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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第251話:笑う賢者

 未来に再びシェム・ハを下ろし、協力を取り付けて月遺跡へと向かいジェネシスからバラルの呪詛を守る案は即座に実行される事となった。となると、兎にも角にも現在塞ぎ込んでいると言うシェム・ハと対話しなければならない。

 そんな訳で未来が響やアリス、キャロルらと共にシェム・ハを収容している部屋へと向かった。力を失った今、シェム・ハが暴れ出して被害が出ると言う事はないだろうが、念の為に颯人達も様子を伺う為対話が行われる部屋の外で聞き耳を立てつつ待機した。

 開け放たれた扉から、響と未来の話す声が聞こえてくる。

「あの、シェム・ハさん? ちょっと良いですか?」
「…………」
「私達、月の遺跡に行きたいんです。でも、このままだと行けたとしても分からない事の方が多くなりそうで……それで、シェム・ハさんに助けてもらおうと」

 響と未来がシェム・ハに話し掛けるが、聞こえてくるのは2人の声だけでシェム・ハの声は聞こえてこない。試しに颯人が扉の影から部屋の中を覗き込んでみれば、病的な肌をしたシェム・ハが部屋の隅で体育座りをしている姿が目に入った。2人がしゃがみ込んで座っているシェム・ハに視線を合わせようとしているが、肝心のシェム・ハ本人は顔を伏せたまま2人と目を合わせようとしない。

 暫くその様子を眺めていた颯人だったが、一向に反応を示さないシェム・ハの姿に一旦顔を引っ込め後ろに居る奏達に険しい表情を向けながら肩を竦めた。それだけで状況が分かった奏達は、一様に彼同様険しい顔になりどうしたものかと頭を悩ませる。

「やっぱり無理なんじゃないか?」

 徐に奏がそうぼやいた。無理もない。鬱状態の人間の相手などした事は無かったから、そもそもどう接すればいいのか分からないのだ。しかも相手はロジックが恐らく人間と外れているだろうアヌンナキ。人間臭さを感じるところもあれど、本質的には人間とは違う部分もある。そんな相手と分かり合うのは至難の技であり、しかもその相手が塞ぎ込んでしまって言うとなると正直お手上げだった。

 それでも響と未来は諦める様子もなく、懸命に声を掛け続けていた。

「シェム・ハさん、このままだと消えちゃうんですよ? そんなの、あんまりじゃないですか」
「気が進まないなら、案内はしてもらわなくても結構です。ただ、助けられてはくれませんか?」

 よく見てみると、既に消滅が始まりつつあるのかシェム・ハの輪郭が薄っすらとぼやけてきていた。もうあまり時間がない様子に、2人は若干焦りを滲ませ必死に説得しようとしていた。

 対話が始まって早くも数分、一向に進展しない状況と消滅が進むシェム・ハの様子にやはり無理かと誰もが諦めかけたその時、漸くシェム・ハがゆっくりとだが顔を上げ2人の事を見た。

「何故……そこまで、我を気に掛ける?」

 2人を見るシェム・ハの顔は酷いものだった。最初の対話の時に診せていた不遜な様子も自信も何もかもを失い、泣き腫らしたのか目元は若干赤く腫れあがっている。ただでさえ瞳が赤いのに、泣いたせいか充血して瞳だけでなく目全体が赤くなっていた。
 落ちぶれたと言っても過言ではないその痛々しい姿に、漸く顔を合わせられた響と未来がそれぞれシェム・ハの肩に手を置き穏やかな笑みを浮かべながら想いを告げた。

「見捨てられないからです」
「確かに、シェム・ハさんがやろうとした事は許せません。私も体を乗っ取られた間は、不安でした」
「でもだからって、分かり合おうともせずにお別れなんて寂しすぎるって、そう思うんです。私達、まだ全然話し合ってないんですから」
「私達はシェム・ハさんの事を全然知らないけど、シェム・ハさんも私達の事を知りませんよね? きっとお互いを知れば、一緒に仲良くやっていく方法もあると思うんです」

