俺様勇者と武闘家日記
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第3部
グリンラッド〜幽霊船
思いがけない再会
「俺が幽霊に取り憑かれていた?」
ヒックスさんの船に戻るとすぐに、ユウリは目を覚ました。
そして私達は幽霊船で起こったことを彼にかいつまんで説明した。ユウリが私を助けて穴に落ちた後、エリックさんという幽霊に取り憑かれてしまい、彼の大事なペンダントを一緒に探したこと。そのペンダントをオリビアという女性に渡すのを頼まれたこと。一通り説明を終えた後、ユウリはにわかには信じがたい様子だった。
「本当だよ、ユウリちゃん! それにもう少しで死ぬところだったんだから!」
「そうだよ!! ペンダント探すの大変だったんだからね!」
シーラと私が口を揃えて言うと、ユウリはうんざりするように睨み返す。
「いちいち騒ぎ立てるな、疲れる……」
「幽霊に取り憑かれたお前が言うなよ!!」
ナギ、ナイスツッコミ。一方のユウリは、一人だけ蚊帳の外だったからか渋面を作る。
「それでね、その幽霊のエリックさんから、アッサラームの近くの町に住むオリビアさんに、このペンダントを渡してほしいって頼まれたの」
そう言うと私は、先程エリックさんから渡された結婚指輪の入ったペンダントをユウリに見せた。するといきなりユウリがそのペンダントを奪い取り、無造作にロケットの蓋を開けた。
「おいおい、勢いよく開けてなくすなよ?」
ナギの忠告を無視するように、ユウリは中にある金色の指輪を手に取りまじまじと見た。気になって私も覗いてみると、指輪の裏にはエリックさんとオリビアさんの名前が彫刻してあった。
「……また面倒事を増やしやがって」
はあ、と大きくため息を一つつくと、ユウリは指輪を元のペンダントのロケットの中にしまった。そして半ば押し付けるように私にそのペンダントを返した。
「?」
「今回の件は俺には関係のない話だ。お前らが責任を取れ」
「え〜っ!? ユウリちゃんもあたしたちと同じ場所にいたんだから、責任の一端は負わないと!」
「都合のいいことを言うな。そこに俺の意思はないだろ」
文句を言うシーラに対し、ユウリは無下もなく言い捨てる。確かに今回ユウリはほとんど意識のない状態だったから、そう言われても仕方ない。だけどそんな風に突き放す言い方をされたら、こっちもいい気はしないではないか。
微妙な空気が漂う中、平然とした顔でルークが間に入る。
「まあ、ユウリがそう言ってるなら、今回は僕たちだけで解決すればいいんじゃない?」
「ルーク!?」
「別にユウリの手を借りなくても、僕らだけでどうにか出来る問題だし」
そう言いながら、ちらりとユウリを横目に見やる。なんとなく敵意を含んだ言い方に、さらに居心地の悪い空気に変わるのを感じた。
「……ふん、勝手にしろ」
そんな空気を変えたのは、意外にもユウリの一声だった。ユウリの方から戦線離脱したような気もするけれど。
「皆さん、ご無事で何よりです」
こちらが説明を終えるタイミングを見計らったのか、ヒックスさんが声をかけてきた。
「どうでしたか? 何か見つかりましたか?」
言われてみれば、あの船に乗り込んだ直後に魔物と遭遇し、穴に落ちてエリックさんの頼み事を引き受けたので、宝を探すどころではなかった。確か乗り込むときにユウリが山彦の笛を吹いたが反応がなかったので、オーブはなかったはずだ。
「あー……、一応ミオたちを探してる間にオレの『盗賊の鼻』で宝箱の気配を探ったけど、なかったんだよな」
ナギによると、私とユウリを探しているときに一通り船内を探索していたようで、そのときにフロア内の宝箱の数がわかる特技を使ってみたそうだ。残念ながら一つも見つからなかったようだが、もし会ったとしても幽霊のように消える船にある宝など、いわくがありすぎて逆に持ち帰りたいとは思わない。
