| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第3部
グリンラッド〜幽霊船
  船の亡霊


――……い、……ぉ……。……り……。

 遠くから、誰かの声が聞こえる。私に呼びかけている……? いや、私だけじゃない、あともう一人、誰かの名前を……。

「ミオちーーん!! 大丈夫ーー!?」

 朧気だった意識が、私を呼ぶシーラの声ではっきりと戻り、目を開ける。

 ええと、何があったんだっけ……?

 未だ頭の中はぼんやりとしているが、視界には遥か遠くに見える大きな天井の穴。そこから覗くのは、三つの人影とその背景にある夜空の星々であった。

 ああそうか、確かシーラの放った呪文で脆くなった床板が抜けて、それに私は落ちたんだった。

「大丈夫ー! そっちはどう!?」

 取り敢えず三人の顔が見えない状態のまま、私は返事をする。……ん? 三人?

「こっちは大丈夫ー!! 魔物は全部倒したよー!! それよりユウリちゃんはー!?」

「ユウリ?」

 言われて初めて彼の存在に気がつく。暗がりで分からなかったが、ユウリは私の下敷きになって仰向けに倒れていたのだ。

「ごっ、ごめんユウリ!!」

 今更ながら私は慌ててユウリから飛び退いた。だが気絶しているのか、私が騒ぎ立てても微動だにしない。

「ユウリ、ユウリ起きて!!」

 不安に駆られた私は、闇の中でユウリの体を何度も揺らした。彼が穴から落ちたくらいで意識を失うなんて、ただことではない。だけど、彼が目覚める気配は一向になかった。

――もしかして、私を庇ったから――?

 本来ならあの場で穴に落ちたのは私一人のはずだ。だけど落ちた瞬間、私を呼ぶ声と同時に誰かの手が差し伸べられるのが見えた。その後のことはよく覚えていないが、この状況からしてユウリが私を助けようと身を挺してくれたのだろう。

「ユウリ!! やだよ、こんな……」

 ユウリにもしものことがあったら――!

 いつのまにか自分の頬に涙が伝っていたことに今更気づき、私は乱暴に涙を拭う。

 いても立ってもいられず、今度は彼の胸に耳を当てた。大丈夫。心臓は動いている。

「おーいミオ、どうした!?」

 私が返事をしないからか、今度はナギの心配する声が聞こえてきた。

「ユウリが私を庇ってくれたんだけど、起こしても起きないの!!」

 半ば助けを求めるように叫ぶと、しばらく沈黙が続いた。いや、ここから聞こえないだけで、三人で何か話をしてるのかもしれない。

「ミオ!! 今から皆でそっちに行く!! だからそこで待ってて!!」

「わ、わかった!!」

 ルークの言葉に、私は心の底から安堵した。皆が来てくれる。それまでにユウリが目覚めることを祈りつつ、今はひとまず私に出来ることを考えることにした。

――そうだ、どこか怪我をしてるかもしれない。

 いくらか夜目に慣れたので、私はゆっくりとユウリの体を横に向けて後頭部を確認した。血は出ていないようだが、触ると若干腫れているように感じる。

 早速鞄から薬草を取り出し、数回揉んだあと患部に貼り付けた。薬草は服用するだけでなく、軽い怪我なら直接患部に貼り付けるだけでも効果がある。しばらく押さえたあともう一度触ってみると、なんとなく腫れが引いたような気がした。

 他に怪我がないか調べてみたが、辺りに血痕らしきものもなく、手足も変なふうに曲がったりはしていない。お腹の辺りも見てみたが、後頭部以外の外傷はなさそうだ。

「ユウリ! 起きて!!」

 その間も私は度々ユウリの名を呼びつづけたが、なぜか目を覚ますことはなかった。身動ぎすらしない彼の寝姿はまるで本物の人形のように見えて、このまま目を開けることはないのではと不安に駆られてしまう。ついには不安に耐えきれず彼の体に触れて、体温を確認してようやく胸を撫で下ろした。

 ユウリが目覚めない以上、とにかくルークたちが来るまでここで待つしかない。心細さを紛らわせるため、私は周囲を見回した。

 どうやらここは食糧庫のようだ。部屋の隅の棚には小麦や穀物が入っていたと思われる袋が積まれているが、どれも空っぽだった。腐る前に魔物にでも喰われたのだろうか。その他にも、叩き壊されて欠片が散らばっている水瓶や、腐食してボロボロになった木箱が無惨に転がっている姿を見て、余計に気が滅入ってしまった。

 うう、早く三人とも来ないかなぁ……。ユウリも全然起きないし……。

 それに穴に落ちたときにホコリを被ったせいか、なんだか頭がホコリっぽい。私は結んでいた髪を解き、手で何度も頭をはたきながら、ホコリを払い落とした。

 そしてようやくあらかたホコリが取れたと思ったとき、突然右手をがしっと強く掴まれた。

「え!?」

 見ると、私の右手を掴んでいたのはいつの間にか目覚めていたユウリだった。ポカンとする私をよそに、ユウリはそのまま無言でのっそりと起き上がると、ぼんやりとした表情のまま私を見つめてきた。

