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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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九十五 会議は踊る、されど

行けども行けども、闇だった。

目の前に広がる一筋の道。
その先に、見たくもない光景が待っている事を彼は知っていた。
そしてまた、これが現実ではない事も理解していた。

(───いやだ)

意識に反して勝手に動く足。走る速度を増すほどに大きくなってゆく心臓の音。
やがて闇を抜けた彼の瞳に、一つの扉が飛び込んできた。

(───いやだ)

満ち満ちた静寂の中、軋む音が轟く。
開け放たれた扉の奥。そこで彼は立ち竦んだ。

(───いやだいやだいやだいやだ)

窓の隙間から吹き込む生温かい風。障子に飛び散った血。
月明かりが父と母の骸を鮮やかに浮かび上げ、そして……。

(いやだ!)

屍を築き、手を血で染めて。
憧れと誇りと若干の嫉妬を一身に浴びる。己の目標であり、目指す目的。
満月を背に佇むその存在。

(いやだ、見たくない!!)

人影。血溜まりの中、振り返ったその顔は逆光で真っ黒に塗り潰されていた。

(見たくないんだ!!)

「……ほんとうに?」

気づけば彼の前には、幼き自分が立っていた。
あの頃の自分自身。

「…ほんとうにみたくないの?」

拙い言葉で問い質してくる己自身へ、言い返す。

(アイツの顔なんて見たくない…っ)
「みようとしないだけなんじゃないの?」

激昂する彼に反し、幼き彼自身は穏やかに答える。
闇の中、忘れようにも忘れられない紅き瞳がぼんやりと、だが明確に浮かび上がった。

「真実を」




以前ならそこで彼は現実から目を逸らしていた。事実を見ようとしなかった。
だが幼き自分自身の声に促され、うちはサスケは真実へと向き合う。

そこで闇は晴れるどころか、逆に深い夜が彼の身を包み込んだ。
天の頂きで僅かばかりの光を地上へ注いでいた満月が雲に覆われ翳ってゆく。

唯一の光を断たれ、代わりに忘れようにも忘れられない瞳が闇夜にて紅き光を放っていた。



「おまえが望むような兄を演じ続けてきたのは、」

一族の中で天才と謳われ、故にこそまだ若いその身に里からの重圧と一族の期待を一身に背負わされた男。

「おまえの器を確かめる為だ」

泣きじゃくる弟の前で一度言葉を切ったのは、感情を押し殺したからではないのか。

「おまえは俺の器を確かめる為の相手になる。そういう可能性を秘めている」


嘘だ。

器を確かめたいだけなら、他にも強敵はたくさんいた。一族の中にも里の中にも。
それこそ、当時の弟の力量よりずっと強い者も、強くなる可能性を秘めていた忍びは探せばいくらでもいたはずだ。


