無限の成層圏 虹になった男
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六話
「やばい、鈴の事怒らせちまった……」
五月。
一夏が自室に入るなりそう呟いた。
「何かあったのか?」
「いや、ちょっと鈴と喧嘩しちゃって、それで……」
言い淀む一夏。何があったのか大体察したが、細かい内容までは解らないので聞いてみる。
「何を言ったんだ。一夏君」
「ちょっと、その……個人的な身体的特徴に口を出してしまい……」
「それは君がいけないな」
ばっさりと斬り落とした。大方チビだの身長が低いだの言ったのだろうか。
「貧乳はまずかったよな」
「君は何を言っているんだ」
思わず困惑する。年頃の女の子にそんな事言ったらそれは相当怒り狂うだろうな。
「何故そんな事を言った?」
「売り言葉に、買い言葉で……」
まったく、高校生とは言えもう十分自分で考え、物を言う年齢だ。もう少し考えて発言したらどうだ。
「まあいい、クラス代表戦の相手は鳳だろう。精々そこで発散してもらうといい」
「そうするよ」
とは言え、負けてもらってはこちらも困るのだが。
「一夏君。相手の機体特性は理解できたか?」
「ああ、ガチガチの近距離パワー型。つまり____」
「____相手は此方側の土俵でも戦える、というわけだ」
相手の得意分野もインファイトからの殴り合い。これがどういうことか、一夏にはしっかりと叩き込んだ。
「ただし、必ずしも一夏君に付き合ってくれるわけではなかろう」
「そこをどうやって引きずりこむか、だな」
「君には一撃必殺の剣がある。それさえうまく運用すれば誰にだって勝てることは、君の姉君が証明しただろう」
「そうだな。後はそれを俺が実証するだけだ」
一夏がそう言うと、暫く間が開く。その後、再び口を開いたのは一夏だった。
「なあ、その……IS学園に来るって決まってさ、親御さんは何て言ったんだ?」
「私には親は居ない、孤児院で育った。親代わりの人はいたがな、大分驚愕していたよ」
「親がいないのか……」
私の言葉に、一夏は驚いた様子で応えた。
「実は、俺もなんだよ。両親がいなくてさ、千冬姉と二人っきりで」
その言葉に、私は大層驚いた。そうか、一夏は孤児だったのか……
私と違い、本当に幼き身で姉と二人きりの生活。その苦労は計り知れないだろう。
「俺には千冬姉がいたけどさ、シャアには誰もいなかったんだよな」
「そんな事は無い。施設に入って、色々な人と知り合えた」
それに、私には宇宙世紀の記憶があった。子供といえるような年ではない。一夏と、織斑千冬の苦労と比べたら大した事は無いだろう。
「俺達って、結構似た境遇してるよな。だからこんなに早く仲良くなれたのかな」
「いや、一夏君の人の好さだ。私は君が同室でよかったと思う」
「なんか、照れるな」
そう言って一夏は笑った。これは私の本心だ。
甘さと若さが垣間見えるが、一夏は基本的に善良な人だ。そんなルームメイトを見ると、私のかつての友を思い出す。
ガルマは、私が殺した。
何度もチャンスはあったものの、結局自分で手を下すことはできずに。
間接的に木馬の部隊を使って、私は無線であざ笑うかのように彼を殺した。
ガルマと私、一体何方が坊やだったのか。
結局、若さ故に起こした復讐はむなしさだけが残った。
だが、今は違う。
「明日だろう、クラス代表戦は。頑張れよ」
「ああ、絶対勝って見せるぜ」
拳をこつん、とぶつけ合う。
私は彼を信じよう。
誰かを信じるという事は、あの宇宙世紀でやり残していた事だから。
試合当日、第二アリーナ第一試合。組み合わせは俺と鈴だ。
俺の目の前には、鈴とそのIS甲龍が待ち構えていた。
「一夏、今謝るなら少し痛い目を見るだけで済むわよ」
「謝るのは後にするよ。全力で来てくれ、全て受け止めてみせる」
鈴の言葉に少し挑発ぎみに返した。俺が悪い事を言ったのは事実だ、簡単に許してくれるとは思ってない。だが今回の勝負には拘りがあった。
「ふーん。……言っておくけど、只じゃ済まさないからね。あんた」
「覚悟の上さ」
そして、ブザーが鳴る。戦闘開始だ。
即座に雪片二型を展開。鈴の異形の青龍刀を受け流す。
相手は二刀、扱いもこなれている。近接戦でも分が悪いか!
