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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
新元素争奪戦
  バーナード星爆破指令 その3

 札幌より緯度の高いミュンヘンの朝は、4時15分ごろに日が明ける。
大分早い夏の夜明けであるが、マサキはすかっとした上機嫌で、美久にたいする語調まで快活だった。
「鎧衣や彩峰が電話をかけて来て、返事を待っているというのか。放っておけ、放っておけ」
 一度、居間に姿を現したが、こう言ってまた部屋の奥へ隠れてしまった。
 
 マサキは昨日の出来事が、まるで夢の中で起こったことに思えて仕方なかった。 
だが、わずか半日の間に成り行きで法律婚をした事は、夢でも、幻でもなく、現実である。
 ココットを見るまで、マサキはどんな態度で接すべきか考えていた。
彼女の元気な挨拶を聞くと、マサキは、何時もの不敵の笑みを浮かべて自然な態度で応じる。
「ココット、寂しかろう」
 昨日の甘さを引きづっていたマサキは、ココットを抱き寄せる。
余りの堂々としたマサキの行動に、むしろココットの方がたじろいだ。
「どうしてですか」
 言いようのない淋しさに襲われたココットは、マサキの手を握った。
BND諜報員の女が見せた真情のストレートな吐露に圧倒されながらも、マサキは弾ける様な喜びに包まれていた。
「お前と一緒に居たかったからさ」 
 予想もしなかったマサキの言葉だった。 
ココットは、ちょっぴり頬を赤らめた。
「これから先、忙しくなる。
しばらく西独には来れんが……今にお前にも日本を見せてやる。
車に乗って、富士山へも連れて行ってやる。あるいは深川祭もよい」
 マサキは自分のこれからの行動を説明しながら、さりげなく日本旅行の話をすすめた。
「いえ、ただもう……こうしているだけでも」
 ココットの姿には、もう何ら暗い影もなく、ゼオライマーのパイロットの思い人になりきっていた。
「はっきり言うな……」
 ココットのうきうきした様子を見ながら、マサキは急に決まった話に感じ入っていた。
 それにしても、人間の運命の不思議さとは……
 これは運命なのかもしれなかった。


 午前4時のドイツから、マサキはゼオライマーが格納されている岐阜県の各務原(かかみがはら)市に飛んだ。
往復時間が緩和されているだけで、時差はそのままだったので、日本ではすでに12時を回っていた。
この時期のドイツは夏時間の為、一時間ほど時計の針を速く回しているので、マサキがミュンヘンを発った時には5時を過ぎていた。
 美久の運転する車で岐阜基地(今日の航空自衛隊岐阜基地)に入った。
遠くから彩峰が早く来るように手を振っているのが、窓越しに見える。
 後部座席にいるマサキは、タブロイド紙のビルトをマサキは、放り投げた。 
そこには、近々行われる西独の総選挙の様子が子細に記されていた。
 タバコに火を付けながら、ラインハルト・ゲーレンから聞いた昨日の話を思い出していた。
 ゲーレンの説明によれば以下の通りだった。
米国はBETA戦争がうまく行かなかった場合、ユーラシア大陸に新型爆弾を連続投下する案を考えていた。
 まずバビロン作戦という物である。
ユーラシア大陸に存在する全てのハイヴに対して新型爆弾を一斉投下し、その後に空挺部隊を送り込む。
ソ連のG元素確保を防ぐ目的とBETA殲滅が一緒になった案だ。
 次にトライデント作戦である。
人類の繁栄の為に、バーナード星系――あるであろう地球と同じ惑星――へ向けて、少数の優良種を宇宙に脱出させる案だ。
計画では、優れた10万人を選別し、大型宇宙船に乗せて、その後、地球全土を新型爆弾の飽和攻撃で焼き払うものである。
 どちらの計画も、陽動としてユーラシア各国にある軍の主力部隊をおとりに使い、隙を見て、飽和攻撃をするものだった。
味方を犠牲にしてまで、自国を守る計画を聞いて、マサキはかつての世界での西ドイツの核共有計画を思い起こしていた。
 1950年代後半の西ドイツでは、米軍から貸与された核爆弾を航空機で投下する案が検討された。
超音速戦闘機、F-104スターファイターを用いて、進行するソ連軍および東独軍を核攻撃する作戦だった。

 東西冷戦は、米国が持つ核開発技術がソ連に漏れたことにより、発生した平和であることは間違いなかった。
核保有をした超大国同士が、その威力を畏れ、核戦力の均衡により出現した


