ニンジャ・イン・ザ・ファンタジーⅥ
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白き極光編
第1章
サムライ・ニンジャ・バーサス・ニンジャ
「…う…けほっ…げほっ…」
ずぶ濡れの身体でなんとか岸に上がったマッシュ。
水を吐き出して仰向けになると徐々に息も整い、落ち着きを取り戻した事でここまでの記憶が戻って来た。
集中砲火で撃退されてなおティナにちょっかいを掛けたオルトロスに怒り心頭のマッシュは、イカダから水中へ飛び込んだ。
そのタコ脚に噛み付いて顔面に何発もパンチを打ち込んだが、オルトロスも必死の抵抗。
大きく振りかぶった触手を横合いから脇腹へ打ち付けられ、勢い良く水上、そして空中へ放り出されたのだ。
兄達と違う支流に飲まれ、こうして流されて来た…というわけである。
「…兄貴達は無事にナルシェに辿り着いたのか…? …そしてここはどこだ!?」
上半身を起こして周囲を見回すと、なんの変哲も無い平原。
東にポツンと一軒家、南のだいぶ離れた場所からは喧騒…それも祭りなどのそれではない。
これは軍勢が動いている時のものだ。
そして西には…城だ。城が見える。
「そうか、ドマ城だ! となると南のこれは帝国軍か!」
ドマ王国はリターナーと結ぶ反帝国勢力では最強戦力を有する。
国力や兵力では帝国に劣るが、その差を覆しているのはサムライという精兵だ。
『必殺剣』と呼ばれる独自の剣術を修めたこのサムライ達は、生身で魔導アーマーを両断し、放たれた魔導レーザーもカタナで弾き返してしまうという。
戦力差故に徐々に押し込まれてはいるが、本国から離れた土地の為に帝国側も兵站に悩まされている。
「どうすっかな…」
双方共にリターナーと同盟を結んでいる以上、フィガロとドマもまた同盟関係と言える。
その同盟国が今まさに帝国の攻撃を受けているわけだが、マッシュは一刻も早くナルシェへ向かわなければならない。
「…とりあえずあそこの家でナルシェへの行き方を聞いてから考えるか」
とにかくまずは情報収集。
ドマ付近の戦況や帝国軍の展開状況など、知っておけばナルシェ行きに際しても役に立つだろう。
周りに集落なども無く、本当に家が1つあるだけ。
敷地に入ってみると、広くもない庭には井戸と生垣…そして。
「なぁ、そこのあんた、ちょっと聞きたい事があるんだが」
マッシュが声を掛けたのは、井戸の横で大きなドーベルマンにブラッシングをしている黒装束の男だった。
「…なんだ」
覆面の奥の冷たく青い瞳が、マッシュを見定めるように射貫く。
「ここからナルシェに行きたいんだが、良いルートを知らないか?」
「…ドマだな。ドマから船で海を西へ行くのが手っ取り早い」
以外にも彼はブラッシングの手を止め、世界地図を見せて指でルートをなぞってくれた。
「だが、南に帝国軍が広く陣を張り、ドマ城への攻撃準備を行っている。開戦からドマは随分と持ちこたえたが、今や前線をドマ城まで押し込まれている。あそこを落とされれば国家としては崩壊するだろう」
帝国は本土から船を用いて兵員や物資の輸送を行っている。
土地勘のあるドマ軍が上陸部隊を強襲する形で橋頭堡の構築を阻止していたが、帝国は上陸前に船上から魔導アーマーによるレーザー攻撃での露払いをする戦法にシフト。
陸から海上への攻撃手段に乏しかったドマ軍はこれに対処出来ず、上陸地点から撤退。
帝国軍は素早く陣営を築いて臨戦態勢を取ったのだ。
元より地上戦こそドマのサムライ達の本領であり、実際帝国は魔導アーマーを含めた相当数の被害を出してしまった。
だが、次第に国力の差が出始めた。
占領したアルブルグ、ツェン、マランダから徴用した兵を続々と送り込み、昼夜交替で攻撃を続けてドマ軍の疲弊を待ったのである。
「所詮は人間だ。食えず、眠れず、休めず、ドマ軍は疲労困憊し、守りに徹する以外の道が無くなった。帝国、ドマそれぞれにニンジャがいたが、勝ち目の薄くなったドマからは寝返る者が続出した」
「義理もへったくれも無い奴らだな…まぁ、雇われなら仕方無いか…」
元々この世界の存在ではないニンジャは、愛国心も忠誠心も無く、生きて行く為に傭兵をしているだけなのだ。
性質からして邪悪な者が多いニンジャは、義理に縛られて沈む船に乗り続けるほどお人好しではなかったというだけの話だ。
