魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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XV編
第250話:未来の覚悟
グレムリンにシェム・ハの腕輪を持っていかれた後、颯人達はその後の彼らの足取りの捜索に追われていた。このままではワイズマンにより全世界の人間が強制的に一つに統合させられ、その凝縮した想いから強力な賢者の石を作られてしまう。そうなればどうなってしまうか、想像するだけでも恐ろしい。
尤もそんな事態になれば、颯人達も漏れなく賢者の石の一部にさせられ恐ろしいなどと考える暇もなくなるであろうが。
「とは言え、だ。俺と父さんがあちこち探し回ってた頃でも、連中の本拠地は見つけられなかった。当てがないと時間だけが無駄に過ぎちまうぞ」
颯人は世界地図を広げ、これまでに訪れジェネシスとぶつかり合ったところを片っ端からマークしていった。彼が二課と合流するまでの数年の間、輝彦と共に世界中を飛び回りサバトを行おうとしたジェネシスを潰して回り時には小規模ながらアジトに襲撃を掛け潰す事も出来た。だが所詮アジトはアジトであり、本拠地としての機能は無かった。飽く迄も現地で活動する為の小規模な拠点程度の存在ばかりであり、ワイズマンが腰を据える本拠地を見つけられた事は無かったのである。
手掛かりはなく、そんな状態で本拠地を探すのは砂浜で一粒の砂金を見つけ出す様な話であった。そうこうしている間にワイズマンが世界規模でのサバトを行ってしまえば…………そんな颯人達の不安に対し、エルフナインが否と答えた。
「その事ですが、もしかしたら今暫くは猶予があるかもしれません」
「どういう事だ?」
グレムリンともう1人の新たな幹部により腕輪が奪取された時、エルフナインも颯人達同様の危機感を感じていた。だが彼女はこれまで彼らが携わってきた事件などを照らし合わせた結果、あの腕輪を手に入れただけではワイズマンの野望は達成できないと言う結論に達したのである。
「皆さんがこれまでに関わってきた大きな事件、特に最初の事件でフィーネが言ってましたよね。バラルの呪詛により、人間は相互理解を断たれてしまったと」
エルフナインの言葉に、特に最初の事件解決に尽力した颯人達旧二課組は懐かしさすら感じていた。思えばあれから随分と経ったものだ。
「あぁ、フィーネの奴は月遺跡を破壊して相互理解を復活させようとか企んでやがったな。そうする事でエンキとか言う奴に想いを伝えるとか何とか。ま、アタシと透にはんなもん関係なかった訳だけどな!」
バラルの呪詛と言う相互理解を拒む呪いを超えて分かり合える透とクリス。それを悔しく思ったフィーネは、ジェネシスと繋がりを持ち戦力を得ると同時に目障りな2人を排除しようともした。今も尚その事に関してはふざけるなと言う思いがあるが、それはそれとしてフィーネに出来ない事をやってのけたと言う事をクリスは密かに誇りに思ってもいた。胸を張り鼻高々と言った様子のクリスを、透が微笑ましく見ている。
それはそれとして、颯人達は今の話でエルフナインが言いたい事を理解した。要は力だけがあっても、それが震える状況が整っていない今、ワイズマンはシェム・ハの力を得ても宝の持ち腐れなのだ。何しろ地球から月までは、口で言うよりもずっと途方もない距離がある。幾ら魔法でも、あそこまで辿り着くのは容易な事ではない筈だ。
しかし対してキャロルは、状況はそう楽観できるものではないとも考えていた。
「だがワイズマンが神の力を得てしまった事は事実。もしかすると、その神の力には月までの道を拓く力もあるかもしれない。楽観は禁物だ」
「確実なのは、ジェネシスが何かする前に先に月遺跡に向かいバラルの呪詛を守る事、か」