「おまえは俺を疎ましく思い、憎んでいた。この俺を超えることを望み続けていた」

違う。

確かに天才である兄とどこでもいつでも比べられて肩身が狭い思いをしてきた。
けれどそれ以上に弟は兄を尊敬していた。憧れだった。

乗り越えられない才能の差と壁に落胆しつつも、心のどこかでいつまでも己の目標であり壁で居続けてくれることを願っていた。
大好きな兄だった。


「だからこそ生かしてやる────俺の為に」

あの時、雲間から覗く月光の中、一瞬見えた兄の顔。
唇を噛み締め、苦々しく眉間に皺を寄せ、眼を伏せたあの、酷く辛い顔は見間違いではなかった。

「この俺を殺したくば、」

顔を背け、弟に背を向けた兄がどんな表情を浮かべていたか。


「恨め、憎め。そして────醜く生き延びるがいい」


本心を押し殺し、肩越しに振り返った兄の瞳に秘められた真実を見極めるべきだった。


「逃げて逃げて────生にしがみつくがいい」


生きろ、と。
兄である己への復讐を糧に生き延びてくれ、と。



「そしていつか俺と同じ“眼”をもって────俺の前に来い」

自分と同じくらい、いやそれ以上強くなって、生きて成長した姿を見せてくれ。



真意が聞こえてくる。
兄の心の声が聞こえてくる。

最後に肩越しに振り返って見せてくれた写輪眼の紅き光。
かつては冷たさしか感じられなかったその情景が、今ではサスケの胸の内にあたたかい光を落としてゆく。


うちはイタチはひたすら信念を貫こうとする様は正に模範的な忍びである前に、兄であった。
唯一無二の弟を想う、心優しき兄だった。


嘘と偽りを纏い、本心さえも包み隠す孤独な鞘の兄と、復讐の炎に燃える抜き身の刀である弟。
あの時、和解したあの時から、うちはサスケは。



兄を追い続けていた。憧れと尊敬を以って。
兄を追い続けてきた。恨みと憎しみと共に。
兄を追い続けている。哀と辛苦、愛を胸に。



まだ兄を憧れていた幼き自分が、再び兄を尊敬し始めているサスケへ無邪気に笑いかける。
その声は今の己の言葉と重なって同時に口から放たれた。


「「真実を知るべきだ」」


かつて真実から眼を逸らし続けてきた愚かな自分自身にも。
そして木ノ葉の里の闇を知らぬ者達にも聞かせてやる為に。



だから問い質す。
先ほどから頑なに口を噤む忍びの闇へ。



「おまえを含む木ノ葉上層部の命令で、うちはイタチにうちは一族を抹殺させたのは本当か?」
「……………」
「沈黙は肯定と見做す」

眼光鋭く睨まれ、志村ダンゾウは渋々口を開く。



「うちは──サスケか」

見覚えのある面影。
うちはイタチに似た容姿の者が殺意を露わに自分を睨んでいる。
同時にダンゾウは落胆した。


「…アイツは…秘密を漏らすような…そんな男ではないと思っていたが、」

イタチを真の忍びだと認めていたからこそ、ダンゾウは落胆を隠しきれずに恨み言を口にする。


「イタチめ…全て喋りおったか…」
それはつまり。

「やはり、おまえだけは…特別だった、ようだな…」

今度は逆に黙り込んだサスケに反して、饒舌にダンゾウは淡々と言葉を続ける。


「自己犠牲…それが忍びだ。日の目を見ることもなく、陰の功労者…それが忍び本来の姿…」

そこでダンゾウは言葉を切った。
眼を閉ざしたその瞼の裏に、金色が一瞬過ぎる。


木ノ葉中忍本試験最中。
木ノ葉崩しが始まるその手前で出会ったあの、幼くも完璧に忍びとして成り立っていた子どもの姿が蘇る。
喉から手が欲しかったあの者こそ、忍び本来の姿。


「イタチだけではない…多くの忍びが…そうやって死んでいった。世の中は綺麗事だけでは回らん…」

耳が痛い話だ。
火影の座に就いても忍びである限り付き纏う問題だ。


「忍者とは修験の世界…名が出ないことが誇りであった」


自己犠牲、それが忍び。日の目を見ることもない影の功労者が忍び本来の姿。
故に名が出てこない忍び達のおかげで平和は維持されてきた。

その代表者とも言えるうちはイタチの弟を、逆にダンゾウは糾弾する。



「だがおまえに秘密を明かしたイタチは木ノ葉に対する裏切り…」
「ならば貴様も火影の座を求めず名も無きまま消えてゆけ」






ダンゾウの首を掻っ切る。
刀の切っ先が忍びの闇の血を浴びて真っ赤に染まる光景を、サスケの写輪眼は鮮やかに認めた。


「────それ以上、」

その眼には何の感情も窺えない。


「おまえが、」

あるのはひたすら膨れ上がる憎悪と殺意。


「────イタチを語るな」



志村ダンゾウの身体が崩れ落ちる。
確かに仕留めた。

あっけない終わりだったな、と思うと同時に、あの忍びの闇がこうもあっさり終わるものか、という確信があった。


だからこそ、気づけた。







「そうだな」

背後から聞こえた憎き相手の声。
サスケが振り向くよりも先にダンゾウはクナイを手に取る。

普段閉じている片目。今や開眼しているその瞳には明確な殺気があった。


「次は“眼”で語る戦いにしよう」























鉄の国。
三狼と呼ばれる三つの山からなる国で独自の文化・独自の権限と強力な戦力を保有する中立国。
忍びが手を出せぬその国は、侍と呼ばれる者が守っている。

「この場を預かるミフネと申す」

鉄の国の大将であるミフネが会議に参加している面々を見渡す。

「五影の笠を前へ…」


風の国・砂隠れの里────風影である我愛羅。
雷の国・雲隠れの里────雷影であるエー。
土の国・岩隠れの里────土影であるオオノキ。
水の国・霧隠れの里────水影である照美メイ。