「そういうわけで、ドマは今や風前の灯。帝国に滅ぼされれば船を借りるどころの話ではないぞ。俺も南には用がある。途中までなら道案内を引き受けても良い」
この申し出にマッシュは悩んだが、1人ではドマへ辿り着けるかも怪しい。
少し考えた後、ポケットマネーから雇用料を支払ってこの男を雇う事に決めた。
財布が流されていなかった事は幸いだったと言えるだろう。
「契約成立だ。俺はシャドウと名乗っている。この業界では多少名を知られている自負がある。コイツは俺が唯一信用している相棒、インターセプターだ」
インターセプターと呼ばれた犬は、挨拶するように1つだけ吠えた。
「帝国軍の展開範囲は広い。見つからずドマへ行く事は不可能だろう。いっそ帝国軍の目がドマへ向いている内に陣地の中を強行突破した方が早いし、撹乱にもなるかもな」
「なるほど、そっちの方がコソコソするより俺に向いてるぜ」
マッシュを両拳を打ち合わせて気合いを入れる。
「そうと決まれば早く行こうぜ。ドマが無くなっちまったら意味がねぇ!」
シャドウは頷く。
南部の軍勢の動きが慌ただしくなっている。急がねば。
「…ここまでは良し。こっち側は帝国軍の警戒が薄くて助かったぜ」
マッシュとシャドウは、帝国軍陣地の端に積まれた木箱の陰から陣地内の様子を探る。
兵士が装備を確認したり、魔導アーマーを移動させたりと、ドマ城攻撃に向けて慌ただしく動き回っているのが見える。
ドマ城の築かれた陸地と他の陸地を繋ぐ2つの橋は帝国軍に封鎖され、周囲は海と川。今やドマ王国は陸の孤島なのだ。
故に後方へ回り込む事は不可能と判断され、帝国の警戒の目はただ前方へ向けられているのである。
「どこかに物資を集積したテントがあるはずだ。そこに火を掛ければ、少なくともドマへの攻勢を一時的に緩めるくらいは出来るだろう」
2人は見回すが、ここからではそれらしき大型テントは確認出来ない。
あるとすればもっと陣の中央辺りか?
「待て」
低姿勢で進もうとしたマッシュを、シャドウが制した。
意図を察したマッシュが慌てて木箱の陰へ身を潜めると、テントの中から2人分の足音が出て来たのだ。
「さすがに粘るな、ドマも」
「ああ、レオ将軍の指揮でこんなに苦戦するとは思わなかったよ」
どうやら話の内容はドマとの戦況らしい。
城に押し込めてこそいるものの、帝国側の損耗も相当なもののようだ。
「化け物だぜ、あのサムライてのは…俺、3日前の攻撃の時に参加したんだけど、剣で魔導アーマーの腕を斬り落としてやがったぞ…」
「らしいな…結局5機撃破されて退却だったか。けど、今朝本国からニンジャ3人が到着したらしいから、今日で終わるかもしれないぞ」
ニンジャが3人!
エドガー、ティナとの3人掛かりでどうにかガーゴイルを撃破したばかりのマッシュには、頭の痛くなる情報だ。
「ただ、ケフカがなんか妙な動きをしてるとかなんとか…噂じゃ水源に毒を使う気らしいが…」
「まさか。いくらあのイカレ野郎でも、そこまではしないだろう。そんな事したらせっかくドマを占領出来ても、別の所から飲み水を確保しなくちゃならないじゃないか」
「それをやりかねないのがアイツだろ」
ケフカ…エドガーから当時まだ同盟国だったフィガロ城へ放火した男がいたと聞いたが、その名がケフカだった。
「(皇帝直属の魔導士と聞いてたが、どうも人望は無いらしいな…)」
本人不在とはいえ、呼び捨てに加えて陰口まで叩かれる始末とは。
「おい、そこの2人!」
士官らしき男が、雑談していた2人を呼び止める。
「これからニンジャと共にドマ城へ攻撃を行う。ナイトメア殿の指示に従い、今日こそ落とすぞ!」
「はっ!」
士官と兵士2人が駆け足で陣内を抜けて行く。
他のテントからも、何人かの兵士がその3人に合流するのが見えた。
30分後、ドマ城正門前には帝国軍が整列し、攻撃開始を待っていた。
魔導アーマー8機、兵116名、そしてニンジャ3名。
その横列の中央に立つは、漆黒の騎馬に跨がり、身の丈を越える斧槍を地面に突き刺した、黒鋼ニンジャアーマーの男。そう、ニンジャだ。
「ドマ城。オブツダンめいた城壁のなんと美しい事。惜しむらくは今日限り見納めである事。城壁崩壊、城兵後悔し生涯を終えるが運命」
ニンジャは斧槍を振り上げ、その穂先でドマ城を指す。
「始めよ」
「「ヨロコンデー」」
左右から進み出たこれもまたニンジャ! どちらも大柄だ!
