渦巻く滄海 紅き空 【下】
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九十六 逆賊と忠臣
「次は“眼”で語る戦いにしよう」
明確な殺気と共に放たれたクナイの切っ先。
鋭利な刃物を弾き返したのは、狙った相手であるサスケではなかった。
「……何の真似だ」
五影会談に火影として赴く最中、自分を狙ってきた不届き者を罰するのは当然の行為。
だからその行動を遮る者は志村ダンゾウにとって裏切りである。
それがたとえ、今回五影会談への護衛として任命した自分の部下であっても。
ギチギチ、とクナイと刀の刃が搗ち合う。
あからさまにサスケを庇った相手へダンゾウは改めて問い質した。
「何のつもりだ────サイ」
五影会談への護衛として連れてきたはずが邪魔をしたサイをダンゾウは睨む。
主に楯突いた部下はダンゾウの眼光に一瞬怯むも、臆せずにクナイを押し返した。
「ダンゾウ様…」
志村ダンゾウは火影へなるべく幾度も暗躍してきた。
今回こそようやく念願叶って火影の座につけたものの、前回は目の前のサイによってしくじったことをダンゾウはよく憶えている。
綱手の火影就任に対する署名状を奪わせる為、サスケに取り入るようにサイへ命じたものの、上手くいかなかった苦い過去を思い出し、ダンゾウは眉間に皺を寄せる。
一方、かつてダンゾウの命令とは言えど、綱手を指示する名族達の署名を集っているサスケへ近づき、彼の友になるよう命じられたサイは、苦渋の表情を浮かべる。
本当は自分の主に刀を向けたくはなかった。
けれど仮にも、一時的とは言え、サスケの友になった(サイ視点)彼は、友に刃を向けるダンゾウへ逆に問い質す。
「今の…サスケくんの話は、本当ですか…?」
木ノ葉上層部の命令で、うちはイタチにうちは一族を抹殺させた件。
その問題は以前、木ノ葉崩し直前に出会った謎の少年から提示された事柄だ。
中忍本試験真っ最中に起きた事件であり、サイ自身も駆り出された身である。
うちはイタチの汚名の返上を求めてきたあの謎の少年の話を、自分も含め他の『根』の忍び達は誰も取り合おうとしなかった。
だが唯一、ダンゾウだけはその少年の戯言に向き合い、そして取引に応じた。
あの時は主の心の広さに感心し、少年の取引であるイタチが逆賊ではないという噂を流したりしたものだが、サイを始め、誰もダンゾウを信じて疑わなかった。
妙な取引を求めてきた謎の少年のほうが逆賊だと信じていた。
が、今のサスケとの会話を聞いて、サイはようやっとあの謎の少年のほうが正しかったと思い知る。
『根』ですら伝えていない『うちは一族殲滅事件』の真実。
一見平和な木ノ葉の里が抱える後ろめたい問題は、自分の主が今まで隠蔽していたのだ。
つまり、うちはイタチに全ての汚名を被せたということが真実であり、ダンゾウへのうちはサスケの怒りは至極当然のことである。
故にサイは問う。自らの主に真実を。
だが。
「…そうか。まぁどちらにせよ、おまえはここで用済みだった」
真実を知られたところで元々サイと、そして春野サクラをここで亡き者にするつもりだったダンゾウは平然とした顔で印を結ぶ。
「【風遁・真空波】!!」
一筋のカマイタチ。凄まじい風がサイを吹き飛ばす。
同じく吹き飛ばされたサスケは空中で体勢を整えようとしたが、それよりダンゾウのほうが一足早かった。
「【風遁・真空玉】‼」
風の玉。複数の風の玉が弾丸のようにサイとサスケの身体を貫通せんと飛び交う。
それを紙一重でかわしたサスケの横で、サイも巻物を取り出し、応戦しようとした。
だが風の玉は巻物を貫通し、サイの頬を掠める。
自らの部下にも容赦のない攻撃。
ダンゾウが本気で自分を殺そうとしていると理解して、普段無表情のサイの顔が益々苦渋に歪んだ。
