俺様勇者と武闘家日記
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第3部
グリンラッド〜幽霊船
思い出のペンダント
「なあんだ、つまり今のユウリちゃんは、エリックさんって幽霊が乗り移ってるってことね☆」
皆と合流したあと、私は今の状況を三人に説明した。簡潔ではあったが、シーラの反応を見る限り、なんとなくは理解してくれたようだ。
そんな中、ルークだけが訝しげに口を開く。
「もしかしてユウリって、霊媒体質なの?」
「霊媒体質?」
「霊感が強いって言うか……。僕も噂で聞いただけだけど、幽霊に取り憑かれやすい人のことをそう言うらしいよ」
「あー……、もしかしたらそうかも」
思い当たる節は何度もあった。幽霊に対して敏感なのか、私にはわからない気配にいち早く気づくことが多い。そういう人は幽霊に好かれやすいのだろうか。
「つーかさ、霊が取り憑いてるってことは、取り憑かれてるあいつは大丈夫なのかよ?」
ナギの疑問に、ユウリの体を借りたエリックさんはうーんと唸る。
《……僕もよくわからないけど、あまり長居するのは危険かもね》
「マジかよ!? つーか本人の顔でよくそんな呑気に言えるよな!?」
ナギの言うとおり、のんびりしている場合じゃない。急に焦り始めた私は、すぐに皆にこれからすることを話した。
「――それで、ユウリの体を返して貰う代わりに、エリックさんの思い出の品を皆で探してもらおうと思ってるの」
改めて皆に説明するが、3人はどうもピンとこない様子だ。
「そもそも思い出の品って言われても探しようがねえよ。それって一体どんなものなんだ?」
「えーと、それは……」
《どこにでもある、普通の道具屋で買ったペンダントだよ。けど、あのペンダントはオリビアが僕にプレゼントしてくれたただ一つの思い出の品なんだ。あれを見つけなければ、僕は永遠に天国へ行くことは出来ない》
そう言うとエリックさんは俯いた。恋人からの贈り物を探し出すことが、今のエリックさんにとって唯一の心残りなのだろう。
「……なんか陰険勇者の姿でそんな真面目なこと言うと、変な感じになるな」
神妙な顔でナギが呟く。ともあれ早速、エリックさんの遺体があるという甲板に行くことにした。
シーラたちが来た道を戻り、再び甲板にやって来た。空はまだ漆黒を塗りつぶしたように真っ暗だが、遠くの方からは雷鳴が轟いていた。
「あまり探す時間はなさそうだね」
雷雲立ち込める空を遠くに見やりながらルークが呟く。雨と雷の中で甲板を捜索するのが命がけなのは、今までの船旅で経験済みだ。皆是非もなく頷いた。
《マストがあったのはあっちだ》
そう言ってエリックさんは根元から折れている一本の大きな柱を指差した。帆どころか柱の役目すら成していないが、この船は一体どうやって浮いているのだろう。ともあれ私達は早速そこへ向かうことにした。
途中船の破片や魔物の遺骸、中には人間の骨らしき物も散らばっていたが(それを見た私とシーラは絶叫した)、なんとかそれらを避けながら目的地に辿り着いた。
「そういえば皆、あのあと他の魔物には遭遇しなかったの?」
「うん。最初に戦った魔物にしか遭わなかったよ。きっと他の魔物もいたみたいだけど、結局あいつらだけが残ってたみたいだね」
「そっか……」
なんとなく感じていたが、この船は昨日今日難破した船には到底思えない。どうしてもこの船の詳細が気になった私は、シーラに意見を聞いてみた。
「ねえシーラ。この船って元々奴隷船だったんだって。嵐に遭って皆亡くなったみたいなんだけど、どのくらい海を漂ってたんだろ?」
なんとはなしに気になったので、そばにいるシーラに尋ねてみたら、彼女は信じられないような顔で見返した。
「ミオちん、その話、本当?」
「え、うん。だってエリックさんがそう言ってたよ?」
「ミオちん、今この世界で奴隷船なんて存在してないはずだよ。何十年も前に廃止になったから」
「え!?」