「雷影殿の呼びかけにより今此処に五影が集った」
「…まだ席についていない者がいるが?」

影の笠を机に置き、各々の影が席につく中、火の国・木ノ葉隠れの里の火影だけがまだ到着していない。
そのことを指摘した風影に反し、他の影達はさほど気にしていない様子で推測を述べる。


「木ノ葉は先日、『暁』の襲撃を受けたばかり。遅れても致し方ありません」
「しかし、大事な五影会談に遅れるような影は他里に示しがつかん」
「なにか理由があるのでは?火影は代替わりしたばかりのようですし」


火影がいないうちに火の国より一歩でもリードしておきたいという見え見えの影達に、風影である我愛羅は内心溜息をつく。
火影の到着が遅くなれば、何かあったのではと増援を送るのが定石であるだろうに、利益ばかりを求める汚い大人の事情が垣間見え、我愛羅は眉間に皺を寄せた。

しかし自分が席を離れるわけにはいかない。
仕方なく護衛として連れ添ってきてくれたテマリに頼む。
渋々護衛の任をカンクロウに任せ、火影を捜しに向かった彼女を視界の端で認めた我愛羅は改めて会談の席に腰を下ろした。


「心配性じゃぜ、風影殿よ」

土影のオオノキに茶々を入れられるも、我愛羅は平然と「むしろ何もしないのが問題だと思うが?」と怪訝な視線を投げた。


「フン!この場にはいない火影こそが諸悪の根源かもしれんがな」

鼻息荒く雷影のエーが眼光鋭く他の面々を見渡す。
その含みのある物言いに我愛羅は「どういう意味だ?」と問いかけた。


「風影のくせに何も知らされておらんのか!」

嘲笑うようなエーの態度に、我愛羅の背後で控える護衛のカンクロウは(なんだあの雷影ってのは!)と内心悪態をつく。

「自里の爺どもに聞いてみろ。かつて戦争に『暁』を利用してきたかをな!」

言葉足らずの雷影に代わって土影が簡単に説明した。


「今や大国は一様に安定してきた…軍拡から軍縮へと移行しとる。各国間の緊張緩和で戦争の脅威が小さくなれば国にとって軍事力である里は金食い虫の邪魔な存在じゃ」


しかしそれはリスクでもある。
突然戦争になった時、実践経験のない忍びに頼ったところで戦争に負けてしまう。

そこでそのリスクを回避する一つの方法として利用されてきたのが────。

「戦闘傭兵集団────『暁』というわけか」


我愛羅の言葉に土影は満足げに頷いた。


自里で優秀な忍びを育成するのは手間と金がかかるが、安い金で請け負い、最高の結果をもたらす。
戦争を生業とし、常に現役のプロ集団。


「…しかし木ノ葉を襲撃した『暁』とは別の“暁”の存在が出てきたという噂を耳にしたのですが、」

水影の発言を耳に死、我愛羅は「…それは、」と言い淀んだ。


『暁』のリーダーであるペインに木ノ葉の里を襲撃された際、その攻撃を防いで里人を守ってみせた“暁”。

人柱力である我愛羅を襲った『暁』とはまた違う組織なのだろうか。
それとも────。


考え込む風影、戦闘傭兵集団としての暁を称賛する土影、善か悪か判別できない“暁”に対して不安そうに視線を彷徨わせる水影。
三者三様に表情が違う彼らに対し、雷影は感情露わに怒鳴った。