ちなみにエリックさんのペンダントは宝箱に入っていたわけではなかったので、ノーカウントだったようだ。
「それは残念でしたね……。ところであの船は、結局何だったんですかね?」
「さあな。どちらにしろ、あの船にはオーブどころか金目のものすらなかったからな。あのジジイ、嘘をつきやがって」
確かにユウリの言う通り、あの骨はマックベルさんの話では金銀財宝の在りかを教えてくれると聞いていた。だが実際は宝どころか魔物と幽霊しかいない船へと導かれる、いわくつきの代物だったのだ。どこをどう間違ったらこんなねじ曲がった話になったのだろう。
「何か理由があったんでしょうかね」
言いながら、ヒックスさんは懐から骨を取り出した。今はもう何かを伝える理由もなくなったからか、勝手に動くこともなくただの骨となっている。
「確か海賊からもらったって言ってたよね。もしかしたらマックベルさん、海賊に騙されたんじゃないかな?」
「騙された?」
ルークの推理に、私はいまいちピンと来ず首を傾げる。
「海賊たちはもともと、あの骨がいわくつきだったことを知っていた。けれど、幽霊とかが苦手な彼らは、あの骨を手元に置いておきたくなかった。だから、ちょうど居合わせたマックベルさんに押し付けるために、嘘をついて骨を手放そうとしたんじゃないかな?」
そう言えば幽霊船に乗り込む前のヒックスさんたちも、正体不明の船に対していつもより警戒していた。船に乗る人は、幽霊とか正体のはっきりしないものが苦手な人が多いのかもしれない。
「あくまで推測だけどね。どっちにしろ、あの幽霊船とこの骨に関係性があったのは間違いないんじゃないかな」
ルークの推理に、シーラも頷いた。
「るーたんの言うとおりかも。この骨は最初からあの幽霊船を探していたのかもしれないね」
「探していた……って、骨がか?」
どういう意味なのかと、ナギがシーラに尋ねる。
「なんとなく気になってたんだけど、この骨と髪の毛って、エリックさんの体の一部かもしれないよね」
「ひええっ!?」
シーラの仮説を聞いた私は、思わず隣にいたルークの腕にしがみついた。てことは今まで私たち、散々エリックさんの骨を触ったり眺めたりしてたってこと?
「あの船が何十年も前から漂流していたとしたら、流れ流れてあのおじいちゃんの手に渡った可能性は十分にあるよね」
「なるほどな。つまりその骨は、エリックさんのところに戻りたくてオレたちに船を見つけて欲しいって知らせたのかもしれないってことか」
「おっ、ナギちん珍しく冴えてる〜♪」
「珍しいとか言うなよ!」
いやいや、なんで二人ともそんな冷静に推理できるの? いくら幽霊や骸骨に見慣れていても、そんな経緯があったなら現実味が増して余計怖い気がすると思うのだけど。
「まあでも結局、本体には戻ることが出来なかったけどな」
ナギの言う通り、エリックさんの遺体は海の底に沈んでしまった。この骨が本当にそうなのか断定はできないが、ぴくりとも動かない今の姿は、すでに役割を果たしたかのように見えた。
「ふん。オーブも宝も見つけられなかったものに用はない。捨てるぞ」
「ええっ!?」
唐突に横から割って入ってきたユウリは、ヒックスさんの手から骨を奪い取ると、海に向かって勢いよくその骨をぶん投げてしまった。
「おいおい、いいのかそんなことして!?」
ぎょっとしたナギが声を上げる中、エリックさんらしき人の骨は放物線を描き、ポチャンと軽快な音を立てて海に落ちてしまった。
「そんないわく有りげなもの、いつまでも持ってないでとっとと海に返したほうがいいだろ」
「そりゃまあそうだけど……」
