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ニンジャ・イン・ザ・ファンタジーⅥ

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白き極光編
第1章
  アタック・ザ・オクトパス?イエス!アイム・オクトパス!

 帝国ニンジャ、ガーゴイルを撃退して以降、エドガーらのバナンを守りながらのナルシェへのイカダ旅は順風満帆であった。
 危険なモンスターの巣窟を抜け、川の流れも次第に緩やかになり、空は快晴そのもの。
 エドガーが自身のマントを畳んで用意した簡易的な枕でティナも仮眠を取る事が出来ている。

「ふっ、こうしていると極々普通の女子じゃの。…それもそうか。常人との違いなど、力を持っているか否かでしかないのだから」

 静かな寝息を立てるティナを眺め、バナンはどこか安堵したような言葉を漏らした。
 リターナー本部では力に悩む彼女に説教めいた講釈を垂れたが、心のどこかでは僅かながら畏怖を抱いていたのだ。

「バナン様、万が一接岸時に帝国の待ち伏せがあった場合、私とマッシュが切り込みます。バナン様はティナと共にプラン通りナルシェへ」

「うむ…しかし…」

 自分達2人は捨て石にせよ…さすがにバナンもそれを快諾する事は出来ない。

「リターナーを率いるバナン様と、幻獣との架け橋になり得るティナ…今最も重要なのはこの2人なのです」

 エドガーの決意は固い。
 こちらを振り返り、歯を見せて笑うマッシュも、その目に宿る意志は同じらしい。

「…分かった。だが、お主ら兄弟もまた重要な存在なのだ。フィガロの為にもな」

「承知しております。そもそもにしてリターナーへの協力も、フィガロを守る為の選択。死ぬつもりは毛頭ありません」

 若いと言えど、その双肩には一国の民全ての運命を乗せている。
 かつて帝国もまだ軍事行動を起こしていなかった頃に開かれた、各国代表による首脳会談。
 多くの者が国を継いだばかりの若い王を侮るような態度を見せていたが、今やそこに列席していた者の殆どが既にこの世に無く、逆にエドガーとフィガロは生き残った。
 それは国の頂点に立つ者の責任、すなわち国家を存続させる為に何を為せば良いかを常どれだけ考えていたかの差なのかもしれない。
 他の者がそれを怠っていたわけではなく、ただエドガーの努力がそれを上回っていただけの話だ。

「私はフィガロであり、フィガロは私です。断じて無駄にして良い命ではありません」

「…そうか。それを分かっていてくれれば良いのだ」

 バナンは頷き、手にした杖を支えに立ち上がった。

「ま、ロック達の帝国軍撹乱が成功した事を祈っておきましょう。向こうはニンジャ2人もいますしね」

「そうじゃな。…はて? エドガーよ、あそこの水面…」

「うん…?」

 背筋を伸ばして前方へ目を向けていたバナンの言葉を受け、エドガーとマッシュも目を細めてその指先を追う。
 そこまで激しくなくなっているはずの川の流れだが、その一部分のみ不自然に波打ち、大小の気泡が水面を揺らしているのだ。
 エドガーは無言でオートボウガンを構えると、その気泡目掛けて矢を射掛けた。

「いっっったーーーっっっ!!?」

 バシャバシャと水面を飛沫が跳ね、紫色の触手が暴れながら浮上し、潜伏者の姿が露になる。

「何さらすねーん…!」

 まず現れたのは、紫色のヌラヌラした身体に黄色い目と赤い瞳。実際タコめいている。
 が、次いで視界に入ったのは肉食動物めいた黄土色の鋭い牙だった。

「あ、あれは一体…おい、お前言葉が分かるみたいだな! 何者だ!」

 マッシュが指差して尋ねると、紫の物体は胸(?)を張って答える。

「どうも、わいはオルトロス。見ての通りのタコです」

「嘘こけ! タコにそんなやたら鋭い牙があるか! しかもお前良く見たら脚に吸盤ねぇじゃんか!」

「タコゆーとるやんけ!」

 オルトロスと名乗ったタコ(?)は逆上し、イカダに乗り上げてマッシュと殴り合いを始める。
 さしものマッシュも、8本脚の手数、全身ほぼ筋肉の肉体が生む剛力、そして身体の表面を覆う粘液の為に打撃が有効でない相手には分が悪いようだ。

