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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
グリンラッド〜幽霊船
  ポルトガの悲劇


「うわああっっ!!」

「きゃあああっ!?」

 ヒックスさんの待つ船へと戻るため、スーの里からポルトガに戻り、港への道を歩いていた時だ。

 周辺のいたるところから悲鳴が聞こえてきたので、私たち五人はキョロキョロと辺りを見回した。

「おい、なんか馬の蹄の音が聞こえてこねえか?」

 気配や音に敏感なナギが周囲を警戒しながら言った。確かに耳を澄ますと、馬が駆けてくる音が何処かから聞こえてくる。

「ここに立ってると危険だな。道の端に移動するぞ」

 ユウリの指示に、私たちはすぐに端へと避けた。するとほどなく、蹄の音が大きくなって聞こえてきた。

「ヒヒーン!!」

 轟音にも似た爪音を響かせながら、私たちの前を茶色い毛並みの馬が駆け抜けていく。馬が走り去った後には一陣の風と砂煙が舞い上がり、辺りを覆った。

「なんでこんな町中に馬が……?」

「しかも手綱も鞍も何もつけてなかったよね。どこかの家から逃げ出したのかな?」

 私とルークが去っていく馬の後ろ姿を眺めながら会話をしていると、また同じ方向から馬を追うように中年の男性が走ってくるのが見えた。

「あのおじさん、さっきの馬の持ち主かな?」

 シーラの視線に気がついたのか、男性は私たちの近くまで来ると、突然ピタリと立ち止まった。

「あの、すいません。さっき馬がここを通ったと思うんですが、どっちに行ったかわかりますか?」

 ひどく慌てた様子の男性は、息を切らしながら私たちに尋ねてきた。

「えーと、確か港の方に向かって走っていきましたよ」

 私が馬の行き先を教えた途端、男性は顔面蒼白した。

「なんてことだ……! 取り返しのつかないことになる前に捕まえなければ!」

 何かを想像したのか、男性の体がガクガクと震え始める。そんな様子を見かねた我らが勇者のユウリが、男性に向かって声をかけた。

「おいオヤジ。俺はアリアハンから来た勇者だ。困ってるのなら、馬を捕まえてやるから5000ゴールドよこせ」

「そんな声のかけ方ある!?」

 恐喝まがいのユウリの発言に思わずツッコミを入れてしまったが、男性は思いの外苦悩していた。

「この強欲勇者の妄言は置いといて、馬を捕まえたいってんならオレに任せとけ!」

 そう言うとナギは、すぐに近くの低い建物から高い建物に次々と飛び移り、あっという間にこのあたりで一番高い建物の屋根まで登ってしまった。

「ナギちーん! いたー?」

 シーラが大声でナギに尋ねるが、聞こえていないのか鷹の目に集中しているのか、返事はなかった。

「バカとなんとかは高いところが好きって言うけどな」

 他人事のように上を見上げるユウリが、ぼそりと呟いた。なんかぼかすところ間違ってない?

「あっ、いたぞ!! 道具屋の方だ!!」

 そういうなり、人間離れした跳躍で下に跳び降りるナギ。すぐに馬のあとを追いかけようとするが、それより早く男性が「ありがとうございます!!」と一声放つと、私たちに向かって一礼し、急いで道具屋の方へ走り去ってしまった。

