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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
グリンラッド〜幽霊船
  気づかなかった想い


――ルークが、私のことを好き……?

 その言葉が理解できず、頭の中で何度も反芻する。

「カザーブで過ごしたあの時から、僕の目に映るのは君しかいない。サマンオサに戻って、君への想いを断ち切ろうとしたけど、無理だった。君と再会するまで、君のことを考えない日はなかった」

 ルークは、けして目を逸らすことなく真摯な表情を私に向けていた。まるで私に信じてほしいと言わんばかりに。

「君に武器の使い方を教えたかったのも、少しでも君のそばにいられると思ったからだ。君と一緒にいられるのなら、僕は魔王の城にだって乗り込むつもりだ」

 そこまで言うとルークは、膝に乗せていた私の両手を、自身の両手で包み込むように握りしめた。

「君が僕のことを思って頑張ってくれるのは物凄く嬉しい。でも、それだけじゃなくて、僕を一人の男として見てほしいんだ」

「えっと……、あの……その……」

 どうしよう。何と答えていいのか、わからない。

 そのとき、部屋の外から別の部屋のドアを開ける音が聞こえてきた。音の大きさからいって、きっとシーラの部屋だ。この際、誰でもいい。この場から離れる口実が欲しかった。

「あっ、そうだ!! シーラに用事があったんだった!!」

 私は半ば強引にルークの手を振り解き、ベッドから立ち上がると、急いで部屋を出ていった。今思えば、なんて酷いことをしたのだろうと胸が痛む。だけど恋愛経験ゼロの私にとって、ルークの告白は想像以上に私の心を混乱させたのであった。



「それで、るーたんを置いてあたしのところに来たってこと?」

「……」

 ルークから離れるために、シーラの部屋に逃げ込んだ私に、シーラは当然のことながら驚いた。

 ノックもなしにシーラの部屋に上がり込み、さらには先程のやりとりを支離滅裂な単語を並べ立ててシーラに伝えたのだ。普通の人なら怒ってしばらく口も聞いてくれないだろう。

 けれどシーラは、様子のおかしい私の話を親身になって聞いてくれた。そして私が一通り話し終えたあと、先程の言葉を放ったのだ。

「ごめんなさい、シーラ……。私、どうしていいかわからなくなっちゃって……。勝手に部屋を出てっちゃって、ルークをほったらかしにしちゃって、謝りたいのに、どういう顔して会えばいいか、わからないの……」

 ルークの顔を思い出した途端、涙が溢れて来て、話すことすら困難になってしまった。

「怒ってるわけじゃないよ。だから謝らないで、ミオちん。とりあえず今は落ち着こう?」

「うっ……、うぅ……」

 自分でもどうして泣いているのかわからない。男の人に好きだと言われて、普通の女の子なら嬉しいと思うはずなのに、どうして私は泣いているんだろう。それが余計に私を惨めにさせ、情けなさのあまり涙がとめどなく溢れてくる。

 その後シーラは私が泣き止むまで、何も言わずに背中を何度も撫でてくれた。その小さくて暖かな手が、私のグシャグシャになった心をゆっくりと暖めていく。やがて彼女が与えてくれた安心感が、次第に冷静さを取り戻してくれた。

「ありがとう、シーラ。大分落ち着いて来た」

「それなら良かった。ちょっとずつでいいからさ、何があったか、話せる?」

 シーラの優しい問いかけに小さく頷くと、私は順を追って話し始めた。

 ルークに好きだと告白されたこと。自分のことを、一人の男性として見てほしいと言われたこと。それに対して、私はどうしたらいいか分からなくなり、突然その場から逃げ出してしまったこと。端的にそう説明すると、シーラは真剣な表情で指を顎に添えて考え込んだ。