「なっ、何!?」

 ユウリに直視され動揺した私は、起きがけの彼に気の利いた文句すら言えなかった。けれどそんな私を笑うことも馬鹿にすることもせず、彼はただ無表情でじっと見つめ続けている。

「……」

 右手を拘束されてる以上、身動きがとれないので私もユウリの様子をただ窺うことしか出来ない。いい加減その氷のように無機質な表情をこちらに向けないでほしい、そう懇願しようとしたときだった。

「――え!?」

 ユウリは突然私に近づくと、その腕で私の体を抱きしめたではないか。

 なっ、ななななに!? どういうこと!?

 さらにユウリは、私の耳元で優しく囁いてきた。

《オリビア……、会いたかった……!!》

 いやいや、オリビアって誰!?

 どう考えても人違いでしょ!? 寝ぼけてるの!?

 そう心の中で全力で否定しつつも、私は胸の内側から小さく針をつつかれたような気持ちになった。

 ユウリが知らない女性の名前を呼ぶなんて――。しかも『会いたかった』って、私と見間違えるほどその人に会いたかったったこと?

 そういえば、ジパングでヤヨイさんから告白されたとき、彼女から好きな人がいるかどうかを聞かれて、『今はいない』と言っていた。それはつまり、過去には好きな人がいたかもしれないのではないか? そしてその人が、『オリビア』という名の女性なのではないだろうか?

「……」

 などと頭の中で目まぐるしく考えてはいたが、実際はそれどころではなかった。ユウリに抱きしめられて、ドキドキしているはずなのに、何故か心が苦しい。こんな気持ちはルークに告白されたときを含めても、初めてだった。

「ユウリ、起きて!! 私はオリビアなんて名前じゃない!!」

 私は突き放すようにそう言うと、渾身の力でユウリの体を押し戻した。

《オリビア、じゃない……?》

 意外そうな口調でポツリと呟くと、彼は再び私の顔をまじまじと眺めた。

《……君は誰?》

 おかしい。ユウリが私のことを『君』だなんて言うはずがない。私は目の前にいる『彼』を訝しみながら答えた。

「私はミオ。……あなたは誰?」

《……僕の名前は、エリック》

「!?」

 やっぱり、ユウリじゃない! でもそれじゃあ、本物のユウリは一体!?

「あの、あなたは一体何者なんですか? ユウリはどこに?」

《ああ、ごめん。ちょうどいい器があったから、借りたんだ》

「は?」

 器? 借りた? 一体どういう意味?

《僕はこの船に奴隷として載せられ、航海の途中嵐に遭い、命を落とした。それ以来、霊となってこの船を彷徨い続けている》

「れっ……」

 危うく卒倒しそうになるところを、自力で耐える私。

 今霊って言ったよね? てことは、師匠やイグノーさんと同じ幽霊ってこと?

《僕には探したいものがある。だけどそれは幽霊の姿では見つけられないんだ。そんなとき、ちょうど彼が現れた。気も失ってたし、この体は霊の姿に馴染みやすい。だから借りることにしたんだ》

 つまり気を失っていたユウリの体に、幽霊のエリックさんが入り込んだということだろうか? そんなことが本当にあり得るのかと疑う一方で、今までのユウリの言動の数々が腑に落ちた。

「ええと、エリックさん……ですよね。あなたはユウリの体を借りてまで、一体何を探してるんですか?」

《彼女の……、オリビアとの思い出の品だよ》

 寂しそうに話すその姿は、普段のユウリがけして見せないものであった。

「もしかして、オリビアさんっていうのは、エリックさんの……」

《恋人さ。結婚の約束をする直前、僕は人買いにさらわれ、この奴隷船に連れて行かれた》

「!!」

 衝撃だった。この船が奴隷船であったこともそうだが、エリックさんは望んでこの船に乗ったわけじゃない。バハラタでもカンダタ一味がタニアたちをさらったが、あのときは私たちの活躍で皆無事に帰ることができた。だけど、エリックさんの場合は……。

《けど結局嵐で難破して、僕たち奴隷や僕たちをさらった人買い、この船の乗組員は殆ど死んだ。生き残りもいたみたいだけど、そいつらも魔物の餌食にされて全滅さ》

 そう言って皮肉交じりに笑うが、言葉を紡ぐ彼の口調は淡々としていた。

《当然僕も死んだ。どうして死んだかも覚えていない。けど、気づいたら幽霊となって、ずっと船の中を彷徨っていた。他の仲間はとっくに天に召されたのに僕だけが一人取り残され、船から出ることも出来ずにここにいる。なぜだかわかる?》

 私はふるふると首を横に振る。

《彼女……オリビアに未練があるからさ。彼女との約束を果たすまでは、僕は天に召されるわけには行かない。神様もそうお考えになったから、僕をこの世にとどまらせたんだ。だから頼む、彼女との思い出の品を一緒に探してくれないか》

