんだろう?誰かと近づくことに対して、心が小さく身構えてしまう。
 自分の席で授業のノートを取り出しながら。
 そんな思考の渦の中、教室の扉が音を立てて開いた。
「おっはよーございまーす!」
 入ってきたのは、明るい声を弾ませた少女。真っ直ぐな視線と、自分のペースをまるで疑わない足取り。周囲が一瞬で静まり返る。
「新しいお友達、よろしくねっ。わたし、新庄アカネ!」
 小柄な体に大きな目。赤い髪飾りが揺れるたびに、彼女の存在感が教室を満たしていく。
「ちょっと新庄さん、私が呼んでから……」
「いいじゃん、べつに!」
 担任を一言で切り捨てると、アカネのまっすぐな目が、教室の一角──窓際に座る愛鈴を見据えた。
「そこの子、ツインテール、黒髪。なんか……しゃきっとしててかっこいいじゃん。ねぇ、あなた名前は?」
 唐突すぎる質問に、教室がざわめく。
 愛鈴は一瞬きょとんとしたが、すぐに立ち上がって、静かに答える。
「森里愛鈴です。よろしくお願いします」
「よし、決まりっ! 今日からわたし、あんたの隣に座る!」
 勝手に宣言しながら、アカネはずんずんと歩き出す。クラスメートの視線も驚きと好奇の色に染まり、愛鈴は目を丸くした。
(空気……読まない……?)
 けれど、その無防備さが、どこか眩しくて、そして懐かしかった。
 まるで“普通”の枠なんて、最初からなかったように、真正面から向かってくるアカネ。
 その瞬間、愛鈴の胸の奥で何かが、ふわりと揺れた。
(この子……なんだか、面白いかもしれない)
 その出会いが、後に運命の歯車を大きく回すことになるとは──まだ誰も、知らなかった。

 午後の日差し。放課後の教室。
 淡い陽が教室の窓を照らし、机の上のノートに、揺れる葉影が模様を描いていた。
「……でね、愛鈴。あたし今度の自由研究、スライム作るって決めたの!」
 隣の席から、声のボリュームをまったく落とすことのないアカネが、身を乗り出してきた。
「……スライム?」
「うん! ねばねばしてて、ぐにゃってしてて……気持ちいいの! あ、でも前に失敗して机に張り付いたから、今回はちゃんとレシピ通りにやるのっ!」
 愛鈴は、思わず小さく吹き出してしまった。
 自分とはまるで正反対。空気を読まず、自分の気持ちをまっすぐにぶつけてくる。だけどその無邪気さが、心地よかった。
(……ふしぎ。隣にいても、力の波立ちを感じない……)
 神の力に敏感な彼女の中で、アカネだけはまるで“無風”のように、するりと心に入ってくる。
 少しずつ。ほんの少しずつ。気づけば、彼女の存在が自分の中に染み込んでいる。

給食の時間。
 アカネと並んでパンをもぐもぐ食べていたとき、ふともう一人の少女が近づいてきた。
「……えっと、森里さん。あの、いいかな……?」
 やわらかな声。少しだけ不安を帯びたまなざし。
 それは、初めて見る少女──ユリだった。
 整った髪。優しげな瞳。どこか緊張しながら、でも勇気を振り絞って、彼女は手を差し出してきた。
「わたし、橘ユリ。森里さんと……お話ししてみたいなって。握手、してくれる?」
 教室が、少しざわめく。
 愛鈴は一瞬、戸惑ったように目を見開いた。
(……“普通”の……子)
 彼女は神でも、異能でも、奔放でもない。
 ただ、まっすぐに“友達になりたい”と願う、当たり前の少女。
 けれど、その“当たり前”が──愛鈴にとって、いちばん遠くにあった。
「……はい。よろしくお願いします、ユリさん」
 そっと伸ばした手が、彼女の手と触れ合う。
 その瞬間。
 あたたかい。
 ほんの少し、涙腺が緩みそうになった。
(わたし、……ずっと、“普通”が怖かったのかもしれない)
 隣でアカネが笑う。
「やったじゃん、愛鈴! 友達2人目だね!」
 あっけらかんと放たれたその言葉に、思わず苦笑いがこぼれる。
 二人目。たったそれだけのことが、胸の奥に灯をともす。
 “普通”って、案外、悪くないかもしれない。
 小さな少女──でも、神と人のはざまで揺れる存在・森里愛鈴にとって、その握手は、人生の扉をそっと開いた一歩だった。
 
 

 
後書き
ユリ&アカネはようつべの「エトラちゃんは見た」がモデルです 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