俺様勇者と武闘家日記
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第3部
グリンラッド〜幽霊船
指し示す想いの先に
氷の大陸から船に戻ってきた私たちは、マックベルさんからもらった包みを早速開けることにした。
皆が興味津々で覗き込む中、ユウリが徐ろに包みから中身を取り出す。中に入っていたのは――。
「わああああっっ!!」
『それ』を見るなり、私は絶叫した。なんとそれは、白い骨だったのだ。
「これは……、人の骨ですね」
「!!」
ためらいがちに呟くヒックスさんの言葉を聞いた瞬間、私はショックのあまり意識を失いそうになった。そばにいたルークが支えてくれなければ、そのまま倒れてしまったであろう。
その骨は手のひらくらいの長さで、真ん中に細い糸のようなものがくくりつけられている。だがよく見ればそれは糸ではなく髪の毛だということがわかり、再び卒倒しそうになった。
「随分と不気味な代物だが、どうやって使うんだ?」
怪訝な顔でその骨を見つめるユウリに、ヒックスさんは遠慮がちに口を開いた。
「この骨でどうやって財宝の在り処を示すのかは存じ上げませんが、海に出れば遭難や海難事故により、命を落とす者は少なくありません。ましてや陸地とは違い、遺体すら回収されないことも多々あります。そのときに奇跡的に残った遺体の骨をお守り代わりにして、身につけるという船乗りの習わしみたいなものはあります」
いわゆる、ゲン担ぎみたいなものだろうか。だとしても、亡くなった人の骨を身につけるなんて、私には正直理解できない。
「てことは、あのじいさんの言ってたことは嘘だったってことか? 結局財宝の在り処なんて教えてくれないってことかよ」
がっかりしたようにナギが項垂れる。もしかしたら財宝の中にオーブもあるかもしれないという期待は、瞬く間に打ち砕かれた。
「ふん。要するに、財宝に興味のないエロジジイの話を鵜呑みにした俺たちが馬鹿だったってことだ」
「身も蓋もない事言うね、ユウリちゃん」
マックベルさんの話がデタラメだとわかった途端、骨をぞんざいに扱い始めるユウリ。括り付けられていた髪の毛の先を手で摘み、ぶらぶらと回し始めた。すると、本人は軽く回していたつもりだったはずのその骨が、不自然にぐるぐると大きく円を描き始めたではないか。
「おいユウリ! 何ふざけたことしてんだよ!」
「俺は動かしてない」
『!?』
たとえユウリが動かしていたとしても変だと思うほど、骨は急速に回転を速めていく。やがて骨は回転を緩め、ある一定の方向に向かって規則的に揺れ始めた。
「……南東の方角に向かって、揺れてますね」
ぽつりと、ヒックスさんが言った。骨はまるで意志を持っているかのように、ただひたすらに南東に向かってゆらゆらと揺れている。
「南東に何があるんだろう?」
「さあな。だが、この骨が俺たちに何かを伝えようとしているのは分かる」
どこか確信めいた面持ちで、ユウリが答える。
「ヒックス。次の行き先はこの骨が指す方角だ。念の為この骨はお前に預ける」
「わかりました。すぐに船員に伝えます」
ヒックスさんは頷くと、すぐに近くの船員に声をかけた。周囲が骨の示す先へと舵を切る中、私は別の不安が頭をもたげる。
「どうしたの? ミオ。顔色が悪いけど」
隣で心配そうに声をかけてくれたのはルークだった。心細さを感じ、誰かと不安を共有したくなった私はルークに本音を打ち明ける。
「本当にあの骨を信じて大丈夫かなって思って……。もしその先に、財宝じゃなくて幽霊とか骸骨とかいたらどうしよう」
幽霊の類が大の苦手な私にとって、この先の船旅は不安で仕方がなかった。かといって今さらユウリに異議を唱えても、きっとすぐに却下されてしまうだろう。
「僕もその可能性はあると思ってる。でももし幽霊が襲ってきても、僕が君を守るから心配しないで」
そう言うとルークは優しく微笑んだ。ああ、なんていい人なんだ。彼の優しさの十分の一でいいから、ユウリに分けてあげたい。