1人は黒地にファイアパターンのニンジャ装束の偉丈夫、もう1人は身長でやや劣るが横幅で大きく勝る、カーキ色の装束を纏った男だ。
その身体には無数のバクチクを差したベルトが巻かれている。
「我がカトン・ファイアーボールで吹き飛ばしてくれるぞ! イィィヤァァーーッッ!!」
ファイアパターンニンジャの両掌の間に炎が揺らめき、見る見る内に圧縮される。
それが握り拳大になった瞬間、ベースボールのピッチャーめいた投球フォームで城壁目掛け投げつけた!
「グッハハハ! こういった破壊任務こそ俺様の本領よ! イヤーッ! イヤーッ!」
カーキ色ニンジャは、ベルトから抜いたバクチクを両手の指に挟み込み、空中へ放り投げた。
それらは意思を持つかのように城壁へ頭を向けると、ロケット花火めいて点火、加速!
そして城壁に当たった瞬間、ニンジャが指先に仕込んだスイッチで起爆!
2人のニンジャの攻撃はそれぞれ大爆発を引き起こす!
だが!
「…なんだと?」
「僅かにヒビが入っただけだぁ?」
2人は顔をしかめ、眉間に皺を寄せる。
己のジツや技に絶対的な自身を持っていた彼らは、予想を遥かに下回る成果に憤りの感情を抱いたのだ。
「なんたる堅牢さ。ならばこれはどうか。アーマー隊、前へ」
控えていた魔導アーマー部隊が前進し、魔導レーザー発射口を一斉に向け、エネルギー集束を開始。
「放て」
号令一下、8本の光の軌跡が城壁へ突き刺さって爆発!
だが、それぞれの与えたダメージはニンジャのそれより小さい!
「イヤーッ! イヤーッ!」
その間にもニンジャ達は攻撃続行!
ドマ王国が誇る強固な城壁も、さすがに火力に長けるニンジャの攻撃には徐々に抉れ、削られ始める。
「…ムッ」
魔導レーザーも飛び交う中、城門が内側から開き始める。
奥の暗がりから現れたのは、腰に刀を下げた11人のサムライだった。
その眼光は鋭く、どう見ても投降の為に出て来た…というわけではなさそうだ。
「チャンスだ! 奴らを仕留めて雪崩れ込むんだ!」
アーマー兵達は機体を旋回させ、現れたサムライへと発射口を向ける。
「! 撃つな!」
隊長格のニンジャは咄嗟にアーマー兵を止めようとしたが、1歩遅かった。
サムライ達は一斉に刀を抜くと、伸びて来たレーザーを全て弾き、それぞれ発射元とは別の魔導アーマーへ跳ね返したのだ!
「うわぁぁぁーーーっっっ!?」
「ば、馬鹿なぁっ!?」
一瞬にして8機の魔導アーマー全機が行動不能に!
