コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二十七章―双剣―#5
※※※
(ついにオーガが出て来たか…!)
1列目と2列目の間で、自分に向かって来るオークを一撃のもと返り討ちにしつつ、戦況を絶えず窺っていたガレスは舌打ちしたい思いだった。
いずれ出て来るはずだと考えていたものの、実際に出て来られるとやはり焦燥を覚えた。
『黄金の鳥』、『暁の泉』、『高潔の剣』────1列目に並ぶ3つのパーティーは、オーガと交戦し始めている。
どのパーティーも、オーガと対峙する仲間の援護をしようとして、群がるオークに阻まれている状態だ。
(『黄金の鳥』はオーガの相手をしているのがドギか)
レナやフェドの援護が受けられないので手こずってはいるようだが────このまま邪魔が入らない状態で戦えれば、ドギの実力ならオーガでも討つことができるはずだ。
(『暁の泉』と『高潔の剣』は────マズいな)
どちらも、斥候役やアーチャーが相手をする破目になっている。
今のところ何とか逃げ回れているが、盾役と攻撃役がオークに群がられていて、身動きがとれそうにない。
(いや───相手はオーガだ。たとえオークどもを何とかして駆け付けることができても、今度はあの後ろで控えているオークどもを他の誰かが押さえておかなければならない。援護なしでオーガを討つのは難儀だ)
オーガの数はこれから増えていくはずだ。そうなれば、状況はどんどん悪化していく。
(これは、手を拱いている場合じゃないな)
ガレスは早々に手を打つことを決意して、2列目の『リブルの集い』と『栄光の扉』の状況を窺う。
2列目以降には、まだオーガは到達していない。
『リブルの集い』の方は、リーダーであるベテランBランカーのリブルが、巧く仲間たちを動かせているようで───対峙するオークは残すところ1頭のみだ。
『栄光の扉』の方は、経験不足のせいか手こずっているらしく、相手取るオークはまだ4頭残っている。
「リブル、前進して魔物を押さえろ!」
リブルに向かって、ガレスは叫んだ。
「了解した!」
すぐにリブルの了承の言葉が返って来る。
最後のオークを斬り伏せた『リブルの集い』の面々が前方へと駆け込み、『黄金の鳥』と『暁の泉』の合間を塞ぐように陣取る。
「『栄光の扉』も、オークを殲滅したら前進して魔物を押さえてくれ!」
「了解っ!」
「1列目のパーティーは、魔物を押さえることに専念しろ!3列目と4列目のパーティーは、オークを殲滅したパーティーから前に進め!引き続き、Bランクパーティーが押さえきれない魔物を狩れ!5列目以降は距離を詰めて待機───魔物が近づいてきたら応戦しろ!」
ガレスが声を張り上げて告げると、ぱらぱらと返答の声が上がる。
「ユリア、アレドに信号を送れ!」
「はい!」
冒険者パーティーやチームには、騎士団や兵団とは違って戦法や動きに決まりがなく、それぞれにやり方を確立している。
魔獣討伐や集落潰しで共闘するときも、一緒に戦うと言うよりは、ただ一斉に各々攻撃する───あるいは手分けして殲滅する。
協力して戦うこともできないわけではないだろうが、お互いの動きに慣れていない援護では、敵に隙を与えかねない。下手をしたら、足を引っ張る可能性もある。
だから───パーティーごとで手に負えない状態になったときには、前進して隙間を埋め、最前列のBランクパーティーは押さえ役に徹し、押さえきれなかった魔物をそれ以降のパーティーが迎え撃つように、ルガレドより指示を受けていた。
ルガレドとリゼラ、その配下が、こちらとは反対側から魔物の群れを切り崩してくれているはずなので────こちらも、何とか魔物の進攻を押さえつつ、少しずつ切り崩しながら────今はある程度まで魔物の数が減るのを待ち、そのときが来たら攻撃に転じるしかない。
「エイナ、念のため、4列目以降に通達してきてくれ!」
「解った!」
掛け声や魔物の唸り声、剣戟などがあちこちから響くものの、大声が通らないほどではない。
4、5列目くらいまではガレスの指示はちゃんと届いたとは思うが、もし聴き洩らしたパーティーがあっては困る。
5列目以降には、ガレスから指示があったら後方に伝えるよう、予め言い含めてある。
「俺は、『栄光の扉』の穴を塞ぐ!ユリア、手伝ってくれ!」
「解りました!」
幸い、ガレスは『暁の泉』と『高潔の剣』の合間に程近いところにいる。
『栄光の扉』が今相手にしているオークを殲滅するまで、ここから入り込む魔物たちを押さえておかなければならない。
「ユリア!」
「はい!」
