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外道戦記ワーストSEED

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天秤が揺れる世界②

 
前書き
ジョージ・グレンが善意で引き起こした『悲劇』は多数存在するが、最も愚かな選択は、無知な我々が何を引き起こすのかも知らずに、『コーディネイター』の設計図をばらまいたことだ。

とある研究所で、拳銃自殺した男のデスクのメモ書き 

 
 人の心の天秤は、一つの事象でたやすく揺れ動く。

 シャイン博士は、元々善良であるが故に、戦争当初は、戦闘に関わりのある、兵器類の開発に乗り気ではなかった。

 ワイルド博士は、『とある』生まれの為に、ナチュラル側の国がコーディネーターに蹂躙されない為に、積極的に技術を地球連合に提供し続けた。

 ワイルド博士の天秤は、今何処に傾いているのだろう。



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 コトリ、とワイルド博士がカップをソーサーに置いて数秒、ジョンは口を開いた。

 「頂いた資料はすべて拝見しました。進捗連絡をここまで詳細にお持ち頂いて申し訳ない。で、やはりOSの完成度の方は?」

 冤罪により、銃殺刑に処される寸前で救い出せた人員もいる死神部隊。
 
 アズラエル財閥の力も借りて、後付けで無罪にデータ上はしているが、そもそもそういった経緯で地球連合軍に不信感を抱いているため、外部の人間を入れられない部隊所有の戦艦。

 そこから久しぶりに出て、来ていただいたワイルド博士との会合に出席した彼、ジョンが目にしたメイン計画のガンダムの完成度は、やはり予想した通り、芳しくなかった。

「簡潔に申し上げれば、立ち上がると褒められる赤ん坊から、杖ついて歩くよろよろの老人にランクアップした、という所ですな。私の技術もこの程度か、と絶望しているところです」

 親友との再会を終え、とりあえず自暴自棄の状況から脱出できて安心したからか、淀みなく行きの宇宙船の中で考えた謝罪の言葉を口にするワイルド博士。

 それに、ジョンは心からの否定の言葉を口にした。

 「いえ、アプローチは間違っておりません。実際、AIの補正により大転倒などの無様な動きはかなり減りました。どれだけ枝葉を広げても、『芯』がなければこのような動きになるのは仕方がない」

 実際、ワイルド博士謹製AI『スノーウインド』により、まだまだ発展途上の死神部隊は、非常に高効率で経験を積んでいた。

 ニュートロンジャマーにより、レーダー等の電波による敵機への察知が出来なくなった代わりに、メイン・サブカメラでの画像をAIが解析、早期に敵襲に気づく索敵システム。

 コーディネーターに比べて、平均的な身体能力が低いナチュラルを補うために、敵機体に銃を向けると、自動で照準を補正して銃撃までの時間を短縮するシステム。

 このような補正に助けられている非才の身としては、ワイルド博士にそのような言葉を言わせてしまった事ですら申し訳なさでいっぱいである。

 「話を戻しましょう。こちらから正規計画に提供できるものは、我々の部隊の戦闘経験を蓄積したデータディスクにシャイン博士が製造した『パイロット保護シャッター』です」

詳細が入力されたデータディスクを机上に丁寧に置きながら、ジョンは続ける。

「ものがものですので、まだ実機での再現は回数が少なくなっておりますが、シュミレータでの実験結果を含めての性能は中々のものです。簡潔に言えば、『パイロットの生存率を上げるために、機体破損時に下りる緊急防御幕』です。非常電源で短時間ではあるもののフェイズシフトできる機能や、希少なルナチタニウムを使用しているため、無い場合より生存率は大幅に上がります。先行で5機分用意してあるので、ハルバートン少将殿にはよしなにお伝え下さい」

 その言葉に、ワイルド博士は気まずそうに机上で両手を合わせ、忙しなく動かしながらこう返した。

 「無論、直ぐに閣下にはお渡しします。それで、私のお願いの件ですが……」

 その言葉に、今度はジョンが、申し訳なさそうな顔で返した。

 「ジュニアスクールからの親友が、あのような様相です。心配するのは分かります。だから、彼の体調管理について、地上から医療チームを手配する件については引き受けましょう……」

