機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第二部 黒いガンダム
第五章 フランクリン・ビダン
第四節 闖入 第一話(通算96話)
前書き
救援は来た。
しかし、それは別の敵機を呼び込んだ。
それはルナツーのダグラス・ベーダーが敵となったということだ。
伏兵に焦るレコア。君は刻の涙を見る――
「グリプスからの援軍要請だと?」
チャン・ヤーは艦橋の艦長席にどっかりと腰を落ち着けて、剣呑な眼をオペレーター席から見上げる通信長に向けた。
「はっ、ダグラス中将の正式な指令書もあります」
「きな臭いねぇ……」
ふわりと浮いた、個性的というより顔立ちは整っているが、男を圧倒する戦闘的な強さを滲ませた女がそこにいた。相対するものにその肢体を想像させる肉感的なプロポーションをしている。
女の名はライラ・ミラ・ライラ。〈ルナツー〉きっての女傑で、指折りのエースパイロットであるが、敵を選り好みすることで有名だった。弱い敵と見れば、部下に任せてしまい出撃しないなどの行為があるため、彼女の部隊は〈ルナツー〉の正規軍にあって不正規扱いされていた。その割に脱落者が少ないのは、ライラの人徳かもしれない。
「嬉しそうだな?」
「戦争好きみたいに言うんじゃないさ」
ライラが気色ばむ。
眉間をひそませた表情に色気がある。妖婉さというか、戦う男を奮い起たせるようなものがあった。威圧感がありながら、包容力を感じさせる母性に似たものを、その内側に感じさせるからであろうか。
「好きな癖に」
「アタシはね、戦うのが好きなだけさ。戦争なんてバカげてるからこそ、遊びで戦ってるんじゃないか」
力みのなさに本音が垣間見える。ライラは何度言わせるのかという表情でチャン・ヤーを見やった。チャン・ヤーはチャン・ヤーでまたかという表情だ。二人の間に無言の会話が続く。口に出さずとも伝わるのは付き合いが長いからだろうか。一年戦争の頃から船乗りとパイロットと部署は違うが、同じ艦に乗り合わせて実に八年近い。
ライラのパイロットスーツは、艶やかな紫である。連邦では原則としてパーソナルカラーは認められておらず、これは部隊カラーだった。ライラの率いる部隊は紫と赤紫に塗り分けられた《ジム・カスタム》に搭乗している。部隊章は《薔薇と交叉した剣》だ。元々はライラのパーソナルエンブレムであったが、いつの間にか部隊章になっていた。
ライラの物腰から宇宙空間に馴れ親しんでいるのが判る。恐らく生粋のスペースノイドなのだろう。軽い足の動きだけで体をコントロールするのは、アースノイドにはできない芸当だ。
「で?」
「あん?」
ライラが艦長席の横に降り立った。チャン・ヤーはとぼけてみせる。ライラの質問は解っていたが、敵についての詳しいことが解っていなかったことと、得られた情報には箝口令が敷かれていた。が、そんなことを意に介すライラではない。
「どんな相手なのさ?」
獲物を見極める豹の眼に、愉しそうな表情を覗かせる。遊べる相手なんだろう?とでも言いたげな顔でだった。ツルリと顔を撫でて、ライラ相手では仕方ないと諦めた。他言無用とばかりにライラを一睨みしてから、口を開く。
「どうやら、グリプスに潜入したらしい」
「ヒュー!」
ほらきたとばかりに、チャンが眉をひそめる。ライラの口笛が勘に障ったのだ。こういう時のライラは軍人とは言い難い。趣味でMSパイロットをやっていると公言して憚らないのだから、誰も何も言うものではなかった。
ライラは職業軍人であるが、主義主張とは無縁だ。それこそ連邦の正義なぞこれっぽっちも信じていないが、ジオンの主張も眉唾物だとしか感じない。世の中はなるようにしかならないと思っている。ティターンズはいけ好かないスカした連中だが、反地球政府運動も胡散臭いと感じていた。
だからかもしれないが、〈グリプス〉への潜入を果たしたという連中に賛辞でも贈りたい気分だった。ただし、自分の獲物としてであるが。
「やるか?」
「今回は出撃るよ。第一小隊だけで狩ってやるさ」
やれやれ――そんな声を出したかのような表情でチャン・ヤーが通常航路からサイド1に進路をとるように指示する。理由は簡単だった。
「追撃を避けるなら、フライパスだろ」
ライラの言葉にクルーの誰もが納得する。〈ルナツー〉からの増援を避けるには天底方面か、サイド1へのショートカットしかない。宇宙の航路はそれほど多くは存在しないのだ。永遠に補給を受けなくてもよい永久機関を積んでいたとしても、人間が保たないからだ。
「復唱」
「進路サイド1方面、地球周回軌道。目標、反政府艦サラブレッド級」
副長が声を上げる。艦橋クルーがそれぞれに復唱し、各部署に指示を送った。
「総員、第二種戦闘配備。対宙監視を巌となせ!」
忙しく動き出した艦橋に用はないとばかりにライラは直通エレベーターへ向かう。去り際にチャン・ヤーに声を掛けた。
「艦長、パイロットは今の内に休ませとくよ。捕捉したら、スクランブルだ」
「許可する」
軍艦の艦長は搭載するMS隊の指揮権を持つとはいえ、多少の遠慮がある。MSの登場以来、艦艇はMSの掩護なしには戦闘できないからだ。そのことが、パイロットたちの口の利き方にも現れている。
ライラはニヤリと笑って、追認したチャン・ヤーを見た。チャン・ヤーはそんなライラを見ようともせず、漆黒のスクリーンと航宙図を睨んでいた。
「心配しなさんな、敵はアタシの獲物だよ」
チャン・ヤーはライラには答えず虚空を見据えていた。
後書き
序盤で最も書いていて愉しいのがライラです。死なせたくないキャラですが……。この人も過去を掘り下げたいキャラです。
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