キャロルの言葉に翼が顎に手を添えて考えを口にする。より確実にするならば、月遺跡のバラルの呪詛を保護しつつ、ワイズマンを待ち構えて打ち倒す方が良い。要するに腕輪を持っていかれる前の颯人と同じ考えだ。一歩間違えれば取り返しのつかない事になるが、そのリスクを承知の上で事を成し遂げた時の大きなリターンを取る。どの道ジェネシスの本拠地、ワイズマンの所在は杳《よう》として知れないのだから、闇雲に動き回って裏を掻かれるくらいなら先んじて動き決戦に備えた方が良い。もし出し抜かれてバラルの呪詛を解かれ、全人類の統合がされればその時点でアウトなのだ。
会議は概ね月遺跡に向かう事で纏まりつつある。目下最大の問題はどうやって月遺跡に向かうかであるが、それに関しては一応当てがあると言えばある。日米で計画しているシャトルを飛ばして月遺跡に調査に向かう、その計画に代わる形でS.O.N.G.の戦力を月遺跡に送り込んでしまえばいい。
そこまで考えた所で、マリアはふと残されたシェム・ハの方がどうなっているのか気になった。
「そう言えば、今グレムリンに分離させられたシェム・ハの意識……と言うか本体はどうしてるの? あれから随分と静かみたいだけれど?」
何気なく気になっただけのつもりで訊ねたマリアだったが、彼女の質問を聞いた瞬間キャロルとエルフナイン、そしてアリスは何とも言えない顔になり互いに顔を見合わせてしまった。その表情だけで、奏は何やら厄介毎の気配を察し思わず口をへの字に曲げて体を少し仰け反らせてしまった。
「うぇ、面倒の予感……」
「とは言え放っておく訳にもいかなさそうだ。何、どしたの?」
避けて通るのは難しそうだと、颯人は気が進まないながら今のシェム・ハの様子を訊ねた。
颯人に促され、アリスはキャロルやエルフナイン、更には了子やサンジェルマンらとも顔を見合わせ、溜め息を一つ吐くと重くなった口を開いた。
「端的に言えば、塞ぎ込んでしまっています」
「塞ぎ込む?」
「あんな偉そうにしてたのに?」
未来に憑依していた時や、腕輪から意識を引き摺りだしていた時のシェム・ハの様子を思い出し、そんな彼女が塞ぎ込んでいると言われてもピンとこなかった颯人達は揃って怪訝な顔になり首を傾げた。
「それはやっぱり、力を全部取られたからですか?」
「その様だ。完全に出し抜かれた上、何もかもをも奪われて自信やらなんやらを喪失したらしい。あれから心此処に在らずと言った様子で、一言も言葉を発さず黙り込んでいるよ」
キャロルがやれやれと言いたげに肩を竦めれば、それに続く形でサンジェルマンがちょっと同情したような事を口にした。
「まぁ仕方がないのかもしれないわね。思えばシェム・ハはこれまで利用されたり出し抜かれてばかりだったから」
南極から回収され、訃堂の元に渡り、そして未来に憑依した。ここまではまだ良かっただろう。自力で動けない以上、何者かの干渉は必要だ。だがケチが付いたのはそこからだった。訃堂により予めダイレクトフィードバックシステムを取り付けられた未来は、結果としてシェム・ハ共々操られた。結果としてシステムはシェム・ハを縛り付ける鎖となって自由を奪い、それが外されたかと思えば今度は奏の魔法で未来から引き剥がされた。依り代を奪われては何も出来ないシェム・ハに対し、颯人達が言葉を交わしていると今度はグレムリンにより腕輪ごと残された力を全て奪い取られてしまった。
今のシェム・ハは正にアヌンナキとしての力を奪われた出涸らしも同然であり、それまで自身が見下してきた人間と何も変わらぬ状態となった。それは正しく天上から下界に引きずり下ろされたも同然であり、上位種族として君臨していたと言う彼女のプライドをズタズタにするには十分なインパクトがあった。
結果、今のシェム・ハは鬱状態となり誰とも何も言葉を交わさず、1人部屋の隅で膝を抱き塞ぎ込んでしまっているらしい。一応暴れた時の事を考えて輝彦が傍に控えて入るようだが、その彼も正直監視が必要なのかと疑問を抱いているほどであるのだと言う。
