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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第二十七章―双剣―#6

≪殿下、冒険者より連絡が来ました。陣形を変えたようです≫
≪解った。引き続き、援護と連絡役を頼む≫
≪かしこまりました≫

 レド様とセレナさんの【念話(テレパス)】での遣り取りを、対の小太刀を振るいながら聴く。

 ネロの【索敵】によって常に更新される【立体図(ステレオグラム)】を確認しつつ───対の小太刀では僅かに間合いが足りないため、太刀に替えて振り抜いて、右側にいるオーガの首を刎ね、左手に持ったままの鞘で左から繰り出された両手剣を弾いた。

 首を失くしたオーガの胴体を右足で蹴り飛ばした勢いで身体の向きを変えると同時に手首を返し、剣を弾かれて体勢を崩したオーガの首を斬り払う。

 太刀を薙刀に替えて、近づいて来ていたオーガの首を刎ねたとき────状況確認を終えたらしいレド様から、【念話(テレパス)】が入った。

≪リゼ、ディンド、冒険者は護りに入ったようだ≫

 レド様は両手剣を振るう手を止めることなく、続ける。

≪冒険者たちの限界が来る前に、戦力を割いてこちら側から大幅に切り崩そうと思うが───どうだ?≫

 薙刀からまた太刀へと替えて、オーガの相手をしながら────レド様の案を念頭に置いて、もう一度、状況を確認する。

 アーシャのサポートに回っていたジグが、私の様子に気づき、こちらに近づくオーガを間引きしてくれる。

 今のところ、魔獣とオーガの変異種8頭が動く気配はないし────騎士・貴族連合の方は、人数的にも冒険者たちより多いというだけでなく、集団戦に慣れているせいもあってか、苦戦しているような様子は見られない。

 冒険者側───スタンピード前方に、多めに人員を割り当てても大丈夫だろう。

 それに、魔獣とオーガの変異種と戦う前に、今のうちに切り崩しておいた方がいいかもしれない。

≪賛成です≫
≪俺も賛成です≫

 ディンド卿も同意見のようだ。

≪では────これより、スタンピード前方の魔物を掃討する。向かうのは、俺、リゼ、レナス、ラムル、ジグだ≫

 私、レナス、ラムル、ジグが、それぞれ了承の【念話(テレパス)】を返す。

≪ディンド、ヴァルト、ハルド、アーシャはここに残り、この場を確保しつつ引き続き魔物を減らしてくれ。────ディンド、後を任せる≫
≪はっ≫
≪セレナは、適宜、援護を頼む≫
≪解りました≫

 セレナさんから【念話(テレパス)】が返ってきたのを機に、立ち位置を変えるために───近くにいる敵を一掃すると同時に、周囲の敵を足止めするべく、私は【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】を放った。

 もう武具を替えながら戦うのは控えた方がいいかもしれない────そう考え、ジグと共に移動しつつ、太刀を対の小太刀へと替える。

 ディンド卿たちの前に立ちはだかるオーガに向かって【氷刃】を降らせて、近づく私とジグに気づいたディンド卿たちと視線を交わし、その立ち位置を入れ替えようとした────その瞬間。

 突如、野太い雄叫びが響き渡り、鼓膜を揺さぶった。

 足元も小さく揺れ始めて、妙な不安を掻き立てる。

 足元の揺れは、徐々に大きくなっていき────不意に、夜空に浮かぶ二つの月の光が遮られて、辺りに影が差す。

 私たちの目の前に現れた、月を背に佇むそれは────この群れを率いていると思しき巨体の魔獣。

「…まさか、変異種より先に動くとは、な」

 レド様が、私たちの気持ちを代弁するかのように呟く。

≪作戦を変更する。ディンド、ヴァルト、ハルド、アーシャは、スタンピード前方へ向かい群れを切り崩してくれ。ディンド、指揮を頼む≫
≪はっ≫
≪セレナはディンドたちの援護を頼む≫
≪はい…!≫