「マッシュ、離れろ!」

 エドガーはボウガンを向けるが、乱闘状態で頻繁に前後上下が切り替わる殴り合いの為に狙いが定まらない。

「いでででで! 絞めるな絞めるな! こんにゃろ!」

「あだだだだ! 噛むな! 噛まんといて! オルちゃん美味くないよ!」

 叩いて殴って張り付いて噛み付いてと取っ組み合いをする1人と1匹に、エドガーもバナンも蚊帳の外だ。

「ファイア!」

「どあぢぃっ!?」

 その状況を変えたのは、オルトロスの脚の1本への突然の着火である。
 いくら疲れていたとはいえ、この喧騒でさすがのティナも目を覚ましたのだ。
 目覚めた彼女の目に映ったのは、マッシュとモンスターの白兵戦であり、そして頭を過ったのはマッシュを助けねばという思考だった。

「あちちちち! 茹でダコ!? 焼きダコ!?」

 たまらずオルトロスはマッシュから離れて水中へ飛び込んで消火に勤しむ。

「な、何さらすん…ねん?」

 若干焦げた脚へ息を吹き掛けながら、オルトロスは怒りの籠った視線をティナへ向けるが、その姿を認めた途端に目を丸くする。

「か………かわいい…わ、わいの好みや…ポッ」

 オルトロスは恥ずかしいとでも言わんばかりに、器用に触手を人間の手の如く動かし、顔を覆って時折その隙間からチラッとティナを見てはまた顔を覆う。

「…なぁ兄貴、もうアイツほっといて先に進まないか?」

 やる気が削がれたのか、疲れ切った顔のマッシュがオールを手にする。

「う、うーん…でもなんか素通りしたら追い掛けて来そうな雰囲気あるしなぁ…倒すまでは行かずとも追い払うくらいは…」

「モンスター…だろうからのう…うぅむ…」

 エドガーとバナンも、どうにも気の抜けるオルトロスに完全に毒気を抜かれてしまっている。
 と、そこへ…。

「コーッ…コーッパ…」

 謎の呼吸音。
 一行が音の出所へ目を向けると、突然水中から鈍色をした小型の銛が飛び出した!

「危ないっ!」

 エドガーが剣を抜いて下から上へ切り上げると、バナン目掛けて放たれた銛は弾かれて狙いを逸れる。

「っ……!」

 しかし、弾いただけでエドガーの腕が痺れ、剣は刃こぼれ! なんたる強度と射出初速か!

「イヤーッ!」

 奇襲に失敗した襲撃者は水中から飛び出し、少し離れた岩場に着地した!

「コーッ…ドーモ、ウォーターボードです! コーッパ!」

 全身を黒いウェットニンジャ装束で覆い、顔には水中ゴーグルとシュノーケルメンポ。
 両の手脚にはスクリュー装置を備え、水中での高い瞬発力を実現している。
 これをフルに活用した水中体当たりは、バイオカジキマグロめいてそれだけで相手を死に至らしめるだろう!

「コーッ! 水路を選んだのが運の尽きよ! ソウカイ・シックスゲイツの『六人』たるこの俺のアクアカラテ、その本領を」

「邪魔せんといてんか!」

 オルトロスが勢い良く触手を伸ばし、ウォーターボードの鳩尾へ強烈な突き!

「グワーッ!?」

 エドガー一行しか標的として見ていなかったウォーターボードは、無防備のままこれを受けて転倒!
 受け身を取ってオルトロスを睨む!

