ニンジャ・イン・ザ・ファンタジーⅥ
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白き極光編
第1章
エンカウンター・ウィズ・ア・シャドウ
フィガロ王国とガストラ帝国の同盟関係は破綻した。
元々表面的なものだったとはいえ、公然の事実として認知された影響は大きく波及するだろう。
国王エドガーと愉快な仲間達の目指すは反帝国レジスタンス、リターナーの本部。
彼らはチョコボを降りて道中の洞窟へ入ると、薄暗い道を1歩、また1歩と進んで行くのだった…。
「何書いてるんだエドガー」
手帳にペンを走らせるエドガーの手元をロックが覗き込む。
「戦後に伝記でも出版しようと思ってな」
「…おい、なんだよ愉快な仲間達って…」
「………さて、階段を降りたら出口のある階層だぞ。洞窟を出たら南の森の近くにある街がサウスフィガロだ」
「おいっ!」
食って掛かるロックと、巧みにそれをいなすエドガーの漫才の如きやり取りを尻目に、コールドホワイトは淡々とモンスターへスリケン投擲。
街で買い取ってもらう素材を集めているのだ。
ティナは彼を手伝ってモンスターへ炎魔法ファイアを放っている。
「便利なもんだな。何もデメリットは無いのか?」
ティナに頭上から襲い掛からんとした蜂モンスター、エポクスプレスの頭をスリケンでカット。
「心を集中しないといけないから、使い過ぎるとちょっと疲れちゃうの。それが欠点と言えば欠点かも」
コールドホワイトに物陰から忍び寄っていた単眼モンスター、フォーパーをファイアで処理。
当たり前だがロックとエドガーもじゃれ合っているだけではなく、合間合間にそれぞれナイフとオートボウガンで相手に近付くモンスターへ対処している。
「お、風…出口まであと少しだぞ皆」
僅かに髪を揺らした風を感じ取ったロックが、後続の3人へ声掛けした。
「サウスフィガロにはフィガロ城で製造された武器が卸されている。城を出る時はこのオートボウガンしか持ち出せなかったからな、補給しておきたいところだ。コールドホワイト、素材はどうだ」
「悪くない。ティナ=サンの魔法は援護として実際頼もしい」
手押ししているスノーモービルには、モンスターの死骸の詰まった麻袋を積んである。
エドガーは中身を改め、ブツブツと呟く。
「…少なく見積もっても3000ギルにはなるな。良いぞ」
「王様がいるのに財布の心配をしなきゃならんとは世知辛いもんだ」
コールドホワイトも袋の中を覗き込んで肩をすくめる。
「国民の血税だ。私的に持ち出す事は出来ないさ」
その後もどんな無駄も許されないとばかり、出口への僅かな時間の間にもモンスターを狩り、ようやくお天道様の下へ出た一行。
とはいえ、太陽は既に直上ではなく西への移動を始めている。
「ほら、あそこに見えるぞ。サウスフィガロだ。日も傾き始めているし、コルツ山へは明日出発になるかな」
街まで続く街道のような気の利いた物は無い。
当然、夜の帳が下りれば、遠く街の灯を除けば月明かりしか頼る物は無い。
街の外は数多の獰猛なモンスターが闊歩する危険地帯。完全に日が落ちればたちまちそれらの餌食である。
故にとにもかくにも街だ。日が落ちる前に街へ行かねばならぬ。
「…ロック=サン、ザイルはまだあるな?」
「ん? ああ、あるけど…おい、まさか…」
ロックはコールドホワイトの視線を追う。
そこに落ちているのは、魔導アーマーの残骸から剥がれ落ちたらしき装甲板。
…人2人くらいは乗れそうな大きさの。
「「あーーーーーーっっ!!」」
平原をサウスフィガロへ向けて走るスノーモービル。
装甲板に乗った(乗せられた)ロックとエドガーは、モービルに繋がれたザイルを必死の形相で掴み、さながら水上スキーのように滑っている。