「ああでも、カンダタみたいに今でも人身売買してる悪党がいるからわかんないけど。でも表向きは禁止されてるはず。船乗りたちもそれを知ってるから、わざわざ奴隷を乗せて船を走らせることなんて今はしないよ」
「ええと、じゃあこの船って、奴隷船が禁止される前からあるってこと?」
「船の劣化具合から見て、多分そうかもね。さっきの骸骨の魔物しか生き残ることが出来ないくらい、この船は随分と前から誰もいないまま漂流してるんじゃないかな」
「……!!」
エリックさんはもう何十年も幽霊として、この船を一人彷徨っているということだ。その途方もない年月を経ても消えない悲しさと寂しさは、生きている私たちには計り知れないことだろう。
改めてペンダントを見つける決意を固めると、私は目の前の瓦礫の山に座り込み、エリックさんの遺体がないか探すことにした。
しかし何十年も海の上を漂い続けていたせいか、甲板の上には色んな漂流物が山となって積まれている。暗闇の中、ペンダントを探すのは無謀とも言えた。
それでも必死に瓦礫の下を覗き込んでいると、次第にポツポツと小さな雨粒が体を濡らし始めた。
濡れても構わない、そう思っていると、突然私の頭上に降ってくる雨がピタリと止んだ。
「ミオ、大丈夫?」
私の体を雨から庇うように、ルークが私のそばに屈み込んで声をかけてきた。
「うん、平気だよ」
顔を上げ、暗闇の中で見えるはずもないのに笑顔を作る。さすがのルークも白骨遺体を探すのは躊躇われるのか、戸惑っているのが傍目にもわかる。
「随分熱心に探してるんだね」
「だって、エリックさんが大切にしているものだから。早く見つけて、エリックさんを安心させてあげなきゃ」
「ああ、うん……、それはそうだね」
肯定する割にはいまいち納得していない様子のルークに、不思議に思った私は尋ねる。
「ルークはそう思わないの?」
「いや、思う……けど、まだあの幽霊とは知り合ったばかりだろ? なのにそこまで必死になる気持ちが、僕にはよくわからない」
「えっ……!?」
ルークがそんな考えを持っていたなんて、信じられなかった。誰にでも優しくて、困っていたらすぐに助けてくれるような人だと思っていたのに。
「……けど、君の考えの方が正しいよ。僕は昔から、自分は関係のないことや、割に合わないことは極力避けてた。……サマンオサでは、そうやって生きるしか無かったから」
「……」
そういう風にしか生きられない環境に今まで置かれていたルークに、かけてあげられる言葉など見つからなかった。
「でも、君たちの仲間になった以上はその考えは改めないといけなかったね。僕も手伝うよ」
そう言うとルークは瓦礫の山に手を伸ばすと、私と一緒に瓦礫をかき分け始めた。そしてふと、あることに気づく。
「あれ? でも私の頼み事はしょっちゅう聞いてくれたよね?」
「そりゃあ大好きなミオの頼みだもの。断る理由がないよ」
「……っ! そ、それはどうも」
思わず私はルークから顔を背ける。暗闇でよかった。顔を背けるくらいじゃ、熱さで火照った顔を隠すことはできなかったから。
「でもさ、私だけじゃないよ。他の皆だって私と同じように、困ってる人がいたらすぐに助けると思う。それを教えてくれたのは、他でもないユウリだったから」
「……」
最初はレベルの低い私たちを見放すのではないかと思っていたが、ロマリアでカンダタのアジトに向かったとき、ユウリは私たちを見捨てず助けに来てくれた。思い返せば、あの頃からだったのかもしれない。ユウリを信頼できるようになったのは。
結局2人で探していた場所は見つからず、別の場所に行こうと立ち上がった時だ。視界の端でじっとうずくまっているユウリに気がついた。
「どうかしましたか? エリックさん」
彼の背中に触れると、一瞬ビクリと大きく反応したが、それきり動かない。しばらくして、エリックさんがゆっくりと顔を上げた。
《……ごめん。どうやらさっき言ったことは間違ってなかったみたいだ。体が拒否反応を起こしてる》
「ええっ!?」
衝撃発言に、私は愕然とする。それって、ユウリの体がヤバいってこと!?