「おいバカザル。お前のせいで礼金を貰い損ねたじゃないか」

「いや今の、ナギに落ち度なんて一つもないよね!?」

 たまりかねたのか、ついにルークまでもがユウリにツッコミを入れてしまった。


 それはともかく、果たしてあの男性一人で猛然と走り回る馬を止めることができるのだろうか。心配になった私は、馬と男性の行方を追うため、皆に呼びかける。

「ねえ皆、あの人だけに任せるのは危険だから、私たちも追いかけようよ」
 
「そうだな。流石に今さら見て見ぬふりするわけにも行かねえし」

「あたしもさんせーい!」

「ミオが行くなら僕も!」

「……なんで間抜け女が仕切るんだ」

 一人だけ不機嫌な顔で私を睨みつけてる人がいるが、とりあえず無視しよう。

 そんなこんなで私たちは暴れ馬を止めるため、男性の後を追いかけたのだった。



「見つけたぞ、カルロス!! はあ、はあ……」

 道具屋の先の狭い路地裏に、男性と馬は対峙していた。

 どうやら行き止まりらしく、カルロスと呼ばれた馬は、興奮しているが先に進むこともできずにいた。

 対する男性は追い詰めてはいるがかなり疲れているのか、話すのもままならないくらい息を切らせている。

「カルロスというのか、その馬は」

「はっ!? 貴方がたは……!」

 後ろから突然現れた勇者に、男性は振り向きざまに思いきり体をビクつかせた。

「あんた一人じゃあの大きな馬を捕まえるのは無理だ。俺たちが手を貸してやる」

「ほ、本当ですか!? あ、でもお金は……」

「さっきのは冗談だ。あれだけの騒ぎだ、人が集まる前にとっとと捕まえるぞ」

 本当に冗談だったのか腑に落ちないところはあるが、結局ユウリも人助けをしてしまう性分なんだろう。などと考えていた矢先、

「あっ、馬が逃げるよ!!」

 ルークの声に男性が振り返ると同時に、馬……カルロスはこちらに向かって走り出したではないか。

「させるか!!」

 いち早く反応したナギが自身の武器であるチェーンクロスを取り出し、カルロスに向かって鎖を放った。鎖は放物線を描き、カルロスの首に巻き付いた。

「ヒッ、ヒヒーン!!」

 カルロスの嘶きが路地裏にこだまする。鎖が首に食い込んでいるのか、カルロスは苦しそうに前足を高く上げている。

「バカ、一度鎖を外せ!!」

 ユウリの一声に、ナギはしまったという顔ですぐにチェーンクロスを器用に動かし、カルロスを解放した。対して自由になったカルロスは、再び逃げるように走り出そうとした。

 だがそれを見越していたのか、ユウリはカルロスが動き出す前に走り出すと、カルロスの背中にひらりと飛び乗った。そして振り落とされまいと、カルロスのたてがみを掴み、慣れた動作で宥め始めた。

「すごい……! ユウリって馬に乗れたの!?」

 やがてカルロスのほうが諦めたのか、急に走るのをやめ、大人しくなった。一方、大きな馬に悠然と乗るユウリの姿は、さながら王宮に仕える立派な騎士のように見えた。

「おお、カルロス!! よかった、やっと大人しくしてくれたか」

 男性が勇者を乗せたカルロスの元へ駆け寄ると、カルロスはぷいとそっぽを向いた。あまり仲が良くないのだろうか?

「ねえ、おじさん。どうして馬を放し飼いになんかしてたの? 人にぶつかったら大変だったよ?」

 シーラの問いに、すっかりしょげた顔をした男性は大きなため息をついた。

「放し飼いにしていたわけではなく……、いや、そもそもカルロスはペットではないんです」

「どういうことだ?」

 カルロスから降りたユウリが男性に尋ねると、男性はユウリの背中越しに見える夕焼け空を眺めながら答えた。

「ここまで関わったからには、真実を話さなければなりませんね。もうすぐ日が暮れますので、続きは私の家で話しましょう」

 男性の言葉の意味がわからず、私たちは揃って顔を見合わせたのだった。



 ポルトガの港にほど近い住宅街の一角に、男性の家はあった。

 至って普通の民家であるが、その敷地内に小さな厩……のような建物があった。はっきり言えないのは、厩と呼ぶにはあまりにも粗末で、まるで急ごしらえで作られたかのようであったからだ。おそらくもともと厩を作る予定ではなかったのか、一般市民が生活するには十分な広さの庭だが、厩があるだけでかなり手狭に感じる。