ユリアは、こちらに向かって来ようとしているオークの集団の正面に立ち、ベルトから短杖を抜いた。魔術陣に魔力を与えて一陣の風を起こす。
それは旋風となって、オークの集団へと突っ込んでいった。
ガレスは小走りで旋風に慌てふためくオークたちの許へと向かう。
ユリアも、短杖をベルトに差した手で片手剣を抜いて、ガレスの後に続く。
ユリアが放った旋風が、周囲にいるオークの皮膚を斬り裂き、解けるようにして消える。
その直後を狙って、痛みに呻くオークの1頭に、ガレスは手にしたままだった大剣を渾身の力を込めて振るった。
大剣の刃がオークの顎の下に食い込み、ガレスはその首を一気に落とすために振り抜く。その勢いを利用して、右隣のオークの首をも落とす。
そこで、やっとガレスという敵を認識したらしき左側にいたオークが、ガレス目掛けて両手剣を振り下ろした。
ガレスは、何とか手首を返して、それを受け止める。
動きは鈍くても、魔物は魔物だ。人間のそれを上回るその膂力に、ガレスはなるべく踏ん張らないようにしていた左足に思わず力を籠めて───古傷に痛みが走る。
「ぐっ!」
ガレスは声を漏らしつつ、自分を圧し潰しそうなオークの膂力に耐える。
そこへ、ユリアが真横から、片手剣を両手で握り締め、オークの両手首を斬り落とした。
良い体勢で剣を垂直に振り下ろせたことと、まだ刃毀れしておらず剣の切れ味が鈍っていなかったことが幸いして、肉にも骨にも阻まれることなく断ち切る。
ガレスは足の痛みを無視して、持ち手を失った両手剣を振るい落とすと、愛剣を振り被ってオークの脳天に思いきり叩き込んだ。
オークが崩れ落ち、後ろで待ち構えていたオークたちがこちらへ来ようと踏み出すが───ユリアが手首を斬り落としてすぐに魔術を発動していたらしく、一筋の旋風が現れてそれを阻んだ。
ガレスは先程と同じように、旋風が消えるのを待って大剣を浴びせるつもりで待機する。
「…?」
ふと、旋風による轟音やオークの呻き声、周囲の剣戟の音に混じって───何かが聴こえたような気がした。
それは他の音に紛れてしまいそうに低くて微かで、ガレスがその音を辿ろうとしたそのとき────不意に、勢いを失くし消える寸前だった旋風の向こうから斧頭が現れた。
「っ!」
分厚い斧頭が、まるで薪を割るように地面に向かって動いたかと思うと、旋風が掻き消えていた。
辺りを舞っていた砂利が落ち着いて視界が晴れ────旋風を散らした戦斧の持ち主が明らかになる。
それは、オークより頭一つ分ほど抜きん出たオーガで────濁った双眸でガレスを見下ろしていた。
その後ろには、先程ユリアの旋風を食らった3頭のオークが立ち並んでいる。
(やはり、オーガか…!)
眼球だけを動かしてユリアに視線を遣ると、ユリアが短杖を構えているのが目に入った。
そのとき、ガレスの耳が微かな音を捉えた。先程と同じ、他の音に紛れそうな、低くて────微かな唸り声を。
ガレスには、その唸り声に聞き覚えがあった。
(これは────コボルトか…?)
そこでガレスは、一度もコボルトと剣を交えていないことに気づいた。
そういえば────コボルトは参戦していない。
(それなのに、何故、コボルトの唸り声が?)
唸り声が聞こえているのか、いないのか────目の前のオーガには気にする様子はない。
オーガの背後に控えるオーク3頭の方は────じっと耳を傾けるかのように、普段は前に垂れている小ぶりの耳介が後方に向いている。
その意味を考える前に、オーガが動いた。ガレスを斬り裂くべく、戦斧を横薙ぎに振るう。
ガレスは地面を蹴って、後ろへと退避する。斧刃は、ガレスの胸板ぎりぎりのところを通り過ぎた。
戦斧を振り切った状態のオーガを、ユリアの魔術が襲う。
オーガは、即座に戦斧を振り返す。
先程の消える寸前だったものとは違い、旋風の勢力は魔物の膂力を凌駕するものだったが────オーガがその乏しい表情を歪めて、呻き声とも怒号ともとれぬ声を漏らすと、オーガの両腕が膨れて、腕に取り巻くように血管が浮かび上がる。そして、渦巻く風に戦斧を打ち込み───斬り裂いた。
オーガは解けかかった旋風に再度斬りかかる。
魔術すら膂力で以て掻き消そうとするオーガを、呆気に取られて見ていたガレスは、3頭のオークが踏み込んできたのを目の端に捉えて、我に返った。
オークたちは、旋風と格闘するオーガと緊張に身構えたガレスの側を通り抜けていく。
その行く先は────ユリアだ。
「?!」
魔物は通常、目先の敵に群がる。習性上、丸腰の人間を無視して、武具を携えた人間を率先して襲うということはありうるが────この状況なら、普通はガレスを襲うはずだ。
(それが、何故────?)
