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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
新元素争奪戦
  極東特別軍事演習 その1

 マサキが地球に帰還したころ。
ソ連は、極東軍管区で30万人規模の特別軍事演習を始めていた。
 軍用車は35000両、艦艇400隻、航空機125機が投入する、史上最大の規模だった。
9月からの実働演習に合わせて準備をしている時、ある異変が起きていた。
 きっかけは食料の配膳ミスが原因だった。
戦術機要員に配られるはずの合成蛋白の食糧が、間違って一般部隊に配布される事件が起きた。 
 合成蛋白の食品の見た目の悪さと、粗末な味に憤りを覚えたのは、第20親衛ロケット旅団の一般兵士だった。
偽物の食品が配られたと大騒ぎし、旅団長の元へ集団で直訴する事態になった。
 旅団長直々に部隊の糧食を調べたところ、そのほとんどが合成食品であり、バターさえもマーガリンにすり替えられているというありさまだった。
 肉類はそのほとんどが、賞味期限をはるかに超えた缶詰類のみ。
パンに至っては、全粒ライ麦のパンどころか、ふすま入りのものさえ一切ない状態だった。
(食用ふすま入りのパンとは、主にドイツや東欧圏で、飢饉対策で、16世紀ごろに考案された食品である。
割高であり、栄養価は高いが味も劣るので、全粒粉パンが広く流通している現代日本では一般ではない食品である)

 事態を重く見た第20親衛ロケット旅団の将兵は、極東軍管区の司令部に直訴するまで発展した。
 300名あまりの人員が、20台以上の軍用トラックに乗り、司令部のあるコムソモリスク・ナ・アムーレに向かう。
兵士の多くは完全武装した状態で、多連装ロケット砲を3台随伴させる異様なものだった。

 コムソモリスク・ナ・アムーレの北東8キロにあるジェムギ航空基地に一報が入ったのは、事件発生から50分後だった。
赤軍参謀本部より秘密指令を受けたヴォールク連隊の隊長は、大急ぎで隊員がいる食堂に乗り込んでいった。 
「同志諸君、今すぐ出撃だ」
 中隊長の言葉に、フィカーツィア・ラトロワは驚きの色を表した。
航空基地には、敵機来訪のアラームも、非常時を告げる命令書も来ていなかったからだ。
「隊長、急な出撃とはどういうことですか」
 火のついたタバコを咥えたまま、カザフ人少尉が問いかける。
彼は今月初めに補充兵としてきたばかりの男だった。
 隊長は、少尉の口から火のついたタバコを取り上げると、灰皿に放り投げた。
「第20親衛ロケット旅団の師団長が反乱を起こした。
コムソモリスク・ナ・アムーレの市庁舎を占拠したと、今しがた連絡があった」
 隊長は既に強化装備に着替えていた。
だが隊員の殆どは、規則違反の縞柄のランニングシャツに短パン姿だった。
「治安出動ですか」
「ああ」
 隊長の後ろに立つ副長は、持って来た強化装備の入った段ボール箱を放り投げる。
隊員の多くはラトロワたち婦人兵の視線を気にすることなく、赤裸になり、強化装備を付けた。
「KGBの屑どもが来る前に片づけるぞ。」
 隊長の掛け声に対して、隊員一同が合わせて答える。
血を揺るがすような雄たけびを上げ、拳を振り上げ、彼らは戦術機へと走っていった。
 
 一方、KGBのアルファ部隊にも出撃が命ぜられた。
極東軍管区司令による軍事叛乱と報告が届けられたからだ。
 放置すれば日米両政府、或いはゼオライマーの介入を招く事態になる。
そういった懸念から虎の子の戦術機部隊が送り込まれることとなったのだ。

 コムソモリスク・ナ・アムーレ市内にいる第20親衛ロケット旅団は、ヴォールク連隊により簡単に武装解除された。
 ヴォールク連隊は食料遅配の件を知ると、反乱軍の直訴に同意する態度をとった為、簡単に説得に応じたのだ。
事件はそれで解決するかに思えた。
 だがKGBのアルファ部隊が、匍匐飛行で市庁舎前のレーニン広場にやってくると、小競り合いが始まってしまった。
広場に居た多くの兵士が、KGBに帰還をうながすシュプレヒコールが起こると、KGBのmig23は突撃砲を向けた。
「只今の行為は、ソ連への反革命行為とみなす」
 突如として、殷々とした砲声がレーニン広場に鳴り響いた。
オレンジ色の発射炎が閃き、青白い曳痕が飛ぶ。
 20ミリ口径弾が停車する車両の列に殺到する。
一台が被弾したのか、ボンネットから火を噴き、続いて大爆発を起こして車ごと吹き飛ぶ。
周囲にいる兵士は飛散したガソリンを浴び、火だるまになりながら周囲を逃げまどう。
 
