無限の成層圏 虹になった男
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七話
初めから、大きな違和感を感じていたわけではない。
しかしそれは、私と所属不明機が交差する最中で大きく膨れ上がっていた。
小さなもの、それが積み重なり大きくなっていく。
相手は機械だ。それをこうも速く見抜けたのは、一夏の観察眼の高さだろう。
やはりどこかでプログラムされた動きに徹し、そこで私のレーザーを被弾する。
しかし、攻めに転じた時、印象はまるでガラッと変わる。
能動的に起きる所属不明機の攻めはまるで人間の様な厚みを持っている。
とは言え、これはアルゴリズムが深くなっただけに過ぎない。
多彩ではあるが、現状この機体でもどうにか対処はできた。
だが、それでも。
その違和感を拭い切ることはできない。
目の前の敵機は、まるで。
かつての宿敵のような動きをする。
「____アムロ?」
思わず声に出す。無論、この所属不明機がアムロではないのは解っている。
しかし、この動き。
その攻め、その回避には。
アムロを感じずにはいられなかった。
敵機がロー・ヨー・ヨーから攻めてくるのを迎え撃つ。機動しながら此方への射撃も忘れないあたり、確りとしたアルゴリズムが組まれているのだろう。
しかしそれは、アムロの動きではない。
「違うな」
おそらくこのAIを組んだ人間の考えが出たのだろう。それがアムロの動きを全て無駄にしている。
下から来る所属不明機を無表情で受け止める。このAIと私ではパイロットとしての格が違う。
それを見せつける様に、所属不明機のブレードを持った片腕を斬り捨てた。
このまま強引に勝負を終わらせることもできるが、私は少し待ってみる事にした。ここから先、どのような動きをするのか見たかったからだ。
しかし、期待する私とは裏腹に、所属不明機の動きは途端に機械じみたものへと変貌した。
やはり、アムロではない。それどころか、もっと悍ましい何かだ。
「アムロなら、そんな動きはしない」
中距離から射撃をする所属不明機に一気に近づき、もう片方の腕を落とす。相手は機械的に状況を判断し、逃げの体制をとった。
そこをスターライトで追撃を入れる。相手の抵抗むなしく、何発か被弾している。
「アムロなら避けたぞ」
攻撃手段を無くし、逃げに徹し始めた所属不明機。速力では劣るが、先読みして展開したBT兵器が相手の進路を塞ぐ。
相手が牽制にたじろぐ姿を見やり、そのまま追いつき両足を薙ぎ払った。
そして地面に落ちる所属不明機の胴体に、高周波ブレードを突き立てる。
「終わったな」
完全に沈黙したのを確認し、もう片方の所属不明機を見やる。
すでに離陸態勢にあったそれは、すぐさま遮断シールドを突き破り大空へと消えていった。
どうやらもうデータは不要らしい。
「山田先生。すみません、一機逃がしました」
『そんな事より、怪我は!?大丈夫ですか!?』
山田先生に報告を入れると、そんな返答が返って来た。まったく、優しい人だ。
「問題ありません。五体満足です」
『よかった……!』
その声は、心底安堵する様だった。
『織斑先生から連絡です。そのまま織斑君と鳳さんを連れてピットまで戻ってきてください』
「了解しました」
そう言われたので、私は一夏と鳳のもとへ移動する。
二人は不満げに立ち尽くしていた。
「一夏君、鳳君。織斑先生からピットへ戻れとのお達しだ」
「シャアって、あんな動きするのな……」
「なによ、結局いい所だけ持ってかれたじゃない」
一夏と鳳の言い様に苦笑する。
「だったら次は、君たちだけで解決するんだな」
「勘弁。あんな化け物とやってられるかっての」
心底疲れた様子でそう言った鳳に、私は笑いながら答える。
「いつかは対峙する時が来るだろう。確りと腕を磨くのだな」