 ディンド卿たちが一斉に、右方向───スタンピード前方へと向かって奔り出す。魔獣の目線は私たちに据えたままで、離れていくディンド卿たちを気にする素振りも見せない。

 魔獣の標的は、おそらく、私と────レド様だ。

 レド様は、魔獣から視線を逸らすことなく、私たちに告げる。

「リゼ、レナス、ラムル、ジグ────俺たちは魔獣の相手だ」


◇◇◇


「逆光で視界が悪い。まずは立ち位置を変える」

 確かに、4mに届く魔獣の巨体で月光が遮られて───まったく見えないわけではないが、微妙に暗い。

 私たちが、それぞれ了承の意を返すと、レド様は続けて私の名を呼んだ。

「リゼ!」
「はい!」

 私は、魔獣の顔面を目掛け、最大規模の【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】を放つ。

 風の刃は、右方向に逸れるように飛んでいく。魔獣は、左足を半歩下げることによって、それを避けた。

「行くぞ!」

 レド様に従って私たちは駆け出し、右方向───魔獣にとっては左側に回り込む。私たちを正面に捉えようと、魔獣はもう半歩左足を下げ────魔獣はスタンピード後方を背に、私たちはスタンピード前方を背にして、対峙する形となる。

 月光が真横から降り注ぎ、魔獣を照らす。

 先程はよく見えなかったが、魔獣はその身に合った大きさの棍棒を握っていた。

 それは闇に沈むように黒く、所々に突起のようなものがあって────まるで、前世で見た“地獄絵”に描かれている“鬼”が持つ“金棒”のようだ。

 ただの棍棒とは思えず、私は【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させた。


【魔獣の棍棒】
 木製の棍棒をベースに、魔物の血と魂魄で創られた棍棒。位階は【霊剣】。


 棍棒なので違和感があるが、位階としては“霊剣”らしい。
 固有の名称もなく、いつものように詳細が挙げられていないのは、【記録庫(データベース)】には情報がないということだろう。

 おそらく、これは────この魔獣が創り出したもの。

 魔獣自体も、改めて視てみる。

 身体的なスペックは、これまでのディルカリド伯爵が造り上げた魔獣と大差はない。内包する魔力量も、通常の魔獣よりは少ないものの、魔物などよりは断然に多く────やはり、理性を失っている様子はない。

 それから────【心眼(インサイト・アイズ)】で捉えた事実がもう一つ。

「レド様、魔獣の持つあの棍棒は【霊剣】のようですが、どうやら既存のものではないみたいです。それと────あの魔獣の正面に【結界】が張られています」

 つまり、あの魔獣は固定魔法の使い手ということだ。

 そして、それは前世の記憶を持っている可能性が高いということでもある。それも────またしても、エルフとして生きた前世の記憶を。

「…解った。────俺とリゼ、それにレナスで斬り込む。ラムルとジグは援護を」
「かしこまりました」
「御意」

 ラムルとジグの返答を聴きながら、私は対の小太刀を太刀へと再び替えて───レナスは【月虹】を呼び寄せて、左手に携える。

 レド様が手にしたままだった両手剣を抜身の大剣に替えて────ラムルとジグが短剣を左右の手に握って、それぞれ構えた。

 魔獣は、【結界】に護られているからか、右手に握る棍棒は下げた状態のままだ。

 私たちを観察するようなその眼には、知性が窺える。

 そういえば────先程、私が放った【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】は【結界】で防ぐのではなく、身体を半歩逸らすことで避けていた。
 やけにあっさりこちらの思惑通りになったのは────魔獣の方も、私たちを観察するには視界が暗く、立ち位置を変えたかったのかもしれない。

 最初に動いたのは────ラムルだ。

 ラムルは、まず右手の短剣を放ち、一拍置いてから左手の短剣を投擲する。次いで、ジグが【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】を発動させる。

 初めに放たれた短剣に穿たれて、【結界】が消え失せた。

 魔獣は慌てることなく、棍棒を振るい短剣を弾き落とすと、すぐに手首を返してジグの放った風の刃を棍棒で掻き消した。

「【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】!」

 私はレド様とレナスと共に魔獣の許へと奔りながら───棍棒を振るい切って無防備な魔獣に向かって、【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】を放った。
 魔獣は左手を突き出し、掌に小さな【結界】を瞬時に張って、風の刃を弾いた。