「初撃を防ぐなんて、あのイギリス組もよく仕込んだじゃない」
二刀を自在に扱い、斬り込んでくる。手数は相手の方が多い、このままじゃ斬り刻まれておしまいだ。
はじき返すように後方に移動すると、甲龍の肩アーマーがスライドする。嫌な予感!
反射的に瞬時加速を行うと、俺のいた所を強い風のようなものが通り抜けていく。
「衝撃砲を避ける、ね。随分と勘がいいじゃない。でも____」
機体中央に衝撃。まるでボディブローを貰ったかのようだ。
「____今のはジャブだからね」
また見えない何かが飛んでくる。まずい、避けきれない!
肩に当たったそれは、俺の機体バランスを崩した。地面に叩きつけられる。
これは、思った以上に分が悪いぞ……
「目に見えない砲撃、か」
「衝撃砲『龍咆』、砲身も砲弾も目で見えないわよ。どこまで耐えられるか、見せてもらいましょうか」
砲弾が目に見えないのはいい、だが銃身が目に見えないのは結構きつい。
だが、やり方は教わっている。
瞬時加速。初速を乗せ、そのまま鈴を中心に円状に回っていく。
「何よ。馬鹿の一つ覚えみたいに」
砲撃が飛んでくる。正確な射撃だ、こちらのフェイントを読み、進行方向に砲弾を置いてくる。
砲弾が見えないのはそもそも当り前だ。即着弾のレーザーを相手にしていたから、それは織り込み済みだった。
砲身が見えない。だがそこにあるのならば、砲身は常に自分を向いていると想定すればいい。
だって、シャアのライフルもBITも何時だって此方を向いていたのだから。
速力のスペックでは此方が勝つ!ハイ・ヨー・ヨーの要領で、上空から奇襲を仕掛ける。
「あんまり、舐めんじゃ____」
鈴との目が合った。間違いなく撃ってくるだろう。
捩じり込みを加えながら急接近。これで衝撃砲は躱した!
真向で振り下ろした雪片二型を、鈴が青龍刀を交差する形で受け止める。
「____っ!やるじゃない!」
「受け止めるって言ったろ!」
「じゃあもっと見せてみなさい!」
鈴が突っ放すような形で、鍔迫り合いが終わる。再び距離は離されるが、膠着には持っていかれない。
鈴が再開した衝撃砲による砲撃を、フェイントを織り交ぜた複雑な軌道で回避する。
こちらからもう一度仕掛ける。今度はスラスターの角度を無理やり曲げ、推力偏向で一気に近づく。
再びの鍔迫り合い。しかし今度はこちら側が突っぱねる形で切り上げる。ここだ!
瞬時加速。離れていたと思ったところで一気に近づく。これは予想外だろう。
「っ!?」
零落白夜発動!ここで一気にけりを付ける。
そのまま右に袈裟斬りの要領で斬り抜けようとした時。
大きな衝撃がアリーナを襲った。
それに私が気が付けたのは、まさしく勘といっていいだろう。
アリーナ上空、大きな敵意。
「織斑先生!」
私が声をかけるのと、アリーナに衝撃が走ったのは同時だった。
大きな着地音。煙が晴れるとそこには全身装甲のISが二機。
鳳と一夏が素早く展開する。あれはやる気か?
「織斑君!鳳さん!今すぐアリーナから避難してください!すぐに先生達が制圧に向かいます!」
山田先生が一夏と鳳にプライベートチャンネルで声をかけている。本来なら声に出す必要は無い、とても焦っているのが分かる。
「織斑君!鳳さん!聞いてますか!?」
「本人たちはやる気なのだろう?ならやらせてみればいい」
織斑先生が珈琲を飲みながら言った。最悪、身内から死人が出かねない状況でも動じないのは、流石教師といったところなのか。
「織斑先生、今珈琲に入れたの塩ですけど」
「……なぜ塩があるんだ」
前言撤回、使えない大人が二人増えた。しっかりと動揺している。
しかし、所属不明機が二機……いや、何かおかしい。
「セシリア君」
「はい。一夏さんと鳳さんに対峙しているのが一機、もう一機は……何かを待っている?」
セシリアもピンと来たようだ。所属不明機二機の内、片方はアリーナ中央でじっと佇み、もう片方は一夏と鳳と戦っている。
いや、あれは戦いになっているのだろうか。鳳と一夏の波状攻撃を完全に避けきっていて、攻撃はしない。
否、もう片方に危害が加えられそうになった時に、能動的に攻撃に転じていた。
ともすると、やはり結論は……
「誰かを待っている、か。少なくとももう一機が追加でやってくると言う訳ではなかろう、只の待ち合わせにしては大仰だ」
織斑先生が、塩珈琲を山田先生に押し付けて会話に参加してきた。少しは落ち着いたのだろうか。
「となると、待ち人は誰か、という話になるが……」