その骨の持ち主とついさっきまでコミュニケーションを取っていた身としては、なんだか複雑な心境だ。
その時、ヒックスさんのもとに一人の船員がやって来た。確かあの人は航海士のラスマンさんだ。私より一回り上だが、航海士としての腕はヒックスさんも一目置いているほどだ。
「船長! 四時の方向に黒く低い雲が見えます! もう少し近づいてみないと分かりませんが、風も湿気を含んでおり、風向き次第では直撃する危険があります」
「わかった。なるべくなら避けたいが……。万が一に備えておけ」
「アイアイサー!」
すぐに持ち場へ戻るラスマンさんの後ろ姿を目で追いながら、ヒックスさんはユウリに尋ねた。
「ユウリさん、このあとはどうしますか?」
「取り敢えずアッサラームに向かってくれ」
「……わかりました。その方角ですと、もしかしたら嵐に直撃するかもしれません。安全のため、迂回するように針路を取ります」
「ああ。任せた」
そう言うと、ヒックスさんは操舵室、ユウリは船内へとそれぞれ行ってしまった。二人が去ったあと、私たち四人は顔を見合わせる。
「……結局ユウリちゃん、ペンダント返すの手伝ってくれるのかな?」
「ほんとアイツ素直じゃねえよな。面倒くせえ奴」
「どういうこと? ならなんでさっきミオにあんなこと言ったの?」
「まあまあ、これがいつものユウリなんだよ」
言って私は苦笑する。なんだかんだ言って、結局ユウリは私たちを見捨てることはしないのだ。
「おーい、ミオ! いるか!?」
あれから一度部屋に戻り、することもないので一人で武器の手入れをしていた。その時、ドンドン、と激しく叩く扉の音に反応した私は、手入れをしていた鉄の爪をベッドの脇に置き、急いで扉に駆け寄った。
扉を開くと、切羽詰まった様子のナギが立っていた。
「どうしたの? そんなに血相変えて」
「いいから! お前にも手伝ってもらうぞ!」
「お前『にも』?」
ナギの後ろには、シーラとルークも状況をよく飲み込めていない顔で立っていた。
「早く甲板に出るぞ! 嵐が来る!!」
『え!?』
わけがわからないまま、三人は急ぐナギの後を追うように甲板へと向かう。甲板に出た途端、生暖かい風が顔面を直撃し、たまらず目を瞑る。
「この風……、ただの低気圧じゃないね!」
気象にも詳しいのか、シーラが風に煽られる髪を押さえながら叫ぶ。
「さっきラスマンさんと一緒に鷹の目で確認した。前方に壁みてえなでっかい雲が見えたんだ。あれは嵐の前兆らしい」
私の目では、ここからでは大きな雲など見えないが、鷹の目を使ったナギが言うのだから間違いないのだろう。
周囲を見渡すと、マストに登って帆をたたんでいる船員や、錨を下ろす船員もいた。
「あたし達は何をすればいいの?」
シーラが自信なさげに尋ねる。準備なら、船に携わる人たちがすでに行っていそうだが。
「オレたちの仕事は、高波で船に打ち上げられる魔物を退治することだ」
そう言ってナギが指差した方向には、一匹のマーマンダインの姿が。
「あ、そーゆーことなら了解☆」
ホッとした様子で、賢者の杖を持ち直し、戦闘態勢に入る。ルークもそういうことならばと、パワーグローブを身に着けた拳を前に突き出した。
一匹ならどうということはない。ルークの一撃で敵があっさりと倒れると、他にもいないかと私たちはあたりを見回す。
「あれ? そう言えばユウリは?」
「あいつならまだヒックスさんと一緒に操舵室にいるよ」
ナギがそう答えている間に、雨がポツポツと降ってきた。さっきまで穏やかだった風と波が、だんだんと強くうねりを伴い始めた。それに連動して船が左右に傾き、濡れた甲板は足元を容易く滑らせる。
「うわっ……、とと」
転びそうになるのをなんとか堪え、近くに有った帆柱に体を預ける。ルークやナギはともかく、シーラにはこの揺れは耐えられないのでは?
