星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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激闘編
第百三話 第二次国境会戦(後)
宇宙暦796年7月20日20:00
フォルゲン宙域、ヴァルトブルグ星系、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー
後から現れた三個艦隊…おそらくミューゼル大将の率いる辺境守備の本隊だ。中央に位置する艦隊の旗艦がブリュンヒルトという美しい形の艦である事がそれを示している。敵三個艦隊の合計兵力と、私の艦隊と第八艦隊の合計兵力にはそれほど差はないが、戦術単位は向こうの方が多い。きつい状況だが、下がる訳にはいかない。
「防御力の高い戦艦を前に出して、その影から巡航艦に砲撃させてはどうだろう…ヤン、いいか」
「そうだね」
私の了承と共に、ラップがムライ中佐に目配せをする。
「それと…ラップ、空戦隊を出そう。第ハ艦隊にも空戦隊を出撃させるよう打電してくれないか」
「…空戦隊…まだ早くないか?どうするんだ?」
「敵艦の機関部だけを狙わせて、漂流させる」
「なんて奴だ…此方への攻撃どころじゃないという状況にする訳か…だが、敵の空戦隊も出てくるんじゃないのか?」
「敵さんが空戦隊を出して来る様なら願ったり叶ったりだ。漂流させるのも敵の前衛を混乱させる為だからね…敵は単座戦闘艇への対処と救助で、こちらへの攻撃どころじゃなくなる筈だ」
「中々意地が悪いな…了解だ」
20:10
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、第八十八独立空戦隊
サレ・アジズ・シェイクリ
「ヒューズ、どっちが多く敵を落とすか賭けようぜ」
「敵艦の機関部だけを狙うんじゃないのか」
「沈めてしまえば一緒さ。それに敵も黙っちゃいない、空戦隊を出して来るだろ?」
「それは…そうだ」
「そうなったら敵艦の機関部だけ…なんて話はふっとんじまう。敵は落としてナンボだぜ」
「まあ、いいか…だったら隊のみんなに報せよう。機関部を狙うチームと単座戦闘艇に対処するチームに分けようって。効率が上がる」
「そうだな、そうしよう…いいな、勝った方がコニャックを一本だぞ!」
「分かったよ」
帝国暦487年7月20日21:40
フォルゲン宙域、ヴァルトブルグ星系、銀河帝国、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「当艦隊だけでなくケスラー、メックリンガー両艦隊の前衛においても漂流艦艇が続出しています!おのれ…なんて汚い攻撃をしてくるんだ叛乱軍は」
確かにいやらしい…トゥルナイゼンの言う通り、汚くしかも効果的な戦法だ。ヤン・ウェンリー…やはりウィンチェスターと並んで称賛に値する敵ではないか…。
「仕方ない、此方も空戦隊を出せ。乱戦は覚悟の上だ。航行不能な艦の救助を急がせろ」
恐縮するルッツの姿が消えると、代わって映し出された映像通信にはシューマッハ参謀長…ではなかった、シューマッハとワーレンの二人が浮かび上がった。
「卿等二人でルッツの援護に向かってくれ」
二人の姿が消えると、司令部に静寂が戻る…どうする、同じ一旦後退するべきか…ヤン・ウェンリーには俺の艦隊のみで当たった方がよいのではないか…。
「キルヒアイス」
「はい、閣下」
「全艦隊に命令、漂流する艦艇の救出を実施しつつ後退。再編成後メックリンガーは我々の後方を迂回しケスラーに合流。両名で敵第ハ艦隊に対処せよ」
「…ヤン・ウェンリーの手足を捥いでしまうおつもりですね?」
「その通りだ」
「そうなると我々独力でヤン・ウェンリーと対峙する事になりますが」
「怖いのか?キルヒアイス」
「ラインハルト様はどうなのです?」
「フン…怖くないと言えば嘘になるな…だがヤン・ウェンリーを怖がっていては到底ウィンチェスターも倒せまい…ミッターマイヤーと回線を繋いでくれるか」
そうだ、ヤン・ウェンリーごときに手間取っていては俺に先は無いのだ…。
“お呼びでしょうか”
「ああ。敵中央を孤立させる。敵の右翼だが、卿に任せてもよいか」
”元よりそのつもりであります“
「ならば話は早い。卿の働きに期待する」
23:30
自由惑星同盟軍、第七艦隊旗艦ウルスラグナ、
マリネスク
「閣下、ヤン司令官より通信が入っております」
「繋いでくれ」
”そちらからもミッターマイヤー艦隊が動き出したのが確認出来ると思いますが“
「確認しております。僅かずつですが近付いて来ておりますな」
”我々に構わず全艦でミッターマイヤー艦隊に対処してください”
「足止め程度なら、我々の半数で大丈夫かと思いますが」
“…もしもの為です”
「…了解しました。これよりミッターマイヤー艦隊に当たります」
”よろしくお願いします“
もしもの為、か……我々の半数、六千隻ではミッターマイヤー艦隊を抑えられないというのか?