兵達は燃え上がるアーマーから転がり出ると、剣を抜いてサムライ達を睨みつける。
「ウカツ! バカ! サムライにレーザー無効! イサオシ焦り損害拡大!」
隊長ニンジャの叱責に、兵は竦み上がる。
その時、居並ぶサムライ達の中央に立つ髭面の男が声を張り上げた。
「拙者、ドマ王国剣士、カイエンと申す! 大将、潔く前へ出られいっ!!」
並の兵はその声だけで圧され、ある者は剣を取り落とし、ある者は腰を抜かした。
青い衣の上に薄紫色をした軽装甲冑を纏い、整えられた口髭を蓄え、黒い髪は後頭部で結われた威風堂々たる佇まいだ。
隊長ニンジャは情けない兵を侮蔑の眼差しで一瞥すると、斧槍の石突を深々と地面へ突き刺し、指を揃えた両手を打ち合わせた。
「ドーモ、カイエン=サン。ナイトメアです!」
本来、アイサツをお互いに交わさねばならぬのはニンジャ同士の場合だけであるが、相手が非ニンジャであっても、アイサツをされると本能的にアイサツ返しをするのがニンジャなのだ。
ナイトメアのアイサツを見た左右のニンジャも、1度戦闘体勢を解いてオジギした。
「ドーモ、サンバーンです」
ファイアパターンニンジャ。
「ドーモ、エクスプロシブです」
カーキ色ニンジャ。
「非ニンジャにありながら見事なワザマエ。なれど所詮は我が敵では無し。カラテ無くては座して死すのみ」
斧槍を引き抜いたナイトメアは、馬の腹を蹴って切り込んで来る。
「イヤーッ!」
ナイトメアが横一文字に斧槍を振ると、ニンジャ腕力が引き起こした衝撃波がドマ勢を襲う。
サムライ達は散開してこれを回避すると、そのまま別の相手と戦闘を始めた。
固まっていられると何をしてくるか分からぬが故、ナイトメアはこの分断を誘ったのだ。
「非ニンジャのクズ! ワシのカトン・ファイアーボールは連射が効かぬと思うてか! イヤーッ!」
サンバーンは左右の手に炎を滾らせ、ニンジャ握力で握ってボール状にすると、自身へ向かって来た3人のサムライへ投擲した。
短時間で生成と圧縮を行った為、火力も密度も足りぬが、人1人は容易に爆殺出来る威力だ。
サムライ達は本能的に危険を察知し、直撃コースをかわすが。
「甘いわっ!」
サンバーンが両手を握り込むと、2つのファイアーボールは空中で爆発!
サムライ達は爆風に巻き込まれる!
このカトン・ファイアーボールは、圧縮こそサイバネ機構によるものであるが、そもそものカトン・ジツはニンジャソウルに由来するサイキック能力の一種故、爆破タイミングも自在なのだ!
2人は顔面に火傷しうずくまり、1人は左半身を焼かれ、倒れて動かぬ!
「ハッハハハハ! 死ね! クズ! 小虫! 我らニンジャと貴様ら非ニンジャでは命の価値が違うのだ!」
「そうかい、そりゃ初耳だ」
サンバーンの背後で声。
「オゴッ…!?」
そして、高笑いする彼の口内を、メンポを突き破り、カタナの刃が飛び出した。
「さすがの俺でも、そこまで傲慢にゃなれねェから羨ましいよ」
アンブッシュ者がカタナを引き抜くと、サンバーンの身体はその場に崩れ落ちる。
その横を血糊を払いながら悠々と歩くは、フード付きコートめいた鈍色のニンジャ装束の男。
顔面は多層構造の段付きメンポで覆われ、その表情は窺い知れない。
「オゴッ…ゴボッ…き、貴゛様は…」
「なんだ、まだ生きてるのか? …ならアイサツしなきゃならんか」
切れ目の入ったメンポから血を吹きながら自身を指差すサンバーンに、溜め息を吐きつつもアンブッシュ者はカタナを納めて両手を合わせた。
「ドーモ、サンバーン=サン。シルバーカラスです」
「ド、ドーモ…アバッ…シルバーカラス=サン…ゴブッ…サンバーン…です」
震える両手でアイサツをするサンバーンだが、既に膝で身体を支えるのがやっとだ。
「カイシャクしてやる。ハイクは…詠めねェよな、そのザマじゃ。…イヤーッ!」
シルバーカラスは軽く腰を落としてカタナの柄を握ると、右腕が霞むほどの速度で一閃させる。
抜刀と納刀の動作を一瞬の間に終わらせたシルバーカラスは、ザンシンもせずサンバーンに背を向けて歩き始めた。
サンバーンはその背にせめてカトンの一撃も叩き込もうとしたが、身体が動かぬ。当然である。
今のサンバーンの頭は、首の断面の上に乗っているだけなのだから。脳から身体へ指令を伝達出来るはずもない。
「サヨナラ!」
サンバーンは己の現状を自覚した瞬間に爆発四散した。
自身の死すら認識させぬタツジンの早業。
これぞシルバーカラスの最も得意とするカタナ・ドーの極み、イアイドーなのだ。
鞘に納めたカタナに凝縮カラテを込める事で、速度、切れ味、そして抜刀の瞬間に生じるカマイタチによって攻撃範囲までも著しく向上する、恐るべきワザマエ!