「木ノ葉!岩!砂!霧!貴様らの里の抜け忍で構成されとるのが『暁』だというのは紛れもない事実!」

ジロリ、と『暁』を称賛した土影を睨んだ雷影は「開き直るな土影!」と怒鳴りつける。


「砂とて部外者ではないぞ!『木ノ葉崩し』に大蛇丸を利用したではないかッ」
「…その時、大蛇丸が暁を抜けていたかどうかは定かではないでしょう」
「それにその結果…四代目風影と、三代目火影を失った…」

雷影の言い分に、水影と風影は反論する。
特に己の実の父親である四代目風影のことを語った我愛羅は複雑そうに目元を伏せた。


「だからこそ『忍びの闇』の代名詞がつく現時点の火影は信用ならんのだ!あの古狸め…」

木ノ葉崩しにもダンゾウ率いる根が何かしら画策していたのではないか。
その疑いを持つ雷影は鼻息荒く熱弁する。

その激情の矛先は我関せずと傍観の態度を貫いていた水影にも向けられた。


「霧隠れ!素知らぬ顔をしておるが一番怪しいのは貴様らだ!お前ら霧は外交をしない…暁発祥の地とも噂されておる!」
「…この際だからはっきり申し上げておきましょう」

雷影の威圧的な態度にも怯まず、毅然とした態度で水影は背筋をピンと伸ばした。


「先代…四代目水影は当初、何者かに操られていたのではないかという疑いがありました。ですが途中で彼は自らの意志で水影を辞退しております。もっとも、その何者かが暁の可能性も無きにしも非ず…」

事を大事にはしたくなかった、と締めくくる水影に対し、雷影は「どいつもこいつも」と舌打ちする。

「ならば暁をひとりとして出しておらんのは我が里だけではないか!」



誇り高く胸を張る雷影を、他の影の面々はその時ばかりは皆、同じような表情でエーを見上げていた。
胡乱な目つきで雷影を見遣った土影は「フンっ」と鼻をわざと大きく鳴らす。


「そもそもこの軍縮の時代に雲隠れであるおまえらがなりふり構わず力を求めて忍術を集めよるから、此方も対抗する為に『暁』を雇わざると得んようになってきたんじゃぜ!」
「なんだと!」

土影の反論に苛立った雷影が立ち上がる。
そのまま勢いに任せてテーブルを粉砕したエーに対し、影の護衛達が一斉に警戒態勢を取った。





だがそれは雷影の激情からの暴力に対してである。
決して外部からの侵入者に対してではない。
故に自らの影を守った護衛の忍び達は一様に、雷影へ攻撃態勢を取っていた。


話し合いの場である五影会談の席での感情任せの行為。
中立国からの冷静な判断から、雷影へ苦言を呈しようとしたミフネが口を開くよりも前に。








「───礼を欠いた行動は控えるべきだな」





ふわり、と。

五影会談の中心で、音もなく降り立った誰かが、寸前の土影の発言に同意した。




「【白眼】を狙って日向一族の本家の子を攫い、木ノ葉との戦争の火種をつくっただけでなく、かつて九尾の前人柱力をも攫おうとし、更には────」


そこで言葉を切って、雷影を鋭く見据える。
白フードの陰から覗き見える蒼の双眸に射抜かれ、エーの身体が一瞬、硬直した。







「九尾の現人柱力を幼き赤子の頃から攫おうとした罪……忘れたとは言わせんぞ、雲隠れ」




凄まじい寒気。
しんしんと雪が降り積もる鉄の国。
しかしながら、気温のせいだけではない悪寒が、火影を除いた影達だけではなく、その場の全員を震え上がらせる。



「────口を慎め、雷影」


五影会談の最中、堂々と乗り込んだうずまきナルトは、この場の錚々たる顔ぶれを見渡すと、やがて礼儀正しく会釈した。



「踊る会議はこれにて閉幕。ここからは────」


目深に被った純白のフードの合間から覗く双眸。
その蒼は外の雪景色よりも凍えるような、冷たさを秘めていた。





「“暁”である俺の話を聞いてもらおうか」
 
 

 
後書き
飽きずに今後ともどうぞよろしくお願いいたします!(*- -)(*_ _)ペコリ 
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