「う〜ん、いきなりそんなこと言われたら、誰だってびっくりするよ。だってミオちんは、るーたんのことを友達だと思ってたんでしょ?」

「う、うん」

「向こうは好きだと思ってても、こっちはそうとは限らないんだし、るーたんもちょっと勇み足だったね」

「う、うん?」

「ミオちんの気持ちを考えたら、いきなり好きだなんて伝えても素直にOK出す訳ないって考えると思うんだけど。まあでも、るーたんの気持ちが溢れまくっちゃったんだねぇ」

「……」

 冷静に分析するシーラに、置いてけぼりにされる私。さすが恋愛経験豊富な人は、考え方が違う。

「とりあえず、るーたんの告白の返事は、もう少し考えてからでもいいと思うよ?」

「え、ホント?」

「誤魔化したり嘘をつくのは相手にもすっごい失礼だし、傷つけることになっちゃうからね。まあ、ミオちんならまずそんなことしないと思うけど」

 うん、それは自分でもそう思う。というより嘘とか誤魔化すとか、そういう器用なことは私には出来ない。

「時間かかってもいいから、こっちもいっぱい考えて結論を出しなよ。るーたんだって、ミオちんの本当の気持ちを聞きたいと思うから」

「うん……わかった。とりあえずそのままルークを置いてっちゃったから、今から謝ってくる」

 やっぱりシーラに打ち明けてよかった。自分一人で抱え込んでいたら、ずっと悩み続けていただろう。

「またなんかあったらいつでもあたしに相談してね! あたしもミオちんにいっぱい助けてもらってるし、ミオちんの力になりたいの」

「ありがとう……。私も、シーラには助けられてばっかりだよ。だから、そう言ってくれて嬉しい」

「へへ、お互い様だよ。それにミオちんのそういうところに、きっとるーたんは惹かれたんだと思うよ」

 そう言ってくれるシーラは、いつもより頼もしく見えた。

 でも、いつまでも人に頼ってばかりじゃいられない。今度は私自身が向き合って考える番だ。

 決意を固めると、シーラの部屋を出た私は、まっすぐに自分の部屋へと戻ったのだった。




 ルークに告白され、あろうことか途中で逃げ出してしまった私は、彼に謝るために再び自室へと戻った。

 だが、たどり着いた自室に、ルークの姿はなかった。

 それもそっか……。いつ私が戻るかわからないのにここにいても、仕方ないもの。

 このまま探しに行っても、まだ心の整理もつかないままでは、さらに彼を傷つけるだけだ。

 私は一旦心を落ち着かせるためにベッドに座ると、今までの出来事を思い返した。

 カザーブにいた頃から彼は優しかった。サマンオサで再会してからも、ずっとルークは私のそばにいて、戦闘中も助けてくれたり、モンスター格闘場で絡まれたときも守ってくれた。サマンオサでの彼もあの頃と同じように優しかったから、そういう性格なんだと思っていた。けどそれが私に対する好意によるものだったのなら、何も知らなかった私は彼の気持ちに気づかず、知らず知らずのうちに傷つけてしまったかもしれない。

 なんて私は馬鹿だったんだろう。自分の感情の鈍さに、後悔だけが津波のように襲ってくる。

 ダメだ、いくら考えても埒が明かない。やっぱり今すぐにでもルークを探しに行こう。

 意を決した私はすっくと立ち上がると、まずはルークの部屋に向かうことにした。

 勢いよく自室のドアを開け、まっすぐにルークの部屋へ、と一歩踏み出したところで、急に視界が狭まった。

「わっ!!」

 危うくぶつかりそうになったが、すんでのところで踏みとどまる。顔を上げると、ヒックスさんとの話は済んだのか、訝しげに見下ろすユウリの姿があった。

「ちゃんと前を見ろ、鈍足」

「ご、ごめんなさい」

 短く謝ると、私は彼に何か言われる前に、足早に立ち去った。こんなもやもやした状態でさらにユウリに嫌味を言われたら、きっとさっき以上に泣いてしまうかもしれない。

 俯きながら走り去る私を見て、もしかしたら変な女だと思っているだろう。けど今は、周りの反応をいちいち気にしている余裕はなかった。

 少し離れたところにあるルークの部屋は、いつもより何倍も遠く感じた。いざ部屋の前に立ってみると、足がすくんで動かない。

 彼に会って、何を言えばいい? 途中で逃げたことについて謝るのはもちろんだが、肝心のルークへの返事をどう言えばいいのかわからない。ルークのことは好きだが、果たしてそれはルークが求める答えなのだろうか?

 ともあれここまで来たからには行くしかない。深呼吸を一度して、意を決してドアをノックする。けれどすぐに返事が来ることはなかった。

「ルーク……、いる?」

 やや大きい声で呼びかけると、がたがたん、と激しい物音が聞こえてきた。そして程なく、内側からドアが開いた。

「ああ……、ミオか」

 少し元気がないように見えたが、特に驚いたり焦ったりしている様子には見えなかった。

「とりあえず中で話そうか」

 いつも通りの優しい笑みを湛えたルークに促され、今度は私がルークの部屋に入ることに。

 さっきと同じように二人横に並んでベッドに腰掛けると、考え込む前に先に私の方から口を開いた。

「……さっきはごめんなさい」

 これ以上は言葉が続かなかった。どんな理由を並べ立てても、言い訳がましく聞こえると感じたからだ。

「……何のこと?」

「!?」

 私が驚いていると、ルークも本気でわからない、というような顔で返した。

「えっと、だから……、ルークが話してたときに、途中でシーラのところに行っちゃったでしょ? あのときパニックになっちゃって、とにかくあの場から逃げたくて部屋を出たの。勝手にいなくなってごめんなさい」