「取り敢えず、この骨を頼りに、気になる場所がないか鷹の目を使って探してみます。何かありましたら皆さんを呼びますので、それまで待っていてください」
ヒックスさんの言葉に、私たち全員は是非もなく了承したのだった。
その後ヒックスさんの指示で、船は南東へと舵を切った。操舵室では、舵を取る操舵手とヒックスさん、それにユウリが骨の動き方を逐一観察しながら船を進めている。
一方、私はというと、部屋のベッドに横になっていた。忙しい船員さんの邪魔をしては悪いと、甲板でのトレーニングを控えたためだ。
特に何もやることもなく、ベッドに横になりながらぼーっとしていると、部屋の外からノック音が聞こえた。
「ミオ、いる?」
その声はルークだ。私はすぐに起き上がると、部屋のドアを開けた。
「どうしたの、ルークも暇?」
「うん。遊びに来た」
いきなり失礼なことを言ってしまったかなと思ったが、笑顔を向けるルークの様子を見る限り、あまり気にしてないようだ。
「ここ座っていいよ。何もないけど、おしゃべりでもする?」
ベッドに座りながら、私は自分の隣に座るように指で促す。
「いいね。けどせっかくだから、ミオの武器をメンテナンスしながらおしゃべりしようかな」
「メンテナンス?」
「その様子だと、武器の手入れとかあんまりしてないみたいだね?」
ルークの言葉に私はハッとなり、慌てて訂正を加える。
「ま、まったくやってないわけじゃないよ!? 最近はよく使うようになったから、時々爪を磨いたり調整とかしてるし!!」
「本当は『時々』じゃなくて『毎日』やったほうがいいんだけどね」
「うっ……」
痛いところを突かれ、ぐうの音も出ない。気分が重くなった私は、のろのろとベッドの脇においてある鉄の爪を手に取った。
するとルークは何かに気がついたのか、私が持っている鉄の爪を、顔を近づけながらまじまじと観察し始めた。ルークが屈むとすぐ間近に顔があって、迂闊に体を動かせない。
「ほらここ。錆びついてる」
ルークの指差す方をちらりと見下ろすと、確かに先端の部分に錆がついている。注意深く見ていたつもりだったが、武器の手入れに不慣れな私には目が行き届かなかったようだ。
「ミオ、砥石はある?」
「あ、えーと、これかな?」
私は以前ユウリにお下がりでもらった剣用の砥石を取り出した。小さくなったので、鉄の爪を磨くにはちょうどいいと思い、もらっておいたのだ。
「あー……、これでもいいけど、爪系の武器にはこういう薄い革のベルトにガメゴンの鱗を張り付けたもので研ぐといいよ」
ルークが取り出したのは、ベルト状の細長い革の裏側に、ザラザラした鱗が張り付けてあるものだった。ルークはザラザラした面を錆びついた爪に当てると、革の両端を両手で持ってしごいた。何回か擦り上げてベルトを外すと、見事に錆が取れていた。
「うわあ、すごーい!!」
私が感嘆の声を上げると、ルークは少し得意げに笑った。
「爪と爪の間が狭いから普通の砥石じゃ研ぎづらいんだよね。もし僕のお下がりでいいならあげるよ」
「え、ホントに!? いいの?」
「昔使ってたんだけど、今の僕の武器には合わないからさ。でもせっかく自作したやつだからなかなか手放せられなかったんだ。ミオに使ってもらえるなら僕も嬉しいよ」
そう言って笑みを向けるルークに、私も笑顔で返す。
「ありがとう。大事に使うね!」
その後私はルークに研ぎ方を教わり、あちこち錆のついていた鉄の爪は、あっという間にピカピカに磨き上げられ、まるで新品のように変身した。
「わぁ……、まるで別物だよ」
今までの砥石を使うよりも楽だし、何より短時間で前よりもきれいに研げるなんて、自分ひとりでは到底気づかなかった。改めて、ルークが旅に同行して良かったと、心から思えた。
「これくらい丁寧に手入れすれば、愛着も湧くだろ?」
「うん、湧く湧く! ずっと手入れしたいって思うもん!」
「ならその分、武器を使い込まなきゃね」
