俺様勇者と武闘家日記
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第3部
グリンラッド〜幽霊船
謎の魔物
「けどさ、なんで二人それぞれ違う呪いをかけられたんだろうな」
カルロスさんの家を出た直後、すっかり真っ暗になった夜のポルトガの空を見上げながら、ナギが言った。
「同じ魔物がかけたのなら、恋人も昼間に馬にならないとおかしいってことか?」
ナギの疑問をすくい取るようにユウリが答える。確かに二人の言う通り、カルロスさん達にかけた呪いがそれぞれ違うのは妙に違和感が残る。
「それも含めて『呪い』なんじゃない? わざと二人を会わせないようにしてるとか」
シーラの推理にも、ナギはうーんと唸るばかりだ。
「魔物がそんな嫌がらせみたいなことするのか? まあ、オレも魔物について詳しいわけじゃねえけどよ」
「もしくは、二人を妬む第三者がいて、その人が魔物に依頼して呪いをかけたとか……」
「あ、なるほど!」
ルークの考えに、私は思わず納得してしまった。イグノーさんとカリーナさんのことを妬む人がいたように、カルロスさんたちにとってもそういう人物がいないとも限らない。
「ふん。魔物がそうやすやすと人間の言うことを聞くとは思えんがな」
核心をついているかと思いきや、ルークの意見を即座に否定したのはユウリだった。
「一般人が安易に思いつくくらい簡単な話なら、とっくに解決してるだろ」
その敵意にも似た冷ややかな物言いは、私だけでなくルークにも伝わっているように感じた。
「……随分と僕に対して風当たりが強いけど、僕何かした?」
「……」
対するルークも、棘のある言い方で言い返す。けれどそれきりユウリは黙り込むと、私たちに背を向けた。
「……俺は今からサマンオサに行ってくる。お前らは俺が帰ってくるまで宿で待ってろ」
ルークの言葉を無視したままユウリはルーラの呪文を唱えると、一人でさっさとサマンオサに行ってしまった。
「なんなんだ? あいつ」
ナギも訳が分からないといった様子で肩をすくめた。
「まあまあ、なんだかんだ言って、結局るーたんの言う通りラーの鏡を借りに行ったんだから、るーたんも大目に見てあげてよ」
「うーん、シーラがそう言うなら……でもなあ……」
シーラのフォローにも、ルークはいまいち納得できずにいた。まあ、そういう性格だと思って割り切ってもらうしかない。
「――何か来る!!」
『!!』
いち早く気配に気づいたルークが顔を上げる。気配は、突如空から現れた。
『ケケケッ、お前ら、あの二人の呪いのことを知ったな?』
見上げると、そこには一匹の魔物が浮いていた。背中にコウモリの羽のような翼を羽ばたかせながら、フォーク状の槍を持つその姿は、魔物と言うより悪魔のようだ。
「なんだお前は!?」
魔物の出現にすぐに反応したナギが、私たちを庇うように前に出る。
『呪いのことを知られたからには、生かしておくわけには行かない! お前らはここで死ぬのだ!』
そう言うと魔物は、持っていた槍の刃先を私たちに向けると、こちらに向かって勢いよく落下して来た!
「ヒャド!!」
カキイイイィィィン!!
シーラの呪文により、私たちに向けていた槍の刃が氷の塊に覆われる。氷漬けになった槍は、魔物の行動を一瞬鈍らせた。
「はっ!!」
そこへすかさずルークが前へ踏み出すと、氷漬けの槍を横殴りした。魔物の手から離れた槍はそのまま吹っ飛ばされ、近くの街路樹に突き刺さる。
『な……、な……?』
あっという間の出来事に唖然とする魔物。こちらに襲いかかることも忘れ、自身の背中に生えた翼を小刻みに動かしながら、私たちと街路樹に突き刺さったままの槍を交互に見ている。――要するに隙だらけということだ。
「ずいぶん間抜けな魔物だな!!」
その隙を見逃すはずもなく、ナギのチェーンクロスが魔物の体を絡め取る。縛り上げた状態となった魔物は、観念するように項垂れた。
「なあ、あの二人の呪いをかけたのはお前なのか? いったい何のためにかけたんだ? ていうか今すぐ呪いを解きやがれ!」
尋問するのが途中で面倒になったのか、単刀直入に問いただすナギ。しかし当の魔物はなにやらぶつぶつと独り言を呟いている。
『くっ……、このことがバレてしまったら、あの方に顔向けできない……。こうなったら!』
きっ、と覚悟を決めた目で魔物が私たちを見据えると、大きく息を吸い込んだ。
『メガンテ!!』
魔物が呪文らしきものを唱えたので、私たちは咄嗟に身構える。
ところが――。
…………………………しーん。
「……?」
よくわからないが、魔物が呪文を唱えても何も起こらない。呪文に詳しいシーラに顔を向けると、杖を構えていたシーラはすでに呪文を唱えていた。
「メラミ!!」
ぼおぉん!!