「まだメシ代には少しばかり足りんかな」
シルバーカラスは再びカタナの柄へ手を添え、周囲の帝国兵を睨む。
だが、サンバーンとのイクサを遠巻きに見ていた彼らは既に戦意を失っていた。
手にしていた剣を投げ捨て、その視線から逃れるかのように我先に逃げ出したのだ。
「…こいつはまた意気地の無い事だな。おい、生きてるか」
倒れたドマ兵へとシルバーカラスは声を掛けた。
顔を焼かれた内の1人は刀を杖に立ち上がり、もう1人はまだ動けないが、気丈にも口の端を吊り上げて頷いた。命に別状は無さそうだ。
「こっちのは…ダメか」
半身が焦げて動かぬ兵は、呼吸音も聞こえない。手遅れだ。
「…ナムアミダブツ」
シルバーカラスは片膝を付いて両手を合わせると、短くネンブツを唱えた。
「お前らは城に下がってろ。俺とカイエン=サンで殺る」
互いに肩を貸す手負いの2人へポーションを投げ渡すと、メンポの口部分を開いてタバコを咥え、もう1人のニンジャへと走った。
「グワーッ! ック…俺様のボムディフェンス装束の防御力を舐めるなよ!」
エクスプロシブはドマ兵の素早い斬り上げで装束の表面を斬られるが、本人の言葉通りその防御力は並外れている。
実のところ、彼が肥満体に見えるのはこの対爆性能重点の装束の為であり、彼自身はむしろ痩せ型の体型をしているのだ。
「そして貴様はもう終わりよ!」
「何っ!?」
ドマ兵がその言葉に目線を落とすと、彼の衣と甲冑の隙間には着火済みのバクチク!
「ハイッ!」
バック転で距離を開けたエクスプロシブは、空中で指先を鳴らし起爆!
「あ、がばぁっっっ!!!」
ゼロ距離爆発!
ドマ兵の上半身は見るも無惨に爛れ、抉れて仰向けに倒れた。
「グッハハハ! ザマアミロ! クズがイキがるからそうなる!」
その時、エクスプロシブはニンジャ第六感で自身に迫る危険を察知!
「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
飛び込むような斬撃を危うくブリッジ回避!
シルバーカラスは前転着地と共に反転、エクスプロシブはブリッジ体勢からハンドスプリングで復帰してお互いに向かい合う。
「ドーモ、エクスプロシブ=サン。シルバーカラスです」
「ドーモ、シルバーカラス=サン! エクスプロシブです! ドマにもまだニンジャがいたか!」
エクスプロシブが得意とするは、多種多様なバクチクをセットしたフィールドに誘い込み、自身のペースに飲んで爆殺する、攻めよりも守り、待ちの戦法だ。
実際フーリンカザン構築にかけては彼に勝る者はそうはいないだろう。
一方で距離を詰められると、鈍重なボムディフェンス装束が枷となってカラテでは後れを取る。
故に彼は目の前のタツジンとはなんとしても距離を取っておきたい。
シルバーカラスが摺り足で近付けば、同じ歩幅を後退する。
「ヌゥー………イヤーッ!」
このままではジリー・プアー(徐々に不利)と状況判断したエクスプロシブは、両手でバクチクをバラ撒きつつ連続バックステップ!
シルバーカラスの視界は黒煙に飲まれる!
「(そこへ! そこへ! そしてそこへ!)」
倒れた帝国兵の身体、放棄された魔導アーマーの関節、落ちている剣の陰。
様々な箇所にバクチクをセットし、シルバーカラス迎撃の準備を整える。
「(ここはもう俺様の領域! さぁ来いシルバーカラス=サン!)」
この短時間でバクチクをセットした箇所実に18。全て動体センサーを内蔵した近接信管バクチクだ。
それらのオブジェクトは円形を描いており、エクスプロシブはその中央に立って両手にバクチクを構える。
いずれかのトラップに掛かった瞬間、追撃のバクチクで木っ端微塵とする算段である。
立ち込めていた黒煙が晴れるが、そこにシルバーカラスの姿は無い。これは予想通りだ。
エクスプロシブは全神経を周囲の索敵に回し、衣擦れの音も聞き逃さぬ。
「……………かかったりーっ!! イヤーッ!!」
後方で爆発!