 巨体の割にかなり素早い。それに、状況に応じて【結界】の規模を変えるなど、機転も利くようだ。

 地下遺跡で対峙した、同じくエルフの記憶を持っていたと思われる魔獣よりも、戦い慣れているように感じる。

 まあ、でも、あのときと条件は同じだ。魔獣を討つには、【結界】と【霊剣】の両方を何とかしなければならないということだ。

 あのときはレナスと二人だけだったけど、今回は他にも頼れる仲間がいるし───何より、レド様がいる。

 その上、競り合うのは【聖剣】でなく【霊剣】だ。

「俺があの黒い棍棒を押さえ込む!ラムル!」

 レド様の意を汲んだラムルが再び短剣を魔獣に向かって投げ、掌から広げるようにして再び張られていた魔獣の【結界】を崩す。

 そこへレド様が奔り込む。魔獣はレド様が剣を振るう前に、レド様目掛けて棍棒を振り下ろした。
 レド様は【身体強化(フィジカル・ブースト)】を発動させて、それを大剣で受け止める。

 ラムルが両手を振るって2本の短剣を投擲すると同時に、私が左方向───ジグが右方向の二方向から魔獣の首を狙って【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】を放つ。

 魔獣は、【結界】を貼り付けた掌でラムルの短剣を振り払う。

 私とジグが放った【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】が魔獣の首に届くかに思われたが、魔獣は棍棒をレド様の大剣から離し、即座に大きく振るって、二つの風刃を薙ぎ払う。

 レド様を挟んで右側にいるレナスが【月虹】を振り抜き、魔力の刃が魔獣に向かっていく。魔獣は、棍棒で弾くために手首を返す。

 レド様が今度こそ棍棒を押さえ込むために、大剣を棍棒に向かって叩きつけた。

 レド様の大剣は、魔獣の棍棒と同じ【霊剣】で────私が【防衛(プロテクション)】を施してある。

 だから────破壊できないとしても、魔獣の棍棒とは競り合えるはずだった。事実、先程は魔獣の棍棒を受け止めた。

 それなのに────

「っ?!」

 バキンッ────と、耳障りな音が響き、レド様の大剣が半ばから砕けた。剣の欠片が宙に舞い、月光を受けて煌く。

 思いも寄らなかったその事象に───信じられないその光景に、レド様だけでなく、この場にいる仲間たち全員が、一瞬、虚を衝かれる。

 レド様の大剣によって多少は勢いが削がれたものの────魔獣は棍棒を止めることなく振り抜き、レナスの放った魔力の刃を掻き消した。

 魔獣はまた手首を返して、今度は棍棒をレド様に向かって振り下ろす。

「【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】ッ!!」

 我に返った私は、【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】を発動して、棍棒にぶつける。風の刃は棍棒に弾かれ霧散したが、棍棒の速度を落とすことには成功した。

 レド様は、咄嗟に折れた大剣を両手剣に替え、棍棒を迎え撃つ。

 レド様が今手にしている両手剣は、素材や位階など───条件は大剣とすべて同じだ。おそらく、この両手剣もそう長くは耐えられない。

 ならば────その前に魔獣を討つ…!

「ラムル、ジグ、レナス───援護を!」

 止まっていた足で地面を蹴って、奔り出す。

 ラムルとジグが短剣を───レナスが魔力の刃を、それぞれ魔獣に向けて放つ。

 ラムルとジグの短剣が【結界】を斬り裂くことを学習した魔獣は、器用にも小さな【結界】を作り出しては、迫り来る短剣や魔力の刃に宛がう。

 ラムルたちは、休む間もなく、僅かな時間差をつけて三方向から刃を放つことで、魔獣に【結界】の壁を築く余裕を与えない。

 今のうちに魔獣に肉迫して、その首をとらねば────

「っ!」

 近づく私に気づいたのだろう。不意に、魔獣がレド様に向かって踏み出し、棍棒を持つ右腕が膨れ上がったかと思うと、受け止められている棍棒を強引に振るった。

 レド様の両手剣が、あっけなく砕ける。

 レド様は体勢を崩し、後方へとたたらを踏んだ。魔獣は、レド様に追い打ちをかけるべく棍棒を大きく振り被った。

 私は踵を返して、レド様の前に滑り込み────叫ぶ。

「【防御(ガード)】!!」

 【防御壁(バリケード)】では間に合わないと思い、【防御(ガード)】を発動させる。

 【防御(ガード)】は【防御壁(バリケード)】と同系統の能力だけど、その範囲は狭い。その代わり、起ち上がりが一瞬に等しく───間一髪、魔獣の棍棒を魔力の盾で受け止めた。