 そこまで言って、響は颯人達を部屋へと招き入れた。手招きされるがままに颯人達が部屋に入ると、2人は今を生きる人間がどれ程互いに分かり合えるようになっているかを示した。

「シェム・ハさん、言ってましたよね? 私達人間は互いに分かり合えず痛みに苦しんでるって。でも、実はそればかりじゃないんですよ」
「ここにいる颯人さんと奏さん、透君とクリスみたいに、少しすれ違う事はあってもお互いを理解し合って前に進んで行ける人間も居るんです。勿論、私と響も」
「人間は決して分かり合えないばかりじゃないんです。そんな今の人間を、もう少し見守ってもらう事ってできませんか?」

 響と未来の言葉に、颯人は内心で舌を巻いた。なかなかに上手い手法だと思ったからだ。単純に優しさだけで交渉せず、相手の好奇心を少しでも刺激し諦観に陥ろうとしていた意識を変えようとしている。2人が何処まで狙ってやっているのかは定かではない。と言うより、心理学なんて何も分からない2人だろうから、恐らく頭で考えるよりも心で思ったままに言葉を発しているのだろう。その純粋さが、逆にシェム・ハの心に沁み込んでいた。先程に比べてシェム・ハの目に光が戻ってきているのを感じ取れた。

 あと一押しでシェム・ハをこちら側に引き込める。それを察した颯人は、響達に倣ってしゃがみ込みシェム・ハと目線を合わせて話し掛けた。

「よっ、シェム・ハさんよ」
「お前は……」

 最初の交渉の時の事を思い出したからか、颯人に向けるシェム・ハの視線が若干鋭くなる。無関心を貫かれるよりはどんな感情でも興味を持たれた方が余程有意義なので、颯人はこの手応えに内心でほくそ笑みながら2人とは別ベクトルでシェム・ハにやる気を出させようとした。

「響ちゃん達の言う事は尤もだし、俺らとしても無意味な争いは好きじゃねえ。だからアンタと手を組めるってんならそれに越したことはないと思ってる。アンタとしても、俺らと手を組むのは決して悪い案じゃないと思うぜ?」
「どう言う意味だ?」
「やられっぱなしで良いのかって話だよ」

 その言葉にシェム・ハ視線が目に見えて鋭くなった。やはりそうだ。元々プライドが高い方だったシェム・ハは、一方的にやられっぱなしで終わる事を良しとする様なタイプではない。やられたらやり返し、どちらが上なのかをキッチリハッキリさせないと気が済まないタイプなのだ。それは未来から彼女を引き剥がそうとした時の様子からも明らかである。

「俺らはこの後、ジェネシスと決着を付けようと思ってる。それに同行すれば、アンタの鬱憤も晴らせるんじゃないのか?」

 探るような颯人の視線を受けながら、シェム・ハは彼の提案に視線を僅かに彷徨わせた。

「……狙いは?」
「月の遺跡への水先案内人。連中よりも先に遺跡を押さえて、奴らの好きにさせないようにしたい。その為にはアンタに未来ちゃんにまた憑いてもらわなけりゃならない訳だが……」

 颯人がチラリと未来に目を向ければ、彼女は力強く頷いてシェム・ハに手を差し伸べた。

「お願いです、シェム・ハさん。私達に、力を貸してください!」
「一緒に戦いましょう!」

 未来に続き響もシェム・ハに手を差し伸べる。差し出された二つの手を見て、シェム・ハはこんな風に手を差し伸べられたのは初めてだと思わず笑みを零した。

「滑稽であるな……一度は敵対し、意のままにしようとした相手にこの様に手を差し伸べるとは……確かにヒトにはまだ分からぬ事が多いらしい」
「それじゃあ……!」

 先程までに比べれば大分柔らかくなったシェム・ハの表情に、響と未来が表情を輝かせた。向けられる期待の籠った眼差しに、シェム・ハは頷き返しながら2人の手を取った。

「また、世話にならせてもらう。……小日向 未来」
「未来で良いです、シェム・ハさん」
「私は響です! シェム・ハさん、よろしくお願いします!」
「フッ……」

 こうして、シェム・ハとの和解は成った。最初の頃に比べれば大分存在が曖昧になり、あと少しで消えてしまいそうだったシェム・ハは速やかに未来の体の中へと溶け込む様に入っていく。その様子を颯人達が見守っていると、シェム・ハが入り込んだ未来は自分の体をあちこち弄り何も異変がない事に僅かな不安を感じた。