すかさず振り返り様にバクチク投擲! 連鎖爆発!
吹き飛ぶ帝国兵の亡骸!
「え」
足元に転がって来た帝国兵の兜に、エクスプロシブは目を丸くしてしばし思考停止。
「味方ナンデ? グワーッ!?」
背後から飛んで来たタント・ダガー2本が両腕に突き刺さる!
「反射神経は大したもんだよお前さん」
「ヌゥッ!? グワッ!?」
ダガーを抜く間も無く距離を詰められたエクスプロシブは、飛び退いて逃れようとするが、何かが脚に絡み付く!
鉤付きフックロープだ!
「状況判断はイマイチだがな。イヤーッ!」
「グワーッ!」
そのまま振り回されたエクスプロシブは、自らが仕掛けたバクチクトラップに次々と着弾!
「アバッ! アバッ! アバーッ!」
ダガーで腕の筋組織を断たれた彼に抗う術は無く、完全にされるがままである。
ハンマー投げめいた回転を幾度も味わい、地面に叩き付けられた時には、さしものボムディフェンス装束もボロボロとなっていた。
「アバッ…」
「アブナイだぜエクスプロシブ=サン。バクチクの導火線をこんな剥き出しにしてたらよ」
意識が朦朧とするエクスプロシブの脇に腰を下ろしたシルバーカラスは、懐からライターを取り出し、ズタボロのボムディフェンス装束に未練がましく纏わり付くバクチクベルトに着火。
炎の揺らぐままのライターで咥えたタバコに火を着けると、その姿勢から大きく後方宙返り。
「…アバッ…あ…? …あ…あぁぁぁーーーっっっ!!? ヤ、ヤメロー! ヤメロー!! ヤメ…」
正気を取り戻した時にはもう遅かった。
バクチクベルトを外そうにも腕は動かぬ。
転がってもがくしか出来ない彼は、敢えなく地上の花火と化した。
「サヨナラ!」
バクチクの爆発が別のバクチクの爆発を誘発し、それがまた別のバクチクを…。
爆発の連鎖を繰り返すその様は、もはや花火大会めいていた。
「タマヤ…ってか」
シルバーカラスはタバコの白煙を吐くと携帯灰皿へ放り込み、メンポを閉じた。
「イヤーッ!」
「むぅんっ!」
馬上から振り下ろされる斧と、下から斬り上げる刀がぶつかり合い、火花が散るのはこれで何度目であろうか。
「これまでに仕掛けて来た連中とは別物でござるな…!」
「サンシタ共と一緒にされるは不快。ロードのおわすキョート城、その守りの一角を任されしは我がワザマエ故」
弾かれた斧を頭上で車輪めいて回転させ、遠心力を残したまま今度は下から振り上げる!
この勢いは受けられぬ!
カイエンは軽い脚運びで5歩分のバックステップ!
斧槍の穂先は鼻先をかすめる!
「鳥めいて素早い事。しがない小国と共に亡ぶは実際惜しい。降伏する意思あらばレオ=サンに取り成してしんぜる非ニンジャ」
「断る! 拙者はドマに生まれ、ドマと生き、そしてドマと共に死ぬ! まして暴虐の片棒など担ぐつもりは毛頭無い!」
フルフェイスアーマーメンポの為にナイトメアの表情は見えぬが、小さな笑い声が漏れるのが聞こえた。
「フハッ…見事見事、実際見事。我とてかつてザイバツが為粉骨砕身せんと誓った身、その信念に一定の理解は示せるというもの」
カイエンの横を駆け抜けたナイトメアは、一定の距離を走ってから馬首を巡らせ反転し、斧でカイエンを指す。
「ならば一切容赦無し。うぬは実際強者也」
斧を握る両腕の筋肉が膨張し、腕アーマーの一部が弾け飛ぶ。
「イィィィィィィ…」
上段の構え。
胸筋、腹筋も膨れ上がり、またもアーマーが弾ける。
これまで刃を交えた時とは明らかにアトモスフィアが違う。
カイエンは刀を構え、その刀身に己の気力全てを注ぐ。
次に飛んで来る攻撃は、回避が叶うものではないと理解したのだ。
「ヤァァァァァーーーッッッ!!!」
振り下ろされた斧は、空気との摩擦で赤熱化!