「参謀長、ウチの正確な残存兵力は」
「はっ…一万二千二百隻ですが…」
「二千二百をヤン司令官の援護に回す。指揮官は誰がよいと思うか」
「位置的にみて…グエン准将がよいかと」
「グエン・バン・ヒューか…よし、奴に連絡しろ、ヤン司令官の援護に回れと」
「了解しました」
「本隊は陣形を再編だ。全艦右四十度回頭、突陣形を取れ」
命令に背く形になるが、ヤン司令官はアップルトンの援護もせねばならん。兵力は少しでも多い方がいい筈だ…。
「ミッターマイヤー艦隊、陣形再編中!紡錘陣です」
正面から来るな…改めてお手並み拝見と行こうじゃないか…。
21日01:20
銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー
「閣下、叛乱軍第七艦隊、陣形再編中の模様、およそ一万隻…十分後に敵先頭集団が我々の有効射程内に入ります」
「よし。全艦砲撃戦用意。攻撃命令下令後は旗艦の発砲を待つ必要はないぞ……撃て」
7月21日03:50
銀河帝国軍、ケスラー艦隊旗艦フォルセティ、
ウルリッヒ・ケスラー
メックリンガーが我々の右に向かっている…これは…。
“助けに来たぞ。ヤン・ウェンリーの手足を捥いでしまえとの事だ”
「手足…なるほど。閣下がヤン・ウェンリーの相手をしている間に敵の第ハ艦隊を潰す…そういう事か」
”そうだ。まあご自身でヤン・ウェンリーと対峙したい気持ちもあるのだろう“
「それにしても、いきなり空戦隊でこちらを混乱させるとはな」
”ああ。人的被害が少ないのが幸いだった。被害を受けた艦自体は機関部をやられで行動不能になっただけだからな…だが精神的には寧ろその方が堪えるかもしれん…そちらの状況は“
「再編成は終了している。待機中だ」
”よし、では始めるとするか…敵の左側面を衝く、それでいいか“
「よろしく頼む」
メックリンガーからの通信は切れた。大規模な艦隊同士の戦闘において空戦隊を出撃させるのは、近接戦闘、つまり彼我の兵力にある程度の差がついて、突撃を敢行した後にとどめを差す時や、敵が空戦隊を出撃させて来た時だ。よって序盤では空戦隊の出番はない。何故なら戦闘艇を使っての攻撃は、彼等を誤射するのを避ける為に艦砲による攻撃に制限をかけねばならないからだ。敵兵力を漸減せねばならない戦闘序盤で空戦隊の出番がないのは至極当然の話だった。
だが叛乱軍は空戦隊を繰り出して来た…しかもこちらの艦艇の撃破ではなく機関部を狙って行動不能にした…結果、味方の前衛にはただ浮いているだけの艦艇が多数出現し、更にそれが味方の攻撃を阻害した…無視も出来ないから曳航して救わねばならない。戦闘中の救難行動は至難の技だ、無事な艦艇が行動不能の艦を曳航する事になるが、その状態での戦闘続行など不可能に近い。結果艦隊全体としても攻撃の続行は出来なくなる。叛乱軍も空戦隊を出撃させている以上艦砲での攻撃は制限がかかるが、それは無視出来る事象だった。戦闘不能な漂流艦艇とは被撃破艦艇とほぼ同義だからだ。メックリンガーの言う様に人的被害は確かに少ないが、兵士達の戦意を削ぐ上に戦力として無効化する、効果的で実にいやらしい手だ。おそらくヤン・ウェンリーの指示なのだろう…ヤン・ウェンリーという男は、三個艦隊を相手にしながらこんな手を思い付く男なのか…戦術的にはかのウィンチェスターより危険な男かもしれん…だからこそ先に奴の手足となる部隊を潰す…。
「メックリンガー艦隊と協力して敵艦隊を撃破するぞ。斉射三連、そのまま攻撃の手を緩めるな!」
07:10
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー
言うまでもないが第八艦隊は明らかに劣勢だ。持ちこたえてはいるものの、このままでは…。
「第八艦隊旗艦クリシュナ、反応消失」