「え、と……シェム・ハさん? 居ますか?」
(愚問である。我の意識は、確とお前の中に存在している。どれ、試しに……)
「んぇ?」

 不意に未来は自身の意識が後ろに引っ張られるような感覚に襲われた。急発進した車の中で体が座席に押し付けられるような感覚を覚えた彼女は、何が起きたのかと身動ぎしようとして自身の指先一本までも動かせなくなっている事に気付いた。

(えぇっ!?)
「フム……うまく行ったようだ」
「え? も、もしかして今って……」
「然り。試しにこの状態で意識を表層に出せるか確認してみたが、どうやら可能なようであるな」

 未来の意識と入れ替わる様にして表に出てきたシェム・ハの意識に、颯人達は若干の警戒心を抱き念の為彼女に警告する。

「能力全部持っていかれて実質何も出来ないって事は理解しちゃいるが、それでも一応言っておくぞ。もしこのまま未来ちゃんの体乗っ取ったまま好き放題しようってんなら、こっちにも考えあるからな?」
「言われずとも、元よりその様なつもりは無い。それに仮にそのような事をしようものなら、そこの天羽 奏が再び我を引き剥がすのであろう?」
「今のアンタ相手に脅すようなことして悪いとは思うけどな」
「良い。当然の警戒だ。未来、体を返すぞ」

 これ以上未来の体を乗っ取ったままだと変に警戒されると理解しているからか、シェム・ハは体の主導権を元の持ち主である未来に返した。今度は体を引っ張り上げられるような感覚を覚えた未来は、再び体が自由に動かせるようになった事に思わず安堵の溜め息を吐いた。

「あ、戻った……ふぅ」
「未来、大丈夫?」
「うん、平気。シェム・ハさんは、大丈夫ですか?」
(問題ない。それと未来、今我はお前の意識の中に居るのだ。我に何か用事があるなら態々口を動かさずとも伝えられる。覚えておけ)
(あ、そうですね)

 こうして紆余曲折はあったが、無事にシェム・ハとの和解も成立し残す心配事はジェネシスの動向のみとなった。颯人達は来たるジェネシス、延いてはワイズマンとの決戦に向けた準備へと取り掛かるのであった。




***




 その頃、ジェネシスの本拠地ではワイズマンが手に入れた腕輪を品定めするように様々な角度から眺めていた。玉座で満足そうに腕輪を眺めるワイズマンの前には、グレムリンを除く幹部達が跪いていた。

 自身を敬ってくる配下には目もくれず、ワイズマンは腕輪を眺めながらそれでも最低限の労いだけは忘れず、グレムリン以外で腕輪奪取に赴いた者である幹部の魔法使いであるリヴァイアサンに言葉を掛けた。

「ご苦労だったね、リヴァイアサン。よく腕輪を持ってきてくれた」
「いえ、勿体なきお言葉です。ワイズマン様」
「リヴァイアサン、グレムリンは?」
「それが、私に腕輪を押し付けた後姿が見えなくて……」
「全く、アイツってばまた何処をフラフラと」

 ワイズマンに対して忠誠を誓っているのかどうかも怪しい同僚の動きに、メデューサは苛立ちを隠せなかった。だがワイズマンはこの場に居ないグレムリンの事を悪く言うでもなく、寧ろそれでこそと言わんばかりにこの場に居ない彼をも労った。

「構わんよ。奴はそれでいい。下手に押さえ付けてもアイツはヘソを曲げるだけだからな」
「それは、そうかもしれませんが……」

 自由気儘で自分勝手、興味がない事には全く関わろうとしないグレムリンを甘やかす様なワイズマンの物言いにメデューサは物申したい気持ちになるが、それをしても意味はないと分かっている為何を言うでもなく黙るしかなかった。

