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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第二部 黒いガンダム
第五章 フランクリン・ビダン
  第二節 人質 第一話(通算86話)

 
前書き
カミーユは出撃した。
アレキサンドリアを目指して。
エマは宇宙を駆けた。
カミーユの技倆に舌を巻きながら。
舞台に上がる役者が揃う、君は刻の涙を見る―― 

 
 フランクリン・ビダンは自室待機を命ぜられ、不服顔だった。そもそも夫婦揃って軍艦なんぞに乗り込まなければならない理由に納得できなかったからということもある。技術士官である彼と妻のヒルダがともに同じ艦に乗るということは不自然なことだ。しかも、半ば強引に乗せておいて行動の自由がないこともイライラの原因だった。

「バスクめ……何を考えている」

 毛嫌いという程でもないが、あの尊大な態度は嫌いだった。妙に威圧的な態度をとるのも虫が好かない。旧知の軍人はそう多くないが、連邦兵器開発局の総責任者でRX計画推進者であるゴップ大将などは技術士官に対して丁重であったことを思えば、バスクが如何に技術士官を軽く見ているか解ろうというものだ。

 だが、フランクリンはフランクリンで軍人を蔑んでいる。お互い様といえはお互い様なのだ。

――ビーッ、ビーッ。

 けたたましく呼び出し音が鳴る。フランクリンは煩わしそうにベッド脇のモニターをつけた。モニタに写ったのはジャマイカンだ。フランクリンはバスク以上にジャマイカンが好きではなかった。

「なにか?」
「大尉、朗報だよ。ご子息が投降してこられた。本人確認をしていただきたいので、ブリーフィングルームまでご足労いただけますかな?」

 慇懃無礼とはジャマイカンのためにあるのではないだろうかとフランクリンが思うほど、丁寧な口調がジャマイカンの悪意を感じさせる。嫌な予感がするとともに、カミーユの投降というのが引っ掛かった。

(何故カミーユが……?)

 家出同然に士官学校へ行ったきり、音信不通になっている息子が何故ここにいる?風の噂で月面駐屯軍に編入されたことは知っていたが、反政府組織に加担していた……いや、何かの間違いだ。カミーユは去年卒業したばかりなのだ。

(ヒルダは知っていたのか?)

 いや、そんなはずはない。

 妻とて出向組とはいえティターンズの技術士官である。息子がそんなものに関わっていることを知れば、辞めさせているだろう。だが、カミーユは言うことを聞くだろうか?フランクリンには自信はなかった。

 子供の教育に関わりを持たず、妻に任せきりにした結果を突きつけられているのだ。父親と子供の繋がりより母親との繋がりが強いとはいうが、それに託つけて仕事にのめり込んだ。ただ癇癪の強い息子の相手を煩わしがって仕事に逃げただけだった。妻に対してはそういう負い目もあり、夫婦関係は拗れていく一方で、家に帰らない日が続いた。そんな折、フランクリンは部下のひとりと親密になってしまい、益々家庭を顧みなくなってしまった。今や週の半分は愛人宅に通っているような状態だった。

 子供というのは、親同士の微妙なすれ違いをすぐに知ってしまう。事実や理由に関わりなく、肌で感じてしまうのだ。だが、カミーユが出ていった理由が、自分にあるとは思わないのがフランクリンという男だった。

「ジャマイカン少佐、妻は……」
「中尉には既にミーティングルームに行ってもらった。大尉も急いでくれよ」

 フランクリンはモニタを大慌てで消すと、ミーティングルームへと急いだ。妻に確認すべきことがある。息子よりも、妻と先に会わなければならない。そして、自分の立場を守らなければ……。そして、マンションで独り待つ彼女は自分しか頼るものはないのだから。

「ヒルダ……」

 ブリーフィングルームに妻の姿を見て、声を掛けようとした。が、妻の肩越しに息子の顔を見つけて、絶句した。

 意思の強そうな一見女と見間違うばかりの青年がそこにいた。数年振りの懐かしさや家族団欒という雰囲気とは全く異なる、何しに来たんだと言わんばかりの非難顔だった。

「……カ、カミーユ」

 カミーユはふんっと顔を背け、ヒルダと何言か話している。あからさまな無視にフランクリンはむっとしたが、子供の態度にいちいち反応するのは大人気ないと堪えて問い掛けた。

「どういうことだ?」
「どうもこうもない。母さんにも言ったけど配属先がグラナダだっただけさ」

 詮索を拒絶した息子を前に狼狽える訳にはいかない。妻を促して事情を確認しようとするがヒルダも曖昧なままだった。

「一体どうなっているんだ」
「私にも解りませんよ。カミーユが反政府組織から投降してきたなんて……」
「だから、言っただろ。配属先がグラナダだっただけで、反政府組織なんか知らないって。エマ中尉に知らされるまで何も知らなかったんだ。エマ中尉から頼まれて、《ガンダム》も取り戻して来たのにっ」

 なんだってこんな扱いを受けなければならないのか。知ったから脱出してきただけだというニュアンスを残して言葉を切る。フランクリンにはティターンズの対応の方が理解できる。自分と妻が確認するまでは、潜入を疑わなければならない。だが、カミーユにとっては不満の種だった。

「落ち着くんだ、カミーユ」

 父親の威厳を取り戻そうと、カミーユに向き直る。しかし、カミーユはそんなフランクリンの態度さえも気に入らなかった。

「そんなことより、なんで親父とお袋がここにいるんだ?いつから艦付きになったんだよっ」

 いるはずのない二人がここに居るために、カミーユは行動に制約が掛かってしまった。いくら仲が悪いとはいえ、両親には違いない。だから身動きが取れないのだが、それが仲間を危険に晒している。そこに対する責任を感じざるを得なかった。 
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