「…そうか。第八艦隊の状況は」
「組織的な抵抗はまだ継続中です。指揮は次席指揮官のワーツ少将が執っておられる様です。残存艦艇は約八千隻」
「ワーツ少将に連絡、残存兵力をまとめ後退の準備を。ラップ、第八艦隊にウチから増援を出そう…手の空いている分艦隊はあるかい?」
「有るわけないだろう!……位置的に一番近いのはアラルコン准将とザーニアル准将の分艦隊だ。どちら共に千隻程度だが」
「分かった、二人共向かわせてくれ。第八艦隊の後退の援護をさせるんだ」
「了解した」
このままではジリ貧だな。アムリッツァに撤退すべきか…。
「第八艦隊より通報、『十時方向ヨリ援軍、第六艦隊』」
第六艦隊?十時方向?ありがたい話だが何故第六艦隊が?
「第六艦隊ホーランド提督より通信です」
“間に合いましたか。ご指示を”
「ありがたい話だが…何故ここに?」
“ウィンチェスター副司令長官の進攻部隊が到着したのです。それで私にこちらへ向かえと”
「なるほど、そうでしたか…では早速ですが、第八艦隊の救援に向かってください」
“了解しました”
突然十時方向…メックリンガー艦隊の右後方から出現したこちらの増援に、帝国軍は混乱した様だった。続く通信でわかった事だが、第六艦隊は増援を悟られぬ様にここヴァルトブルグ星系をわざわざ迂回して遠回りで駆け付けたのだという。
「広域通信でアムリッツァに援軍が来た事を味方に教えるんだ」
「ヤン、それじゃ増援の存在が帝国軍にばれてしまうぞ」
「ラップ…私達はアムリッツァに居る増援がここに来ない事を知っているが、帝国軍はそれを知らない。増援の規模を知ったら、疑心暗鬼に陥るだろう…彼等はこのまま戦闘を継続するか、切り上げて後退するか、選択を迫られる事になる」
“アムリッツァに五個艦隊の増援が到着したぞ!皆抜かるな!突撃だ!”
「おや、この広域通信は…ホーランド提督の様だね」
「だな。ホーランド提督はお前さんや副司令長官をライバルだと思ってるからな、やっと出番が来たって張り切ってるだろうさ」
「ライバルねえ…」
「攻勢には定評ありだ。ただ止め時を間違う傾向があるとさ…しっかり手綱を握れよ…おっと、こっちもだ、グエン分艦隊がミューゼル艦隊に突っ込むぞ。援護が必要じゃないのか」
「そうだね…グエン分艦隊の突撃を援護する、マリネッティ分艦隊に連絡、貴隊はグエン分艦隊の突撃を援護せよ」
08:30
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「まさかここにきて一個艦隊の増援とはな。叛乱軍もよくやる…キルヒアイス、突っ込んで来た敵の小集団はミュラー、ビッテンフェルト、シュタインメッツの三名に対処させろ」
「了解しました」
目の前の概略図に映し出された概略図には、混戦一歩手前の状況が広がっていた。メックリンガー艦隊の右後方から現れた叛乱軍第六艦隊の破壊力は中々のものだった。メックリンガー艦隊をそのまま貫き、ケスラー艦隊をも分断しようとしている。叛乱軍第八艦隊にとどめを刺そうとして陣形再編中だった事が混乱に拍車をかけたのだ。これで叛乱軍第八艦隊は息を吹き返し、旗艦を失ったにも関わらず組織的な抵抗は続いていた。
「ミッターマイヤー艦隊、叛乱軍第七艦隊の本隊の分断に成功!」
フェルデベルトが喜声をあげた。確かに吉報だが、今の状況は個々の艦隊がそれぞれ善戦しているに過ぎない。
「全軍、一時後退し再編成を行う。メックリンガー艦隊はケスラー艦隊と協力して敵第六艦隊に対処し後退せよ。我が艦隊が両艦隊の後退を援護する…ミッターマイヤー艦隊に連絡、こちらの動きに合わせ後退しろと伝えよ」
ミッターマイヤーはよくやっている。優勢な敵と対峙して分断に成功するのだから大したものだ。だが敵第七艦隊もやられっぱなしではない様だ、分断されたもののそれを利用してミッターマイヤー艦隊を不完全な形ながら半包囲体勢に持ち込もうとしていた。