そもそも五影会談に護衛としてサイと春野サクラをダンゾウが選んだ意図は、綱手に手を下した自分の部下を消せば、何の憂いもなく自らが火影の座に就けると考えたからである。
だからこそ、護衛役としてサイとサクラを指名したのだ。
本来の護衛役である自分の部下達に殺させる為に。
「ダンゾウ様…本当に…?」
「フー、トルネ!」
ダンゾウの号令でザッと現れたふたりの忍びがサスケとサイの前へ立ちはだかった。
ダンゾウの命令で尾行していたフーとトルネは、主を守るように身構える。
少し離れた場所で見張るよう指示されていたが故に、うちはイタチの真実については何一つ知らない彼らは、『根』の裏切者としてサイを睨み据えた。
「サイ…まさかおまえが裏切るとはな」
「残念だよ」
「……先輩たち…」
『根』の中でも一、二を争う実力者のふたり。
ダンゾウだけでなく先輩であるふたりが敵に回った事実に歯噛みするサイと、標的であるダンゾウを庇う敵が増えたことに苛立つサスケの間へ、今までオロオロと傍観していただけの彼女が意を決して割って入る。
「…サスケくんは目的を達することだけを考えて」
サイと共に、ダンゾウの護衛役に任命された春野サクラ。
自分も始末するつもりなのだとダンゾウの意図を察した彼女は、サスケを庇うように立ちはだかる。
「……サクラ…」
「久しぶりねサスケくん…積もる話をしたいところだけど、」
サスケの困惑をよそに、サクラは彼に背中を向ける。
本当は色々言いたいことはたくさんある。
サスケと共に一度は木ノ葉を抜けた、同じ抜け忍同士。
そしてついて行くと縋ったのに途中で木ノ葉の忍びへ引き渡された恨み言。
もっともあれはサスケなりの優しさだとサクラとてわかっている。
だが理解と納得は違うものだ。
「話は決着をつけてからにしましょう」
ダンゾウVSサスケ。
サイ&サクラVSフー&トルネ。
サスケの復讐劇はまだ始まったばかりだ。
「────口を慎め、雷影」
突如として五影会談に乗り込んだ謎の存在。
純白のフードを目深に被って“暁”を名乗った人物に即座に反応したのは雷影だった。
「…ッ、貴様…!」
電光石火の如き速さで雷影がフードの首を掴む。
一瞬の出来事に反応できなかった他の影達が我に返って叫んだ。
「ま、待ちなさい…!」
「雷影…ッ」
他の影達の制止の声もむなしく、雷影がフードの首を折る。
ゴキ、という嫌な音が会議室に響き渡った。
しん、と一瞬静まり返る。
沈黙の後、水影が慌てて抗議した。
「な、なにも殺すことはないでしょう!捕まえて尋問すれば“暁”の情報が手に入ったかもしれないのに…」
「それよりどういうことじゃぜ!雷影、今の話は本当か!?」
水影の言葉に同意するというよりも先ほどの白フードが語った衝撃の事実のほうが気になって、土影が身を乗り出す。
【白眼】を狙って日向一族の本家の子を攫い、木ノ葉との戦争の火種をつくっただけでなく、かつて九尾の前人柱力をも攫おうとしたという雷影の罪。
九尾の現人柱力を幼き赤子の頃から攫おうとしたという、次から次へと暴露された雲隠れの仕出かした悪事を指摘する土影から、雷影は顔をそむける。
土影に続いて、風影である我愛羅もまた、冷静を装いつつも雷影を非難した。
「…暁に口を割るような奴はいない。筋金入りの奴らだ…だが、奴には俺も聞きたいことがあった」
以前、風影になったばかりの頃、正体不明の存在が助言めいた予言をしてきた。
風影就任を心から祝うかのような賛辞と共に、砂隠れの里への襲撃を予感するような助言を我愛羅にわざわざ告げにきたのだ、あの謎めいた人物。
その人物が、五影会談に突如現れた目の前の存在と似ているのではないか。
そう思って、血気に逸って殺した雷影を睨んだ我愛羅の背後から、涼しい声が何事もなかったかのように苦笑している。
何の気配も感じなかった我愛羅は、自分の肩を軽くポンっと触れられたことでようやく気づいた。