「【身体強化(フィジカル・ブースト)】!」

 私は【身体強化(フィジカル・ブースト)】も発動させて、魔獣の膂力に対抗する。

 レナスが【冥】を携え、魔獣の棍棒を持つ腕を狙って奔り込むのが、目の端に映った。

 ラムルが両手の短剣を投げ────ジグも両手の短剣に加え、【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】を放つ。

 魔獣は捌ききれないと悟ったのか、後ろに跳んだ。

 そして、自由になった棍棒を振り回し───後退した魔獣を追って新たに放たれた、ラムルとジグの短剣、それにレナスの魔力の刃を、ことごとく弾いた。

「リゼ、助かった」
「いえ。ケガはないですか?」
「俺は大丈夫だ」

 レド様は手の中の折れた両手剣に目を落として────意を決したように表情を引き締め、【換装(エクスチェンジ)】を発動させた。

 その手に握られているのは、かつてガルファルリエムが愛用していたという【神剣】だ。

「やむをえない。【神剣】を使う」

 レド様はそう言って、【神剣】を鞘から引き抜こうとした。しかし、すぐに手が止まった。

 どうしたのだろうと思っていると────レド様の表情が、愕然としたものに変わった。

「…っ抜けない?」
「え?」

 【神剣】が抜けない────?

 名義変更は成功したはずだ。成功して────レド様はこの【神剣】の使い手となったはずだ。【心眼(インサイト・アイズ)】で視ても、銘はちゃんと【ルガレドの剣】となっている。

 名義変更して確認したときには、引き抜くこともできたのに────


 後退した魔獣が再びこちらへと踏み出したのが目に入って、私はそこで思考を中断する。

「今は考えている時間はありません」

 レド様の【神剣】が使えないというのなら────

「私が【聖剣】を使います」

 私は左手に握ったままだった太刀を、【誓約の剣】に替える。

 あの棍棒が、【聖剣】にでさえ耐えられる【防衛(プロテクション)】が施された【霊剣】を、どうして砕くことができたのかは解らないが────おそらく【聖剣】ならば、少なくとも折られることはないだろう。

 【聖剣】を使うことにリスクはあるけど、まだ魔物たちに囲まれた状態だ。
 今なら人目につく可能性も低いし───見られたからといって、必ずしも、これが【聖剣】だと見破られてしまうわけではない。
 なるべくなら、人前では使いたくないというだけだ。