「敵小集団、後退します」
我々に突入して来た二千隻程の小集団は五割程の損害を出しながら後退に移っていた。それと時同じくしてケスラー艦隊とメックリンガー艦隊も、突入してきた敵第六艦隊の対処に成功しつつあった。おそらくメックリンガー、ケスラーの二人は無視出来ない兵力を失っただろうが、敵第六艦隊も半数は失った筈だった。
「敵第一艦隊、前進してきます!」
フェルデベルトめ…一喜一憂の度が酷すぎるな、参謀がそれでは兵士達が動揺してしまうだろう…。
「奴等も後退の援護だろう、逆撃して足を止めろ。しつこくは追って来ない筈だ」
我々の後退の意図に気づいたのだろう、叛乱軍の第七、第八艦隊が後退を開始したのが見てとれた。おそらく敵第一艦隊の前進は最後に現れた第六艦隊の後退を援護する為のものだろう。
「痛み分けの様ですね」
キルヒアイスはそう言いながら、従卒に紅茶の支度をさせていた。
「そうだな…あの第六艦隊の出現がなければな。救援に成功した後の動きには特に見るべきものはないが、それでも増援としての役目は果たしている。それよりだ」
「叛乱軍の広域通信の件ですね?」
「そうだ味方を鼓舞する為の苦し紛れのハッタリか、本当の事なのか…」
「嘘であって欲しいですね」
「そうだな。だが敵の一個艦隊の増援はそれを…」
俺とキルヒアイスの会話に割って入ったのはフェルナーだった。オーディンより通信が入っているという。
「閣下、統帥本部総長からの通信です。自室に移動して欲しいと」
「わかった…キルヒアイス、しばらく頼む」
戦闘中にFTLなど何を考えているのか…。
「お待たせして申し訳ありません、ミューゼル大将であります」
”戦闘中に済まんな。戦況はどうだ“
「痛み分け、と言ったところです。こちらの再編成の為の後退にあわせ、叛乱軍も後退する模様です」
”そうか…“
「オーディンで何かあったのですか?」
”オーディンではないが…ミュッケンベルガー司令長官が倒れた。ヴィルヘルミナの艦内で暗殺されそうになったのだ“
「艦内で、ですか?…司令長官の容態は…グリューネワルト伯爵夫人やヒルデスハイム伯は」
”卿の姉君や伯は無事だ。どうやら司令長官一人を狙ったものと思われる。長官も命に別状はないが、完治には三ヶ月程かかるそうだ。実行犯は従卒として乗り込んでいた幼年学校の生徒だ。卿はモーデル子爵家のコンラートを知っているか“
「いえ、存じておりません」
”コンラート子爵家はリッテンハイム侯爵家の遠縁の家柄だ。この事実だけみればコンラートの背後にはリッテンハイム侯の意思がある様に思えるが、一概にそうも言いきれない“
「何故です?」
”自白は得られなかった。実行犯コンラートはサイオキシン麻薬を投与されていて重度の中毒症状を示していたそうだ、自白剤を使用しても何の証言も得られなかったそうだ“
「そうだ、という事は…」
”死んだ。治療中に軍医の警護兵に襲いかかったところを射殺されたそうだ。真相は闇の中だ“
「そうですか…」
「箝口令が敷かれているから、この事実を知っているのは私と軍務尚書、国務尚書、ヴィルヘルミナ在艦の一部の関係者だけだ」
「完治まで三ヶ月という事ですが、その間の司令長官代理はどなたが?」
”代理を立てるかどうかは到着後三長官で討議するつもりだ。今まで卿に伝えなくて悪かったな。叛乱軍迎撃の邪魔はしたくなかったのだ“
「賢明なご判断だと思われます。知っていたら、小官も動揺していたでしょう」
”うむ。ヴィーレンシュタインには有志連合軍もいる…ヴィルヘルミナが帝都に到着した後は情報が洩れるのは必至だろう。それも考慮に入れねばならん“
「小官の任務に変更はございますか」