「エリックさん!! 一旦ユウリの体から出ていってくださいよ!!」
《いや、一度離れたら同じ人間の体に入り込むのは難しいんだ。それよりもこの器が限界を迎える前にペンダントを探さないと》
「そんな!!」
限界を迎えるって……、もし迎えちゃったらどうなるの!? 私は恐ろしさのあまり全身の血の気が引くのを感じた。
「ミオちん、どうしたの?」
「お願い、皆急いで探して!! ユウリが大変なことになるかも!!」
『は!?』
三人に事情を話すと、皆急いで他の場所を探し始めた。甲板にある瓦礫は思いのほか多く、四人いても手が足りないくらいだった。そんな中、ナギだけはその場にじっと立っていた。
「よし、こうなったらアレを使うしかないな」
ナギは一呼吸すると、目を瞑り精神を集中させた。
「レミラーマ!!」
彼の一声で、辺り一帯が奇妙な空気に満ちた。魔力のない私にはわからないが、シーラいわく魔力探知と似たようなものらしい。唱えると周辺に怪しいものがあれば光を放って教えてくれる、探しものには便利な呪文である。どうせならもっと早く使ってほしかった。
「もう、ナギちんてば、そんな便利な呪文、なんですぐに使わなかったの?」
「あのなー、オレのなけなしの魔力で使うとなると、相当集中力が必要になるんだよ! 見てみろこの汗!」
「えー、気のせいじゃない? 全然平気そうだけど?」
「なんだと!?」
「まあまあ、とにかく早く探そうよ!」
そう、いちいち言い争ってる場合じゃない。早く見つけなければユウリの命に関わるかもしれないのだ。
「あっ、あそこ。光ってる!!」
私が指差す方向に、淡く光る場所が一つだけあった。しかしそこは折れたマストの一部が横たわっており、その上や周囲にも瓦礫などが散乱して、一見しただけではペンダントがどこにあるかわからなかった。
四人は一斉にレミラーマで現れた光の周辺を探し始めた。瓦礫をどかしつつ小さなペンダントを見つけるのは相当の苦労を要した。途中謎の大きな昆虫が這い出てきたときは、シーラの絶叫が夜の海原に響いた。
やがて、残り少なくなった瓦礫の隙間から、白くて細長いものが見えた。おっかなびっくりそれを覗いてみる。おそらくこれは――。
「もしかしてこれ、エリックさんの……」
《ああ。やっと見つかった。僕の骨だ》
『!!』
《きっとその下にペンダントが落ちてると思うんだ》
『……』
平然と言うエリックさんの傍らで、私達四人はそれきり動かなくなってしまった。いざ遺体を目の当たりにすると、なかなかそれに触る勇気が出ない。けれどペンダントを探すためには、どうしても骨に触れなければならないのだ。
「ていうかエリックさん。あんたの体なんだから、あんたが取ってくればいいだろ?」
沈黙に耐えかねたナギがエリックさんに促すが、エリックさんは首を横に振る。
《すまないが、さっきから持ち主が僕に支配されないように必死で抵抗していて、思うように体を動かせないんだ。君たちで取ってきてもらえないか?》
「えー……、マジかよ。つーかあの陰険勇者、取り憑かれてるときくらい大人しくしとけよ」
ぶつくさ言いながらも、ナギは仕方なくその場にしゃがみ込み、恐る恐るエリックさんの遺体の下を探るように掻き分けた。そのとき、奥の方で何かが光ったような気がした。
「もしかして、今光ったあれがそうかな?」
しゃがみ込んだルークもそれに気づいたようだ。やはり骨に触れるのをためらうナギだったが、仕方なく手を伸ばそうとする。その時、ナギを押しのけルークが前に出た。
「僕が取るよ」
さっきとは違い、積極的に瓦礫の合間に手を伸ばすルーク。彼の腕では隙間に腕をいれるだけで精一杯だったが、なんとか奥まで突っ込んでいく。そしてゴソゴソと手探りで探し始めた。
「あった!!」
ルークはすぐにそれを引っ張り出すと、皆に見せるようにペンダントを握った拳を真上に掲げた。
「やったー!! るーたん、えらいっ!!」
「本人のいる前で自分から骨に触るなんて、漢だぜ、ルーク!!」
シーラとナギが歓喜する中、ルークはそのペンダントをエリックさんに見せると、今まで虚ろだった彼の目に一筋の光が差した。
《……間違いない。このペンダントだ》