 レド様は、一瞬、悔し気な表情を浮かべた後───すぐに表情を戻して、【神剣】を弓に替えた。

≪リゼを中心に戦う。リゼの援護を≫

 レド様がラムルたちに【念話(テレパス)】で指示を出すのを聴きながら、私は魔獣に向かって地を蹴った。


◇◇◇


 とにかく、あの棍棒さえ破壊できれば、魔獣を討つのは容易になる。

 レド様たちが、矢、短剣、あるいは魔術や魔力の刃を、それぞれ魔獣に浴びせる中────私は、闇に沈むようなその黒い棍棒目掛けて、【誓約の剣】を振り抜いた。

 私の太刀を受け止めようと、魔獣が棍棒を振ったが────何か感じるものがあったのか、すぐに強引に棍棒の軌道を変えた。

 太刀は、辛うじて、棍棒の先端を捕らえる。刃が棍棒の端を削り、破片が飛び散った。

 やはり、【聖剣】なら、この棍棒を破壊できるみたいだ。

 私は、今度こそ破壊するために、棍棒を追う。

 魔獣は右足を一歩後退させると、掬い上げるようにして、右手の棍棒で地面を抉った。

 棍棒によって巻き上げられた砂と土が、私の視界を覆った。砂に混じっていたレド様の砕かれた剣の破片が、視界を舞う。

「!」

 避け切れない────そう思ったとき、左方向から強い風が吹いて、土砂が吹き飛ばされた。これは魔法だ。放ったのは、おそらくジグだろう。

 視界が晴れ、私の眼に入ったのは────漆黒の塊。

「!!」

 魔獣が私を目掛けて、棍棒を突き出す。

 振り下ろされたのなら、【誓約の剣】で斬ることができるが───この状態では、刀を振るっても先端を斬ることになるだけで、攻撃は避けられない。

 私が後ろに向かって跳ぶのと同時に、左側から奔り込んだレド様が、ハルバードで棍棒を弾いた。

 魔獣はすぐに手首を返して、レド様に棍棒を振り下ろす。レド様は【防御(ガード)】を発動して、それを受け止める。

 ラムルとジグ、レナスがそれぞれ攻撃を加えるが、やはり【結界】で防がれた。

 レド様の後ろを通り抜けて躍り出た私が棍棒に太刀を振ると、【聖剣】を警戒した魔獣は棍棒を振り上げて躱す。

 そして、振り上げた勢いを利用して身を捻ると、私に向かって右足を蹴り上げる。魔獣の爪先によって巻き上げられた砂と土が、先程同様に私の視界を塞ぐ。土砂が目に入ったら、間隙を生む。

「【防衛(プロテクション)】!」

 私は咄嗟に───砂や土、魔獣の足を止めるために、【防衛(プロテクション)】を発動させた。

 蹴りを弾かれた魔獣は、すぐに右足を着地させて、【防衛(プロテクション)】を叩き消そうと棍棒を振り下ろした。

 私は地を蹴って後ろへと退き、太刀を構えて棍棒を振り切った後の隙を狙うべく備えたが─────

「え?」

 思わず、声が零れた。

 魔獣の棍棒は、【防衛(プロテクション)】を叩き消すことはできず────その振り下ろした自らの勢いの分、弾き返されただけだった。

 【防衛(プロテクション)】を施してあったレド様の武具は砕かれたのに、何故────そんな疑問が過るが、今は考えている場合じゃないと切り替える。

 中途半端に振り上げられた状態の棍棒に向かって、太刀を振るう。魔獣は、太刀の軌道に合わせるように棍棒を逸らす。
 太刀は、棍棒の突起を一つ削ることしかできなかった。

 ラムルとジグの短剣、レナスの魔力の刃、レド様の矢が、矢継ぎ早に魔獣を襲う。

 それぞれ別方向から襲い来るそれらを、魔獣は、後ろへと跳びながら───その巨体に見合わぬ素早さで棍棒を縦横に振るって、すべて弾き返す。

「っ?」

 弾かれて飛ぶ、ラムルとジグの大振りの短剣。掻き消される、レナスの【月虹】によって繰り出された魔力の刃。そして────木っ端微塵に砕け散る、レド様が放った矢の(やじり)

 それを見て────ついさっきの土砂が飛び散って宙を舞う光景が鮮明に甦った。その中の、砂と土に紛れて舞う、砕かれたレド様の剣の───縁が黒ずんだ月銀(マーニ・シルバー)の白い欠片。

 まるで、地下遺跡で対峙した魔獣の振るう【聖剣】によって腐食した【月虹】のように、縁が黒ずんでいた。

 その腐食した【月虹】を元に創られた“霊刀”────【冥】。今、目の前に立つ魔獣が持つ棍棒と同じ────無明の闇に沈むような漆黒の太刀。

 【冥】も棍棒も、どちらも魔獣あるいは魔物の魂魄が入り混じっている。

 おそらくは────私とレド様の【霊剣】とは()()()()【霊剣】。

「ああ…、そうか────そういうことか…!」

 何故、私が【防衛(プロテクション)】を施した武具が、格上である【聖剣】と競り合えたのか────
 何故、何度も棍棒と接触しているはずのラムルとジグの短剣が、未だ無事なのか────
 何故、私の【防衛(プロテクション)】が、魔獣の棍棒を防げたのか────

 ようやく私は理解する。

 私は────【防衛(プロテクション)】に、解析あるいは分析結果を反映させているんだ。だから、【聖剣】を防ぐことができた。

 ラムルとジグの短剣が無事なのは、棍棒と同系統の霊剣である【冥】の分析結果を反映させた【防衛(プロテクション)】を施したからだ。
 お邸で待機中に、魔物を一振りで屠ることができるような大振りの短剣が欲しいと頼まれ、ラムルとジグのために創って────【防衛(プロテクション)】を施した。