反射的に振り返る。
「────気は済んだか?」
「「「「「………!!??」」」」」
鉄の国の大将であるミフネを始め、火影を除いた影達が皆、動揺する。
首を折った感触が生々しく手に残っている雷影が驚愕に眼を見開いた。
「血の気が多いな雷影…風影のほうがよほど落ち着いているというのに」
若く新参者である風影をあえて褒める行為はまるで雷影を煽っているかのようだ。
案の定、青筋を立てた雷影が、我愛羅の背後にいつの間にか佇む存在目掛けて腕を振るいあげた。
それをひょい、と首を傾けて回避した白フードの背後で、壁が凄まじい音を立てて瓦解する。
壁を粉砕した雷影に向かって、土影が猶も追及した。
「雷影…!貴様、さっきの話、あとできっちり聞かせてもらうんじゃぜ!」
次から次へと暴露された雲隠れの罪を言及する土影が「雲のきかん坊め…五影になってもそのままじゃな…」と嘆息する。
土影に図星を指され、無視を決め込んだ雷影は、自らの里が仕出かした罪を暴露した犯人を追い駆ける。
雷影が粉砕した壁の穴を通って、向こう側に向かった白フードは、此方へ凄まじい勢いで駆けて来る雷影を肩越しに見遣って、眼を眇めた。
くるり、反転する。
迎え撃つ態勢である相手を見て、雷影は鼻で嗤った。
「貴様…!図に乗るな、暁風情がッ」
文字通り、電光石火の速さで一気に懐へ飛び込む。
雷の如き速度は雷影の十八番だ。更には壁を簡単に粉砕する剛腕。
雷影と共に不届き者を追っていた雲隠れの忍びであるダルイとシーは、相手の命が終わったと確信していた。
「そうか」
だが、雷影の腕をあっさりかわした白フードはくるり、と空中で回転する。
そのまま巨体である雷影の頭を床へ打ち付け、冷たい双眸で彼は冷ややかに呟いた。
「図に乗っているのはどちらだろうな?」
「やはりお互い、手の内を知る者同士では戦い辛いな」
元は同じ『根』同士。互いに能力を知っているからこそ戦闘しにくいサクラとサイ、そしてトルネ&フー。
特にトルネは油目一族の毒虫使いであり、一度触れれば最後、触った者の細胞を破壊する厄介な力の持ち主だ。
接近戦には絶対に持ち込んではいけない。
「【超獣戯画】!!」
サイが巻物から描き上げた絵が実体化し、トルネとフーへ襲い掛かる。
それを回避したフーは「近づけさせない気だな」と苦笑した。
(【心転身】の術でサイに乗り移る…その隙に、)
(わかった)
すれ違い様にトルネとフーがアイコンタクトを取る。だがフーの狙いを読んでいたサクラがさりげなく印を結んだ。
トルネの背後に潜み、隙を窺っていたフーが【心転身】の術を仕掛けようと動く。
山中一族の独特の印である手の内側。
その先にサイを捉えたはずが、サクラが割り込んだのを見て取ってフーはほくそ笑んだ。
「馬鹿め…どちらにせよ終わりだ」
乗っ取って自死させれば良いことだ。フーは割り込んできたサクラに術を仕掛け、彼女に乗っ取ろうとする。
感知能力に長け、更には山中一族であるフーは敵の身体を乗っ取り、自死する直前に自分の身体へ戻るという行為を今まで幾度となく行ってきた。もはや慣れたものだ。
いくら同じ『根』であっても元後輩であったとしても、サクラとサイを自死に追い込むことなど造作も無い。
サイを乗っ取り、さっさと戦力を削げば、あとはサクラを殺すだけ。
そのほうが楽だったが、逆になったところで同じことだ。
【心転身】の術でサクラを乗っ取ったフーの身体がガクン、と崩れ落ちる。
その身体を手袋越しに受け止めたトルネは、サイからの攻撃を避けながら、サクラの様子を窺った。
すぐに自死して元の身体へ戻るものだと思っていたが、サクラの身体が徐々に変わってゆくのを見て取って、眼を見張った。
「な、に…」
「やっぱり山中一族っていうのはすぐに人の身体に乗っ取ろうとするわよね」