「う……」

 そう言うとユウリ……いやエリックさんは、両手で私の手をしっかりと握りしめた。中身がエリックさんだと分かっていても姿はユウリなので、彼のあり得ない言動に動揺してしまう。

「わ、わかりました。なら、私も一緒にその思い出の品を一緒に探します」

《本当かい!?》

「その代わり、目的のものが見つかったら、すぐにその体を返して下さい」

《も……もちろんだよ!! ありがとう!!》

 その言葉に笑みを浮かべると、彼は私の両手を握りしめたまま、大袈裟なくらい腕を上下に振った。戸惑いつつも、普段見られないユウリの姿が見られるのは貴重だなと暢気に考えていた私だった。



《実は場所はわかってるんだ。ただ触れることが出来ないだけで》

 髪型を直したあと私たちは食糧庫を離れ、目的の場所に向かって船内を歩き始めた。彼の話によれば、思い出の品は死ぬ間際まで彼の胸のポケットにしまったままらしい。

「えーと、つまり、エリックさんが亡くなった場所に行くってこと……?」

 私は恐る恐る尋ねた。イグノーさんの遺体のそばに彼の杖があったように、エリックさんの遺体のそばにもそれがあるということだ。それはすなわち、白骨化した遺体に触れるということである。おそらく故郷の村の神父さんが聞いたら、死者を冒涜するなと怒ることだろう。

《そうだね。最後の記憶が甲板の上で帆を張り直していたときだったから、僕はきっとそこで死んだんだ》

 甲板といえば、私がさっきユウリとともに落ちた場所である。そこでふと、ルークたちが私達のところに向かっていることを思い出した。

「そうだ、どうしよう!! ルークたちと入れ違いになっちゃうかも!!」

 慌てた私は急いで戻ろうと踵を返す。だが、そうはさせじとエリックさんが私の肩をつかんで引き止めた。

《待って、どこに行くんだ?》

「いや、私たちを探しに、仲間がこっちにやって来るんです。合流しないと……」

《何を言ってるんだ、僕との約束が先だろ?》

 だが、エリックさんは私の肩を掴んだまま離さない。このままではルークたちと会えなくなってしまう。なんとかエリックさんを説得しなければ……。

「あっ、あの、エリックさん!! どうせなら一人より四人で探したほうがいいと思います!!」

《四人?》

 私は探している仲間のことをエリックさんに説明した。きっとエリックさんに協力してくれると力説すると、エリックさんは手のひらを返したように頷いた。

《なるほど。探しものは人数が多い方がいい。その仲間っていうのは、すぐ見つかるのかい?》

「はい。仲間の一人に魔力を探知できる子がいるので……」

 ジパングのときのようにシーラがユウリの魔力を辿ってきてくれれば、きっと私たちを探しに来てくれるはずだ。

 幸い食糧庫からそれほど離れていない。しばらく待っていればきっとやって来るはず……。

《うーん、そこまで待ってられないな。やっぱり二人で探した方がいい》

「待って下さい!! もうちょっと、もうちょっとだけ!!」

 なんてせっかちな人だ。私は足早に行こうとするエリックさん……いやユウリの腕にしがみつきながら必死に止める。

「ミオ!!」

 すると、噂をすればなんとやら。声のする方に目を向ければ、松明を手に息を切らしているルークと、その後ろで安堵しているナギとシーラの姿があった。

「皆!!」

「ミオちーん!! ごめんね〜~!!」

 わっと涙を溢しながら、シーラが私に向かって思い切り抱きついてきた。

「あたしがバギマなんて使うから、ミオちんとユウリちゃんに迷惑かけちゃって……」

「気にしないでシーラ。シーラの呪文のお陰で残りの魔物を倒せたんじゃない」

 五人がかりでやっと一匹倒した魔物を、シーラの呪文一発で二匹倒すことが出来たのだ。むしろ助けてくれた皆にお礼を言わなければならないのは私の方だ。

「でもね、さっきの戦闘であたし、レベルアップしたの! 新しい呪文も覚えたんだよ!」

「ホント!? すごいじゃない、シーラ!!」

 レベルアップもして、新しい呪文を覚えられたのなら結果オーライだ。

「こっちこそごめん。私のせいで皆に迷惑かけちゃって……。探してくれて本当にありがとう」

「まあオレたちはシーラの魔力探知で後をついて行っただけだし、一番の功労者はお前を助けたそこの陰険勇者なんじゃないか?」

 ナギの言葉に、私はハッとして振り返った。そうだ、皆にユウリのことを説明しなければ。

《君たちが彼女の仲間かい? よろしく、僕はエリック。この船で死んだ幽霊さ》

 そう言ってエリックさんは、ユウリの顔でにっこりと笑顔を作り、手を差し出した。

『ひっ……!!』
 
 その言動に、三人は色んな意味で言葉を失ったのだった。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