ガレスが考えあぐねている間にも、3頭のオークはユリアに近づく。
オークの垂れ下がる小さな耳介を見て、ガレスは思い出した。コボルトの唸り声が聞こえたとき、オークたちはそれに耳を傾けていた。
(もしかして─────コボルトが指示を出しているのか…?)
どうやって種族を越えて共闘させるのか疑問に思っていたが────オーガとオークがお互いの動きに合わせるのでなく、オーガの邪魔をさせないよう、コボルトがオークを動かしているのではないか?────そんな考えが浮かぶ。
短杖を構えたままだったユリアは、近づく3頭のオークを足止めするべく魔術を発動しようとしたが、間に合わない。魔術が発動する前に、オークたちがユリアの許へと辿り着く。
「っユリア!」
(考え事などしている場合ではなかった…!)
3頭ものオークを───しかも至近距離で、ユリア一人で相手取るのは厳しい。
踵を返そうとしたガレスに、戦斧が襲った。その場を離れようとしていたのが幸いして、戦斧の起こした刃風がガレスの前髪を揺らしただけだった。
オーガは、ユリアが放った旋風を、本当に戦斧で掻き消してしまったらしい。
「クソっ!」
ユリアに向かって、まずは真ん中にいる1頭のオークが、両手剣を振り被る。
ユリアが短杖をベルトに差し込み、片手剣を抜くが────抜き切るより、オークが両手剣を振り下ろす方が速かった。
「ユリア!」
再び叩き込まれたオーガの戦斧を大剣でいなして、戦斧の切っ先を逸らして避けながら───ガレスは叫ぶ。
オークが腕を振り下ろした瞬間────オークの右腕に、1本の矢が突き刺さった。矢の勢いで、下がり始めていた腕が押し上げられて───両手剣の重みで、オークが後ろに仰け反る。
そこへ、もう1本───飛来した矢が、今度は左腕を貫いた。オークは仰向けにひっくり返った。
そのオークの右側───つまりユリアからは左方向にいるオークが、両手剣を横薙ぎに振るう。
ユリアは半ば抜き出していた片手剣を戻しつつ、左手で鞘をベルトから外して、鞘の腹でオークの刃を受けた。その衝撃でユリアは吹き飛ばされる。
しかし、その様子から見るに────ユリアは、吹き飛ばされたというより、衝撃を利用してオークから距離をとったようだ。
体勢を低くし、剣を地面に突き立てて勢いを殺して───ようやく止まったユリアの傍らに、弓を手にしたエイナが並び立つ。
「こっちは、あたしたちに任せて」
エイナが、その柔らかな印象を与える相貌に似つかわしくない────不敵な笑みを湛えて言う。それを見たガレスは表情を緩める。
エイナが来たのなら、もうユリアに心配はいらない。あの二人にかかれば、3頭のオークを片付けることなど造作もないはずだ。
ガレスは表情を再び引き締めて、自分が対峙すべき敵───戦斧を構えるオーガへと、その視線と意識を戻す。
お互い得物を構えたまま────睨み合う。
左足に負担をかけ過ぎてしまったせいで、先程から古傷が痛んで───そろそろ無視できないほどになっている。限界が近い。
足を踏ん張って力を籠めることは、もう出来そうにない。
左足に大ケガを負って、運び込まれた施療院で後遺症が残ると告げられて、そのまま現役を引退したため────足が痛む状態で魔物と戦うのは、実はこれが初めてだ。
(さて、どうするか…)
オーガの武技は素人に近く、動きは単純だ。
問題は────魔術すら掻き消すほどの膂力と、容易に刃を徹さない頑丈さだ。
加えて、エイナもユリアも別の敵と交戦中で、援護は望めない。
結構、難しい状況かもしれない。やはり、オーガの攻撃をやり過ごして、『栄光の扉』が駆け付けるまで時間を稼ぐのが一番いい方法だろうか。
いや───これから長丁場になることを考えれば、1頭でも敵を討ち取って彼らの負担を減らしておいた方がいい。
(こいつは────ここでオレが討つ)
ガレスの決意に誘われるように、オーガが一歩踏み出して両腕を振り被ったかと思うと、戦斧を振り下ろす。
ガレスは戦斧の軌道を予測して、半歩下がっただけの最小限の動きでそれを避ける。
