機動戦士ガンダム0086/ティターンズロア
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第二部 黒いガンダム
第六章 ヒルダ・ビダン
第五節 散華 第五話
カミーユは焦っていた。
ライラ機に追い付かないことにも、エマ機が被弾したことにも、焦っていた。
――早く追い付かないと……
脱出から既に十五分以上が経過している。後続の追撃隊に追い付かれたりすれば、この状況は悪化するだけだ。ランバンとメズーンの《ジムⅡ》では、敵の《クゥエル》を抑えきれないだろう。一刻もはやく、エマを助け出さなくてはならなかった。
カミーユの駆る《マークⅡ》をレコアの《リックディアス》が追い抜く。重MSである《リックディアス》は機動性は《マークⅡ》に劣るものの推力は上をいく。図体がデカイ分小回りが利かないという訳ではなく、《カスタム》や《クゥエル》並みの機動性を確保していた。言うなれば《マークⅡ》の機動性が群を抜きすぎているのだ。
レコアは明らかに紫の《二本差し》に向かっていた。二本差しというのは、ビームサーベルを二本装備しているという俗称で、連邦製MSにおいては隊長機を意味した。《ガンダム》に肖って中隊長以上に許された特別仕様である。
あの隊長機は自分が抑えるから、カミーユには、エマを救出に向かえということだ。しかし、カミーユは拘りを捨てきれなかった。最新鋭機を預けられていながら、追い詰めきれなかったことが、余計に悔しかった。そして、敵のパイロットの技倆が高いと判るが故に、レコアが気掛かりなのだ。
だが、それはエマと母親を見捨てることになりかねない。迷っている場合ではない。
――《リックディアス》なら、心配ない!
自分にいい聞かせるように、心の中で言い切った。《リックディアス》は装甲も厚く、火器も豊富だ。レコアと《二本差し》は互角に戦える。技倆は《二本差し》の方が上だが、機体性能は明らかに《リックディアス》が上である。
決心してエマ機に向ける。気付いた一機の《カスタム》が、カミーユにビームを放つ。矢襖の如く降り注いだそれを掻い潜り、もう一機のエマ機に取り付いた方に接近を図った。
――止まれ! コイツがどうなってもいいのか?
紫の《カスタム》が左の拳を突きだす。光学カメラを操作して望遠を掛けると、何かを握っていた。デジタル補正を掛け、さらに拡大すると、紺地のノーマルスーツが写し出された。
「なにっ」
カミーユは急制動を掛けた。
MSの手に握られているのは一人だ。ヒルダか、エマか。バイザーの降りたノーマルスーツの中までは判別できない。だがどちらにせよ、人質を取られたのだ。下手に動くことはできなかった。
「ちっ!」
舌打ちをして、加速を殺すと、相対速度を0に保つ。途端、警報がなった。もう一機の《カスタム》が照準を固定したのだ。こちらのビームライフルの射程外である。
――大人しく《ガンダム》を明け渡せ!
片手を突き出した《カスタム》のパイロットががなる。ライルの声である。
ライルはチャンスだと考えていた。敵に味方したティターンズの士官なら、殺しても文句は言われない。一機は銃撃でボロボロにしてしまったが、もう一機、無傷の《ガンダム》を捕獲できれば、帳消しどころかお釣りがくる勘定だ。
――《ガンダム》のパイロット、聞こえてるんだろう! 機体を捨てて投降しろ。命は助けてやる。
どうするか。エマを見捨てることも、母親を見殺しにすることも、カミーユできなかった。雁字絡めになった自分に、親への情が残っていることをは自覚せざるを得なかった。救出に行ったのは、バスクの遣り方の汚なさへの腹立ちと考えていたし、士官学校に入学したときに親子の縁は切ったつもりだった。そんな自分への戸惑いも悛巡を深くする。
「今、ビームライフルとシールドを捨てるっ」
カミーユの《マークⅡ》がビームライフルを放し、シールドがマウントラッチから外れた。両手を前に向け、抵抗の意志がないことを示すしかなかった。
(どうすればいいんだ!)
その時、狙撃手の《カスタム》が、明らかに牽制のビームを放つ。狙いは《マークⅡ》ではない。レコアへ放ったのでもない。では、誰が?
「その手を放せぇぇぇぇー!」
メズーンはコクピットで絶叫した。
目の前の状況に、自分の母親が死んだときのことがオーバーラップする。
ビームサーベルを抜き放ち、メズーンが最大加速で突進した。不意を突かれたライルは初動が遅れる。横合いから飛び込んできたメズーンは上段からビームサーベルの光刃をライル機の左下腕へ叩きつけた。
――んのやろぉっ!
激昂したライルはエマ機を払いのけ、反対の手のビームサーベルを抜き放った。そのまま、メズーン機に突き入れる。考えてできる速度ではない。メズーンが飛び込んだ瞬間、反射的に動いたのだ。
――メズーン先輩!
「!」
吸い込まれるように、ライルが繰り出したビームサーベルの光刃がメズーン機のコクピットに消えていった。
――メズーン先輩! おふくろ!
ビームサーベルの光刃は、完全に機体を突き抜けていた。そして、その位置には熱核融合炉と増槽につながる配管がある。
目の前で起こっていることが理解できなかった。カミーユの位置から母親を助けに行けば自分が爆発に巻き込まれる。だが、体が反応していた。
――駄目だ!間に合わない!
後ろから前に回り込んだランバンがカミーユを引き留める。カミーユにだって、間に合わないことは解っていた。だが、見殺しにするのか?
――カミーユ……。
ヒルダの哀しそうな声が聞こえた気がした。そして、静かに爆発が起こる。
宇宙空間では爆発音は聞こえない。ただ光と破片だけが真実だった。
「おふくろーーー!」
カミーユの悲痛な叫びが深淵に谺していた。
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