そんな今のシェム・ハに対しても、クリスは割と容赦が無かった。
「ケッ、今まで散々アタシらを引っ掻き回す元凶だったんだ。良い気味って奴だ」
「まぁまぁクリス。でも、このままで大丈夫なんですか? シェム・ハさんって、元々意識だけの状態だったんですよね? 今ってどんな状態なんです?」
グレムリンの魔法により意識を腕輪から剝がされたシェム・ハは、一見すると受肉している様に見えるがそれは一時的なものらしい。このまま時間が経てば存在が曖昧になり、最終的には自然消滅の可能性もあるのだとか。
「それは……ちょっと可哀想かもしれませんね」
「そうね…………未来に憑依して彼女を意のままにしようとした事は許せないけれど、哀れではあるわよね」
透に続きマリアも今のシェム・ハに同情した。折角復活できたかと思えば、力も何もかもを奪われてこのままだと消えてしまう。シェム・ハとしての意識が表に出ている状態で敵対した時間が僅かだからだろうか。クリスですらもちょっぴり可哀想に思わなくはなかった。
「とは言え、別にどうする必要もないんじゃないか? 力を取り戻せば、また何をしでかすか分かったものじゃないんだし」
「最初は私達もそう思ったのですが、このまま消えられるよりは協力を何とかして取り付けた方が良いのではと言う意見もありまして」
「どういう事ですか、明星女史?」
「端的に言えば、この場の誰よりも月遺跡に詳しいのは他ならぬシェム・ハだろうと言う話だ」
言うまでもなく過去に実在したシェム・ハは、遺跡の内部に関しても何かしらの知識を有している可能性がある。颯人達だけで乗り込んだ場合、罠や仕掛けがあった場合にそれを突破するのに苦労するだろうがシェム・ハが居れば或いは容易に乗り越えたり、罠や仕掛けその物を起動前に取り除く事も出来るかもしれない。最悪でも当時の文字を読む解読機代わりにはなる。
そう考えると、なるほどシェム・ハもただの厄介者ではなく一定の価値があると認めざるを得なかった。
「ん~、そう言われると、確かに放っておく訳にはいかないのか?」
「とは言え、じゃあどうすればいいかとなると……」
「依り代が必要と言う事になるのでしょうけど、また未来に下ろすのはちょっと……」
奏、翼、マリアが腕を組んで悩む。他の者達もシェム・ハの処遇をどうするのが最適かと頭を悩ませているようだが、颯人ですら最善と言えるのが何なのか絞り切れず眉間に皺を寄せている。
そんな場の雰囲気を切り裂くように、出し抜けに未来が手を上げた。
「あの、私、また依り代になっても良いです」
とんでもないことを口走る未来に、堪らずクリスが目と口を最大限に開けて驚愕を露わにした。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!? おま、何言ってんだッ!」
「私、本気だよ。そうすれば、シェム・ハさんは助かるし皆も助かるんでしょ?」
「お前が無事じゃ済まなくなるかもしれないって話だよッ! この馬鹿に影響されでもしたのかッ!」
クリスはそう言って同じく驚愕しつつも言葉を口にしない響を指差した。透はそんな彼女を宥め、颯人は2人の間に割って入ると改めて未来にその真意を問い質した。
「未来ちゃん、冷静に考えろ? 仮に力が無くても、精神世界でどうなるか分からない。未来ちゃんの中に納まったシェム・ハが、今度は君の精神を食い尽くして体を乗っ取るかもしれないんだ。現状他に何にシェム・ハを下ろせるかは分かっていないが、少なくとも君がリスクを背負う必要はないだろ?」
実際の所、未来に憑依させずにシェム・ハの意識を維持させる方法は颯人にも考え付いていなかった。ただこのまま何もせず未来の思うままにやらせるのは流石にマズイ。それは彼を始めとした年長組全員の総意でもあった。