ティナはといえば、後部座席に座って後方の2人を心配そうに振り返っていた。
「あいつ俺らの扱い雑じゃないかエドガー!?」
「じゃあティナを代わりにここに置くか!? レディにこんな事をやらせる気か!?」
音を立てるほどの風に負けないよう、声を張り上げて会話する2人。
座席に座る者とスキーをする者の選択は任せるとコールドホワイトは言ったが、当然この2人が後者に立候補した。
正直なところ、ティナにこんな荒っぽい事をさせる訳にはいかないと2人が考えるであろうと、端から想定した上で選択を迫った気がしないでもない。
「し、しかしこれならすぐに街へ着くだろう! もう少しの辛抱だロック!」
「くっそーーーーー!! 着いたら覚えてろよあいつぅーーーーーっっ!!」
徐々に茜色に染まり始めた空に、半ば悲鳴めいた叫び声が木霊した。
「だ、大丈夫? 2人とも…」
街の入口でぐったりと座り込んだ2人へ、前屈みになったティナが声を掛ける。
「お、俺はまだ死ねないからな…」
「私の双肩にはフィガロが懸かってるからな…ふ…ふふっ…」
「所詮は非ニンジャか…」
呆れたような表情のコールドホワイトへ、食って掛かる気力は今の2人には無かった。
「や、やっと落ち着いて来た…だがその甲斐あってまだ夕方か…。ロックはティナと一緒に今夜の宿の手配を。コールドホワイトは私と商人の所へ。今日の内に素材の換金を済ませてしまおう」
「良いだろう」
「ほー、リフィーバニーにムーの肉か。しかし随分と綺麗に切ったもんだ。この量にこの状態の良さなら1000ギル…いや、1300出そう。本格的な料理にもつまみにも使えるし、ムーの方は干し肉需要が高いからな」
「それで頼む」
まずは傷みやすい肉を真っ先に酒場へ持って行った。
スリケンで頭部を一瞬にして切断して絶命させた為か、非常に状態が良かったらしく予想以上の収入となった。
「ッ!」
エドガーが店主と取引をする様を横で眺めていたコールドホワイトだったが、突如として背後からただならぬ殺伐アトモスフィア。
首をゆっくりと後ろへ向けると、そこには背に忍者刀を負った、黒装束に身を包み、僅かに青白い瞳のみを窺い知れるメンポを被った男。
傍らには付き人かボディガードのように1歩後ろを歩く大型のドーベルマンが1頭。
こちらを一瞥もせずに横を通り過ぎ、カウンターに腰を降ろして酒を注文した。
「(…ニンジャ? いや、ニンジャソウルの気配は微塵も感じない…)」
傍目にはニンジャにしか見えない男に困惑するコールドホワイトの肩を、取引を終えたエドガーが叩いた。
「待たせたな、次へ…どうした? …ああ、あの男には関わらない方が良い。あれはシャドウ。その道では有名な傭兵…というよりは殺し屋かな。金さえ積まれれば親友すら殺しかねないとまで言われる冷酷な男と聞く」
「アサシンか…辺境でダラダラ生きて来た俺にでも分かる。あの男の背中は、様々な感情を押し殺して修羅道に堕ちた奴のそれだ」
背中越しにでも漂う、その鋭く研がれた刃の如き存在感は、ニンジャである自分よりも遥かに壮絶な生涯を送って来たのであろう事が伺える。
「思うところでもあるのか?」
「…いや。ある意味では俺達ニンジャと同じ、エゴに生きる者だ…と感じただけだ。行こう」
本音ではあの男に対する好奇心、興味はある。
自分達ニンジャは、血を求めるニンジャソウルの殺戮衝動のままモータルを虐げ、殺める事を愉悦、快楽としている邪悪存在である。
だが、あの男からは殺しを愉しみとするような意志が微塵も感じ取れない。
殺す事を生業にしながら、殺しを愉しまないというのは、どういった感覚なのだろうか?
何を思ってその世界へ踏み込んだのだ?
あの男にとって、“死”とはなんなのだろう?