「ヌゥーッ! モンスター風情が帝国の、ニンジャの邪魔をするか! コーッ!」

 両腕に手甲めいて装備した装置には、スクリューの他に銛の射出機構も備わっている。
 バナンへのアンブッシュに使用したのもこれだ。

「イヤーッ!」

 右、そして左の順に銛発射!
 オルトロスは素早く水中へ潜行して銛を回避し、息を潜める。

「コーッ! くそっ、ならばバナン=サンからだ!」

「皆耳を塞げ!」

 エドガーの合図で、全員が両手で耳を覆う。
 彼の手に握られているのは、先端にパラボラのようなパーツが付いた金属製の管楽器めいた機械。

「これでも食らえ! ブラストボイス!」

 手元のボタンを押すと、複数の音波がわざと噛み合わぬようセッティングされた不協和音として放たれる。

「グワーッ!? 音響兵器!!」

 ブラストボイスは指向性の不快な音波を放ち、鼓膜を伝達して相手の脳へダメージを与える非人道的機械武器だ。
 なまじ常人より優れた聴覚を持つニンジャであるが故、その効果は絶大だ。

「オゴーッ! アバババッ!」

 頭を抱えてふらついたウォーターボードは、水中へ真っ逆さまに落下!
 なおも錯乱状態は続き、手脚をバタつかせてもがきながら川底の岩に繰り返し激突!
 ウェットスーツが裂け、シュノーケルメンポにヒビが入る!

「ゴボッ…! ゴボボボボ…!! ……ゴポッ……」

 本能的に酸素を求めて手が水を掻くが、身体は全く言う事を聞かずに浮上が叶わない。
 やがて水面を暴れるような飛沫は減り、そして消え、最後に…。

「サヨナラ!」

 爆発四散と共に巨大な水柱が上がり、周囲に水滴を撒き散らした。
 さすがに敵ニンジャとはいえ、その無惨過ぎる最後に、オルトロス含め一同は合掌した。
 が、空気感はすぐにウォーターボードが現れる前のそれに戻った。
 何故ならば、そもそもの障害であるオルトロスは未だそこにいるからである。

「なんや邪魔が入ってもうたけど…そこのカワイコちゃん! わいとデートしてんか~!」

 男性が女性をエスコートするかのように無駄に洗練された無駄に優雅な所作で手(タコ脚)を差し伸べるオルトロス。

「やいやいタコもどき! アホ言ってねぇで大人しく道を開けねぇと…その丸い頭の上にもひとつ丸いタンコブこしらえてやるぞ!」

 経験則に無い態度を取るオルトロスに恐怖を抱くティナの前にマッシュが出て、ジャブを打ち込むモーションで威嚇する。

「ちょ、カワイコちゃんが見えへんやろがい! どかんかい筋肉ダルマ!」

 自身の視界からティナを隠された事に腹を立てたのか、オルトロスは突如として激昂し、振り上げた触手をマッシュの脳天目掛け振り下ろした!

「うおぉっ!?」

 マッシュは両腕をクロスさせて受け止める!
 その振動はマッシュを伝ってイカダを大きく揺らす!

「いぃってぇっ!? お前の怒りの沸点がサッパリ分からねぇぞ!?」

「やかましいっ! 毎日毎日流れる川とモンスターの鳴き声しか目と耳に入らんわいの、ほんのささやかな目の保養すら邪魔する筋肉ダルマめ!」

 バシーン! バシーン!
 何度も何度も叩き付けられる触手パンチ!

「うおっ! ま、まずい! このままだとさすがにイカダが持たない! マッシュ!」

「合点っ!」

 エドガーの声色でその意図を察したマッシュは、オーラキャノンの要領で両手に『気』を流し込むと、振り下ろされたオルトロスの触手目掛けてカウンターパンチを叩き込む!
 打撃は粘膜で有効打にならないが、拳に纏わせた聖なる『気』によるダメージは触手を容赦無く焼く!
 さらに『気』が緩衝材となってイカダへの衝撃を緩和!

「あばばばば!? なんやなんやなんやコレぇっ!?」

 正体不明の攻撃に、オルトロスは飛び退く。
 岩壁に触手を這わせて身体を器用に固定し、一行を見下ろす。

「タコが地上でんな機敏に動くかっ!?」

「為せば成るねん! 頭足動物に不可能はない!」

 オルトロスは口を膨らませ、墨を吐き散らす!

「オーラキャノン!」

「ファイア!」

 聖なる『気』と炎で壁を作り、墨を相殺!