なんて考えていたときだ。私のそばに行こうとしたのか、ちょうどシーラがこちらにやって来た瞬間、横から強い突風が吹きつけてきた。
と同時に高波が船体を揺らし、そのせいで甲板にいた何人かの人がバランスを崩し、その場に倒れてしまった。
「きゃっ!!」
シーラも突然突風と船の揺れに、たまらず前のめりに体が傾く。その時だった。
「あっ、あたしの杖!!」
倒れた拍子に、シーラが持っていたイグノーさんの杖が彼女の手から離れ、海の方へと放物線を描く。いち早く気付いたナギが杖に手を伸ばすも、あと一歩届かず、杖は荒れた海の中に落ちてしまった。
「あぁっ!!」
シーラの悲痛な叫びが海原に響く。迷う暇もなく海に飛び込んだのは、ナギだった。
「ナギ!!」
私の声に振り向くこともなく、ナギは底知れぬ海の中へと潜っていってしまった。
「ナギちん!! お願い戻って!! 杖なんかいいから!!」
何度もシーラが叫ぶも、ナギの耳に届くはずもなく、彼が沈んで行った海面には、絶え間ない雨がたたきつけられている。
「どうしよう……、ナギちんが戻らなかったら……、あたし……」
私は雨なのか彼女の涙なのかわからないほどびしょぬれになった彼女の顔を拭うと、彼女の肩を抱いた。
「大丈夫! ナギならきっと戻ってくる!!」
それは、自分にも言い聞かせるような口調だった。不安がないとは言えない。けれど今はその心の内を、シーラに悟られるわけには行かなかった。
「どうしたんだ? お前ら……」
騒ぎを聞きつけたのか、ユウリとヒックスさんがやって来た。一目見て、一人仲間がいないことに気づく。
「おい、バカザルはどうした!?」
「し、シーラの杖を取りに行こうとして、海に……飛び込んじゃった」
「!?」
すぐにユウリは私たちの視線に倣い、海面に目を向けた。けれど厚い雲に覆われた空と、雨が振り続ける今の状況では、海面にいるナギを見つけるのは非常に難しい。
ヒックスさんもこの光景を見て、すぐに事態を把握したようだ。
「ユウリさん、うちの者の鷹の目でナギさんを探しましょうか!?」
「ああ、頼む!!」
「総員、鷹の目を発動せよ!! 周囲にランタンの準備!!」
甲板にいた船員がすぐにヒックスさんの号令で忙しく動き始める。一斉に帆をたたみ、錨を下ろす。視界が悪いのとナギがこの船を見つけやすいように、船縁にランタンを取り付け、辺りを照らしておいた。
それからしばらく経っただろうか。船から少し離れた沖で、バシャバシャと言う水音と水しぶきが上がった。
「ナギ!!」
いち早く気づいた私が声を上げると、そばにいたシーラも反応した。
「ナギちん!!」
シーラの声に反応するかのように、海面から銀色の頭が現れた。
「おーい、見つけたぞ!!」
右手にシーラの杖を掲げながら、ナギはありったけの声量で私達に呼びかけた。その様子に、隣にいたシーラの目から涙が溢れる。
「うう……、ナギちん……、良かったよぉ……!!」
嬉しさのあまり崩れ落ちるように泣くシーラにつられて、私も一緒になって涙を流した。
「良かったね……! ナギが無事で!!」
私達が歓喜の涙を流している中、ルークが何かに気づいたように一点を見つめる。
「ちょっと待って……、ナギの後ろ……」
「え?」
その時、海底から地響きのような音が聞こえてきた。それにより海面が波打ち、わたしたちの乗る船が大きく揺れる。
すると、ユウリも異変に気がついたのか、船縁まで走り寄り身を乗り出した。
「ナギ!! 逃げろ!!」
ひときわ大きな声でそう叫ぶと、ユウリは左手を前に突き出した。
「み、ミオちん……、あれって……」
シーラの目にも映っているのか、わなわなと体を震わせながらか細い声で呟く。
目の前にいる『あれ』を、私は知っている。正確には、この場にいるシーラとナギ、ルーク以外の人間は一度目にしたことがあった。
「テンタクルス……!!」
そう。ナギの背後から現れたのは、かつて浅瀬の祠を訪れた際に遭遇した、巨大な海の魔物、テンタクルスだったのだ。
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