| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

外道戦記ワーストSEED

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

天秤が揺れる世界③

 
前書き
色々な人の思惑が乗り、ぐらぐら動く天秤 

 
 「友よ、謗ってくれて良い、愚かな私を」

 ワイルド博士は、そう眠るシャイン博士に呟くと、枕元に宝箱型の小さなオルゴールを置いた。

 それは、生まれて初めて、彼がシャイン博士に渡された、十歳の誕生日プレゼント。

 数十年の時を経ても色褪せない、思い出が籠もった宝物である。

 世界は糞だ、と思っていた彼は『小さな世界』と題された曲が奏でられる、このオルゴールを貰った時の事を、今でも鮮明に思い出せる。

 自分の頭が白くなく、顔にシワもなく、しかし目だけは今より濁っていた子供時代。

 彼の脳内では、世界に住む者は皆、『敵』だった。

 だって、そうだろう?

 道具としてコーディネーターとして親から生を受けただけ。

 なのに同情どころか石を投げられる始末。

 生まれる前の事を、どうしろと?

 だから、親を自身で殺めた後は、更に孤独に、誰とも関わらない形で、学校に行こうともせず、引きこもっていた。

 それを変えてくれたのが、当時のシャインだった。

 最初は、学校の案内プリントを手渡された事がきっかけだが。

 自分が今まで転校しがちで友達を作るのに苦労してきたからと、学校と自分の橋渡しに、何も見返りもなくなっていた彼が居なければ、自分の人生は全く別のものになっていただろう。

 彼の親友は、名前の通り、ワーストという呪いの名前で縛られていた自分を『光』で野に放ってくれた男だった。

 戸籍だってそうだ。

 名前を『ワイルド』に改名する際、名士であったシャインの父親の采配で、コーディネーターとしての過去をリセットし、遠くの大学で職を得て、結婚し、子を育てた。

 だからこそ、彼は救いたかった。

 この戦争で、その優しい心をズタズタにされたシャイン博士が『取り返しのつかなくなる』前に。

 個人端末のアラームが、ワイルド博士を回想から現実に引き戻す。

 点滴を打たれた彼を背に、最後にワイルド博士はこう、言葉を送った。

 「次の君のバースデーには、お主の孫のロックやブルース、ワシの孫のフォルテを含め、盛大に祝おうではないか」

 その頃には、宇宙に脅威はなくなっているはずだから、という言葉を飲み込んで、ワイルドは旅立った。

 物語の始まりの地、ヘリオポリスコロニーへ。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 ラウ・ル・クルーゼ。

 実力主義のザフト軍のトップクラスの証である『白服』に袖を通し、その卓越した技量と戦術眼から、上からも下からも信頼厚い指揮官である彼は、自身の指揮下にある艦艇の一つに、部下達を集め、こう切り出した。

 「アカデミーで優秀な成績を修め、それを実戦でも証明した君達に、無駄な時間をとらせてしまったが、いよいよ君らの優秀さを発揮して貰う作戦が始まることになった」

『ヘリオポリスコロニー』と上部にされた詳細な地図を、緑と赤の、特徴的な色合いの服を着た集団が真剣な目で見つめる。

 ザフト軍は、通常の軍と異なり、階級というものが明確に定められていない。

 ただし、軍に必要な能力の多寡により三段階にそのクラスは分けられており、位の高い順から指揮官級の『白服』、エース級の『赤服』、最後に一般兵の『緑服』となる。(黒い制服を着ている人間は、政治的な高官クラスと軍の高官クラスが混在しているため、今回は除く)

 と書くと、警戒すべき敵となりうるのは『赤服』以上と勘違いするものがいるが、それは違う。

 まず、彼らはプラントというコーディネーター社会において、軍務を主な業務内容とする、軍隊に入ることを(志願制であっても)許された、いわば軍隊向けのコーディネーターである。