「げぇーっ、最悪」
唾を吐きかけそうな勢いで言う鳳に、一夏が口を開く。
「まあまあ、鈴。俺達だって見返さないとな」
「スポコンかっつーの。……まあ、あたしもやられっぱなしってのは癪に障るけどね」
「だろうな。そろそろ戻るぞ、いい加減にしないと織斑先生からどやされかねない」
そう言って、私達三人はピットへ目指した。
そして私達三人はこってりと絞られた。一応私は許可をもらったはずだが、まあ仕方が無いだろう。
素人が戦場に出るなど、到底認められるわけがないからな。
後日、とある地下室に私は招かれた。
そこには五体を失い、中枢に刺し傷があるISが横たわっていた。
「これは先日、お前が破壊した所属不明機だ」
織斑先生が言った。
「このISは無人機である、と言う調査結果が出ました」
まあこの状態なら一目見ればわかりますけどね、と山田先生が言う。
「お前はわかっていて戦ったな、これが無人機だと」
「はい」
「何故分かった?」
「一夏君がそう言ったからです」
私がそう答えると、織斑先生が少し考え、また発言する。
「フライトレコーダーの会話履歴には残っていた。だが普通に考えて、ISは人が操縦するものだ。だが織斑は無人機と言い、お前もそれを信じた。……いや、確かめたな?戦いながら無人機かどうかを」
「……はい。おっしゃる通りです」
その通りだ。私は実際、一夏の言葉から推理し実戦でそれを確かめた。
決して分が悪い賭けではなかったと思う。
「では何故無人機であるとわかった?」
「動きで大体把握できました」
「それだけでか?」
「はい、何よりも一夏君の観察眼にかけました。彼はいい目を持っている」
これも事実だ。一夏は良い観察眼を持っている、鍛えたら化けるだろう。
「では次の質問だ。これに搭載されていたAIはプロテクトが厳重でな。家の精鋭が匙を投げた」
織斑先生が私の目をのぞき込みながら言う。
「率直に聞こう。アムロとは誰だ?いやなんだ?」
織斑先生の言葉に一瞬固まった。アムロ、か。
私にとって宿敵であり、戦友であり、愛する人を奪った敵でもある。
そしてその全てを語る事は出来ない。ここは宇宙世紀ではないのだから。
であるならば、私の言葉は限られる。
「……私の、嘗ての友です」
「男か?」
「そうです」
「それをあの所属不明機に重ねたのか」
「はい。不思議な事に」
目と目が合う、やはり無理があったか。とは言え、これ以上私の口から語れる事は無い。
暫くそうしていると、不意に山田先生が声を上げた。
「ISコア、該当結果在りませんでした。未登録のコアです」
織斑先生が其方を向く。登録されてないISコア……やはり下手人は彼女か。
「それなら私に心当たりがある。……いいかアズナブル。お前の立場は今危うい」
織斑先生が続ける。
「数少ない男性IS起動者でありながら、優れた操縦、挙句先の所属不明機との一戦。これで実戦経験が無いはおかしいだろう」
「ですが、実際に無いもので」
「無理筋だな」
「ですね」
織斑先生が溜息を吐く。実際、この茶番に付き合ってくれているだけ良い人なのだろう。
「……少なくともこの学園にいるうちには此方側で対処可能だ。だが卒業した時、お前の身柄がどうなるのかは想像できない」
「そうでしょう」
「いいか、学生でいる間に何か伝手を作れ。進路指導という形で、我々もサポートする」
……成程、この人もしっかりと先生をやっているという事か。
思えば宇宙世紀には、余りまともな大人というのは少なかった。
私自身、カミーユにうまいことやれなかったことを後悔している。
「ありがとうございます」
「構わん、今後とも我々先生を頼る様に。あと今回の事は他言無用だ。わかったな」
「はい。では失礼しました」
そう言って、私は地下室から出た。
ああ言う、ちゃんとした大人がいればカミーユもあんなことにならなかったのではないか。