そのままルークはペンダントをエリックさんに渡した。使い方を知っているのか、エリックさんはすぐにペンダントのトップを摘んだ。ロケット型になっていて、中が中空になっているタイプだ。装飾された蓋を開けると、中から金でできた指輪が入っていた。
「この指輪は……?」
私が尋ねると、エリックさんは懐かしむようにそれを眺めた。
《これはオリビアにプロポーズするときに渡そうと思っていた結婚指輪なんだ。彼女に会う前に奴隷船に載せられて、結局渡せずじまいだったけれど》
『……』
皆、なんて声をかけていいか分からず、黙りこんでしまった。そんな私たちを気にすることなく、エリックさんは指輪を見てわずかに微笑んだ。
《ありがとう。これが無事だっただけでも僕は心の取っ掛かりが消えたよ。……それで申し訳ないけれど、もう一つお願いがあるんだ》
「お願い……ですか?」
早くユウリの体から出ていってほしい気持ちと、エリックさんの願いを聞いてあげたい気持ちが拮抗し、私はなんとも言えない返事をした。
《この結婚指輪が入っているペンダントを、アッサラームの北の港町に住んでいるオリビアという女性に渡してほしいんだ》
そう言ってエリックさんは、今度は私にペンダントを手渡した。
アッサラームの北の港町……? あんなところに他に町なんてあっただろうか。
《そしてこう伝えてくれ。どんな姿でも僕はずっと君を愛しているよ、と》
そう言うと、ユウリの頭上から半透明の人間の姿が現れた。それがエリックさんの幽霊だと本能で察した私は、悲鳴を上げそうになるのをすんでで堪えた。
本物のエリックさんの姿は二十代前半くらい。普通の生活を送っていれば健康的な好青年だったと思うが、死ぬ間際であろう今の姿は不自然にやせ細っており、慢性的な栄養失調だったことがうかがえる。そんな姿であってもオリビアさんのことを想っているエリックさんの愛は、あまりにも健気で儚く見えた。
《……どうやらまだこの世に未練があるらしい。神様はどうしても僕を天国へは連れてってくれないみたいだ》
諦めたように呟くエリックさんに、たまらず私は声を掛ける。
「あの、どうしたらエリックさんの未練をなくすことが出来ますか?」
そう言うとエリックさんは優しく微笑んだ。
《きっとさっきの願いを叶えてくれたら、行けると思うよ。だから、僕との約束をどうか果たしてくれないか》
「は……、はい!! わかりました!!」
《ありがとう。それより用が済んだらここから立ち去ったほうがいい。夜が明けたら、この船は消えてしまうから》
『え!?』
いつの間にか雨は止んでおり、いまだ厚い雲がのしかかる東の空には、うっすらと淡い光が差している。雨雲に覆われて気づかなかったが、すでに夜明けに近い時間になっていたのだ。
――まさかテドンの時みたいに、朝になったら町がなくなるみたいなことになるってこと!?
「マジかよ!? 船が消えたら、オレたちと海に落ちるじゃねーか!!」
急に慌てふためく私たち。その間にも、エリックさんの体が少しずつ消えていく。
「エリックさん、その体……」
《夜が明ければ僕も姿が消えてしまう。だからって天に召されるわけじゃない。この船みたいなものさ》
そうは言うが、このまま船も消えてしまったら、もうエリックさんに会えなくなってしまうのではないか。
「エリックさん!! 必ずオリビアさんにこのペンダントを渡しますから!!」
《ああ、よろしく頼むよ》
エリックさんに言いたいことだけ伝えると、彼は笑顔で答えてくれた。と同時に、東の空に覆われていた雲が水平線から離れ、オレンジ色の光が差しこんだ。
「エリックさんの体が……!!」
その瞬間、半透明だったエリックさんの体がすっと消えていく。改めて幽霊だったことを再確認し、恐怖で足がすくんでしまう。
いや、今は怖がってる場合じゃない!
「まずい! 早くこの船から脱出するぞ!!」
「待って! その前にユウリちゃんを起こさないと!!」
「いや、それよりヒックスさんに合図を送って……」
リーダーが意識のない状況で、慌てふためく私たち。ヒックスさんに合図を送り、タラップをかけてもらっている間に、倒れたまま動かないユウリをナギとルークが担ぎ上げる。それでどうにかヒックスさんの船に乗り込むと、朝日を浴びた幽霊船は忽然と姿を消したのだった。
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