 遺伝子段階で優秀なデザインをされているコーディネーターは実力社会。

 下位の『緑服』でも、モビルスーツの操縦は勿論、生身での格闘戦も優秀な猛者ばかりである。

 話を戻そう。

 そういった集団の中でも、若く極めて容姿が整い、更にエリートの証である赤服を纏う、四名の人間がいた。

 アスラン・ザラ

 サラサラとした黒髪と、意志の強さを表したかのような鋭い目をした、若武者。

 プラント軍の実質的な最高権力者、パトリック・ザラの一人息子であり、縁故採用という陰口を実力で黙らせられる天才である。

 イザーク・ジュール

 アスランと対象的な白い髪を、綺麗に直角に切りそろえたショートカットにしている姿は、後ろからみれば、女性にすら見える事だろう……ただし、その勘違いは猛々しいその顔を見るまでだが。

 ニコル・アマルフィ

 未だ幼さがのこるが、故に蠱惑的な甘い顔立ちを、緑のくせ毛で彩る姿は、一部のお姉様を熱狂させるだろう。実際、彼は最年少の15歳な為、手を出したら完全にアウトだが。

 ディアッカ・エルスマン

 三人と異なり、どちらかといえばワイルド系な顔立ちを綺麗な小麦色の肌に載せ、金髪をオールバックにキメている青年である。

以上四名。

アカデミー成績優秀者の証である『赤服』を纏い、なおかつプラント本国の権力者を親に持つ四人は、書かれた作戦内容に顔をしかめていた。

 自分たちの名前が、危険なガンダム強奪班にあったから?

 違う。

 優秀なものは、手ずから模範を示すことを美徳としているザフトにおいてそれは当然である。

 問題は、これほど正確な警備情報を仕入れていながら、『危険と判断したら、すぐさま撤退しろ』というコロニー地図の真下に書かれた赤字の強調文字だ。

 やはりアカデミーから出て日が浅く、信用されていないのかと、四人がクルーゼ隊長を見つめる眼差しに気づかれたのか、クルーゼ隊長はあえて察した内容をぼかして、話した。

「諸君らの中で、軍務経験の長いものは、卑劣な自爆戦術により、世界樹コロニーの破壊に失敗したことは、記憶に新しいだろう」

 そう言うと、あえてスライドを変えて、現在の世界樹コロニーの図を映す。

 メインの3つの連結コロニーの周囲には、大西洋連邦の大型艦艇。

 更に周囲に、『アンノウン』、仮称海賊という円がいくつも表されたことで、周囲にどよめきが走った。

 海賊、まあ知識としては知っている。

 中世、海上で商船などを襲い、生計を立てていた、つまりは海の強盗であり、一部の政府の指示を受けて海賊をやっているもの以外は、犯罪で生計を立てるならず者という集団。

 そんな単語がなぜ、宇宙に進出した今、書かれたのか?

 つまりは……

「我々ザフトが脅威に感じるレベルの犯罪者集団が宇宙に存在し、ザフト軍がその動きから『海賊』と仮称している、と」

アスランのその言葉に、クルーゼは我が意を得たりとマスクで隠された口元を笑みに変えながら、返す。

「話が早くて助かるよ。……残念ながらニュートロンジャマーが通信を阻むのは此方も同様でね。明確な証拠を持っている訳ではないのだが……」

 そこに記されていたのは、我々の主力モビルスーツ、ジンと瓜二つで、何故か型式番号が消されている機体、明らかに軍では行わない大幅なアレンジが加えられた機体の残骸、その発見場所が、数十カ所時系列とともに書かれていた。

 更にいえば、それとは別に、デブリ帯やザフト軍と連合軍の交戦地域の境目では、軍で原隊に帰還の術を叩き込まれているはずのジンがありえない確率で行方知れずになっていることも、クルーゼの示した図からは読み取れた。

