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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
グリンラッド〜幽霊船
  最後の三賢者


「そうそう、ミオ、その調子だよ!」

 晴れ渡る青空の下、船の甲板の上で私の攻撃を受け止めているのは、武術の指導をしてくれているルークだ。

 約束通り、ルークは訓練も兼ねて私に武器の使い方を教えてくれている。

 ルークが防御の姿勢を取っている間、私はなんとか彼の隙をつこうと、必死に攻撃を彼に浴びせているのだが、なかなか防御が崩れない。こうなったら星降る腕輪を使って……!

「ダメだよミオ、道具の使用は反則!」

 私のやることに気づいたルークが制止の声を上げると、逆にこちらの方に隙が生まれた。

「はっ!!」

 ガキィン!!

 ルークのパワーナックルに弾き返され、思わず後ずさる。

「勝負あり、だね」

「うう、強い……」

 攻撃の連続で息を乱している私とは裏腹に、ルークは汗一つかかず余裕の笑みを浮かべている。レベルは私の方が高いはずなのに、どうして彼に一矢報いることすらできないんだろう。

「ミオ、あんまり道具の力に頼っちゃだめだよ。自分の限界が見えちゃうから」

「うぐ……」

 悔しいけれど、ルークの言う通り私は星降る腕輪の力に頼りすぎている自覚がある。特に強い敵と戦った時に、無意識に力を発揮することが多い。頭では頼っちゃいけないとわかっているのに、ずっと装備しているからか勝手に使ってしまうのだ。

「ミオ、ちょっといい?」

 ルークは私を手招きすると、近づいてきた私の右腕を掴んだ。

「え、何!?」

 何をするかと思えば、私の手首に装着している星降る腕輪を外しているではないか。

「な、何するの!?」

「装備しているから使っちゃうんだよ。これはしばらく僕が預かっておく」

「そ、そんな……」

 いやでも、強くなるためなんだ。ここはぐっと堪えてルークに従わなければ。

「それじゃあ改めて、勝負しよう!」

 星降る腕輪を自身のポケットに入れると、ルークは再び私と対峙した。私も攻撃の体勢を整え始める、その時だった。

「みーおちーん!! るーたーん!! そろそろグリンラッドに着くよー!!」

 シーラの呼ぶ声が海原に響き渡る。そう、私たちが向かっているのは、エドの師匠が住んでいるという、グリンラッドという氷の大陸だ。

 スーの里を出た後、ヒックスさんたちのいるポルトガの港まで戻り、グリンラッドについてヒックスさんに場所を確認してもらったのだが、何でもそこは、とても人が住めるような場所ではなく、氷に覆われた大地なのだという。

 訓練を中断し、私とルークは船室に戻って旅支度を整えることにした。今回は氷の大陸なので、防寒具が必要だろう。私はポルトガで新調したコートを羽織り、メイリにもらった毛皮のフードを頭から被る。荷物を持ち、船室から出ると、ちょうど部屋から出ようとしていたシーラも似たような格好をしていた。

「ミオちん、あったかそうだね〜」

「シーラもそのケープ、似合ってるよ」

 シーラが着ているケープは、白地にレースの縁取りがついていて、とても可愛らしい。華奢なシーラが着ると、なんだかお忍びのお姫様って感じに見える。

 ちなみに私が着ているのは、お洒落など度外視した機能性全振りのコートである。分厚い生地はほとんど冷気を通さず、かつ裏起毛になっているので常に暖かい。

 買ったときはいかに寒くないかを重点的に置いて選んでしまったが、身近にお洒落な人がいるとどうしても比べてしまう。

「やっぱりもっと可愛いデザインのにすればよかった……」

「大丈夫だよ、ミオちん。それか、多少寒いのを我慢すれば……」

 突然シーラは私のコートのボタンを上からいくつか外し始めた。そして彼女の持っているマフラーやら手袋やらを身に着けさせられること、ほんの数分。シーラが持っている手鏡を覗き込んで、私は感嘆の息を漏らした。

