世界はまだ僕達の名前を知らない
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仲間の章
06th
やさぐれ男とは全く以て関係の無い女性
その後。
「あーっハインツそれ無しー!」
「んぁあ? 別にいいだろこれぐらい」
「無しったら無しー!」
「あー、別にイカサマでも何でもねぇだろうがよぉ。なぁハミー?」
「大人気無い」
「…………チッ」
「ツァーヴァス、取引をしよう。僕はもう君のトイレを不気味がらない。だから手を組まないか? 大丈夫さ、裏切りはしない」
「……………………」
【ペテルお前さっきそう言ってディグリーを裏切ってたろ】
「過去のあれこれは忘れようじゃないか! 今はこれからの事を考えよう!!」
【お前さっきそう言ってディグリーを騙してたろ】
「……………………」
「まぁまぁ……騙されてみるのも、いいモンだぜ?」
【どこがだ】
「あっおい見ろアーニが!!」
「? なーに?」
「あのペアは勝ち確を狙いに行ってる!」
「?? 何の事??」
「本人無自覚かよ」
「兎に角潰せ!」
「はい勝ち確」
「「ペテルッ!?」」
「あーっ、また負けたー! 何でディグリーが勝つのよ!」
「馬鹿の癖にね。何でだろうね」
「ハッハッハ、俺はこのゲームで勝てる様にだけ知力を育てたのさ」
「馬鹿だコイツ」
「俺もそうなんだがな……」
「「「「!?」」」」
「ハインツも馬鹿だった」
そうして白熱したゲームが続く事暫く。
ふと、トイレ男は今の時間が気になった。
そして一度気になると止まらない。
結構熱中していた気がするが、どのぐらい時間が経った? 何かもう三二ゲーム目に突入しようとしているが、時間は大丈夫か? そういえば腹が減ってきた様な……
【今何時?】
という訳で皆に訊いてみる。
「え……何時だろう」
「昼前ぐらいじゃね? 知らんけど」
「俺の腹時計はおやつの時間だと言っている」
「ディグリーの腹時計はマジで当てになんないから聴いちゃ駄目だよ」
が、黒女達もトイレ男と条件が一緒なので知らなかった。
【昼に予定有るからそろそろ終わろうかと思うんだけど】
「えー」
「ブッチしね?」
「お、いいなぁそれ」
「うんしよう」
何故かトイレ男が予定を反故にする方向で話が進んでいる。
何とか軌道修正せねばと思っていると、
「あー、実は俺も予定有るんだわ。ブッチするとマズいから、俺は抜ける」
と、これまで大人気無い戦法で着実に勝利を重ねるかと思いきや最後の最後でヘマをしてばっかなので実は一勝もしていないやさぐれ男が離脱を宣言する。
「えー」
「ハインツ、命令よ。続けなさい」
「残念ながら作戦中じゃないから従属義務は無いですよっと。じゃーな」
やさぐれ男はその侭席を立ち、ドアへ向かった。トイレ男も慌てて立ち上がり、その後を追う。
「えー、ツァーヴァスも?」
「……………………(頷く)」
【行かなかったら結構ヤバいんだよ】
「えー、詰まんないの……姉様! 一緒にやりましょ!」
「私はいいかな」
「えぇ……」
トイレ男も結局抜ける事に不満たらたらな様子の黒女は、まだ壁際に立っている白女を誘うも断られる。
「じゃあ俺もおやつ食ってくるわ」
「昼飯な」
「今日何だっけ?」
そして大黒男を筆頭に黒男トリオもゲームを終了する方向で話を進めていた。
「えー皆もっと遊ぼーよー」
「お前も腹減ったろ。先に昼飯食ってからにしようぜ」
「全然お腹空いてないもん!」
「ほらほら、駄々捏ねてるとお姉ちゃんに見えないぞー」
「! ほら皆早くお昼行くわよ!」
流石、黒男は長く一緒に居るだけあって黒女の扱いが上手い様だ。見習いたいトイレ男である。
そんな彼らの遣り取りを見ている間にやさぐれ男が先々行ってしまっていたので、急いで追い駆けた。
「……何だ?」
「……………………」
怪訝な顔を向けられたが知らんぷりをする。トイレ男は、実の所まだ道を憶えていないので彼に付いて行こうという魂胆なのである。
やさぐれ男はその後もトイレ男の方を気にしつつ、止まる事迷う事無く歩いていった。
