世界はまだ僕達の名前を知らない
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仲間の章
06th
貢献命令
二人は表通りへ出て各々の目的地へ向かった。
……筈なのだが。
「……………………」
トイレ男は隣に立つやさぐれ女の方を見た。
「……………………」
やさぐれ女もトイレ男の方を見ていた。
「……………………」
「……………………」
「「……………………」」
二人は今、衛兵の詰所の前に立っていた。
二人ともそこから動かないという事は、そういう事である。奇妙な事も有るものだ。
【どういう用なんだ?】
「貴方こそ何なの?」
やさぐれ女は女声で女言葉を喋った。「…………」、違和感がまるで無いのが恐ろしい。声を掛けるべきか掛けざるべきか迷っている見張りの衛兵も彼女に関しては気にした様子が無い。迷っているのはそれとは別の理由である。
そうして二人で暫く睨み合っていると、
「お? ツァーヴァスじゃないか」
「!」
【御無沙汰してます】
巨女が歩いてやってきた。
「それとハイリンシアさんも久し振り」
「えぇ、久し振り」
「……………………」
やさぐれ女は巨女の知り合いらしかった。
「二人はどうして一緒に居るんだ?」
「そこで一緒になって。ずっと後を付けてくるんで何者かと思っていましたが、リーフィアさんのお知り合いだったんですね」
「……………………」
嘘は言っていないので、まるでトイレ男が悪者であるかの様に聞こえても文句は言えない。
「そうなのか。まぁ中に入ろう」
そう言って巨女が建物に入ったので、やさぐれ女とトイレ男も後に続いた。
「案内します」
入口に立っていた衛兵の片方がそう巨女に申し出た。トイレ男ややさぐれ女は取っ付き辛くとも巨女は大丈夫らしい。
そうして三人は二階の或る一室に案内される。
「来たか」
そこには既に前衛兵が居た。
「あぁ、来たとも。ツァーヴァスくんとハイリンシアさんともそこで一緒になったから連れてきた」
「そうか。なら君達で最後だ」
トイレ男は室内を見渡した。
そして、どうやら前衛兵の他に三人の男が居るらしい事が判った。
「……………………」
一番奥の椅子にどっかりと座り込み、腕を組み何やら思案気の男。
「……………………」
下着一枚という正気を疑わざるを得ない装いで、薄い頭を隠そうともしないヘラヘラしてそうな男。
「……………………」
そしてキチンとした礼装に身を包み、トイレ男の方をジッと見詰めている優男。
「……………………」
以上の三人である。取り敢えずヘラヘラ男には関わらない様にしようと誓うトイレ男であった。
「座ってくれ。話を始めたい」
どうやら彼らを観察している内に二人は着席していた様である。慌てて空いている椅子に急ぎ座った。
長方形のテーブルの短辺の一つにやさぐれ女が座り、そこから時計回りにトイレ男、優男、ヘラヘラ男、思案男、前衛兵、巨女という順番になった。思案男がやさぐれ女の真向かいである。「…………」、男女比偏ってんなぁ、と朧気に考えた。
「では話を始めよう」
前衛兵がそう宣言し、話が始まる。
「この見慣れない人物は先日義務貢献処分になったツァーヴァスだ。ほら、自己紹介しろ」
「……………………」
断る理由も無いので従う。
【御紹介に与りました、ツァーヴァス・ニフロス・アマリアです。諸事情有り喋れないので会話は筆談となりますが、宜しくお願いします。読み終えたら隣の人に渡してください】
紙に書いたはいいが、遠くの人には見えないだろうので、先ずは隣の優男に渡す。
優男はそれに目を通した後、
「アイレックス・アズヴァン・アルティミーだ。宜しく」
と、紙をヘラヘラ男に渡しながら握手を求めてきたので、応えて手を握った。
「へぁ、ヘルマン・ヘリー・ヘイリア、へぁ。へぁ、よへぁ、へぁ」
「ダック・ドートス・ダマライア」
ヘラヘラ男と思案男も見た様で名乗りを上げたが、特に握手は求めてこなかった。……ヘラヘラ男には関わらない様にしよう、と誓うトイレ男であった。
その後前衛兵と巨女を通してやさぐれ女にも紙が回り、「ハイリンシア・アニラ・アリックスです」と今更な自己紹介を受けた。
「これが何の集会か判っていないだろうから、説明しておく。これはそちらと同じ様に義務貢献処分となった、或いは半釈放となっている者達を集め、次の任務を言い渡す場所だ」
「……………………(頷く)」
何と無く判っていたので頷く。
でも半釈放って何だ?
「半釈放っていうのは、犯罪を起こした者の内、本来なら刑務所で労働しなければならないが、心の芯から更生されたと認められる者が受ける処分だ。完全な釈放ではなく、衛兵の仕事を手伝わねばならないが、私生活は完全に自由だ。この中だとハイリンシアとアイレックス、ダックが該当するな」
「……………………(頷く)」
更生した結果『もう危なくない』と判断された犯罪者の様である。やさぐれ女と優男と思案男が当て嵌るらしい。刑務所も無意味に人を養いたくないのだろう。……というか義務貢献処分なのはトイレ男とヘラヘラ男しか居ないのか。唯一ヘラヘラ男と同じグループに分けられると知ってトイレ男はかなり凹んだ。それはもう、かなり。
「では本題に入る。⸺我々は先日、遂に壷売りの残党のアジトを突き止めた。一般には未公開の情報だから、他言しない様に」
「⸺っ、本当か」
驚いた様子を見せたのは思案男である。
「あぁ。既に何回か潜入調査も行っている」
前衛兵は頷きながら答えた。
「どうやら彼らはもう壷売りを止めて、誘拐で身を立てていく事にしたらしい。既に何人かが囚われている」
「……………………」
誘拐で身を立てるとは。
まぁ、身代金でも貰う積もりなのだろう。
「我々は近日中にそのアジトへ突入、メンバーの捕縛及び誘拐された人達の救出を行う事にした。君達にはその作戦に参加してもらう」
「いつものメンバーか?」
「あぁ。だがそこに今回はツァーヴァスが加わる。リーフィア氏、ツァーヴァス、アイレックス、ダック、ハイリンシア、ヘルマンの六人で小隊を組んでもらう事になる」
どうやらトイレ男達は巨女も入れて一纏まりとして扱われる様である。
「具体的な作戦は……」
前衛兵が何枚かの紙を取り出しつつ、今回の作戦を語り始める。
思ったより長くなりそうだと思ったトイレ男は、眠くならない様に目尻を強く押し込んだ。
◊◊◊
途中で昼食が運ばれてきて、ヘラヘラ男が紙にそれを零してしまうというハプニングを挟みつつ、集会は無事終了した。
「……………………」
トイレ男は寝なかった自分を褒めた。
「ツァーヴァスはこの後どうするんだ?」
巨女がトイレ男の予定を訊いてくる。
「……………………」
【特に無いですね】
トイレ男はそう答えた。黒女達の所に一回戻ろうかとも思ったが、しなければいけない訳では無いし、巨女が何か用事が有るならそれを優先したかった。
「そうか。では今晩一緒に夕食でもどうだ? 私の家で」
「……………………」
続く言葉は予想の斜め上であったが、別に断る理由は無いし⸺何より彼女の用事には予想が付いたので、頷いて答えておいた。
「そうか! では、いつも夕食を食べるぐらいの時間でいいから、好きな時に来てくれ」
「……………………(頷く)」
巨女はそれに微笑み返して、部屋を出て行った。トイレ男もそれに続く。
⸺その背中を、一組の瞳が見詰めている事には、気が付かなかった。
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