オーガは戦斧を下ろし切ることなく、膂力で以て強引に右方向───ガレスからすれば左方向へと軌道を変えた。
ある程度振り切ると、今度は逆方向に向かって戦斧を振るう。
横薙ぎに振るわれた戦斧を避けようとして───ガレスは、ふと先程のユリアの動きを思い出した。
ガレスは避けるのをやめて、戦斧を大剣で受ける。大剣を握る両手以外に、力は籠めない。
当然────オーガの戦斧に、ガレスの大剣は大きく弾かれた。
大剣がすっぽ抜けないよう、ガレスは柄を持つ両手に一層力を籠める。
右足を軸にして身体を回転させて、重量のある大剣を弾かれた衝撃を利用して振り回す。ガレスは一回転しつつ、腕に力を入れて刃の向かう先がオーガの首元になるよう、修正する。
勢いに乗った大剣の刃は、戦斧を振り切り無防備だったオーガの首を難なく刈り取った。
オーガの硬い首を斬って勢いは落ちたものの、まだ半回転はしてしまいそうな大剣を、ガレスは何とか地面に打ち付けて止める。
オーガの切り離された首がまず地面に落ちて、次に戦斧───首を失った身体が、砂煙を上げて倒れ込んだ。
後方で待機していたオークたちが、オーガの死を認めて、こちらへと迫り来る。大剣を構えようとして、ガレスは左足の痛みに顔を顰めた。
それでも痛みを噛み殺して構えようとしたとき────1頭のオークの分厚い頬にナイフが突き刺さった。次いで、ガレスのすぐ右側を槍が走る。
「悪い、ギルマス、遅くなった!」
右手に片手剣、左手に大振りの短剣を持った若い男が、そう叫びながら駆け込んで来た。『栄光の扉』のリーダーだ。
「後は任せてくれ!」
「ああ、頼んだぞ」
内心ほっとしつつ、ガレスは『栄光の扉』の面々に場所を明け渡す。
エイナとユリアの方を窺えば───ユリアが倒れ込んだオークの首を落としているところだった。それで最後のようだ。
ガレスは少し左足を引き摺りながら、エイナとユリアの許へと向かった。
「無事、オーガを討てたようね」
「ああ、何とかな」
苦笑と共にそう応え───エイナとユリアにケガがないことを確認してから、ガレスは戦況を確かめるべく視線を回らす。
今のところ、Bランクパーティーによる押さえ込みは成功しているようだ。
『黄金の鳥』と『暁の泉』は、前衛であるタンク、剣士や斧使いなどが中心となって押さえ込み、それを弓使いや斥候がフォローして、チャンスがあれば討ち取る───という方法をとっている。
『リブルの集い』は、リーダーのリブルがメンバーを巧みに動かして、討ち取ることはせず、ただ魔物を翻弄しているようだ。
『高潔の剣』はこれまで討ち取ったオークの死体を壁にして、魔物を押し止めている。
3列目と4列目を担っていたCランクパーティーも、すでに前に詰めて1列に並び───Bランクパーティーの壁を潜り抜けたらしいオークやオーガと交戦している。
先程までオーガと対峙していたドギや『暁の泉』の斥候、『高潔の剣』のアーチャーがパーティーに戻って仲間と連携しているところを見ると、無事、後列のCランクパーティーが後を引き受けることができたのだろう。
幸いなことに、一つのパーティーで1頭か2頭相手する程度で───戦力を鑑みて、ソロのBランカー3人をそれぞれ組み込んでいることもあって、大して手こずっている様子はなかった。
メンバーにケガ人が出たり、疲労などで押さえ込みが難しくなったりしたら、パーティーの入れ替えも考えなければいけない。
ガレスは、足の痛みから意識を逸らしつつ────表情を引き締め直した。
※※※
セレナは、魔術を発動すべく───短杖を握る自分の指に向けて、魔力を流し込む。親指の下に刻まれた魔術式がセレナの魔力を吸い取り、杖の先に収められた“氷姫”へと注がれていった。
標的は、右方向で交戦中の仲間たちに迫るオーガの集団だ。
自分の視覚情報と共有させてもらっている【立体図】からの情報を重ね合わせて、狙いと発動する魔術の詳細を定める。
毎朝の鍛練でリゼラにアドバイスを受けながらの訓練、地下遺跡での経験だけでなく、この戦いでも何度も発動したことで───氷刃の形状や大きさ、魔術の規模は、すでに自在に操れつつあった。
