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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第252話:月夜の決戦前夜

 
前書き
どうも、黒井です。

今回は決戦前夜的な静かな回になります。 

 
 無事シェム・ハを未来の体に再び下ろす事が出来た。当初はシェム・ハの反抗などを懸念もしていたが、響と未来に心動かされたのか未来の中に宿ったシェム・ハは彼女の体を乗っ取る様な事はせず、それどころか彼女やその周囲に積極的に協力する姿勢すら見せてくれた。

 と言っても、今の彼女は力を全て失い意識だけが未来の中に宿った状態。なので出来る事はたかが知れており、シェム・ハ自身もそれを歯痒く思っている様子だった。

(全く、忌々しい……我の力が健在であれば、月の遺跡程度直ぐに行けると言うのに……)
(まぁまぁ、お陰でシェム・ハさんと仲良くなれたんですから、悪い事ばかりじゃありませんよ)
(フン……)

 自身の内側でグチグチぼやくシェム・ハを未来が宥めている傍では、弦十郎が主導になって装者と魔法使い達を付きの遺跡へと送り込む手段が講じられていた。
 目下最大の問題はどうやって颯人達を月の遺跡へと送り込むかであった。そもそもの話月の遺跡に颯人達が迎えたとして活動できるのかと言う問題があったが、了子曰くそこはあまり大きな問題は無い可能性が高いとの事だった。

「フロンティア事変の時の事、皆覚えてるでしょ? ウェル博士の行動で結果的に月遺跡が起動しちゃった時のあれ」

 フロンティア事変でウェル博士は、自らの野望の為フロンティアを浮かせる際に月を引き寄せた。その影響で軌道が変わり地球へと引き寄せられた月を元の位置に戻す為、マリアとセレナの歌で月遺跡は再び起動し元の位置に戻す事で月の落下と言う最悪の災害は未然に防ぐ事が出来た。

 月の遺跡の再起動の為に尽力したのはマリアとセレナだけではなく、フロンティアから打ち上げられたナスターシャ教授の命を賭した奮闘もあっての事。だがその結果月の落下は防げたが、代償にナスターシャ教授は打ち上げられたフロンティアの一部の中で力尽きてしまった。その遺体と打ち上げられたフロンティアの一部は回収に成功したのであるが、その結果分かった事は月の遺跡は再起動したまま放置されていると言う事であった。ナスターシャ教授が月遺跡を沈黙させなかったのか、それとも沈黙させる前に彼女が力尽きたのかは分からないが、ともかく月遺跡は未だ起動状態にあると言う事。

 そして、アヌンナキも生命活動の為に空気などが必要であると言う事を鑑みれば、月遺跡には生命維持装置の類が存在しそれが今も稼働状態にあると言う事を示していた。

「だから、月遺跡に入っても皆が酸欠や放射線でどうにかなっちゃうって事は無い筈だわ。少なくとも一休みの為にギアや鎧を解除する余裕はある筈よ」

 それはかなりの朗報であった。月へ向かうメンバーは何時もの装者7人と魔法使いの3人に追加して、セレナと未来の合計12人。それだけの人数をシャトルで時間を掛けて月遺跡へと向かわせ、そこでいつ終わるかも分からないジェネシスとの戦いに明け暮れる事になる。一応シェム・ハの助力によりバラルの呪詛を維持したまま場所を移す方法なども模索する事になるが、それが済むまでかジェネシスの脅威が無くなるまで颯人達は月遺跡から動く事が出来なくなる。
 その間ずっと変身やギアを維持したままでいるのは、精神衛生上も大変宜しくない。かと言って真空の宇宙空間では活動できるのはシャトルの中だけだし、そのシャトルも決して頑丈とは言えない為月遺跡滞在中の生活は地味に懸念事項だったのだ。それが解消されると言うのはそれだけで心理的不安の軽減に繋がった。

「月遺跡に到着し際すれば、後は座標入力で錬金術により物資の輸送が行えます。そうすれば殺風景かもしれませんが、多少は居心地も良くできるでしょう」

 今回の作戦の為、颯人はアリスからテレポート・ジェムの使い方を教わった。元々魔法と錬金術は技術的に近似な部分が多かった為、颯人は直ぐにこれの扱い方をマスターした。これで後は月遺跡で座標入力をすれば、地球と月を円滑に行き来する事が出来る。

 シンフォギアに錬金術、そして魔法と今のS.O.N.G.は技術も知識も多くが集まり、それらを扱う為の頭脳も集まった正に対超常に対する精鋭とも言える存在となっていた。しかしそんな彼らでも今回ばかりは楽観してはいられなかった。

 何しろ向かう場所が月と言う前人未到に近い場所である。有史以来、人類は月に足を踏み入れこそしたが、宇宙を活動の拠点と出来るだけの技術は無く実験的な宇宙ステーションで活動する事が精々であった。ましてや宇宙を戦場にした試しなどある筈がない。
 これから颯人達は人類が今まで成し得なかった、宇宙や月面での戦いを余儀なくされるのである。それに対して緊張するなと言う方が無茶であった。