 男性はカルロスを厩に連れてはいかず、家の前で立ち止まった。

「なあ、この馬、厩に連れてかないのか?」

 ナギが尋ねるが、男性は空を見上げたままその場から動かない。やがて家々の隙間から見える水平線に、真っ赤な太陽が溶けるように沈んでいった。

「もうそろそろです。カルロス、時間だ」

 すると、カルロスの体が淡く光りだした。私たちは驚いてその様子を凝視していた。光は次第にまばゆく輝き、カルロスの輪郭すら見えなくなった。そして一瞬の輝きの後、再びカルロスの姿が映し出される……はずだった。

『!!??』

 しかし、目の前にいたのはカルロスではなかった。カルロスの毛並みと同じ赤みがかった茶髪の、背の高い青年が立っていたのだ。

「どっ、どういうこと!?」

 思わず私が声を上げると、青年は恨めしそうな顔で男性を睨みつけた。

「……どうして止めたんだ!! あのまま海に落ちて死んでしまおうと思っていたのに!!」

「馬鹿なことを考えるな!! 息子に先立たれる親の気持ちも考えろ!!」

「え……? 息子……?」

 いよいよわからなくなってきた。馬の姿だったカルロスが、日が沈んだら人間に変身するって、一体どういうこと?

「おい、ちゃんと説明しろ。どうしてこの男は馬の姿になっていたんだ」

 苛立たしげにユウリが二人を責め立てる。すると男性の方が重々しく口を開いた。

「カルロスは私の息子です。今から一年ほど前、魔物によって昼間だけ馬の姿になる呪いをかけられてしまったのです」

『呪い!?』

 私たちが思わず声を揃えて叫ぶと、男性は辺りを見回しながら小声で話した。

「ここで話すのも何なので、家に入りましょうか」

 男性が家に入るのを促したので、私たちもあとに続いて入ることにした。

 部屋のリビングのソファに腰掛けた私たちは、男性の言葉を待った。向かい側には男性とカルロスさんが座っている。

「まずは、自己紹介をさせてください。私はサイラス。カルロスの父です」

 そう言ってサイラスさんはちらりとカルロスさんを見た。カルロスさんは私たちを見向きもせず、そっぽを向いて黙り込んでいる。

「そして、この子が息子のカルロス。元は冒険者で、戦士でした。主に魔物退治を生業としておりまして、アッサラームの狂戦士にお墨付きをもらえるほど、息子の戦士としての腕は誇れるものでした」

 どうやらカルロスさんは元戦士で、しかもなかなか腕が立つ冒険者だったようだ。それよりもアッサラームの狂戦士が気になって仕方ないが、好奇心を抑えて話の続きに耳を傾けた。

「しかしあるとき、ポルトガの近くに人の言葉を話す魔物が現れたという噂が広まり、カルロスもその魔物を倒すために一人で立ち向かったのです」

「で、返り討ちに遭ったのか」

 ユウリの答えにサイラスさんは力なく頷いた。

「はい……。幸い殺されることはなかったのですが、昼になると馬の姿に変わってしまう呪いをかけられてしまったのです」

「なんかその魔物も変わってんな。なんでわざわざそんな面倒くさい呪いをかけたんだ?」

 ナギの指摘に横で聞いていた私も大きく頷く。普通の魔物なら人間の命なんてたやすく奪おうとするものなのに。

「その魔物の意図はわかりませんが……。しかし、不幸はそれだけではなかったのです。カルロスだけでなく、この子の恋人であるサブリナまでもが呪いにかけられたと言うのです」

『!!』

 まさか、その人も馬の姿になる呪いをかけられたんじゃ……!?

「彼女の呪いはカルロスとは逆で、夜になると猫の姿になると言うのです」

「猫……?」

 と言うことはつまり、カルロスさんは昼は馬の姿に、サブリナさんは夜は猫の姿になってしまうってこと?

