外道戦記ワーストSEED
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
十四話 天秤が揺れる世界①
前書き
『善も悪も見る人次第
勝者も敗者もいる国次第
おいらのご飯も大人次第』
とある国の廃墟に書かれていた詩の一節
シャイン博士。
正史の世界では、物資の不足などにより企画倒れに終わった実験型モビルスーツ、『カタフラクト』を生み出した俊英。
彼はユーラシア連邦より、多くの称号を得て、当然、『次の傑作』を製造してもらえるよう、多大な資金も援助されるようになった。
優先される配給、子供や妻にはガードマンが24時間張りつき、安全を担保。
この世界では貴重となった、自然物による料理を毎日渡される厚遇っぷりである。
正に、ユーラシア連邦内でも、数少ない成功者のはずであった。
だが……この部屋を見て、ほとんどの人は彼を成功者とは思わないだろう。
転がる栄養剤、眠気覚ましの空瓶。
砕けた時計に、破られたカレンダー。
明らかに異常である空間で、絶え間なく打ち込まれるタイプ音が、かえってその異常さを表していた。
「シャイン、もうやめろ……」
「止めるな、私の下らない金儲けのための論文が『コレ』を引き起こしたのだ」
シャイン博士の肩を割れ物を扱うかのように触れながら、もう一人の男がそう声をかけるも、シャイン博士はそれを振り払う。
ワイルド博士。
未だ完成しない『Gressorial Armament Tactical(歩行型戦術兵装)』を解決するため、別アプローチで完成を補佐するために召集された彼は、その得意分野によりヘリオポリスの本計画とサブ計画である世界樹コロニーの『Trial Enemy Armament(対敵性兵装試験)』を往復する中、見る影もない親友の変貌ぶりに頭を悩ませていた。
『宇宙の彼方から、レーダーや電波での通信を遮断できる特殊兵器を持ち、加えて人型兵器で襲ってくる宇宙人が居た場合、それに対抗できる兵器をデザインせよ』
その問いかけに『敵方の人型兵器のカウンター兵器としてデットコピー品をガワだけでも生成し、自身が研究中の補佐型AIを載せて動かすことで、敵勢力のかく乱を誘発する』という論文で合格した。シャイン博士以外唯一の論文合格者。
地球上でAIのシステム構築で彼を超えるものはいないと言われ、AIを通してありとあらゆる分野で助言を行ってきた彼だが、親友の慰めと完全新機軸の武装、モビルスーツには、有効な助言を与えられずにいた。
転がるゴミの処分をしながら、ワイルド博士はシャイン博士の『執念』の欠片をみる。
部屋の中心のホワイトボードに書き殴られた『ワシが殺した、もう死なせない』という文字
その決意表明通り、シャイン博士は報酬により渡された広い研究室でひたすら『何か』を作るのに躍起になっていた。
書き殴られた、何かのパーツ。
名前は辛うじて見えるのは、〇〇シャッターだろうか?
酸・爆破物、果てはビーム兵器までを網羅する、耐性試験の結果の書類の山に埋もれながら、彼は眼の前の設計図のパラメータを調整し、机上の電子デザインボードに書かれた設計図を消し、再定義し、新たな図面を引いていく。
右上に書かれたリテイクナンバーは、一か月足らずで既に3桁にのぼっていた。
材質についても拘っているのか。
カタフラクトの成果として送られた、宇宙空間でしか生成されない機密のフェイズシフト用の合金は勿論、クォーターガンダム用に少量生成された月面で取れたチタン、仮名ルナチタニウムすら材料として使い、堅固な『何か』を生成していた。
ありとあらゆる鉱物や加工物、またカタフラクトの残骸から得たのか何らかの電気的刺激や液体による形質変化など、ありとあらゆるパターンをその特製のパソコン上にアップし、何かを試しては再定義していく。
既に何徹かしているのか、目は血走っていた。
鬼気せまる様子で、眼前のパラメータを操作し、調整する。
普段の彼、ふくよかな顔に髭をたたえた温和な彼の姿はもはやなく、頬がこけ、もはや悪鬼の様相であった。
だが、彼は止まれない。
彼の背中を押し続ける録音された音声が、彼自身の手で小型パソコンによりエンドレス再生される。
「緊急通達!CP(コマンドポスト)よりLT(レーザー通信)! C4(コーラルフォー)より各機へ。A1エンゲージ! 繰り返す、A1(アンスリウムワン)、接敵!」
「C1(コーラルワン)、了解。C小隊、全機通達の通りだ。今度こそ····死なせちゃならん、急行するぞ!」
「C2了解! カタフラクト乗りはみんな死にたがりだからな! カッコいい真似ばっかさせてやんねっつうの!」
「C3、了。宇宙人は皆殺し。宇宙人に殺されるなんて許さない。これ以上、これイジョぅうあアアァ゙……ッ!」
「C4より通達、艦隊より後続のメビウス隊も要撃に上がっています。我が隊初撃はジンを狙い一撃離脱せよとの指示です。C1どうぞ」
「まずはアンスリウム(カタフラクト)隊にたかっているジンに突っ込む! ここで1機でも減らせるかが分水嶺だ。艦隊の攻略は後続に託す。まずは死なせちゃならんのだよお坊ちゃん嬢ちゃんたちをなあ! 」
カタフラクトの残骸から得た勇者たちの断末魔。
その声が、どんな名声や地位や財を得ても、彼を地獄に引き戻し続けていた。
天秤が揺れる世界① 了
後書き
『大西洋連邦の死神』は、カタフラクト部隊全員を『2階級特進の名誉除隊』とし、ユーラシア連合だけでなく地球連合からも戦死者遺族弔慰金を捻出し、メディアの前で彼らを『勇者』と讃えた。
その結果にユーラシア上層部は大変満足し、シャイン博士に望みの報酬を聞いた。
シャイン博士は『カタフラクトに搭載されていたレコーダー』とだけ望んだ。
ページ上へ戻る