「うわ、全然違う……」

「ね、ちょっと工夫すれば、垢抜けた感じになるでしょ? 可愛いよ、ミオちん」

「あ、ありがとう、シーラ」

 自分が持ってるコートで、こんなに変わってしまうなんて、やっぱりシーラはすごいなあ。

「あれ? まだ出発しないの?」

 すると、もうすでに準備を終えていたのか、ルークが私たちの様子を心配して甲板から降りて来た。するとルークは私を見るなり目を丸くした。

「へえ、おしゃれだね、ミオ。すごく似合ってるよ」

「へ!? あ、ありがとう」

 普段異性に見た目で褒められることなんて滅多に無いので、どう反応していいか困ってしまう。

「うーん、やっぱりユウリちゃんと違って、女心をわかってるね、るーたんは」

「いや、普通だろ?」

 当然のように言うルークに対し、シーラは思い切り首を横に振った。

「ううん、ユウリちゃんはミオちんのドレス姿ですら無反応だったみたいだよ」

 前にアッサラームでビビアンやアルヴィスとおしゃべりをしたときに、エジンベアでの出来事もシーラに話していたことを思い出す。

「は!? ウソだろ!? ミオのドレス姿なんて可愛いに決まってるじゃないか!!」

「ルークこそ何言ってんの!?」

「いや待て、そもそもどうしてユウリがミオのドレス姿を見たっていう状況になったんだ!? まさか二人は……」

「そんな騒ぐようなことじゃないから!!」

 いつもと様子の違う暴走気味のルークを止めていた私だったが、ルークに続きナギまで降りてきた。

「お前ら、さっきから何やってんだよ! こっちはずっと待ってんだけど!」

 まずい、ナギがこれだけ怒っているということは、我らがリーダーは……。

「随分と楽しそうだな」

「うわっ、出たあっ!!」

 噂をすればなんとやら。まるで地獄の底から現れたような形相で現れたのは、言うまでもなくユウリである。

 彼は今にも私の三つ編みに掴みかからんとしていたが、その様子にいち早く気づいたルークが私を守るように立ちはだかる。

「ユウリ、ミオのドレス姿を見ても無反応だったって本当?」

 いやいや、何いきなり本人に聞いちゃってるの!?

「いきなり何の話だ。そんなことより早くグリンラッドに……」

「はぐらかしても駄目だよ。ていうか、どうしてミオは君の前でドレス姿になったんだ? そんなうらや……貴重な体験をしたってのに無反応だったなんて、おかしくないか?」

 至って真面目に問い質すルークに対し、ユウリは何言ってんだこいつと言わんばかりに顔をしかめている。そして話す気も失せたのか、無言で私たちに背を向けた。

「もし行く気がないのならここに残ればいい。俺は先に行く」

「あっ、待って!! あたしも行く!!」

 三賢者の一人であるマックベルさんに会う気満々のシーラが、慌ててユウリの後を追う。ナギも仕方ないと言った様子で二人についていった。私も後に続こうと追いかけたが、ルークに腕を掴まれる。

「ねえ、別にあの三人で行ってもらえばいいんじゃない? 変化の杖はユウリが持ってるんだから、わざわざ僕らが行く理由はないと思うけど」

 ルークの表情には、明らかにユウリと距離を置きたがっているように見て取れた。確かに彼の考えていることは理解できないこともないが、それでも私はルークの手を振り払う。

「理由はあるよ。私はユウリの仲間だもの」

 きっぱりとそう言うと、ルークは一瞬寂しそうな表情を見せた。

「私は行くけど、もしルークが行きたくないなら船で待ってて」

 冒険に慣れていないルークを無理に誘う訳にはいかない。それがたとえ彼を置いていくことになってもだ。

「それじゃ、意味がないじゃないか」

「え?」

 ポツリと言ったルークの一言に、私は思わず聞き返す。

「……僕は君を指導する立場にある。指導者がそばにいなきゃ、もし魔物と遭遇したときに君を満足に戦わせることができない」

「いやでも、戦い方なら船の上でたくさんルークに教わってるし……」

「君のそばにいなければ意味がないんだ。だから僕も行くよ」

「へっ!?」

「ほら、行くよ」

 ルークは動揺する私の手を取ると、足早に三人の後を追いかけたのだった。




 その大陸は雪に覆われており、その周りには巨大な氷がいくつも海に浮かんでいた。後でシーラに尋ねたら、あれは「流氷」だと教えてくれた。

「うわあ、すごい雪……!」

 船から降りて辺りを見渡せば、広がるのは白一色。重く立ち込める雲から絶え間なく降る雪が瞬時に靴跡を消してしまい、地面は常に真っ白な雪に覆われる。冷たく澄みきった空気は僅かな物音すら響き渡り、歩くごとに雪を踏みしめる音が心地よく聞こえてくる。その神秘的な風景と音は、さながらおとぎ話に出てくるような非現実的な世界のように感じられた。