”ない。引き続き現在の任務を続行せよ。叛乱軍を撃滅する必要はない、防衛、迎撃に徹せよ“
「はっ…その事に関してでございますが、未確認情報ではありますが、アムリッツァに叛乱軍の増援五個艦隊が到着したと」
“何だと…了解した、すぐに増援の手配をするが、引き続きその情報の精査を行うのだ。よいな…事実であった場合、無理はするな”
「ありがとうございます」
なんて事だ…まさかミュッケンベルガーが襲われるとは…捕虜交換の調印式は俺も放送で観たから、調印式終了後に襲われたのだろう。しかし、姉上が無事で良かった。連絡を取りたいが今の状況ではつたないか…。
ヴィジフォンのコール音が鳴る、艦橋からの様だ。
”叛乱軍は後退を開始しました。星系外まで退く模様です。我が方にも星系外に出る様指示しました。再編成と交替での小休止に入らせますが、宜しかったでしょうか“
「ああ、それでいい…済まないなキルヒアイス。処置が一段落したら俺の部屋に来てくれないか。フェルナーも連れて来てくれ」
”それでは…一時間後にそちらに参ります。ラインハルト様はそのままお休み下さい“
「ありがとう、宜しく頼む」
7月21日13:00
ヴァルトブルグ星系外縁(アムリッツァ方向)、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー
「閣下、損害の集計が出ました。第六艦隊、残存艦艇八千七百五十隻、戦闘可能艦艇、六千四百三十一隻……第七艦隊、残存艦艇八千二百十隻、戦闘可能艦艇七千六百二十隻…第八艦隊、残存艦艇七千五百六十五隻、戦闘可能艦艇六千三百四十隻…尚、第七艦隊旗艦ウルスラグナは中破、航行可能ですが、司令官マリネスク提督は重傷、現在の指揮は副司令キャボット少将が執っておられます」
「ご苦労様、大尉…ウチの艦隊は?」
「はい、残存艦艇一万千八百七十五隻、戦闘可能艦艇一万六百九十三隻です」
「ありがとう。大尉も休んでいいよ。ユリアンも疲れたろう、先に寝てなさい」
渋る二人を休ませると、艦橋は私とラップの二人だけになった。
「ラップ、君も休んでくれ。じゃないと私も気が休まらない」
ラップは無言で艦橋から去ると、ブランデーとグラスを二つ持って再び艦橋に戻って来た。
「参謀長が司令官より先に休める訳がないだろう、お疲れ」
「…ああ、ありがとう」
「どうだった、軍司令官としての初陣は」
「散々だよ…受動的になりすぎた。もっとやり様はあった、死んでいった兵士達に何と言って詫びればいいか…」
「まあそう言うな、ほら、グラスを貸せ」
そう、もっとやり様はあった。この艦隊の指揮もラップの進言を採用しただけだ。アップルトン提督は戦死、マリネスク提督は重傷…三個艦隊を相手をして余裕がなかったのは事実だが、ミッターマイヤー艦隊の動きに気を取られすぎた…第六艦隊が現れなければ今頃は…。
「しゃんとしろ、ヤン」
「ラップ…」
「お前はやれるだけの事をやったんだ、確かに大勢の兵士が死んだ…だがお前は司令官なんだ、気にするな」
「気にするな、か…随分酷い事を言っている気がするよ」
「だが事実だ。忘れてはならないが、気にするな。じゃなきゃこの先指揮官なんでやってられないぞ」
「酷い上に難しい事を言うねえ…分かったよ、努力する」
「艦橋を出る時の大尉とユリアンの顔、ちゃんと見たか?二人に心配かけるんじゃない、いいか」
「…ああ」
持つべきものはかけがえのない友だな、ありがとう、ジャン・ロベール…。
「司令官閣下、第六艦隊のホーランド提督が乗艦許可を求めています。直接話したい事があるそうです」
オペレータからの報告はホーランド提督の来意を告げていた。許可を出してしばらくすると、ホーランド提督が艦橋に現れた。
「大変な戦いでしたなヤン司令官」
「貴官の来援のおかげで救われました。お礼の申し様もない」