そう言いながら、織斑先生は此方を見た。
いや、織斑先生だけじゃない。この場にいる全員が私を見ている。
「……まあ、そういう事でしょう。織斑先生、このアリーナは現状、隔離されているとみて間違いないですか?」
「遮断シールドはレベル4、全ての扉がロックされている」
「政府への助勢は」
「既にやっている、精鋭がシステムクラック中だ。完了次第、学園の部隊が突入する手筈だろう」
私とセシリアの問いに、織斑先生がそれぞれ答えた。できることはやっているのだろう。
「とはいえ、時間は掛かる。それにその間、素直に大人しく待っていてくれるわけでもないだろうしな」
そう言って、只案山子の様に佇む一機の所属不明機を見やる織斑先生。そうだろうな。
だとすれば、私のすることは一つだ。
「織斑先生、出撃の許可を貰えますか」
「シャアさん!?」
セシリアが驚いたように声を上げるが、今はそれを無視する。
「……何処の誰か、狙いは解らん。ともすれば、男性IS起動者の抹殺が命令されているのかもしれない」
「それならば、今一番危険なのは先生の弟君です。ですが現状、それらしい手は打ってきていません」
「相手の思惑が分からない状態で、貴様が出るのか」
「無論」
織斑先生の言葉に私が返す。
「出たからには、全て撃墜してみせます」
私の言葉に、漸く織斑先生は出撃の許可を出した。
「一夏君、鳳君。私が出る」
何度目の攻撃がいなされた時だっただろうか。
俺のプライベートチャンネルにシャアの言葉が聞こえた。
「何言ってるのあんた!此奴の攻撃力は見たでしょ、先生の許可は取れたの!?」
鈴がそう叫ぶ。それもそうだ、相手は何時でもこちらを殺せる。
「勿論、取ったとも。それに____」
瞬間、中央に鎮座していたもう片方の所属不明機が、跳ねるように飛び出した。
「____相手も、待人が来たと喜んでいる様子だ」
所属不明機が振り下ろしたブレードを、シャアが受け止める。
シャアは戦う気だ。
「シャア!」
俺がシャアに叫ぶ。
「何だ、一夏君」
「相手の動き、どこか機械じみてた」
俺がそう言うと、シャアが笑みをこぼす。
「成程な。では____」
シャアが、所属不明機のブレードをかち上げた。
「____手加減は不要、という事か」
そう言って、シャアが手持ちのライフルを撃った。
それをいとも簡単に避ける所属不明機。それを追う様に、シャアがスラスターを吹かす。
一瞬で高速機動に移るシャアと所属不明機。
複雑なランダム機動で二機が飛び回っていく姿は、俺の理解の範疇を超えていた。
「ね、ねぇ一夏」
「どうした鈴」
それを不思議な気持ちで眺めていると、不意に鈴に話しかけられる。
「さっきまであたし達と戦っていた奴、急に動かなくなったわよ……今ならやれるんじゃない?」
そう言う鈴に、俺は即座に返す。
「いや、辞めといたほうがいいんじゃないか。だってほら、あれ」
そう言って俺が指さす方には、相も変わらず、どのような飛び方をしているのかすらよくわからない二機。
しかし、輪郭は捕えられるようにはなって来た。
単純なスペックでは、シャアの乗る機体は大きく劣っている。
それを時にブレード、時にライフル、そしてBT兵器でカバーしながら飛んでいる。
所属不明機はその有り余った出力で、シャアをどうにか抑えているような形だ。
「あっちにもああ動かれたらさ、もう勝ち目はないよ」
「結局、あのイギリス野郎に任せてじっとしてるしかないってわけね」
幸い、先程まで俺達と戦っていた方はシャアが出てきたとたんに大人しくなり、こちらには目もくれずにシャアと所属不明機の戦いを見守っている。
……いや、何故シャアのデータを集めている?
シャアはそもそも数少ない男性IS起動者の片割れ、欲しがる奴は大勢いる。
なら俺でもよかったはずだ。まずその時点でおかしい。
だがこの所属不明機を送ってきた奴は、そいつらと比較にならない。
何故ならシャアと互角に近い戦いをするものを準備してきている。
シャアが高水準で戦えると知って、その戦闘情報を確認しに?
駄目だな、余り難しい事を考えるのは得意じゃないんだ。
そう思いながら眺めている。戦況は再度の鍔迫り合いだ。ここで、俺の耳に声が聞こえてくる。
「____アムロ?」
そう言ったシャアの顔は、ひどく驚いた様子だった。
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