「(…ニンジャのくせに、こんなくだらん事を考えるとは…いよいよもって俺も壊れたか?)」
コールドホワイトは、内なるニンジャソウルの弱体化に伴い、随分と感傷的になってしまっている自分に、呆れにも似た感情を抱いた。
「テント、ポーション、毒消し…」
狩り取った素材は結果的に4000ギルにもなった。
ロック達との合流前にその資金で購入した消耗品や武器防具を、宿屋のテーブルに並べる。
「ロック用にミスリルナイフ、ティナは基本的に後衛だが、念には念を入れてバックラーを持っていてくれ。そしてブラストボイスにバイオブラスト…私の機械武器だな」
ロックとティナは、支給された装備をそれぞれ確認する。
「それとコールドホワイト。カタナの他にミスリルソードも1振り持っておくと良い。見たところそれもだいぶガタが来ている」
「そうか…ウム」
今朝のサーベラスとのイクサの影響で、カタナの損傷も限界に近い。
「その切断に特化した剣は、ドマ王国の鍛冶屋でもないと直す事も出来ないからな」
この世界で一般的に使われる剣は重量で叩き割る西洋剣タイプが主流であり、日本刀タイプのカタナは極めて希少なのだ。
無い物ねだりをしても仕方が無い。この剣をもしもの時の代用として持っておこう。
ミヤモト・マサシ曰く『環境に文句を言う奴に晴れ舞台は一生来ない』だ。
「ポーションと毒消しも各自に分配したし、今日はそろそろ休もう。さぁさぁ、男3人は撤収だ。城の侍女から寝間着を借りて来たから、ティナはこれを使ってくれ」
ティナに個室を譲り、ロック、エドガー、コールドホワイトの3人が部屋を出て行った。
「…あんた普通に顔あったのか」
「馬鹿にしているのか」
コールドホワイトのメンポである防寒頭巾が取り払われ、揺れる白銀の短髪と、30代前半といったところの顔を見たロックが思わず呟いた。
「確かにアクマ・ニンジャクランのように、憑依したニンジャソウルの影響で異形化する者もいるが、ニンジャは基本的に元は人間なのだ。身体的特徴が劇的に変わる事はそう多いパターンではない」
「つくづく不可思議なものだな、ニンジャとは。そもそもにしてニンジャソウルというのは?」
「実のところそのメカニズムは未知の部分が多い。俺が知っているのは、古代のリアルニンジャの魂が蓄えられている場所があり、そこから出て来た物が現代の人間に憑依し、そいつをニンジャにするという事くらいだ」
元の世界におけるニンジャソウル研究の最先端を走っていたであろうリー・アラキ先生ですら、その全貌は把握しきれていなかった。
古から現代まで生きるリアルニンジャもごく僅かながら存在していたが、彼らもまた然り。
「人間に取り憑き人外へ変質させる…まるで悪霊だな」
「ま、概ね間違ってはいないだろう。ニンジャとなった者は常人を凌駕する力を得て、もはや本能めいてモータル…非ニンジャを見下し、奴らを己の欲望と衝動のまま虐げるようになる」
コールドホワイトは目を閉じて天を仰ぎ、ドサンコ・ウェイストランドの雪原で、スノーモービルを駆り人間狩りゲームを愉しんでいた己を思い出していた。
1人、また1人と殺して行き、必死の抵抗も虚しく恐怖と絶望に支配された表情となった者達を追い立てていたあの高揚感。
絶対的な格の違いを知らしめ、虫ケラのように踏みにじっていた全能感。
そして、さらなる強大な力によって今度は自分が追われ、苦しめられ、殺された屈辱感。
赤黒の死神によって首を切断された感覚が蘇り、彼は身震いした。
「…講義は終わりにしよう。寝るぞ」
コールドホワイトは壁際のベッドに横になり、身動ぎ1つせずに眠りに落ちた。
「………」
寝息を立てるティナの個室。その部屋の窓の外に、夜陰に溶ける灰色のニンジャ装束の男が、音も無く立った。
「(間違いない、この娘だ)」
帝国から提供されたターゲットのデータと外見的特徴を比較する。
実際、彼はティナを奪取するべく帝国から派遣された斥候ニンジャである。
実のところ、サーベラスと共にケフカに同行しており、その追跡はフィガロ城でのイクサの直後から行われていたのだ。
「(ようやく単独になったのだ。この機を逃す訳にはいかん)」
彼は窓へゆっくりと手を伸ばす。
そしてその手にスリケン…否、手裏剣が刺さった。
「(グワーッ!?)」
彼は悲鳴を抑えながら連続バク転でその場を離れる。
「(なんだ!? なんだコレは!?)」
手の甲に突き刺さった手裏剣に目を剥く。
そして投擲した者の姿を探し、闇の中から現れた黒装束の男を捉えた。
隠密行動に長けたシノビ・ニンジャクランのソウルを宿す自分すらも上回る隠密性とは信じられぬ!