「ミラクル・ヤンに恩を売る機会を逃す訳にはいきませんからな…アップルトン提督は残念でしたが」
「私の責任です」
「武人たる者、生と死は隣り合わせですぞ。残念な事ではありますが閣下が気になさる必要はないでしょう…同盟を護る為に散華されたのです、寧ろ本望というものでしょう。死んでいった兵士達もそうです、必要な犠牲だったのです」
「そう思う事にします…ところで直接話したい事があるとか」
ラップが新しいグラスを持って来た。
「ブランデーとは…中々気の利く参謀だ。名前は?」
「ラップ大佐であります、提督」
「ありがたく頂こう……ヤン司令官、ウィンチェスター副司令長官からの口頭命令です…『二十三日正午にはアムリッツァを離れハーンに向かいます。善処願う』との事です。通信では傍受される恐れがあるので直接伝えてくれと」
「善処、ですか」
「はい。あと…『どうしても言う事を聞かないので第十三艦隊を連れて来ました。ご存分に』との事です。第十三艦隊は本日一八〇〇時に合流予定です」
「それでは本土に残るのはビュコック司令長官のみ…」
「はい。それで善処宜しく、なのでしょう」
「分かりました。伝達ありがとうございます。方針が決まりましたら連絡いたします」
「それでは小官はこれで」
ホーランド提督はこれぞ軍人の鑑という敬礼を残して艦橋を去っていった。
「アッテンボローか。無茶しやがる」
「まあ、ありがたい話だ、素直に喜んでおくとするさ」
戦闘中の広域通信は帝国軍も聴いていただろう。明後日にはハーンに向けて出発…帝国軍にこの事実を知られる訳にはいかない…。
「ラップ、各艦隊に哨戒を厳重に行えと通達してくれ。アムリッツァに向かおうとする帝国艦を発見したなら、確実な処置を実施しろと厳命してくれ」
「了解した」
後退した帝国軍がどう動くか…我々の撃破を狙うか、睨み合いに終始するか…勝負どころだな…。
7月21日0:30
アムリッツァ宙域、アムリッツァ星系カイタル近傍、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦ヘクトル、
ヤマト・ウィンチェスター
「一つ貸しですよ、アッテンボロー先輩。ヤンさんを援けてあげて下さいよ」
“本当に済まないな。恩にきるよ……副司令長官、第十三艦隊はこれよりアムリッツァ方面軍救援の為、フォルゲン宙域に向け進発します”
「貴艦隊の愉快なる航海の成功を祈ります。ご武運を」
まあ、報告を見る限り危険な戦いではあった、何しろヤンさん対ラインハルトなんだからな…でも原作のバーミリオン会戦の様なサシの戦いじゃない。寧ろ状況は原作のアムリッツァ会戦に近い。違うのは同盟軍の軍司令官がヤンさんだ、という事だ。だからといって同盟に有利な訳でもない。それどころかヤンさんとラインハルトの能力の及ばないところで勝敗が決定しかねない。二人が無事でも周りがしくじればアウトなのだ。ボーデンでは同盟が優勢、二人が居る主戦場のフォルゲンでは帝国軍が優勢…第六艦隊を送らなければどうなっていたか分からなかった…予定を繰り上げて早めにアムリッツァに到着してよかったぜ…何の事はない、アッテンさんの危惧が当たっていたという訳だ…まあ、アッテンさんは内容までいい当てた訳じゃないけど、不安を感じていたのかも知れない。
だけどここまで来て確信した。やはりヴィーレンシュタインの帝国軍はラインハルトへの援軍ではないという事だ。ヤンさんも同じ様に思ったのだろう、だからこそ危険をおかしてフォルゲンに出た…という事はヴィーレンシュタインの帝国軍は正規軍ではないのか?正規軍ならラインハルトの苦戦をほっとかないだろうし…となると貴族連合軍か?
検索、検索…バグダッシュからの情報……あったあった、貴族…帝国の大貴族は辺境の騒乱を憂慮し有志連合を結成……はぁ?