呪いの元凶と思われる魔物は、シーラの呪文によってあっけなく炎に包まれた。
「もう! MPがないなら紛らわしいことしないでくれる!?」
珍しく怒ったように文句を言うシーラに対し、私は彼女に尋ねた。
「シーラ、さっき魔物が言ってた呪文、どういう効果か知ってたの?」
魔物が放ったメガンテという呪文の効果を知らなければ、あそこまで素早く対応できることはなかった。私の疑問に、シーラはあっけらかんと答えた。
「もちろん。だってあれ、僧侶が習得する呪文だから。と言っても今では使える人なんて居ないくらい高レベルな呪文だし、第一本当に成功してたら、唱えた瞬間あたしたち全員死んでたからね」
「え!? そんな恐ろしい呪文だったの!?」
「まあ、あいつの魔力を感知できなかった時点でブラフだってわかってたけど。そもそもあの悪魔みたいな見た目で魔力ゼロなんだもん、あたしが居なきゃきっと皆騙されてたよ」
なるほど、あの魔物の魔力がなかったから、呪文が嘘だったってわかってたわけだ。
なんて納得していたら――。
「二人とも気を付けて!! あの魔物、まだ生きてる!!」
『!!』
ルークの声に私とシーラはすぐに魔物に目を向ける。未だ炎は燃え続けているが、中心にいる魔物はわずかに動いていた。いや、よく見たら、嗤っている!?
『ケケケッ、このおれを倒しても、あいつらの呪いは解けない!! すべてはエビルマージ様の御力なのだ!!』
「エビル……マージ?」
『おれは監視役にすぎない!! あの男が……、……ジ様のひみ……、……殺すよりも……』
魔物の言葉は途中で炎とともにかき消され、最後には灰燼となって消えた。
「なんだったんだよ、あいつ……」
ナギの呟きも、静寂に包まれ始めた夜と共に溶け消えた。
魔物は完全に倒されたが、呪いは解けないと言っていた。それに死に際に言い放った『エビルマージ』と言う存在が気になる。
後味の残る戦いに、皆も各自考え込んでいる。
うーん、このままよその家の前で立ってるのも周りから怪しまれてしまう。
「あ、あのさ、とりあえず今日は一度宿に戻ろ? いつユウリが戻って来るか分からないし」
ユウリがここにいない今、ここで考えても埒が明かない。私が皆を宿に戻るよう促すと、三人は渋々ながらも了承し、宿に向かった。
その後結局この日はユウリは返ってくることはなく、ラーの鏡を持って彼が戻ってきたのは翌日の昼だった。
ユウリによると、王様はカルロスさんの話を親身になって聞いてくれて、すぐにラーの鏡を貸してくれたそうだ。
しかしそのあと、王様やお城の人たちに引き止められ、散々歓迎されたあげく一晩お城に泊まることになってしまった。その話を聞いたナギは「一人だけズルいぞ!」とか言ってユウリにカウンター攻撃されていた。
そして私は、ユウリがいない間に起こったことを端的に説明した。
「……結局その魔物はあの二人の呪いをかけた奴の関係者に過ぎなかったってことか」
「うん。でも最期に『エビルマージ様』って言ってたから、きっとその魔物が呪いをかけたんだと思う」
「ふん……。監視役までつけていたということは、カルロスはそのエビルマージって奴にとって厄介な存在だったってことかもしれないな。だからといって馬に変える呪いにした理由は分からんが」
確かに、ただ殺すだけじゃなく、どうしてわざわざ姿を変える呪いをかけたのかはわからずじまいだ。
「まあ、どちらにしろラーの鏡で元に戻れば関係ないけどな」
そう。今は魔物のことより、カルロスさんたちを人間に戻すほうが先だ。ユウリと合流した私たちは、その足ですぐにカルロスさんの家へと向かうことにした。
家の前にある厩には、馬の姿のカルロスさんがいた。私たちに気がつくと、カルロスさんはすぐに私たちの方に寄ってきた。
「カルロス。この鏡を見るんだ」
そう言ってユウリはラーの鏡を彼に向けた。突然鏡を向けられて一瞬驚いた様子を見せたカルロスさんだったが、すぐに鼻先を鏡に近づけた。
果たして、カルロスさんの呪いはラーの鏡で解けるのだろうか。私たちが固唾をのんで見守る中、カルロスさんの体が一瞬眩い光を放ち始めた。
――これは!?