 ところが、そんな状況に胸をときめかせている者が1人居た。言わずもがな、颯人である。

 月へと向かうシャトルに搭乗する前夜、颯人は夜に1人空に浮かぶ月を見上げていた。それに気付いた奏は、カーディガンを羽織り肌を刺す寒さに耐えながら静かに彼の傍に近付き共に月を見上げながら訊ねた。

「緊張してるのか、颯人?」
「ん? ん~……緊張は緊張だが……楽しみな緊張って言った方が正確かな」
「楽しみ?」

 颯人の答えに奏がオウム返しすると、彼はその場でクルリと回転し体を彼女の方へと向けつつ手を空に浮かぶ月に伸ばした。

「そうさ。アポロが月面に降り立って以来、久々に人類が月に行こうってんだ。それを俺達がやるんだぜ、ワクワクしない方がどうかしてんだろ?」
「んな暢気な事言ってる場合かよ。アタシらそこで戦うんだぞ」
「だからだよ。嫌々な気持ちで戦うより、ノリノリな気持ちで戦う方が良いに決まってる」
「それは……」

 まぁ、彼の言う事も分からなくはない。後ろ向きな気持ちで戦っては勝てる戦いも勝てないだろう。

 だが奏は、颯人がそこまでノリに拘る理由がただ単に再びの月面着陸を自分達が為すと言う事ではない事に気付いていた。

「颯人が気にしてるのは、そういう事じゃないんだろ?」
「…………流石に、奏の目は誤魔化せねえか」
「ったりまえだっつの。お前が考えてる事くらい、アタシにはお見通しだ」
「嬉しいねぇ、そこまで俺の事を分かってくれて」

 奏に内心を看破されているにも拘らず、否だからこそだろうか。颯人は嬉しそうに小さく笑うと、視線を再び月へと向けつつカーディガンを羽織った奏を抱き寄せ体を密着させた。衣服越しに伝わる互いの体温に、颯人は穏やかな心地になりながら恐らく自分と同じように月を見ているだろう悪意を夢想した。

「今回、ジェネシスは多分全力を出してくる。ワイズマンも、あのグレムリンって奴も来るだろう」
「だろうな。ワイズマンは勿論、グレムリンは幹部だ。出てこない訳がない」

 颯人の懸念はそこにあった。より正確に言えば、彼が気にしているのはグレムリンである。

「……グレムリンは、アイツは奏に妙に固執してる。何がアイツの気をそこまで引いてるのかは知らねえけどな」
「あんまり嬉しくねえな」
「あぁ気に入らねえ。だから奏……俺から離れるなよ」

 その言葉と共に彼は奏の肩を抱く腕に力を込めた。意図せず腕に力が入ってしまったのか、奏は掴まれた肩に軽く痛みを感じてしまう。だがそれがそのまま彼の想いの強さであると理解している彼女は、その手を振り払う事もせず寧ろより積極的に彼に身を委ね自身も彼の腰に腕を回して体を密着させた。

「分かってる。もう、離れないって誓ったもんな」
「あぁ」
「だけど、一つ約束しろ」
「ん?」
「……颯人も、だ。颯人もアタシから離れるな。絶対……」

 奏はその言葉と共にこれ以上ない程体を密着させてきた。颯人の中に入り込もうとしているかと思う程体を押し付けてくる彼女に、颯人は一瞬キョトンとした顔をしながらも直ぐに破顔し両手で彼女の体をしっかりと抱きしめる。

「当たり前だろ。お前を守る為には、離れない訳にはいかないからな」
「ん……颯人も、アタシが守るから」
「あぁ……頼りにしてるぜ」

 互いを想い合う気持ちを確認した2人は、一度少し体を離して互いに見つめ合うとどちらからともなく顔を近付け、月明りの下でそっと唇を触れ合わせた。





 決して死ぬつもりで向かう訳ではない月遺跡での決戦を前に、互いを想い合うのは彼らだけではなかった。

 クリスは不安に苦しくなった心を癒す様に透に抱き着いたまま眠り、透もまたそんな彼女を愛おしく抱きしめ彼女の温もりを包みながら眠っていた。

 ガルドは気を紛らわせる為か明日の朝に軽い腹ごしらえが出来る様にと夜遅くまでキッチンに立ち弁当を作り、それを見たセレナに窘められつつ共にキッチンに立ち、他愛ない話をしながら笑い合った。

 明日もまた来る日常を信じて……明日以降も来る日常を守る為に……

 戦士達は決戦前夜を静かに過ごすのであった。 
 

 
後書き
と言う訳で第252話でした。

今回は大分静かな話でした。決戦前の互いを想い合う恋人同士のやり取りで。その分次回からは激しい戦いになりますけどね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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