「つまりは、下手に仲間から逸れると漁夫の利って奴を掠め取る奴が襲ってくるのか、ヘビーだぜ」

「ひ、卑怯者め!」

 軽い口調で真面目なことを口にするディアッカと、潔癖で卑劣な事を嫌うイザークの掛け合いの横で、考え込んでいたニコルが口を開いた。

「でも隊長、この人達、やっていることを考えたら、本作戦の邪魔にはならなくないですか?」

 そう、普通に考えれば彼らは犯罪者。

 正規のコロニーであるヘリオポリスでの本作戦に関わりある訳が無いのだが……

「それでも口にすると言うことは、その海賊とやらの一部は『紐付き』ですか?」

「ふっ、言いたいことを先回りして言われてしまったな。その通りだ」

 アスランの問いに仮面に手を当てながら返すクルーゼの言葉にどよめく一同を前に、クルーゼは続けた。

「旧世代の海賊と違い、彼らが運用していると思われる違法な艦艇と、恐らくモビルスーツ、モビルアーマーは精密機械だ。どうしても日々のメディカルチェックは欠かせないし、我々とて木偶ではない。反撃されて破損し、修理を必要とすることもあるだろう。なのにここまで活発に動くには、それを行える場所、技術があるということだ」

 世界樹コロニーの横に地球連合のシンボルが浮かぶと同時に他に『2つ』のマークが点灯した。

オーブと、ジャンク屋連合、そのマークが。

「モビルスーツは歴史は浅いが特にニュートロンジャマー下では必須な技術だと、目端が利く者なら誰でも解る。だが、浅い故ノウハウがない。ならイリーガルでもその経験の蓄積をしたいというのが人の性さ」

「え?でも死ぬ可能性もあるのに?正規軍と違って、交戦協定もされてませんし」

「……ニコル、飢えや貧困は、人々から選択肢を奪う。エネルギー不足の地球は、ザフトと違い、未だ『欠乏』しているのだよ。あらゆるものが。その前にニンジンをぶら下げればこうもなろう」

 その言葉に、優越思想が高い一部が情けない、などと口にするが、クルーゼは全くそうは思わなかった。

 むしろ、個人的な好悪でいえば、自分の劣悪な環境を変えるため足掻く姿には好意を覚える。

 まあ、だからといって手は抜かないが。

「長くなったが、下の一文はそういうことだ。ニュートロンジャマー下で敵の戦力が未知数な時に、更に横から予期せぬ別戦力が来る可能性がある。皆注意を怠るなよ。分かっているとは思うが、モビルスーツを運用していたとしたらそれは我々同様コーディネーターだ」

 そう締めくくると、彼は本日のブリーフィングを終えた。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

同時刻、世界樹コロニー

「……という訳だ。悪いが目立ちすぎる我々の前の露払いを頼むよ」

 ジョンはそう言うと、お気に入りのスコッチを傾け、琥珀色の中身をグラスに注いでいく。

 眼の前の一人の漢に。

 その漢を一言で表すなら、『巨漢』だろうか? 

ザンバラ髪に適当に切り揃えたヒゲという粗野な風体が似合う190を超える巨体。

それを着崩した地球連合の制服に包んだ姿はなるほど、耽美とは別ベクトルのカッコよさがあった。

「いやー、連合の佐官に注いで貰えるたあ、出世しちまったもんですなあ」

 その言葉に笑みを合わせ、ジョンは返す。

「前払いだよ、『黒髭』。中立のヘリオポリスにちょっかいを出す、なんて真似を我々が向かう前にする奴がいたとしたら、相手は間違いなく天下のザフトだ、相手する君に大盤振る舞いもしたくなるだろ?」

 その言葉に、おー、こわこわ、とオーバーなリアクションで返すと、黒髭と呼ばれた男は再度、ジョンから告げられたミッションを繰り返した。

「オーダーは、『5機の試作ガンダムの強奪阻止』ですな。まあ、撹乱して奪われないようにはしときますよ!りょーかいしました」

テキトーな敬礼を返しながら、眼だけは全く油断も隙もないその男に頼もしさを感じながら、ジョンは先行して彼を送り出した。

 役者は揃い、舞台の幕が、静かに上がり始めた。

天秤が揺れる世界③ 了
 
 

 
後書き
傾き、もどり、始まりの日へ向かう。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