暫く歩いて、トイレ男がそろそろ出るかな? と思い始めた頃。
「お前の用ってどこなの?」
「……………………」
『何で付いてくんの?』と訊かれた時用に『俺もこっちなんだ』と書いた紙は用意していたが、想定外の質問が来てたじろぐトイレ男であった。
「この先は行き止まりで、有るのは俺の隠れ家ぐれぇなんだがな」
「……………………」
『言えない。取り敢えずこっち』と逃げようとしていたのに、そこをピンポイントで塞がれた。「…………」、もうどうしようもない気がする。
「……道が判んねぇならそう言えよ」
「……………………」
目論見まで看破されて、何とも気マズいトイレ男であった。
やさぐれ男は溜息を吐き、
「直ぐ戻ってくっから待ってろ」
と道の先へ進んでいった。「…………」、トイレ男は言われた通り待っておく事にした。
「……………………」
路地裏で独り佇む。
こうしていると甦ってくるのは嫌な記憶⸺安易に路地裏に入って白女に追い駆けられたり、安易に路地裏に入ってチンピラに襲われたり、安易に路地裏に入って白女に追い駆けられたりといった記憶だ。「…………」、白女はトイレ男のトラウマ量産機か何かなのだろうか? ここ最近トイレ男が恐怖を感じる事の原因はほぼ全て白女である。
まぁ少なくとも今は白女に襲われるという事は無い(筈)なので、警戒すべきはチンピラである。あれ以来目にしていない大男や小男の顔を何とか思い出しつつ、今度は返り討ちにしてやると強気で居る事にした。特にあの時から何か武器が増えた訳ではないが、まぁ、そこは、うん。
先ずは小男を相手取るイメージトレーニングしていると、やさぐれ男が消えた方向から一人の女が歩いてくるのが見えた。
「……………………」
華奢な体格だ。だが白女や黒女を知っているととても脅威ではないとは思えない。
興味示さずに通り過ぎてくれるといいな、と道の端でゴミを踏まない様に縮こまっていると、不幸にも彼女はトイレ男の前で立ち止まり彼の方を向いた。
「……………………、?」
あー、駄目でしたかー。ならせめて少しでも抵抗を……と思った所で、こちらを見詰めるその瞳に見憶えが有る事に気付く。
その瞳はやさぐれ男の物と同じだった。
「!? !?!? …………、!?」
一体全体どういう事なのだ。他人の空似……にしては似過ぎている。なら本人? いや、やさぐれ男は正真正銘の男である。声も、体格も、男である。だから目の前の女は、声は判らないが明らかに華奢な体格をしているこの女はやさぐれ男ではない。なのにやさぐれ男の目を持っている。姉? 妹? 母親? 双子? 様々な説が頭を過ぎった。
一方の彼女は困惑するトイレ男を見てニヤニヤと笑っていた。そして、
「早く行くぞこの野郎」
「!?!?!?!?」
やさぐれ男の声で喋った。もう何が何だか解らない。
やさぐれ男(?)はそんなトイレ男の様子を見て満足したのか、踵を返して歩き出した。「…………」、大分迷った末トイレ男はそれに付いていく。
【どういう事なんだ?】
歩きながら書いて尋ねる。
「見て判んねぇか? 女装だよ」
【明らかに体格も変わって見えるんだが】
「知ってるか? 体格っつうのは意外と誤魔化せる」
どう誤魔化しているのかは教えてくれない様だ。
「それと、俺はハインツとは全く以て関係の無い女性『ハイリンシア・アニラ・アリックス』だ。間違えんなよ」
「……………………」
やさぐれ男に女装趣味が有った事が衝撃過ぎて半ば頭に入らないトイレ男であった。
やさぐれ男⸺改めやさぐれ女はそんな彼の様子を知ってか知らずか、表通りへと続く道を歩いていた。
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※やさぐれ男は歴とした男です。設定にもそう書いてある。
実は彼の女装に関しては今回を書いてる途中に思い付いたという裏話。よく考えたら彼、前衛兵に顔割れてたんですよ。
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