ぼうんっとサイが腰につけていた巻物が人の形へと変わってゆく。同時にサクラだった人影が別の形へ形どってゆく。
幻術か、と気づいた頃にはもう遅く、サクラだった人影は人ではなく、兎の形へなっていた。
忍者がよく使う囮用の兎だ。
兎を幻術でサクラの姿へと見せかけ、フーを騙していたのだ。
「だが感知タイプであるフーが騙されるわけが…」
チャクラを感じ取るフーが、いくら幻術と言えど、サクラのチャクラを感じない相手と間違えるだろうか。
その兎を注視したトルネがハッ、と眼を瞬かせる。
サクラの長い三つ編み。それが兎の身体に絡まっている。
髪はチャクラに溜まりやすい故に、自分の長い髪をサクラは躊躇なく囮にしたのだ。
(女だからとて舐めすぎたか…)
短くなった髪を翻し、サイの隣に並び立つサクラを睨む。兎に【心転身の術】をしてしまった為、フーは暫く動けまい。
更にフーを人質として取られてしまう為、幻術使いであるサクラと【超獣戯画】を操るサイを相手取るしかない。
(ダンゾウ様…助太刀にはまだ行けそうにありません)
だがすぐにサイとサクラを殺して、主のもとへ馳せ参じようと、油目トルネはフーの身体を慎重に下ろすと、口で己の手袋を脱ぐ。
毒々しい肌色が露出し、サイとサクラの警戒心が益々高まった。
「油目一族の怖ろしさ…その身にとくと味わせてやろう」
侍の国との境目。
立派な橋が架けられていた其処は、今や廃墟と化していた。
橋として、もはや成し得ない場所で対峙しているサスケの眼を、ダンゾウはまじまじと見遣る。
「イタチとサスケ…能力は同じとて眼が悟るものはこうも違うものか…」
イタチを過大評価し過ぎたか、とダンゾウはわざと嘆息する。
あからさまな落胆に、サスケの眉がピクリと反応した。
「おまえにとってイタチの真実など、さほど重要ではない。手当たり次第に憎しみをぶつけたい、ただのガキだ」
「…………」
「何故、こんなゴミの命など残す必要があったというのだ…イタチ」
ダンゾウの煽りにサスケの憎しみが益々膨れ上がる。
刀を持つ手が怒りで震えた。
「こいつは、イタチ…おまえの失敗そのものではないか」
「……もう黙れ…」
「うちは一族の犠牲を無駄にしているのはおまえだ────うちはサスケ」
「黙れと言っている!」
サスケの写輪眼が朱く染まる。廻る瞳が、ダンゾウの腕に連なる瞳と眼が合った。
サスケがダンゾウへ飛び掛かる前に、ダンゾウの腕がサスケの首を掴む。
苦悶の声を漏らしたサスケを守るように、鴉が飛び交った。
「なんだ…幻術か?」
漆黒の羽根を撒き散らす鴉の一羽がダンゾウを睨む。その瞳を何処かで見た気がして、ダンゾウは眉を顰めた。
だがすぐに数多の鴉がダンゾウを取り囲む。
やはり幻術か、と看破したダンゾウの背後で、うちはイタチの姿がゆらりと蠢いた。
「お前がイタチを語るなと言っているんだ」
うちは一族の滅亡。
その諸悪の根源たる忍びの闇を、闇より深い憎しみに沈みながらサスケは睨み据える。
自らが生みだしたうちはイタチが哀しげな顔をしている幻から、眼を背けながら。
「ワシに幻術を掛けたのは褒めてやろう」
しかしながら、諸悪の根源は平然と幻であるイタチ越しに、サスケへ攻撃を仕掛ける。
「イタチの瞳術とは天と地の差だな────せめて兄のところへ送ってやる」
幻術であるイタチに怯まず、サスケへと正確無比な術を仕掛けるその男こそ、忍びの闇に相応しい。
己の勝ちを確信して、ダンゾウは嘲笑った。
「イタチに説教でもされてくるといい」
後書き
急いで書き上げましたが、連休中の暇つぶしに少しでもなっていれば幸いです!
次回もどうぞよろしくお願い致します!
若干加筆修正しましたー大して変わってないですが後々重要になる文が抜けてました(汗)
ご容赦ください~(土下座)
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