 グローブ型の魔導機構を創るにあたって、対の魔導機構を仕込むために一度【防衛(プロテクション)】を解いて、再度かけ直しているから────ラムルとレナスの武具は、【月虹】以外、すべて魔獣の棍棒に砕かれることはないはずだ。

「リゼ?」

 レド様が矢を放つ手を止めることなく、突然声を上げた私に呼びかける。

 私はレド様に答えるため───レナスが魔術の範囲から外れた瞬間を狙って、魔獣に【氷刃】を浴びせて時間を稼ぐ。

「レド様───レナスの【冥】とラムルの剣ならば、折られることなく、あの棍棒を押さえ込むことができます!」

 原因が明らかになった以上、折れた剣を直して、また新たに【防衛(プロテクション)】をかければ、レド様の戦力を当てに出来ることは判ってはいるが────今はその時間がない。

 レナスとラムルに棍棒を押さえてもらい、私が【聖剣】で破壊するのが最善だろう。

「解った。では、レナスとラムルに」

 レド様は、そこまで言いかけ────絶句して、顔色を変えた。

 レド様の視線は私を通り越して、私の背後に向けられている。

 急いで振り向くと────いつの間に出て来たのか、オーガの変異種2頭と対峙する仲間たちの姿が目に入った。変異種は2頭とも全長3mはある。

 ディンド卿とヴァルトさんを庇うように、アーシャとハルドが前に出ている。

 ディンド卿とヴァルトさんが握ったままの剣が、やけに短い。あれは…、半ばから────折れている?

「!!」

 相対する2頭の変異種の手には────魔獣のものと同じ、漆黒の棍棒。

「レナス!ディンドたちの許へ向かえ!」
「御意!」

「レナス!アーシャとハルドの剣なら、あの棍棒と競り合うことができるから!」

 奔り出したレナスの背中に叫ぶと、レナスが僅かに振り返って頷いたのが見えた。

 こうなっては────先に、レド様の武具を棍棒と競り合えるよう改善すべきだろう。あの棍棒が他にもないとは限らない。

「レド様、折れた剣を直して、すべての武具の【防衛(プロテクション)】をかけ直します。そうすれば、あの棍棒に折られることはなくなります」
「頼む」

「ラムル、ジグ───少しの間、魔獣を押さえていてもらえますか?」
「「御意」」

 ラムルは、魔導機構に収めてあった大剣を取り寄せると、伺うように視線を寄越した。

「旦那様、【固有能力】を使うことを────お許しいただけますか?」

 ラムルの固有能力【回帰】は、かなり有力ではあるものの、相応の魔力が必要となる。

「許可する」

 レド様の承諾を受けて、ラムルの口角が僅かに上がる。そして────ラムルは【回帰】を発動させた。

 ラムルの体が、足元に展開した魔術式の発した光に包まれる。

 光が収まったときには、ラムルの体形は微妙に変化していた。元々胸板の厚い大柄な体格だったが、発動前に増して筋骨隆々となっている。


 ラムルは、本来、ファルリエム辺境伯家に騎士として仕えていたのだそうだ。

 セアラ様の側付きは別の者に任せる予定だったが、諸事情があってラムルに変更されたらしく────そのため、戦い方や得物を変えるにあたり、努力して身体も造り変えたとのことだ。

 騎士だった頃の得物である大剣は今でも扱えはするものの────本人曰く、以前に比べるべくもないらしい。手合わせした限りでは、それでも、Aランカーと渡り合えるくらいには強いと私は感じたけれど。

 騎士だった当時、その実力は────亡くなったファルリエム辺境伯に肩を並べるほどだったと、カデアが誇らしげに教えてくれた。

 この【回帰】という固有能力は、その騎士だった頃の体格や身体の状態を、魔力で再現させることができる。

 つまり────今のラムルは、亡きファルリエム辺境伯に匹敵する“剣士”ということだ。


「それでは、ジグ───行くぞ」
「は」

 私が降らせた氷刃を捌き切った魔獣に、ジグが2本の短剣と【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】を、立て続けに放つ。