 一時間もしないうちに、ゼオライマーとグレートゼオライマーの2機は、岐阜基地よりバーナード星系に向かって出撃した。
2パーセク先にある恒星へ、異次元を通じて転移する。
(1パーセク=31兆キロメートル=3.26光年)
 四つある惑星の内、バーナード星bに突入する。
大気圏を超えて、地表10000メートルに近づくと猛烈なレーザー照射を浴びた。
 光線級による激烈な攻撃を受けたマサキは、驚いていた。
木星や土星、その先にある冥王星の天体でも光線級が存在しなかったからである。
マサキ自身は、何かあるに違いないという確信を抱くに至った。
 ゼオライマーに搭載された前方監視型赤外線装置(forward looking infra-red, FLIR)によれば、北半球のBETAの総数は、3億体。
イランやカザフスタンでもほとんど見なかった重光線級が10万単位で移動し、その周囲を突撃級が守っている。
 数の上では、BETAが圧倒的に優位だ。
2機のゼオライマーのバリア体を破るのは、時間の問題かに見えた。  
 レーザーの一斉砲火で周囲の戦域空間ごと殲滅に掛かる。
だがゼオライマー全機は、瞬時に惑星軌道に転移し、地表面に向かってメイオウ攻撃を照射する。
 戦闘開始から、360秒。
バーナード星b、c、dは、惑星ごと殲滅された。
 同時刻、一発の轟音(ごうおん)がバーナード星eの大気圏内にこだました。
ほぼ同時にハイヴを構成する岩盤が、轟々(ごうごう)と1200メートルの深さを誇る主縦抗に幾つも落ちてきた。
 その下にいた敵は、悲鳴すら上げる暇もなく、一瞬に圧し潰がれてしまう。
そしてたちまち、主縦抗の口は、累々たる大石によって封鎖されてしまった。
 しかし、その程度はまだ小部分の変事でしかない。
ミサイルポッドから多数の火箭(かせん)がほとばしり、無数の赤い曳痕が、頭上より降り注いだ。
 四方から飛んできたミサイルは、いつのまにか、ハイヴを火の海となした。
グレートゼオライマーは指にある機銃を撃ちっ放しにしながら、速度を緩めず、火におわれて逃げまわるBETAの頭上を通過する。
指だけではなく、両足に搭載したミサイルコンテナから多数の火箭がほとばしり、BETAを打ち倒す。
 ハイヴを管理する頭脳級の目には、迫りくる真っ赤な炎が、あたかも暴風雨のように仲間を飲みこんでいくように映った。
無数のビームと核ミサイルの雨を浴びたBETAの大半は、焼け死んだ。
 事態をつかめず混乱する頭脳級の面前に、二体の巨人が現れた。
6光年先にある地球の前線基地を壊滅させた白い機体と、ほぼ同じ大きさの赤い機体だった。
 見たことのない新型機に、一瞬、頭脳級は混乱が生じた。
該当する情報を解析しようとし始めた瞬間、いきなり頭上から鉄拳を投げつけられる。
 巨人の手で薙ぎ払われ、ハイヴの底に倒れ伏してゆく。
頭脳級は触手を伸ばして出口を探したが、すでに彼方此方に火が回っていて、ふさがれていた。
 その瞬間、白亜の巨人は両腕を胸の前に合わせる。
BETAの死骸から上がる火焔と黒煙の間を、眩すぎる死の閃光が貫いた。
 
 今や、ゼオライマーに向けて、レーザーを浴びせたり、突撃してくるBETAは一体もいない。
 機体の周囲には累々とした死体が横たわり、グレートゼオライマーは逃げ惑うBETAの頭上からビームの雨を浴びせているようだ。
一体たりとも生かして逃がすまいとしている。
 マサキは、宇宙服を着こみ、機外に出た。
倒れたBETAの死体と、ハイヴの内部にある残留物の改めにかかっていた。
先に、自分たちを苦しめたBETAの意図を確認しようとしたが、地球に居たそれと変わりを見つけることが出来なかった。 
 分かったのは、地球上の生き物を連れ出して、何かしらの研究をしたという様子だけだった。
保管されていたのは、哺乳類や鳥類などの大量の恒温動物の脳とその胎児や有精卵が多数に上るという事だった。
詳しくは確認しなかったが、大量の脳の中には類人猿のそれとわかるものがあったので、恐らく人間も含まれているだろう。
 ――敵は本気で自分たちを亡ぼしにかかっている――
 マサキは、BETAによって持ち出された地球上の生き物の遺骸の方を向くと、30秒ほど合掌した。
せめてもの手向けとして、グレートゼオライマーに搭載されたナパーム火炎放射機から火を放つ。
 大量の遺骸を焼き払う側で、マサキは太平洋の地図を思い浮かべていた。
今はBETAとの戦争の結果、混乱状態のソ連が横たわっているが、バーク油田やシベリアでの石油採掘が再開されれば、復活するのは目に見えている。
 いや、ソ連が復活する前に、米国が動き出さないとも限らない。
 ソ連の弱体化を前にして、日米両国が盟邦として握手できればいい。
だがG元素を巡って、あの戦争――支那事変――の時のように互いの国益が真っ向から対立する事態になれば……
「日米同盟が、瓦解するかもしれんな」
 極東で、新たな戦火が起こるのが脳裏に浮かんだ。 
 

 
後書き
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