 そう口にした後、ジョンにしては珍しく、困惑し、言葉を選びながら言葉を続けた。

 一枚の紙を、机上に置きながら。

 「これは何かタチの悪い冗談ではないかと、今でも疑っています。」

そこには、X-108と書かれた設計図に書かれた、モビルスーツの詳細な機能が書かれていた。

 もし、この設計図を『GAT計画』の関係者が見れば、所々の技術に頷きながらも、結論として首を傾げるだろう。

 大詰めを迎えた『GAT計画』

 この計画で設計されているものには、全てこれからの地球連合の機体を組むための、『基礎』となる技術再現がなされている。

 例えば、ビームサーベル、ライフルにシールドという基本装備を装着している機体、『デュエル』なら『近・中距離戦の攻防バランスのとれた基礎機体』

 シールドをオミット、代わりにサブジュネレーターを搭載した大型銃器二門を装着することにより、防御力と機動力を捨てた代わりに、戦艦に匹敵する火力を搭載した『バスター』は『前衛がいること前提の火力特化機体』

 変わりダネで言うなら、『ミラージュコロイド粒子』の特殊な活用により、レーダーや目視をすり抜ける『ブリッツ』か。

 各々が正規作戦に活躍出来る分野をキチンと策定し、『次』につながる機体とする。
 
 それは、まがりなりにも、正規軍が兵器として作る以上、最低限のルールであるはずだ。

 しかし、ここに書かれた『X‐108』、仮称『ハザード』と書かれたモビルスーツは違う。

 『ハザード』は、基礎機体『デュエル』をベースとし、そこからビームライフルを取り上げ、代わりに『バスター』の銃器を参考に、実弾系武装をオミットした代わりに『ビームランチャー』と呼べるような戦艦すら貫通する銃を折り畳みする形で背部にマウント。

 最後に『ブリッツ』の透明化・レーダー無効化と火力を両立するため、機動力を『バスター』よりも更に低くする追加バッテリーを背中にマウント。

 専用装備として、使い捨てる前提のミラージュコロイド対応のモビルスーツ用ロケット型装甲を装備(※機体本体を加速させつつ、重量を減らすため燃料がつきたら切り捨てる、ロケットの多段式ロケットを模した装甲)

 結果、出来上がるのは何か?

 「貴方が組んだこのモビルスーツ、既存の技術の組み合わせなので組み上げることは十分可能です。しかし、運用目的の部分に非常に問題がある!」

 『用途』の所に書かれていた内容に、無意識に語気を荒くしながら、ジョンは言葉を続けた。

 「使用目的がミラージュコロイドの性質を利用し、プラント本国に近づいた後にコロニー自体を撃滅するため?これが何を引き起こすのか分からない貴方ではないでしょう?」

 貫通力を増したビームランチャーは、少なくとも現行のプラント・地球連合双方の戦艦を『貫通』できることは実験で証明されている。

 実際にやってはいないが、もし火力をロクにビーム対策をしていないコロニーにぶち当てれば、この作戦は成功する確率は決して低くはないだろう。

 無論、膨大な数の『非戦闘員』の屍の上にだ。

 「ワイルド博士。確かに我々は『平和的解決』とか抜かされた『エイプリルフールクライシス』しかり、他のプラントの軍事行動しかり多大な死者を出す行為によりプラントから多大な迷惑をかけられている」

 だが、と首を振りながら珍しくジョンは熱弁した。

 「なら報復として何でもして良い、では何の解決にもなりませんよ。ヤキン・ドゥーエやボアズなどの軍事施設に対してならともかく、民間人が多数存在しているコロニーを不意打ちで撃つ前提の兵器など、テロリストの兵器です」

 そう言い切った後、最後にジョンはこうワイルド博士に告げた。

 「気の迷い、は誰にでもある。ハルバートン閣下にもこのプランニングでは否決されているはずですので、この機体の件は胸にしまっておきます」

 最後にそう言って、ジョンはワイルド博士に退出を促した。


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 「イヴ、悪いんだが……」

 博士の退出後、口にした言葉に、イヴは分かっていると言わんばかりに相槌を打って返答した。

 「博士に監視を、でしょ。まあ事前に潜らせた捜査員からは何の報告もないし、博士がシュミレータ上に掲げたタチの悪い冗談で済んで欲しいけど……」

 その言葉に、ジョンは頷きながら応えた。

 「実際に組み上げるには、資金や許可など多大な課題をクリアしなきゃならないが、一応、ことがことだからな」


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 たとえ、人の心が読めるニュータイプであっても、それは相手の頭の中、すべてを覗けるわけではない。