 大剣を構えたラムルが駆け出すのを見送ると、私はレド様へと視線を戻す。

 私は【認識妨害(ジャミング)】を発動させてから、【聖剣】以外の武具すべてを取り寄せた。

 念のため、私の武具も新たに【防衛(プロテクション)】を施しておいた方がいいだろう。

 同じく、レド様も【遠隔(リモート・)管理(コントロール)】で、【神剣】以外の武具を───破片も含めて、すべて取り寄せる。

 時間がないので、レド様のものと私のもの、一気に済ませてしまうことにする。

 まずは、【防衛(プロテクション)】を解かなければ。

「【防衛(プロテクション)】────解除」

 レド様と私の足元に、一つの魔術式が瞬く間に広がって光を放つ。武具に施されていた見えないコーティングが、解けるようにして消える。

「【最適化(オプティマイズ)】」

 再び足元に現れた魔術式から、眩い光が迸る。

 私としては、【夜天七星】や他の武具は【最適化(オプティマイズ)】をする必要がないので、魔力を節約するためにも、レド様の【マーニ・シールズ】だけに施すつもりだった。

 けれど、何故か、私と【夜天七星】も光に呑まれる。

「っ!?」

 不意に周囲から強い風が吹き込み、私は咄嗟に顔を護るため両腕を翳す。

 【夜天七星】と【マーニ・シールズ】のすべてとはいえ、ただの【最適化(オプティマイズ)】にしては、かなりの魔力が持っていかれるのを感じる。

 疑問が掠めたものの────今は、とにかく時間がない。光が収まると同時に、すべての武具に【防衛(プロテクション)】を施した。

 最後に、確かめるべく【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させる。


【マーニ・シールズ:ルガレド専用】
 名工ドルクによりルガレドのために造られた素体を元に、超級魔(オーバーグレード)導師(・ウィザード)リゼラが最愛の主ルガレドのために創り上げた【霊剣】。ルガレド以外の者が扱うことは出来ない。物質で斬れないものはなく、【魔法】、【魔術】、【魂魄】ですら斬り裂く。刃毀れや損壊は一切することはない。宵銀(ダスク・シルバー)製。


【夜天七星:リゼラ専用】
 超級魔(オーバーグレード)導師(・ウィザード)リゼラが創造した、【大太刀】【太刀】【対の小太刀】【対の小刀】【薙刀】の5種の異世界の武具。位階は【霊刀】。物質で斬れないものはなく、【魔法】、【魔術】、【魂魄】ですら斬り裂く。刃毀れや損壊は一切することはない。黄泉鋼(ヨモツハガネ)製。


 旨くいったみたいだけど────“宵銀(ダスク・シルバー)”?初めて聞く素材だ。

 私の【夜天七星】の方も、素材が以前とは違っている。
 試しに、太刀を引き抜いてみると────以前の光を撥ね返す磨かれたようなものではなく、何と言うか、マッドな感じで────色合いも、立ち込める暗雲を思わせる深い鈍色(にびいろ)をしている。

 レド様の方も、剥き出しの大剣と両手剣、それにハルバードの刃が───白に近い色合いだったものから、鈍い光沢はあるものの灰が沈んでいるような暗色に変わっている。


 とにかく────これで、私たちの武具も、あの漆黒の棍棒と渡り合えるようになったはずだ。

「ありがとう、リゼ」

 大剣を拾い上げ、それ以外の武具をアイテムボックスに送りながら、レド様がお礼を言ってくれる。
 私も自分の武具をアイテムボックスにしまいながら、首を横に振る。

 【誓約の剣】を取り寄せようとして、ディンド卿とヴァルトさんの剣も折られてしまったことを思い出す。

≪ノルン、大剣と両手剣を1本ずつ取り寄せてくれる?≫
≪はい、(マスター)リゼラ≫

 折れた剣を直してあげたいところだけど、本人が傍にいないので幾つか手順を踏まなければならない。正直、そんな余裕はない。

 間に合わせになってしまうが、ディンド卿とヴァルトさんならば使い熟してくれるだろう。

 光と共に目の前に現れた大剣と両手剣を、両手で受け取ると───私は、【防衛(プロテクション)】を施すべく発動させた。 
 
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