私がちゃんと大人をしていれば、結末は違ったのではないか。
そんな事を考えながら、階段を上る。
何時だって私は堂々巡り、昔の過ちに怖気づいてる
ふと、窓から新緑が見えて来た。
視線をやり、綺麗な緑を見る。
五月、初夏の出来事だった。
「織斑先生、やはり駄目です。システムの方はロックの解除ができません」
「そうか」
そう言いながら、私は珈琲を啜った。
となると、やはりあいつしか考えられんな。
「しかし、一体どのような目的で送られてきたんですかね、この無人機は」
「さあな。それが分かるのはそれを送った当本人だけだろう、今の所は」
だが、確かに問題はその誰かが何故アズナブルのデータを欲しがったのか、という事だった。
そんな事を考えていると、地下室に一人入ってくるものがいる。
「うひゃー、随分綺麗に壊しましたね。わかっててやってるんですかね、これは」
「来たか、更識」
更識楯無。この学園の生徒会会長にして、更識家の十七代目当主。
彼女にはとある頼みごとをしていた。
「それで、アズナブルの件は」
「進展らしいものは何もないですね。まっさらな経歴で、まるで踊らされてる気分です」
やはりか。しかし、元々難しいだろうと思ってはいたが、更識でも駄目か。
「これ以上洗っても多分何も出ないでしょう。もうアレは在野の天才というか、篠ノ之束とかと同じ領域なんじゃないですかね」
「そうか」
更識が無人機のもとへ歩いていく。
「きれいに関節の弱い部分をピンポイントで叩いてますね、これ。そして、締めの一撃で機能中枢を壊す、と。余程やり馴れてなくちゃ無理ですよね」
「だがアズナブルは、初見でやって見せた」
「何度も言いますけど、何も後ろ暗いところはありませんよ、彼。……まあ我々から隠し通せるほどの諜報力を持ってるのだとしたら、それこそ化け物ですけど」
「そうだな。だが現状は疑わしい所しかない。諜報員だったらもっとうまくやるだろうにな」
更識の言葉に、私も同意する。
「しかし、この無人機を送って来た者はアズナブル君の事を解っていて送って来たんですよね。やっぱりなんかありそうですね」
「そうだな。それは直接、この無人機を送ってきた奴に聞いてみるほかないだろう」
「そうですね。……彼女が応じるでしょうか」
「絶対に応じさせる。私がだ」
「それは安心感がありますね」
「だろう?」
そう言って、私は手に持っている携帯を見やる。
何度も発信したそれは、まったく応答がなく終わった。
なあ束。お前は何を考えているんだ。
そんな思いは、地下室の蛍光灯に吸われて消えていった。
「よしよし、よく戻って来たねぇゴーレムちゃん」
無機質な蛍光灯が、ISと一人の女性を照らす。
「戦闘データは……ばっちり。じゃあすぐに解析に回さなきゃ」
大きなガレージの様な場所で、女性が言った。やけに手慣れた様子で、ISを解体していく。
「いっくんもやるもんだねぇ。ヒヤリとする場面が結構あったよ」
そういう彼女の顔は満面笑みで、まるでおもちゃ箱を前にした子供の様だ。
「でもやっぱり、彼には遠く及ばない。全世界の誰にも、もしかしたらちーちゃんにも?」
恍惚とした笑みを浮かべながら彼女は幾つかの機械を手に取る。それは観測装置のようなものだった。
「うぇへへへ。どうしよっかなぁ。機体のデータは抽出したし、やっぱりちゃんと再現して送りたいしね」
心底嬉しそうに観測装置をなでる女性。それはまるで愛する子を抱く母親の様であった。
「いつか、きっと、人類は革新を迎える。その時____」
そうして振り向くと、そこには。
「____君を、王にして見せるよ。シャア・アズナブル」
大きな円状の、赤い脱出ポッドが鎮座していた。
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