 しかしそれでも、魔物は容赦なく襲ってくる。他の土地よりも幾分強いからか、全滅させるのに、苦戦ではないものの、思ったより時間がかかってしまった。

 やがてそんな現実離れした景色の片隅に、不自然に建っている家が一軒見えた。ナギの鷹の目で家のある方向を探してもらい、ようやく肉眼で見えるほどまで近づいたのだ。

「ヒックスさんの言ったとおり、こんなところに人なんて住んでないかもって思ってたけど、ホントにあったんだね」

 寒さで自然と言葉少なくなっていた中、私は誰にともなく声を上げる。それに反応したシーラが白い息を吐いた。

「う〜ん、でもまだ本当に人が住んでるかわかんないよ。もう少し近づいてみてみないと……」

「いや、多分中に人が住んでる」

 ぽつりと放ったナギのその言葉に、皆の視線が集まった。

「本当に? ここから見えるの?」

「ああ」

 半ば疑うようにルークが問うが、ナギの鷹の目に対する信頼度は、ずっと旅をしてきた私たちが何よりも知っている。ナギがそう言うのなら確実にそうなのだ。

 それから歩くこと十数分。たどり着いたその家は、小さいながらも生活感溢れる佇まいだった。内側からカーテンが閉められているので中の様子は見えないが、屋根の上の煙突からは白い煙が細くたなびいている。

「な? やっぱりいただろ?」

「あ、うん。やっぱり盗賊の技ってすごいんだね」

 得意げな顔を見せるナギに対し、ルークは素直に頷くしかなかった。

「開けるぞ」

 ドアの前に立ったユウリが短く言うと、数回ノックをした。

「おい、誰かいないか!」

 するとすぐに扉が開き、中から白い髭をたくわえた老人が現れた。

「なんじゃ、騒々しい!! こんな何もない所に何の用じゃ!!」

 陽に当たることが少ないのか、白い髭に白い肌の老人はずいぶんと虚弱そうに見えた。片方の手で扉を押さえ、もう片方の手には杖を持っており、極端に曲がった腰を扉と杖でやっと支えているような状態であった。

「俺はユウリ。魔王を倒すために旅をしている。あんたがマックベルか?」

「フン! 初対面の人間に対して随分と生意気な小僧じゃな。しかしわしは寛大じゃからな。お前らみたいなクソガキにも礼儀を持って話すとしよう」

 うーん、見た目の割にだいぶ元気で個性的なおじいさんだ。

「いかにもわしがマックベルじゃ。お前みたいなクソ生意気な人間がいる場所に住むのが嫌で、ここに移り住んどる。それよりお前ら、わしの名を知っとるということは、わしを『三賢者』と知ってここを訪れたのか?」

「さっすがおじいちゃん!! あたしたち、あなたの弟子のエドって人からあなたのことを聞いたの。あなたはエドのお師匠様なんでしょう?」

 エド、という言葉に、マックベルさんの白い眉がピクリと上がった。

「お前ら、エドワルダと会ったのか!?」

「エドワルダって……、エドのことだよな?」

 不思議に思うナギと、その隣にいるシーラが顔を見合わせる。そういえば私も、エドの本名を聞いていなかった。

「エドがわしのもとで修行をしていたのはもう20年以上も昔のことじゃ。あいつめ、自分も賢者になった途端、あっさりとわしを置いて旅に出てしもうた。ところで、エドは今何をしとるんじゃ?」

「ええとですね、まずは……」

 私は事情を説明し、ユウリが持っている変化の杖を指差した。だが、マックベルさんは杖を見向きもせず、こちらに視線を移して私の体をまじまじと眺め見た。

「ふむふむ、なかなか健康的でバランスの良い体じゃな。それに加えて大き過ぎず小さ過ぎず、それでいて張りのある……」

「ベギラマ」

 ぼおおおおん!!

「ぎゃああああっ!!」

 玄関先で突然ユウリの呪文が炸裂すると、マックベルさんの真っ白な髭が煤だらけになってしまった。

「なっ、何するんじゃ!!」

「次にその顔で似たようなことをほざいたら、この家に向かって同じことをするからな」

 抉れた地面から雪煙が立ち上るとともに、恐ろしいほどの殺気がユウリから放たれていた。

「ゆっ、ユウリ!? 何やってるの!?」

「ミオ。今のはユウリが正しい」

「は!?」

 抗議しようとする私を制止するルークもまた、なぜか思わず身が竦むほどの殺気を放っていた。

「おじいちゃーん? この人たちをあんまり怒らせると、シャレになんなくなるからこの辺にしとこうね?」

「む、むう……、嬢ちゃんがそう言うのなら仕方ないのう」

 ユウリとルークの放つ殺伐とした空気に、にこやかに話すシーラの言葉でさえもたじろぐマックベルさんであった。

 
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