「ええ……、それじゃあ二人が人間の姿で出会うことなんてないじゃん!! ひどいよその魔物!!」

 憤慨するシーラに、私も同意する。恋人同士なのにお互い姿を変えられ、愛の言葉を交わすことも出来ない――。自ら死を選ぼうとするカルロスさんの気持ちが少しだけわかった気がした。

「サブリナをあんな姿にさせたのは、ぼくのせいだ。もう彼女と一緒になることは出来ない。ならいっそ、このまま死なせてくれ!!」

「何を馬鹿なことを!! 大事な我が子にそんなことをさせられるわけ無いだろ!!」

 サイラスさんはソファーから立ち上がり、自暴自棄になっているカルロスさんを叱咤した。

 そんな親子を見かねたのか、ナギが口を挟んだ。

「あんたも気持ちもわかるけどさ、だからって自分から死ぬことはねえだろ? 呪いを解く方法とかは思いつかなかったのか?」

「それができたら苦労はしませんよ……。僕らを呪った魔物は僕を馬に変えて、すぐに何処かへ逃げてしまいましたから」

「それじゃあ、その魔物を探せば……」

「馬の姿でどうやって探せと言うんですか! 仮に見つけられたとして、この体で魔物と戦うなんて出来るわけ無いですよ!」

 激昂するカルロスさんが拳を震わせて涙をにじませる姿に、私は掛ける言葉が見つからなかった。元々腕の立つ冒険者だったからこそ、戦うことのできない今の姿は余計につらいのだろう。

「教会の神父様にもお願いしたんです。けど、この呪いは前例がない上に強力な魔力が込められていて、シャナクなどの呪文でも解けないと言われたんです」

 サイラスさんが場をとりなすように付け加える。

「シャナクでも解けない……? そんな呪いがあるなんて初耳だよ」

 元僧侶のシーラもカルロスさんの話に眉を顰める。

「しかも、僕らの事情を知った神父様は、数日後に原因不明の病で亡くなられたそうです。サブリナもまた、知人にこの事を話したら、翌日には行方不明になりました。以来家族以外の誰にも相談できず、今日まで生きてきました。これを呪いと言わずして、なんと言うのでしょうか」

 涙流らに語るカルロスさんの表情には、深い悲しみと絶望の色が滲み出ていた。

「それに、サブリナをあんな目に遭わせた責任もあります。もうこれ以上、彼女に罪悪感を抱きながら生きていくのが嫌になったんです」

「そんな……」

 罪の意識に苛まれ、自身も馬の姿となったカルロスさんの絶望は計り知れない。彼を救う方法はないのだろうか――。

「……あのさ、ちょっと思いついたことがあるんだけど」

 重い沈黙の中、今まで黙っていたルークの一言に、皆の視線が集まる。

「姿を変えられるって話を聞いて、似たような事件に関わったことが最近あったよね」

「……あ!!」

 それは彼の故郷のサマンオサで、つい最近大いに関わった状況のことを言っているのだ。

 ピンときた私に反応したのか、私とルークは顔を見合わせて口を開く。

『ラーの鏡!!』

 そう。サマンオサの国王に姿を変えていたボストロールという魔物。そいつにラーの鏡を見せたら、元の魔物の姿に戻ったのだ。

 私たちの言葉に、他の三人も何を言わんとしているのか気づいたようだ。

「そっか! ラーの鏡を二人に見せたら、本当の姿、つまり人間の姿に戻るかもしれないってことだね!!」

「……ふん。一般人にしては察しが良いな」

「なるほどな! ルーク、お前天才!!」

 わしわしとルークの頭を雑に撫でるナギに、ルークは苦笑いを浮かべた。

「あの……、らーのかがみとは……?」

 ぽかんとするサイラスさんとカルロスさんに、私は明るい笑顔を向けた。

「もしかしたら、カルロスさんたちの呪いが解けるかもしれない、って話です」

 確証はない。でも、試してみる価値はある。一縷の望みにかけた私たちは、サマンオサへと飛び立つことにしたのだった。

 
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