星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
敢闘編
第七十三話 蠢動
帝国暦484年7月23日22:45
ヴァルハラ星系、オーディン、ブラウンシュヴァイク公爵邸、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
今夜は泊まっていけとブラウンシュヴァイク公に言われ、用意された客間で休む事になった。腹が減ったなら夜食も用意してくれるという、至れり尽くせりで有難い事だ……詮索は止めろ、か。やはり大貴族という種族は自己保身に走るのか。いくら姉上に危害は及ばなかったとはいえ、同じ様な事は今後いくらでも起こり得るのだ。俺の家は帝国騎士、キルヒアイスは平民。幼年学校でも似たような事は度々あった。姉上があの男の寵愛を受けているという事もあって、特に大貴族のボンクラ息子どもからの中傷や反感は大きい物だった。姉上は無理矢理後宮に連れて行かれたのであって自ら望んだ訳ではない。姉上、そして俺やキルヒアイスの何が悪いと言うのだ?賤しい平民?貴族とは名ばかりの帝国騎士?望んでそうなった訳ではないし、生まれついた訳でもない。俺達を否定し軽蔑するという事は、帝国も支える土台を否定するのと同じという事に気付かないのだろうか…。
「ラインハルト様」
ドアを叩く音と俺を呼ぶ声が同時にした。この家で俺をそう呼ぶのはキルヒアイスしかいない。
「構わない、入ってくれ」
キルヒアイスは音も立てずにドアを閉じると、コーヒーを淹れだした。
「大丈夫ですか、ラインハルト様」
「さっきの話の事か?腹ワタが煮えくり返る、というのはまさしくこの事だろうな」
「それにしては大人しくされていますね」
そう言って、キルヒアイスは微笑する。
「茶化すなよ。俺だって公の言う事は分かる、だが詮索するなと言われてはな。姉上の身の安全もかかっている」
「それについてですが、公、そしてヒルデスハイム伯から頼まれました。後の事は私に説明せよ、と」
「ほう…?」
俺達を呼んだのは、この件に関する認識を共有する為だという。後で聞かされるのと、その場で見聞きするのでは印象が違うからという事らしい。確かに後から人づてに聞くのでは、話してくれた人物の思考のフィルターがかかってしまう。こちらから質問しても、その人物の考え方が多少なりとも入った物が返事として返ってくる。言葉の受け取り方が人それぞれ違うから起きて当然の事なのだが、それなら関係者が一同に介して話した方がいい。その場は荒れる危険性はあるが、後から聞かされていないなどと騒がれるよりは余程いい…という理由からだそうだ。だが詮索するなと言っておきながら、わざわざキルヒアイスに説明させるのは何故なのだ?
「詮索無用と公は言った。なのに何故お前に説明させる?」
「気が変わったと。ミューゼル大佐はグリューネワルト伯爵夫人の身内、騒いでもためにならぬ。だが詮索するなでは大佐も身内の事ゆえ納得すまい、ワシに代わって説明してくれ、ワシから聞かされたのでは大佐も怒りが収まらぬやも知れぬと…公はこの件に関しては、自分の名に懸けて何らかの決着ををつけると私に約束してくれました」
「決着をつける…」
意外な気がした。ヒルデスハイム伯ならまだ分かるが、ブラウンシュヴァイク公も俺の事高く買っているのだろうか。何故にこうも親切、いや親身なのだろうか…。
「はい。実は最初に食って掛かったのは私なのです。まあ、公ではなくフェルナー大尉に、ですが」
「大人しく出来なかったのはお前の方だったな」
「はい、お恥ずかしい限りですが…この件の捜査を始めた時、大尉に言われたのです。少佐はミューゼル大佐の家臣ですか、と」
「…キルヒアイス、俺はお前を家臣などと思った事はない。お前はかけがえのない友達だ。そして…」
「解っています、ラインハルト様。でも私は大尉に、そう思ってもらって構わないと答えました」
「キルヒアイス…」
「私とラインハルト様のこれまでの関係性からいって、そう答えるのが自然だと思ったのです…まあそれはさておき、捜査が進むにつれて、この件の正体が見えてきました。そこで大尉と口論になったのです」
「黒幕は誰で、それをどうするか、という事だな。詮索するなと言うくらいだ、公の身内が居るのだろうな」
「はい。フレーゲル男爵、コルプト子爵の名が挙がっています。彼等はアンネローゼ様が後宮に居る事、我々がヒルデスハイム伯爵の元で働いている事が腹立たしい様です。そしてブラウンシュヴァイク公がアンネローゼ様を庇護しているのも許せない」
「我々が同門の側に居る事が気に食わないという事だな。ベーネミュンデ侯爵夫人の名を借りた意趣返しという事か」
「その通りです。アンネローゼ様に罪を着せるか、その疑いを持たせればアンネローゼ様も後宮から追い出す事が出来る、同時に連座させて我々も追い出す事が出来る…」
「連中としてはしてやったりという訳だ。充分に害意は成立しているな」
「はい。あとはグレーザーを実行犯に仕立てる…その手筈でしたが、皆が予想もしなかった事が起こります。クロプシュトック侯の反乱です。あの件が黒幕達を怯えさせた。黒幕達はあの件とは無関係ですが、あの事件が起きた事で彼等の中で疑念と恐怖が生じたのです」