そこでようやくルークの意図に気づく。これも私に武器の扱いを慣れさせるための一環だということに。
「いくら武器の扱い方がうまくなっても、苦手意識を持ってたらそのうち挫折するかもしれないからね。自分から歩み寄ることも大事だよ」
ルークの言葉は説得力に満ちていた。彼の教え方は、単純な私の頭にもすんなりと入り込んでくる。同じ師匠のもとで修行をしてきたから、というだけではない。単にルークの教え方が上手いのだろう。
その後彼に言われたとおりに黙々と鉄の爪を手入れしていると、隣からルークのため息をつく音が聞こえてきた。
「どうしたの?」
なんとなく聞かなきゃならない雰囲気のように感じた私は、素直にため息の原因を尋ねてみた。
「……ユウリってさ、自己中心的っていうか、僕らのことをあまり考えてないよね」
ああ、その話か。ルークと二人でいるときに、何度か耳にした話題だ。ルークにとってはユウリの行動はどうにも気になるようで、トレーニングをしているときも事あるごとに愚痴をこぼしていた。
「うーん、私もユウリの仲間になって最初はそう思ってたけど、ユウリはユウリなりに私たちのことを考えてると思うよ?」
「そうかな? 君に対しても、ずいぶん蔑ろにしてる感じがするけど」
「それは……」
ないとは言い切れなかった。今でも時々思う。私は今でもユウリにとって足手まといなんじゃないかって。レベルも上がって、強い魔物とどうにか渡り合えるようになってきたとは思う。でも、それは私が勝手に思い込んでるだけであって、ユウリにとってはまだまだ私は半人前で、普通の仲間以下の存在なのかもしれないと、どうしても考えてしまう。さすがにその心の内は、ルークに打ち明けるわけには行かなかった。
「えーと、それは私のレベルがまだまだ低いからだよ。なんたって私たちは、魔王を倒さなきゃならないんだから。ユウリに認めてもらうには、もっともっと強くならないと」
我ながらなんて拙い説明だ。案の定、ルークは腑に落ちない顔で私を見返している。
「ふうん、随分ユウリの肩を持つんだね」
「そんなことないけど!?」
けれど私がいくら否定しても、ルークは拗ねた顔で視線を合わせてはくれなかった。しかたなく、私は武器の手入れを再開する。
一通り終わって、ずっと同じ姿勢だった私は軽く伸びをした。いつの間にかそれを黙って見ていたルークもまた顔を上げた。
「ルークが一緒に来てくれて、本当に良かった。おかげで前よりもずっと、師匠の武器を使いこなせるようになったよ」
「いや、僕は気になったことに口を出してるだけだから。ミオが武器を使いこなせるようになったのは、僕の言う事を素直に聞いて頑張ってくれてるからだよ」
「でも、ここまで私が頑張れるのは、ルークが私のことを考えてくれてるからだよ。それに応えたいから、私も頑張ろうって思えるんだ」
「……」
けれど、それきりルークは黙り込んでしまった。今まで穏やかに話をしていたのに、急に何か思い詰めているような表情に変わっていく。
何か気に障ることでも言ったのだろうか。しばらくルークの様子をじっと見つめていると、私の視線が気になったのか、向こうもこちらを見返した。
何かを訴えるようなその眼差しに、思わず言葉を失った。けれど、けして怒っているわけではないのが雰囲気でわかる。だからこそ、彼が今私に向けている感情が何なのか、はっきりと読み取ることができなかった。
「……ど、どうしたの?」
不安になった私が再び声をかけると、わずかに眉を下げた。何事かと問いただす前に、真剣な表情の彼の口が開いた。
「……当たり前だ。いつだって僕は、君のことをずっと想ってきたんだから」
「え……」
――今の言葉は、一体どういう意味?
そう思う間もなく、ルークは私を見据え、はっきりとした声で言葉を続けた。
「ミオ、君が好きだ」
その瞬間、私の頭の中は完全に停止した。
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