 それに代わる訳ではないだろうが、それまで沈黙を貫いてきたケットシーが今後の方針についてワイズマンに問い掛けた。

「それでワイズマン様、これからどうするのですか?」
「あ~、まぁ、とりあえずはこうするさ」

 そう言うとワイズマンは躊躇せず腕輪を自らの腕に装着した。あまりにも自然に腕輪を身につけるので、メデューサ達は咄嗟に反応できず止めようと思った時にはもう遅かった。

「ワ、ワイズマン様ッ!?」
「それは浄罪されていない者が身に着ける事は出来ない筈では?」

 シェム・ハの意識は消失したが、神の力である事に変わりはない。寧ろ純粋な力だけであるが故に、相応しくないものが扱う事は不可能であるとも言えた。以前風鳴機関にて、失態を犯した訃堂の部下が生き残ろうと腕輪を身に着けた時はその物の体が弾け飛び周囲に張られていた結界をも吹き飛ばした。

 また同じような事になるのではないかと危惧する幹部達。だが彼らの心配をよそに、ワイズマンは平然と腕輪の着け心地を確かめる様に右腕を色々な角度に動かし。

「そうだな、浄罪されていない人間であれば、この身は吹き飛んでいただろう。人間であれば、ね」
「え?」

 ワイズマンは腕輪を身に着けても、体に異変が起こる様子が見られない。その事に呆然としているメデューサ達の前で、ワイズマンの姿が揺らぎ次の瞬間そこに佇んでいたのは白い体に紫色の宝石のような部位を持つファントムであった。

「あっ!」
「ワイズマン様ッ!」
「クククッ……罪とは、産まれながらの人間が背負うもの。ならば、人間でないファントムには関係ないと言う話だよ。何しろ罪を背負ったのは人間であって、ファントムではないからね」

 自慢げに呟くワイズマンだったファントム、カーバンクルファントム。カーバンクルファントムは腕輪の使い心地を確かめる様に腕に力を込めると、腕輪から怪しく紫色に光る魔力の刃を伸ばしそれを軽く振るって見せた。

「さて、これで準備は整った。後は月の遺跡だが……メデューサ?」

 カーバンクルファントムに視線を向けられ、メデューサは慌てて頭を垂れ主君が望む答えを口にした。

「は、はっ! 以前より日米が進めていた月遺跡調査の為のロケットが打ち上げ準備に入るようです」
「うむ。では行け」
「ハッ!」

 カーバンクルファントムの命令を受け、メデューサは他の幹部と共にその場を離れた。後に残されたカーバンクルファントムは、今一度腕輪を愛おし気に撫でるとその姿をワイズマンとしてのそれに一旦戻した。

「フフッ……クククッ…………ハハハハハハハハッ!!」

 1人玉座の間に残されたワイズマンは、心の底から楽しくて仕方がないと言うような哄笑を上げるのであった。 
 

 
後書き
と言う訳で第251話でした。

シェム・ハ、無事に未来の中に同居と言う形で丸く収まりました。現在のシェム・ハの状況を端的に表せば、好きに表に出入りできる第2の人格みたいな感じです。一応優先権は未来にある感じですが、強制力がある訳ではないのでその気になれば多少は抵抗する事も出来ちゃったりします。この話を書く為に急いでXDUのアプリで未来INシェム・ハのメモリア関連を読み直しました。覚えのある方達は、今後未来とシェム・ハの関係はあんな感じだと思ってください。

一方でワイズマンはここでファントムだった事が明かされました。まぁ配下にファントム覚醒済みが居る訳ですから、ワイズマンがファントムであっても別に驚く事ではないかもしれませんが。原罪は人間の魂に刻まれたものなので、その人間の魂を押し退けて体を乗っ取った形のファントムであれば原罪とか関係なく神の力を扱える……と、本作では定めています。気になる方もいらっしゃるかもしれませんがそこはどうかご了承ください。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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