ただ意外な事に、そんな未来の背を後押ししたのは最初驚きを露にしていた響だった。
「あの……未来のやりたいようにやらせる事ってできませんか?」
「おいおい、響ッ! お前まで何言ってんだッ!」
流石にこれは見過ごせなかったのか、奏も響に対してちょっと批判的な声を上げる。響はそれを正面から受け止めつつ、未来に寄り添い彼女の意見を尊重する姿勢を崩さなかった。
「確かに、未来が危ない事をしようとしているのは分かってます。シェム・ハさんが未来の中にまた入って、そこで未来の精神を今度は完全に乗っ取っちゃうかもしれないって事も分かってます。だとしても、未来がやりたいって言うなら、やらせてみたいんですッ!」
「お願いします。このままあの人が消えちゃうのは、何か、こう、違うと思うんですッ!」
2人は断固として譲らず、その意思の強さに颯人達は渋い顔にならざるを得なかった。本音を言えば、そんなリスキーな事絶対に許可できない。
許可は出来ないが、かと言ってこのままではシェム・ハは消えてしまうだろうし、そうなると月遺跡の調査と防衛に際して苦労が増える事は確実だ。ただでさえ地球から遠く離れた月へと向かおうと言うのに、自分から危険を増やすのは合理的ではない。
散々に悩んだ颯人達であったが、最終的に真っ先に頷いたのはキャロルであった。
「仕方が無いな。ここで長々と話し合っても埒が明かないし、この際だ。やらせてみよう」
「キャロル、本気ですかッ!?」
「俺だって不安はある。だが、まぁ、そうだな。コイツ等なら何とか出来るんじゃないかとな」
まだ納得できていない様子のエルフナインに対し、キャロルは意味深な視線を颯人と奏に送った。要するにもし何か問題が起こったらその時は彼らが何とかするだろうと言う、丸投げともとれる漠然とした信頼によるものだろう。とは言え全くの無策と言う訳でもないようであった。
「もしもと言う時は、また天羽 奏がシェム・ハを引き剥がせばいい。出来るのだろう?」
「そりゃな」
「なら、それで良いだろう。流石にここから裏切るような真似をするなら、その時は流石の立花 響も見切りをつけるだろうしな」
もし再び未来がシェム・ハに操られる、と言うような事になれば、奏がパリハレイトの魔法でシェム・ハを引き剥がし響が神殺しの拳で打ち砕けばいい。確かに神と言う存在であるシェム・ハに対して、響はこれ以上ない特攻を持つ。彼女が保険として控えているのであれば、そして彼女が拳を振るえる状況を作り出せるのであれば、この提案に対して否定的になる要素はかなり少なかった。
キャロルが真剣な表情で響を見やり、響はそれに無言で頷く。彼女も覚悟を決めたと言う事だろう。ここまで状況が整えば、流石に颯人達も否と言い切る事は出来そうになかった。
「分かった……じゃあそう言う方向で行こう。時間もない事だしな」
こうして、未来と響の覚悟に押し負けたS.O.N.G.は再びのシェム・ハとの対話へと臨むのであった。
後書き
と言う訳で第250話でした。
シェム・ハに関してはこういう方向になりました。腕輪から追い出されて依り代も無い状態だと、多分長く存在し続ける事は出来ないでしょうから。未来にシェム・ハの依り代になってもらう為の理由が必要でしたが、そこはバラルの呪詛関連の知識とか月遺跡関連に詳しい者が必要と言う事で。
本当は塞ぎ込んだシェム・ハの説得やその頃のワイズマンの様子何かも書きたかったんですが、今回の話がなかなかに難産で上手く文章に出来ずかなりカロリーを消費してしまったのでキリの良い所で失礼させていただきました。次回からはもっと物語を進めて行けるようにしますのでご容赦くださいませ。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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