砲兵工廠
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第五章
「縁がないからな」
「金之助さんとはだね」
「わしの作品にそんなものないな」
「全くね」
「これでも皇室には敬意を持っておった」
「日記でも書いたりして」
「そうもしてな」
それでというのだ。
「あんな物騒で剣呑な考えはなかった」
「政府とは距離を置いて軍隊ともだったけれど」
「ものを書く様になってからな、しかし場所はな」
「悪くないんだね」
「軍隊が悪い場所に工廠を置くか」
「置かないね」
「そういうことだ、まあ徴兵を逃れた人間が言うのもな」
金之助は少し苦笑いになってこのことも話した。
「どうもだが」
「ああ、そのことだけれど」
徴兵の話になるとだ、早乙女は金之助に話した。
「貴方兵隊さんにはなれなかったよ」
「今思うとそうだな」
「だって貴方結核の疑いあったから」
「それだな」
「体格もね」
「そうだ、今の日本人は大きい」
金之助はまさにと返した。
「わし等から見るとな」
「随分大きいね」
「お前さんにしてもな」
早乙女もというのだ。
「一七〇あるな」
「そんなに大きくないよ」
「今の日本人だとな、しかしわし等の頃だと」
「かなり大きいね」
「山縣公がお前位でな」
それでというのだ。
「随分とだ」
「高いね」
「大隈公位になるとだ」
「大隈重信さんだね」
「巨人だった」
金之助は真顔で言い切った。
「外人でもだ」
「今の日本人と比べたら」
「然程だ」
そうだったというのだ。
「大きい、芥川君で普通だったが」
「あの頃は」
「今は小さいな」
「あの人確か一六四位で」
「よく知っておるな」
「だから大学文学部だから」
「今も昔も日本の学生はあまり学ばぬが」
金之助はそれでもと述べた。
「わしもそうだったしな」
「そうだったんだ」
「今思うとな、しかしな」
「僕は違うのかな」
「うむ、よく知っておる」
「つまり学んでるんだね」
「わしはそう思う、そしてな」
そのうえでというのだ。
「今の日本人は大きく」
「それで僕もなんだ」
「うむ、しかしわしはあの頃だとな」
「徴兵検査に合格しなかったよ」
そうだったとだ、早乙女は話した。
「そうは合格しなかったからね」
「今振り返るとそうだな」
金之助自身も確かにと頷いた。
「まさに」
「そうだよ、杞憂だったよ」
「北海道に移住までしたが」
「住民票もずっとそこで」
「今思うとそうだな、しかし」
金之助はそれでもと話した。
「あの頃は本当にな」
「兵隊さんになりたくなくて」
「そうした、合格したらと思うとな」
「そうだったんだね」
「あの頃はそうだった、あの頃と今ではな」
「本当に何かと違うね」
「何もかもがな、しかし」
ここで金之助は眉を曇らせてこうも言った。
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