くそ、原作の帝国内乱有りきで考えてたから貴族の情報なんてなんて全く気にしてなかった…じゃあ有志連合とやらの艦隊なのか?だけどなあ…内乱が発生していないのに、何で貴族が艦隊を動かすんだろう?軍に恩を売る、だったら現状はおかしい、ラインハルトの救援に来ていないしな…戦っているのがラインハルトだから増援を寄越さない、なんて事は流石にやらんだろうし…でも貴族だからな、うーん…。
09:40
自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦ヘクトル、
ミリアム・ローザス
「ローザス少佐、ワイドボーン副司令とタナンチャイ参謀長を呼んできてくれるかい?」
「了解しました」
貴族の内乱?独り言なのだろうけど、意味が分からない…独り言だから意味が分かる筈もないのだけど…最近、副司令長官の独り言が激しくなっている気がするのよね…お疲れなのかしら…。
「お呼びですか?」
「ああ。予想していた事だけどヴィーレンシュタインの帝国軍は正規軍では無いようだ」
「正規軍ではない?あの艦艇数…まさか大貴族ですか」
「おそらくね」
それから閣下はさっきの独り言の続きを話し始めた。
閣下は帝国の皇帝の死をきっかけとして大貴族達が内乱を起こすという。根底には帝国の後継者問題があるようだ。皇帝の孫達の誰が皇帝になるかで帝国は割れるのだという。帝国政府が押すのは死んだ皇太子の子、エルウィン・ヨーゼフ。大貴族達が押すのはブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯に嫁いだ皇女達の子、エリザベートとサビーネ。普通に考えればエルウィン坊やが直系男子という事で皇帝になる筈だけど、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯は同盟でも有名な大貴族だ。外戚として力を振るう為に自分達の子を皇帝にしたいのだという。お家騒動…帝国って一枚岩じゃないのね…。
「ですが、皇帝はまだ生きている。大貴族達がなぜ兵を起こしたか分からないんだよ」
緑茶を美味しそうに飲む閣下に、ワイドボーン副司令が自分の考えを述べた。タナンチャイ参謀長は初めて聞く話なのだろう、お二人の何も言わずに聞いている。
「考えれられるのは…アムリッツァ奪回の為に貴族が帝国軍に手を貸した…という事ではないですか。バグダッシュからの情報にも辺境の騒擾を憂慮し…とあったではないですか」
閣下もそれは思い当たったそうだ。それがさっきの独り言…。
「普通に考えればそうなんだけど、それじゃミューゼル軍だけが戦っている現実にそぐわない。十万隻を越える大軍だよ?」
「確かにそうですね…合流して一挙に攻めてもおかしくはない。我々が過去にそうしているのですからね……」
閣下と副司令の言う通りだわ…ヴィーレンシュタインの大軍が帝国の正規軍やその正規軍に対する大貴族の援軍なら、一挙にアムリッツァに向かってもおかしくはない。アムリッツァは帝国にとっての辺境なのだし……あ。
「あのう、宜しいでしょうか」
「何だい少佐。言ってごらん」
「ふと思ったのですが…辺境の騒擾というのは、アムリッツァやイゼルローン要塞の件とは別なのではないでしょうか」
参謀長は不思議そうな顔をしているけど、閣下は興味ありげな表情だ。二人共何も言わない、先を続けろという事かしら。
「閣下が進めてきた逆通商破壊…帝国辺境の領主や人民…市民に対する援助の事を指しているのではないか…と思いまして。辺境とはいえ、アムリッツァやイゼルローン要塞が簡単に取り戻せないのは流石に大貴族達も認識している筈でしょうし…閣下の作戦で辺境領主達が同盟になびくのを止めたいのではないかと」
「成程…辺境に対する示威行動という訳か。どうです、閣下」
「目からウロコだね…俺のせいだったか…確かに貴族達の立場から見ればそうかも知れない、大貴族達は帝国の藩屏と自分達を任じているからね。辺境領主とはいえ貴族には違いない、その彼等が同盟になびけば大貴族達は立場がないし、波及効果を恐れているのかも知れない。それが有志連合の結成とやらに繋がった…そうかそうか、意外に効果あったんだなあ、ハハ…ちょっと頼むよ」
閣下は笑いながら艦橋を後にした。着いて行こうとしたら手で制されてしまった…。
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