そして地面へ斧が叩き付けられると同時、柄が折れて刃が砕け散る!
「グワーーーッッッ!!」
膨張した筋肉が千切れ、血が噴き出す!
そしてそれらの自傷と引き換えに繰り出された衝撃波は、地割れを引き起こしながらカイエンを襲った。
「…必殺剣…」
己に迫る死の波を前に、カイエンは目を閉じ瞑想する。
凍ったような時間の中、刀を握った腕で半円を描いて下段から上段へ。
余波が生むカマイタチ、砕けた地面から巻き上げられた礫や砂利がカイエンの全身に裂傷を作るが、決して動じぬ。
全ての『気』を刀身、切っ先その1点にのみ込めねば、死は免れない。
「…空っ!!」
一太刀にして十字を描く。
するとどうした事か。
地面を裂きながら迫っていた衝撃波は、その斬撃の軌跡に触れた瞬間に180度反転し、ナイトメア自身へと向かったのだ。
「あり得ぬっ!!」
ナイトメアは狼狽した。
自身の全身全霊の一撃が、そのまま返されるなど。
しかし返って来た死を呼ぶ波は、彼に文字通りに現実を刻み付けたのだ。
馬の身体が八つ裂きになり、ナイトメアのニンジャアーマーを砕き、裂き、割った。
「グワーーーッッッ!!!」
手負いの左腕は斬り飛ばされる。
フルフェイスアーマーメンポが割れ、破片が目を抉った。
胴体のみが残り横倒しになった馬から転げ落ちた。
「ガフッ…バカな…我が奥義が…」
もはや彼には立ち上がる体力も気力も残っていない。
無論、カイエンも無傷では済まなかった。
放たれた衝撃波の余波だけで衣は切り裂かれ、甲冑にもヒビが入り、肌もあちこちに血が滲んでいる。
「…恐るべき技にござる」
見れば刀の刀身もヒビ割れ、刃こぼれしている。
「ナイトメア殿がやられた!」
「化け物だ! に、逃げろーっ!」
周囲に展開していた帝国兵は、ニンジャの全滅を受けて逃亡。
カイエンは痙攣するナイトメアへと歩み寄った。
逃げる兵達は、誰1人として彼を助け起こそうとはしなかったのだ。
部隊の指揮を執っていたとはいえ、所詮ニンジャは外様なのである。
「フ…フハハ…! アバッ…信じられぬ…されど現実…か………見事也、カイエン=サン」
ナイトメアは右腕だけで半身を起こすと、割れたメンポの穴からカイエンを睨む。
「…幽世に/彷徨い絶えし/ロスタイム」
ハイクを詠んだナイトメアは、砕けた斧刃を右手で掴み、己の腹部に突き立てそのまま切り裂いた。セプクだ。
カイエンは彼の行動を理解し、その首を刀で打って介錯した。
「…サヨナラ…!」
笑ったままの首が宙を舞い、身体諸共に爆発四散した。
「戦士の誇りを保って逝けたか、ナイトメア=サン」
音も無くカイエンの隣に立ったシルバーカラスは、彼と共に空を見上げた。
「シルバーカラス殿、ご助力感謝いたす」
「メシ代と風呂代だ、気にするな。…さっきの奥義、防いで正解だ。あれを通してりゃ城壁なんざ木っ端微塵だっただろうな」
シルバーカラスは振り返り、痛々しく裂けた地面を見下ろした。
その亀裂の最奥部は窺い知れぬほど深々と断ち切られている。
「(あいつザイバツニンジャつってたか。アプレンティス、アデプトであのワザマエはありえねェ。かと言ってグランドマスターはもっとバケモンじみてるだろうし、マスターニンジャってとこか…)」
実物を見た事は無いが、グランドマスターはいずれも常識の範疇を大きく逸脱した怪物揃いだと聞く。
この災害めいた惨状を作り上げたマスターすらその足元にも及ばぬという驚異的なワザマエは、残念ながらシルバーカラスには想像もつかない。
ただ1つ言えるのは、その怪物達がこの世界に来ていないよう祈るのが賢明である…という事であった。
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