 そもそもニュータイプ能力とは、高レベルの一部の超人を除き、殆どの使っている本人からしても『なんとなく考えてることがザックリわかる』程度のあやふやなものであり、絶対的なものではないのだ。

 だからこそ、それを補足するために諜報や偵察、または人類学を学ぶことでそれを補足するのが肝要なのだが。

 ここで一つ、異世界転生したジョンが、『見落とした』事があった。

 いや、『見落とした』というのは可哀想か。

 これはこのコズミック・イラ特有の思考回路に起因するもので、逆にこの世界の常識の前に現代社会の倫理観をインプットされているジョンは持ち得ないものだから。

 些細な諍いで直ぐに極端に走り、破滅の引き金に容易く指をかけるコズミック・イラの人類の『習性』

 それは、具体的な形を持って、とあるコロニーに産声をあげようとしていた。

 「ふむ、やはり事前に集めた情報通り、彼らに読めるのは表面的思考だけか。人を雇って実験したかいはあったな」

 機械的なものを介さずに、世界樹コロニーで捕まったスパイの全てがクロで、誤認逮捕が無かった。

 その話を聞いたワイルド博士は、その結果を偶然とも奇跡とも思わず、ニュータイプという存在、彼からすればフィクションの『読心能力』を持つ人類が極稀に存在すると仮定。

 様々なアプローチから、その能力を少なくとも死神部隊のジョン隊長とイヴ副長が持ち得ていると断定した。

 そして、危険物持ち込みなど、ギリギリ厳重注意で済まされそうな行為を第三者を介して金で雇った人員に実行させることで、『危険物を所持しているが、本人がそうと説明されておらず、荷物の確認もしなければ機械的なスキャンが行われるまでバレない』などのアウト・セーフラインを見極めたワイルド博士は、先程ジョンと話した時にすら見せなかった空虚な顔で虚空に呟いた。

 「人は……君が思うより賢くはないよ。例えば私の父が、自分を超える知能の息子を道具として使い倒そうとデザインして、見抜かれて自然死を装って殺されたようにね」

 そう、先程の設計図はフェイク。

 今から作りますよ、といかにも自分は今から悪いことしますから注目しろと言わんばかりに偽りの行動を取ったのは、既に彼の作戦が半ば成功しているからであった。

 資金はアングラで募った結果、コーディネーター憎しという資産家から提供され(実際にモビルスーツ一機分という多額の資金が振り込まれた)
 
 ブルーコスモスどっぷりの佐官を一部買収し、機密であるモビルスーツのパーツは余剰に基地内で製造し、横流しさせた。

 最後に最も問題であったパイロットだが、遺伝子検査で『ナチュラル』と断定され、更にジョン大佐同様、いや自分の目には遥かに格上のモビルスーツ操作を、コーディネーターのOSのままで行える人員を確保できた。

 当初仮面で顔を隠していたので疑ったが、最終的にはワインを飲み交わす仲となった。

 後は持ち出す方法だが、その方法は馬鹿な一人の教授が作ってくれた。

 ナチュラル用OSが完成せず、軍から叩かれていたこの教授はよりによって同コロニー内の大学にモビルスーツのOSを持ち出すために、秘密裏にセキュリティロックを自分のセキュリティ権限が高い事を利用して度々開けているのだ。

 まあ、ニュートロンジャマーによりLANケーブル無しでのオンライン回線でのやりとりは出来ないので当然外部持ち出しをするならそのような形になるが、これを利用すれば、基地のドアを開けて一人まねきいれることも可能なため、もう組み上がっている機体を引き渡せば完了である。

 待っていろ宇宙の屑ども、あと少しで本当に宇宙の塵に変えてやる。

 実の親から侮蔑名『ワースト』と名付けられ、後に自身で『ワイルド』と改名した博士は、憎しみに気を取られ気づかなかった。

 何故、そんなに都合の良いパイロットが直ぐに現れたのかということを。

 更に言うなら、今自分自身が言ったように、相手の内心なんて分かるわけないのに、自身の計画を肯定してくれたパイロットを気に入ってしまい、勝手に思い込んでいた。

 地球連合のつてで知ったナチュラルだからプラントのコーディネーター『だけ』を憎んでいるはずだと。

 そんなこと、分かるわけがないのに。

天秤が揺れる世界② 了 
 

 
後書き
時の歩みは進み、舞台の幕は開かれた。 
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