「距離を取ったのならこっちのものだ!」

 近距離での乱戦の為に出番の無かったエドガーのオートボウガンが火…もとい矢を吹く!
 ここぞとばかりに連射連射連射!
 左手には既に装填を終えた予備のドラムマガジンが握られており、現在発射中のマガジンが切れれば即座に切り換えて矢を途切れさせないつもりだ!

「あぶっ! 危なっ!? うひぃっ!?」

 雨霰と飛んで来る矢を柔軟な身体を活用して跳ねながら避けるオルトロスだが、如何せん数が多い。

「あだーっ!? あでででっ!? どあっちちち!? あっちゃーーーっっっ!?」

 刺さる。実際刺さる。
 しかもたまにオーラキャノンも混ざって来るし、足先をファイアで焼かれる。

「こ、こりゃたまらん…」

 多対1でボコボコにされて満身創痍になったオルトロスは、ヒーコラヘーコラと荒い息で川へ飛び込んだ。

「…やったのか?」

 4人はそれぞれイカダの端から水中を覗き込む。

「…キャッ!? あ、脚に何か!」

 ティナの悲鳴に一同振り向くと、彼女の右脚に紫色の触手が絡み付いている。

「ティナ! こっちへ!」

 バナンが杖を触手へ叩き付け、怯んだ隙にエドガーがティナをイカダの中央まで引き寄せる。

「あんにゃろう! やっぱりトドメを刺してやる!」

「お、おいマッシュ! 飛び込む気か!?」

 膝を曲げて屈伸するマッシュを呼び止めようとするエドガー。

「大丈夫だって兄貴! こんな緩い流れならアイツをぶちのめしてからでも泳いで合流出来るぜ!」

「いや、水中は相手の土俵…」

「おりゃあっ!!」

 止める声も聞かず、マッシュは大きな水飛沫を上げて水の中へと消えてしまった。

「マッシュ!」

 手を付いて心配そうに水面を眺めるエドガーの肩に、バナンが手を置いた。

「何、あやつならば心配はいらんじゃろう。兄弟のお主が信じてやらんでどうする。ここまでの戦いだけでもマッシュの力はよーく分かったはずじゃ」

「それはそうですが…やはり陸上と水中では…」

 うんうんと頷くバナンだが、エドガーもティナも不安は隠せない。

「その内「獲ったどー!」とでも言いながら飛び出してくるじゃろう。ハッハッハ!」

 その時、水面に気泡! 底から影が浮上し…。

「あーーーれーーー!!」

 マッシュは元気良く飛び出し、遥か彼方へ飛んで行った…というのは比喩だが、少なくとも一行の進行方向とは別の支流へと飛ばされてしまった。

「ごぼぼっ! くそ、あのやろ…あぶっ! 思い切りぶん殴りやがっ…ごぼっ!」

 激しい流れでないとはいえ、戦闘のダメージが残っている為に上手く泳げない。

「マッシューーー!!」

 エドガーは離れていくマッシュへ大声で呼び掛ける。

「後は自分でなんとかしろーーっっ!!」

 わりと冷たい? 否、これは信頼である。
 それを理解しているが故、マッシュも相手に見えているかは別にしてサムズアップで答えた。

「…大丈夫かしら…」

「…多分大丈夫さ…多分」

「うむ…大丈夫…じゃろう、多分」

 一行は一抹の不安を感じながらも、無情に進むイカダの上ではマッシュの無事を祈るしか無いのである…。

「あの支流は…確かドマの方へ流れていたはず…上手くドマ王国に保護されれば良いが…」

 地図を見ながらエドガーは弟を案じるが、今はバナンをナルシェに送り届けるのが先決だ。

「マッシュが修行で身に付けた鋼の肉体を信じるのじゃ…」

「はい…」

 ティナにとっての旅の起点となった炭鉱都市ナルシェ。
 今再び、彼女はあの街へと足を踏み入れる事になるのだ。
 決して歓迎される再訪ではないと知りながらも、人と幻獣の未来を掴む為に、帝国の生み出す悲しみの連鎖を食い止める為に、ティナはこの歩みを恐れないと決めたのだ。

「…ロック…コルディ…マッシュ…」

 今は離れた場所でそれぞれに戦っている仲間達を思いながら、ティナは水平線の彼方に見える小さな灯に目を細めた。 
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