「くたばれ、チェキストども」
 ヴォールク連隊のカザフ人少尉は顔を真っ赤に染め、把手を握りしめながら、引き金を引く。
ともすれば発射の反動で引きあがりそうな突撃砲の銃身を、戦術機の左手で抑えながら火を吐き続ける。
 直後、射弾を浴びたアルファ部隊の機体が、腰の付け根にある跳躍ユニットの付け根から火を噴く。
機体は燃えながら、地面へと叩きつけられる。
 
 ヴォールク連隊とアルファ部隊の衝突事件は、拡大するかに見えた。
だが事態を聞いて駆けつけていた赤軍参謀総長の説得に応じる形で、この衝突は事故として片づけられた。
 アルファ部隊の隊員が射撃をし、破壊したトラックに墜落事故を起こした形を取ることとなり、ぶつかったトラックと銃撃された兵士は殉職扱いになった。
 一方、ヴォールク連隊のカザフ人少尉は、KGB将校立ち合いの元、拳銃自殺を強要された。
最後まで彼は拒否していたが、参謀総長から家族の面倒を見るとの言質を得ると笑顔で自刃した。
 糧食遅配事件は、最終的に業務隊の責任者が軍法会議に掛けられることで解決を見た。
中央の統制不足による輜重の遅れという真の原因は伏され、責任者の大佐の横領によるものとされた。
 犯人とされた大佐は、検察官立ち合いの元、即日の簡易裁判で一方的に死刑を宣告された。
銃殺刑に処された後、コムソモリスク・ナ・アムーレの市内の黒板に罪状を書いた紙を張り付けることで、一件落着となった。
(注:ソ連では、犯罪者や道徳に違反した行為をした人間の個人情報を黒板という黒い掲示板に張り付ける文化があった。
政治的に正しいことをした人物や、人命救助や道徳的に素晴らしいことをした人間は赤板という赤い掲示板に個人情報を張り付けた。
ソ連崩壊後は廃れた習慣だが、ウクライナ戦争でロシアは占領地域でこの習慣を復活させた)

 






「その者を野放しにしておいてよいのか」
 薄い灰色のサマースーツを着た男が、骸骨のような顔を巡らせていった。
ワイドラペルのダブルブレストのジャケットに、裾幅が11インチもあり、袴のように太いバギーパンツという時代遅れの格好。
 場違いな服装は、1930年代に英米の上流階級の子弟の間で流行ったビスポークスーツの一般的なスタイルだった。
「野放しではありません。
24時間の完全監視体制にあります。
電話やファックスは完全に盗聴しております」
 上質なサマーウールの勤務服。
首都を防衛するKGB第9局の警護隊や国境警備隊、ドイツ駐留軍にしか許されていない特別な生地の服だった。 
「なぜ監禁しない。
大事の前だ、口を封じろ」
 老人は、既に20年来の年金生活者だった。
だが目の前に立つ軍服姿の男は、さも大臣からの質問を受けたかのような態度で応じた。
「それは簡単ですが、友邦諸国の軍に顔の広い男でして……
あらぬ疑惑を抱かせぬためにも、今は動きを抑え込んだ方が……」
 薄気味悪いほど、男の口は平たんだった。
老人は、潔く男の意見に従うことにした。
「出来るか」
 男は、再びゆとりのある笑みを浮かべた。
「今すぐにでも」
「検察を動かしたのか」
「KGB、内務省、法務省の一部です」
 ドアが荒々しくノックされた。
老人は一瞬、躊躇いの色を表す。
 黒い車に乗ったNKVDが、深夜に家庭訪問をするときに良く使われた手法だった。
老人は、その頃の習慣が抜けないのだ。
 かつて、妻が逮捕されたときもこうだったな……
背筋を激しく震わせた後、それにこたえる。
「入れ」
 意外な事にドアをノックしたのは、若い警護兵だった。
呼びかけに応じないので、荒々しくノックしたのだった。
「お時間です。本部で同志議長が」
 老人はいつの間にか、乾ききった唇を湿らせた。
「言うまでもないが、我が国の存亡にかかわる問題だ。
必用とあれば、最終手段を取れ」
 軍服姿の男は口元を引きつらせながら、答えた。
「心得ました」 
 

 
後書き
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