 ルークの意外な反応に、結局説明する形になってしまった。それでも彼は怒ることもなく、やっぱりかと言うように息を吐いた。

「ああ。それはしょうがないよ。むしろ告白されて動じないミオのほうが想像できないよ」

「それ、どういう意味?」

「ミオってさ、恋愛的な意味で人を好きになったことないよね?」

「うっ!?」

 鋭いところを突かれ、言葉に詰まる。なんでルークにそんなことがわかるんだろう?

「ユウリやナギみたいな男の人と一緒に旅してれば、普通の女の子だったら多少意識すると思うけど、ミオってそういうことほとんどないよね」

「そっ、そんなこと……」

 ないよ、と断言しようとして、今までの自分の二人への接し方が思い起こされて、再び言葉に詰まってしまう。

「だから、僕が君に告白したら、それに答えるよりまず驚くんじゃないかと思ってたよ。だから君が謝る必要はない。あれは僕が勝手に言っただけだから」

「……」

「でも嬉しいな。そうやって逃げ出したってことは、少しは僕のことを意識してくれたってことだろ?」

「そ、そうなのかな?」

 質問に対して質問で返すという、なんとも間抜けなやり取りを交わす私。その返答にルークは苦笑していたが、そんなことすらも人に聞かなければわからないのだと、改めて自分の鈍感さに辟易してしまう。

「やっぱりミオは、想像以上に強敵だな。それに自分が思ってる以上に魅力的なこともわかってないみたいだし」

「待って、これ以上恥ずかしくなるようなこと言わないで!」

 相変わらず自然体で話すルークの言葉に、私は思わず耳を塞いでしまった。ルークってば、なんでこうも歯の浮くようなセリフが言えるのだろう。けれどそのセリフを受け取って、嬉しさよりも羞恥心の方が勝ってしまうのは、やっぱり私が普通の女の子と感覚が違うからなのだろうか。

「まあとにかくそういうわけだから、別に君が謝る必要はないよ。一度僕の本心を聞いてほしかっただけだから」

 そう言いながらも、ルークは何処か寂しそうな顔をしていた。もしかして私に気を遣ってるのではないだろうか。

「ルーク、私……」

「いいよ、別に今答えを出さなくて。ただ、僕は君に嘘をついてほしくない。君の本当の気持ちがはっきりしたら、また教えてほしい」

「……うん、わかった。約束するよ」

 ルークのお願いに、私は力強くうなずいた。やっぱりルークは優しい。どんなときも、私のことを考えて話してくれる。

 だけどそんな彼の気持ちにうまく応えられない自分がもどかしくて、無意識に落ち込んでしまう。

「でも、ミオに嫌われてないってわかっただけでも、僕は十分幸せだよ」

「嫌うわけないよ!! だってルークはカザーブにいたときから唯一の友達だと思ってたし……」

「ありがとう。なら僕はこれから『友達としての好き』から『異性としての好き』に変わってもらうように努力するよ」

「……っ!!」

 ルークとしては皮肉を込めていったのかもしれない。けれど彼のストレートな愛情表現は、恋愛に関してはド素人の私には刺激が強すぎて、何と答えていいかわからなかった。

 その後、二言三言会話をしてルークの部屋を出ると、いつもの船内が初めて訪れるような雰囲気に感じて、なんだか落ち着かない。

 どこかふわふわした感覚で食堂に向かう廊下を歩いていると、前方から再びユウリとすれ違った。

「……」

 今度は顔を上げて歩いていたので、自然とお互い目が合う。その瞬間、ユウリの表情が僅かに変わった。

 けれどそれきり、ユウリは何も言わず私の横を素通りする。……と思いきや、直後に立ち止まった。

「……何かあったのか?」

 その一言に、心臓が跳ね上がった。別にやましいことは何もしていないのに、妙な罪悪感が体中を駆け巡る。

「な、ナニモナイヨ」

 我ながら、なんて酷い誤魔化し方なんだろう。いくら他人に興味を持つことが少ないユウリでも、さすがに気にする挙動不審さだ。

 ユウリはじっとこちらを見つめたあと、何か思いついたように目を瞬いた。

「!?」

 そして何も言わぬまま、突然私の手を取ると、なぜか食堂とは反対の方へと歩き出したのだった。

 
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