光が収まり、皆が一斉にカルロスさんに注目する。その姿は馬……ではなく、昨夜見た人間の姿だった。
「やったあ!! ラーの鏡でもとに戻った!!」
私は思わずバンザイしながらその場で飛び跳ねた。さらに隣にいたシーラも同じように飛び跳ねている。
「ああ……、信じられない!! 太陽の下でも人の姿のままだ!!」
感動に打ち震えているカルロスさんの目からは、涙が流れていた。
「よかったですね、カルロスさん!!」
その様子に、私は思わず涙ぐむ。
「ありがとうございます、皆さん!! なんとお礼を言ったら良いか……」
「ふん。どうせ礼を言うなら形になるものでも寄こ……むぐっ」
「ユウリ!!」
あわよくばお礼を要求しようとする勇者の口を、私は慌てて塞いだ。せっかくの感動が台無しである。
それよりも今度はカルロスさんを連れてサブリナさんの家へと向かった。カルロスさんの口添えもあり、彼女の家族は快く事情を受け入れてくれた。そして、彼女が猫の姿になる夜になるまで待ったあと、カルロスさんと同じようにラーの鏡を彼女に向けた。
「ああ……、もとに戻ったわ!! 信じられない!! やっとあなたに愛の言葉を伝えることが出来るのね!!」
「ああ、そうだよ! やっと君を抱きしめることができる!! 愛の言葉を伝えることができるんだ!!」
カルロスさんは人間の姿に戻ったサブリナさんを思い切り抱きしめた。彼女もまた、カルロスさんの胸の中で咽び泣いていた。
「二人とも、元に戻ってよかったね!」
「うんうん、これでハッピーエンドだね!」
シーラの言葉に頷きながら、私は二人の愛し合う姿を眺めていた。会話もできなかった恋人たちが、ようやく元の姿に戻ることができ、一緒にいられるようになったのだ。二人にとって、こんなに幸せなことはこれ以上ないだろう。
翌日、ユウリはラーの鏡を返すために再びサマンオサへと向かった。一方私たちは、一足先にヒックスさん達の待つ港へと戻ることにした。
「それにしても、改めてラーの鏡ってすごいんだね。これがあればどんな魔物の正体も暴けるんじゃない?」
「そうだね☆ もしかしたらヤマタノオロチの正体もすぐにわかったかもしれないね♪」
シーラの言う通り、ジパングで偽のヒミコ様と会っていたとき、ラーの鏡のことを知っていれば、村人は疑うこともなくすぐにヒミコ様が偽物だと納得してくれたかも知れない。
そんな事をふと考えながら、私は隣を歩くルークの様子がいつもと違うことに気がついた。
「どうしたの、ルーク?」
「ああ、いや、別に……」
尋ねると、彼は歯切れの悪い返事をした。幼い頃のルークを知っている私には、それが何かをごまかしている素振りだということに気がついていた。
無言でじっと見つめ返すと、ルークは逡巡しながらもこれ以上は誤魔化せないな、と口を割った。
「正直僕は、ユウリの考えがよくわからない。助けるためにお金を請求するくせに、結局無償で人を救っている。そんな彼を、ミオたちも受け入れている。新参者の僕には到底分からないよ」
確かに、ユウリとの付き合いが短い彼にとっては、理解できないことなのかもしれない。そもそも私にも、言葉で説明するには難しかった。
――だから、私なりの言葉で伝えたい。
「だってユウリだからね。そういう性格だから仕方ないよ」
「?? どういうこと?」
「私も最初はルークとおんなじこと思ってたよ。でも、ユウリはルークが思うほど薄情な人じゃないよ。それはユウリが勇者だからじゃなくて、そういう性格なんだと思う」
きっと一人でぶつくさ言いながらも、お礼など顧みず人のために手を差し伸ばしてくれる――。そういう人なのだ、彼は。
「……やっぱりミオは優しいね」
「多分シーラとナギも、私と同じことを思ってると思うよ?」
それでもルークは、いまいち納得しきれない表情をしていた。これ以上何か言っても無駄かもと感じた私は、諦めて先を急いだのだった。
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