「ド、ドーモ、フォビアです…グワーッ!?」
アイサツの為に手を合わせようとした彼の肩に手裏剣が刺さった。
「アバッ…き、貴様…アイサツ中に攻撃とはシツレイ…!」
「知らん。勝手にルールを押し付けるな」
「ア…アイエッ…!? ニ、ニンジャじゃない…? ニンジャじゃないのにニンジャ装束ナンデ…? スリケンナンデ…?」
男はフォビアの質問など耳に入ってないかのように、彼が侵入しようとしていた部屋を一瞥した。
「俺への刺客ではないようだな。まぁ良い。どうせロクな者じゃあるまい。始末しても誰も困らないだろう」
男…シャドウは緩慢な動作で背の忍者刀を抜く。
「イ、イヤーッ!」
フォビアは相手に飲まれぬよう己を奮い立たせ、シャウトと共にクナイ・ダートを生成して投擲した。
しかし、その刃は標的の額に刺さる前に飛び出した影に叩き落とされた。
犬だ! それは引き締まった体躯と鋭い眼光を持ったドーベルマンだ!
「アイエッ! ニンジャドッグ!?」
想定外の乱入者に驚愕したその刹那。
シャドウの姿がその名の如く朧に揺らめき、次の瞬間にはフォビアのワン・インチ距離に立っていた。
「アイエ…アバッ…!」
前から後ろへ、喉を忍者刀が貫いた。
鍔が触れるまでに押し込まれ、血を纏った刃が月明かりを怪しく照り返した。
「アバッ…ゴボッ…」
フォビアの見開かれた目を、感情の無い青白い瞳が見据えている。
彼は死に体のニンジャの身体に足を掛け、無造作に蹴って忍者刀を引き抜いた。
「アバッ! アバババババッ…!」
傷口から噴水のように血を撒き散らすフォビアを見下ろしながら腕を振り、刀身に纏わり付いた血糊を払うと忍者刀を納刀した。
「行くぞインターセプター」
1人と1頭は再び闇へと溶けて行った。
「サヨナラ!」
そしてフォビアは、誰にもその最期を見届けられる事無く爆発四散した。
翌朝、通りの地面に残った血痕と爆発跡を目撃した人々の通報で自警団が調査したものの、詳細は何も判明しなかった。
「どうも何か物騒な事件があったみたいだな」
「あの爆発四散跡…ニンジャか? 偶然この街にいたのか…それとも俺達を狙っていたか? それがトラブルに巻き込まれたか」
人だかりで何も見えなかった為、身軽なロックとコールドホワイトが宿屋の屋根へ登って現場を確認した。
下へ戻ってエドガーとティナへ説明をする。
「帝国のニンジャだとしたら、奴らはまだティナを諦めていないのか? 先天的な魔導の力があるとはいえ、そこまで執着するのか…」
ロックにしてみれば、1人の女の子に軍事大国がそこまで拘る理由が見えて来ない。
「本格的な魔導技術は帝国が独占してるからな。万が一にもティナの協力で他の国にも魔導の研究を進められたら、帝国の優位性が揺らぐ事を危惧している…と、考える事も出来る」
エドガーが自身の見解を語るも、彼もまた帝国のティナへの執着は異様と感じてはいた。
「(彼女の真価は単なる魔導の素養だけではないというのか…?)」
「あら? アンタ…」
エドガーの黙考を遮ったのは、見ず知らずな年配の女性が発した声だった。
彼女はエドガーの顔をまじまじと確認した後、頭を下げた。
「…あら、人違いだわごめんなさいね。知り合いのお弟子にアンタがそっくりだったもんでね」
それを聞いたエドガーが、ふと思い当たる節があって話に食い付いた。
「ご婦人。失礼ですが、その話を聞かせていただいても?」
女性も世間話をしたい気分だったのか、快く頷いた。
「ええ、良いわよ。ダンカンさんていう格闘家でね。よくお弟子2人とあそこに見えるコルツ山に籠って修行してるのよ」
「その弟子の1人が私に」
「そう、顔つきがそっくりだったのよ」
エドガーはこれから自分達が向かう予定の山へ視線を巡らせた。
「…マッシュ」
青空を背に聳え立つコルツ山は、どこか不穏なアトモスフィアを漂わせていた。
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