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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
新元素争奪戦
  極東特別軍事演習 その3

 
前書き
久しぶりに読者リクエストで書きました。 

 
「同志大臣からの極秘命令で、新型機をサハリンのオハ空港に送り届けることになっている」
 参謀総長の口から出た命令は、通常の作戦時であれば一笑に付される案件だった。
滑走路の長さが1500メートルもない、小型機専用の空港に大型機を着陸させるという馬鹿げたものだった。 
 普通なら伝達の途中で消えてしまう命令ではあったが、極東での特別軍事演習中という事で誰も不審に思わず、順調に事が運んだ。
 ウスチノフ国防相直筆サインが入った一通の命令書をみせられ、現場の空気は変わった。
国防相から参謀総長の手を経て、基地司令に下るという指揮系統の手順に沿ったものであったからだ。
 基地司令は、作戦命令にサインした後、アントノフ124の操縦士の名前を名簿に書き込む。
だがその段階で、機体は既にチュグエフカ基地を去った後だった。

 アントノフ124を送り出した後、基地司令は国防省に連絡を入れた。
「同志大臣、ご命令の通り、サハリンへの特別任務を果たしました」
 受話器の向こうから帰ってきたのは、怒りの声だった。
「誰もそのような命令は、出しておらん」
 たしか、参謀総長が差し出した命令書には、たしかに国防大臣のサインがしてあった。
 あれは偽造だったのか。
これは、一杯食わされた。
 ウスチノフは男が疑問に思うよりも早く、けしかけるように命令を下す。
「飛ばせるものは飛ばせ!
あの裏切り者を打ち落とすのだ!」
 
 アントノフ124は、ソ連が開発した大型長距離輸送機で、量産飛行機では世界最大を誇る機体だ。
全高20.78メートル、全幅73.30メートル、全長68.96メートルというサイズは、米軍が誇るロッキードC-5"ギャラクシー"をも上回る。
 史実では1982年に初飛行を行ったが、この異界ではすでに試作機が完成をしていた。
BETA戦争での速やかな物資輸送のために、ソ連当局が並々ならぬ心血を注いだ結果、完成が早まったのだ。
 恐らく自分の逃避行は、時間を置かずに露見するであろう。
参謀総長の懸念は、現実のものとなった。
 突如として、アッパーデッキにある操縦席内に、航空機接近の警報が鳴り響いた。
四つの機影――おそらくMIG21バラライカだろう――
 匍匐飛行しながら接近を試みるMIG21の衛士は、慢心しきっていた。
護衛のない輸送機なぞ、遅るるに足らぬ。
 MIG21は突撃砲での警告射撃を行う。
だがアントノフのパイロットはそれに動じなかった。
「逃げるぞ」
 機長は操縦桿を強く握り、エンジンスロットルを全開まで開いた。
両翼に装備するイーフチェンコ=プログレースD-18T3軸式高バイパスターボファンエンジンが咆哮をあげ、機体が加速される。
 ほぼ同時に、アッパーデッキの右側面を機銃弾がかすめる。
「MIG21、発砲」
 20000重量キログラムの推力を誇る4機のエンジンが、空気抵抗を減らす試みを考えられた機体を引っ張り、MIG21との距離を開いていく。
 戦術機は、あくまで対BETA戦用の機体である。
とくに第一世代のMIG21は、航空機の急加速や急降下には対応できなかった。
 機体を反時計回りに旋回しながら、5000メートルから4000メートル、3000メートルへと高度を下げる。
高度計の針が大きく揺れ、眼下の日本海が迫って来る。
 高度を2500メートルまで下げたところで、事態は急変した。
突如として、迎撃部隊は去っていったのだ。
 参謀総長は安堵したが、それは別な問題の始まりでしかなかった。
既に機体は、ソ連領空を超え、日本の防空識別圏に入っていた。
 

「コーシャ、君の一声で、みんな平穏に終わるんだ。
どうか、ここで年金生活者になると言ってくれないか」
 チェルネンコは、目の前にいる骸骨のような老人の方に目を向けた。
時代遅れの英国風の背広は、皴だらけの首に痩せて小柄な体には合っておらず、借り物を着ているかのようにぶかぶかだった。
「ええ、理解しています。同志……
ですがミーシャに、この時局を乗り切る手腕があるとは思えませんが……」
 ミーシャとは、先ごろから政治局に売り出し中の新人、ミハイル・ゴルバチョフの事である。
党中央委員会書記に去年選出された後、政治局入りが噂されている期待の星だ。
「西側のブルジョア社会に寄生する三流新聞に、それらしい提灯記事を書かせればよい。
KGBの方では、すでに改革派として、米国に売り出す準備が整っている」
「そのようなことをすれば、チェコの二の舞になりますぞ!」
 老人はせせら笑いを浮かべて、チェルネンコのいう事を相手にしなかった。
「チェコとこことは違う。
なんなら、月面に行って、G元素の一つでも拾ってきなさい。
君の追いかけている日本野郎のマシンなんざ、ここでは3コペイカの価値もない」
(コペイカは、ロシア、ソ連圏の貨幣ルーブルの補助通貨である。
現在でもロシアでは存在し、非常に少額の価値しかないことを指す言葉となっている)
 こう出られては、一言半句も出るもんじゃない。
誰が、まもなく卒寿を迎える老人に操られてたまるものか。
 チェルネンコは、そう思うが、ソ連の政権は彼の所有物ではない。
彼以外の5人の政治局員の共有物なのだ。
 スースロフ、ウスチノフ、グロムイコ、チーホノフ、グリシン。
この5人の意志によって、決定されることなのだ。
 この時、見かねた様に、ヘイダル・アリエフが助け舟を出した。
彼はKGB出身で、生前のアンドロポフが自身の後継候補の一人として、アゼルバイジャンから見出した人物だった。
「そんな因業(いんごう)なことを仰らずに……」
 老人は古い型の四角い眼鏡をはずし、レンズの汚れをふき取っている。
「じゃあ、軍事演習が終わったと同時に隠居なさい。
どうせあの黄色猿に君たちは勝てぬのだから……」
 老人は明らかに不快の色を示した。
眼鏡をかけ直すと、話にはならんと部屋を後にした。 

 チェルネンコが、老人の提案の諾否を迷ったのには理由があった。
それは、KGBのアルファ部隊による邸宅の取り囲みが行われたためである。
頼りにするソ連赤軍が軍事演習で出払ったのを見計らった、軍勢の取り囲みによる辞任要求。
 日本風に言えば、この御所巻きを受けて、スースロフは早くも辞任を認めた。
ウスチノフとグロムイコは最後まで抵抗したが、威嚇射撃の後、しぶしぶ受け入れた。
 何事をするにもスースロフのお伺いを立てる事。
この秘密協定は、彼自身の提案であり、それによって6人の政治局員による秘密の集団指導体制が出来た。
 彼は今回の事件を受けて、胸に込み上げてくる屈辱感で、しばらく口もきけないほどであった。
だが一人黙って煮えたぎる怒りをかみしめている内に、生き延びたいという事実にぶち当たった。
「では、私も彼らの道に行くべきだろうか」
 チェルネンコはそう決めると、何か気が進まないような感じがした。
「おい、どうするんだ。
辞めるか、辞めないのか」
 ヘイダル・アリエフが、()れて来た。
いつの間にか、サマースーツからKGB将官用の夏季勤務服に着替えていた。
「この分だと、今辞任をすれば、身の安全は保障するそうだ」
 チェルネンコは破れかぶれの気持ちで、叫ぶように言った。
「じゃあ、辞めよう。
私も、長生きしたいからな」   
 

 
後書き
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