それに、リゼラに加護を授かって【魂魄の位階】とやらが上がったせいなのか、今までより発動範囲が広がっている。少し距離が開いていようと、魔術を放つことが可能だ。
標的のオーガは、6頭。
セレナは、なるべく魔力の消費を抑えるためにも、氷刃の数を減らして───その代わり、氷刃を大きく鋭くして、オーガの頭上から降らせる。
氷刃はセレナの思惑通り、それぞれオーガの頭を貫き、洩らさずその命を奪った。
続けて、他の仲間たちの状況を確認しようと目線を動かしたセレナは、腰に巻いたウェストポーチから、赤い光が漏れていることに気づいて────慌てて、預けられている魔道具を取り出した。
点滅は───3回。連続で3回点滅して、数瞬だけ間を置いて、また3回点滅している。
騎士・貴族側からの連絡なら、点滅は2回のはずだから、これは冒険者側からの連絡だろう。
交戦開始の連絡はすでにもらって、それは【立体図】でも確認している。
次に連絡があるとすれば、戦い方を変えたときだ───と、ルガレドから予め聴かされていた。
セレナは、ルガレドに【念話】を入れる前に、冒険者たちの動向を【立体図】で確かめる。
意識すると、すぐにスタンピードの状況が立体図となって思い浮かんだ。冒険者たちの並び方が、明らかに変わっていた。
≪殿下、冒険者より連絡が来ました。陣形を変えたようです≫
≪解った。引き続き、援護と連絡役を頼む≫
≪かしこまりました≫
セレナはルガレドへの報告を終えて魔道具をポーチにしまってから、援護をするべく短杖を両手で持ち直す。
そして、再び仲間たちの状況に目を向けようとしたとき────傍らに控えているヴァイスが不意に呟いた。
「む───音が変わった?」
セレナの隣に四肢を折り畳んで座り込んでいるネロが、きょとんとした表情でヴァイスを見る。
「さっきから鳴ってるこの変なののこと?」
「そうだ」
「確かに、さっきとちがうかも」
「おそらく、動き出すつもりなのだろう」
セレナは、ヴァイスとネロと会話の意味が───何が動き出すのかが解らず、思わず眼を瞬かせた。
耳を澄ましてみても、剣戟や魔物が倒れ込む音、怒号や掛け声しか聞こえない。
「私には、何も聞こえませんが…?」
「まあ、そうだろう。あれは────人間の耳では捉えるのは無理だ」
セレナを一瞥した後、ヴァイスはまた正面に視線を戻して口を開く。
「ずっと1頭のなりそこないが周囲に向けて何やら音を発していたのだが───それが止んで、今度は先程とは違う音を発し始めたのだ。どうやら何かを知らせているか、もしくは命じているらしい。他のなりそこない───人間は“コボルト”と呼んでいるんだったか───奴らがそれに反応しているみたいでな。ああ────ほら、やはり動き出したようだ」
ヴァイスが説明してくれたが、セレナには解るようでよく解らない。
魔物たちは、人間の耳では聞こえない音で遣り取りしている────ということだろうか。
それに─────
(“なりそこない”…?)
「それは」
一体何を指し、どういう意味なのか────そう問い質そうとしたが、ルガレドからの【念話】で遮られ、セレナは言葉を呑み込んだ。
≪これより、スタンピード前方の魔物を掃討する。向かうのは、俺、リゼ、レナス、ラムル、ジグだ≫
リゼラたち───前方に向かう仲間たちの了承する旨の【念話】が続けて入る。
≪ディンド、ヴァルト、ハルド、アーシャはここに残り、この場を確保していてくれ。────ディンド、後を任せる≫
≪はっ≫
≪セレナは、適宜、援護を頼む≫
≪解りました≫
セレナは【念話】を返しつつ、意識を切り替えた。
今は、戦場にいるのだ。悠長に話している場合ではない。
ヴァイスには後で話を聴こう─────そう決める。
しかし、セレナの決意は────その疑問諸共、辺りに轟いた地鳴りと錯覚しそうなほど大きな雄叫びによって掻き消された。
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