「恐怖を抱く理由があったのだな」
「はい。事件が起きた時点で、黒幕達は侯爵夫人を焚き付ける以外には特に何もしていませんでした。ですがブラウンシュヴァイク公爵邸で爆破テロが起きた。あからさまに皇帝を狙ったものです。テロが成功していたら…考えたくはありませんが当然アンネローゼ様だけではなく皇帝そしてブラウンシュヴァイク公、他の出席者も巻き込まれた筈です。黒幕達はアンネローゼ様を追い落とす為に謀議していたのであって、皇帝や公、その他大勢を巻き込む事は考えていないのです。どこからかこの謀議が漏れているのではないか、と…」
「陰謀を弄ぶ故の恐怖か…もしそうなら陰謀を知った者から密告すると脅迫されるか、逆にその者に陰謀を利用されるか、だ。フレーゲル達は後者だと思ったのだろう」
「はい。テロの犯人は状況からいってクロプシュトック侯で間違いありませんが、ブラウンシュヴァイク公主催の園遊会で、しかも皇帝の行幸を得ている園遊会を欠席するとなると、大貴族にとっては余程の事です。あの時点では理由をつけて欠席した者達は必ず疑われる」
「確かにあの場にはアイツ等は居なかった。姉さんだけでなく、俺やお前まで居るのだからな、顔も見たくないとでも思ったのだろうよ」
「ハハ、そうかもしれませんね…ですが意趣返しまでは大目にみても、結果皇帝に被害が及ぶ恐れがあったとなれば話は変わってきます。軍がクロプシュトック侯討伐に向かったものの、それとは別に公の直命でフェルナー大尉と私が動いているのを知った黒幕達は時期的に考えて、私達が捜査しているのはテロの件だと思ったのです。彼等はこの時点では手紙の存在を知りませんから、そう思うのも当然です。謀議が漏れているかもと怯えていた彼等は、テロの罪まで着せられては敵わないと密かに公に泣きついた」
「ふむ…しかしグレーザーは黒幕達の存在を知っていたのか?」
「彼等が出入りしていたのは知っていたと言っていました。そして彼自身は関与していないにも関わらずコルプト子爵から密告を疑われる様になった…グレーザーとしては全て侯爵夫人の妄言と思っていた訳ですから、怯えるのも当然です。この事が決め手となって手紙を書いたと言っていました」
「実行犯の候補になった上に密告を疑われる…次は切られるのと考えるのは、健全な頭の持主なら容易に想像出来る事だ。フレーゲル達とグレーザー…それぞれが個別に怯えた結果、姉さんは無事だったという事か」
姉上の無事は素直に喜ばしい事だが、何とも情けない連中だ。自分勝手に他人を妬んで陥れようとした上に、都合が悪くなるとそれから逃げようとする…度しがたいにも程があるというものだ。だが…。
「おおよその事は分かった。だが一つ気にかかる事がある」
「何でしょうか?」
「ブラウンシュヴァイク公はこの事を…フレーゲル達の企みを元から知っていたのではないか?」
俺の問いにキルヒアイスは目を静かに閉じた。意趣返しは大目にみても、というキルヒアイスの言葉に違和感を感じたのだ。公の黙認があればこそフレーゲル達は泣きつく事が出来たのだ。多分公にはフレーゲル達の気持ちも分かるのだろう。成り上がり者を蹴落とす。我々を庇護下に置いた事は公にとってはヒルデスハイム伯からの希望や政略面からの思惑からだろうが、それを一門全てが納得しているとは限らない。ましてやフレーゲルは以前から俺の事を『金髪の嬬子』呼ばわりしていた。ガス抜きの為と思ったのだろう、意趣返しなら、と暗に認めたに違いない。だがそれも収拾出来る範囲に留めろとも示唆した筈で、まさかベーネミュンデ侯爵夫人まで巻き込んでいる事までは知らなかっただろう。だが事態は思わぬ方向に行ってしまった…。
「…はい。知っていた様です。どの様に実行するかまではご存知なかった様ですが」
公は多分激怒しただろう。想像もしたくないがもし成功していたならばどうなったか…確かに姉さんは後宮から追い出されただろう。だがそうなればベーネミュンデ侯爵夫人がここぞとばかりに囃し立てるのは目に見えている。だが姉さんが後宮から居なくなっても皇帝の寵は侯爵夫人に戻るとは限らないのだ。となると侯爵夫人は益々騒ぐ。夫人を利用した企みも表に出るかもしれない。となれば当然侯爵夫人も後宮を追い出されるだろう。
皇帝は寵姫を二人も失なった上に妾の管理も出来ぬお方と陰口を叩かれ権威は失墜だろうし、それに糸を引いているのは皇帝の外戚の片方とその一門…。リヒテンラーデ侯やリッテンハイム侯がその状況を黙って見ている訳はない。皇帝が望まなくともブラウンシュヴァイク公も何らかの処罰を受けるだろう。俺や姉さんへの意趣返しどころの話ではない、全く何も得る物がない上に新たな宮廷闘争の始まりだ。
いくら自分の甥であっても自分を危険にさらした者を公が放っておく筈もない。ブラウンシュヴァイク一門では内部粛清が始まるかもしれない。そしてまた新たな混乱の種が生まれる…。とんでもない話だ。
キルヒアイスはどんな気持ちで公の言葉を聞いたのだろう。俺なら耐えられただろうか…。事情を知りながら素知らぬ顔をするブラウンシュヴァイク公…詮索するなと言った公の気持ちも分かるが、これではまるで喜劇ではないか。だが喜劇なら人の命は危険に晒される事はない。出来の悪い喜劇……。
「キルヒアイス」
「はい」
「力が欲しいな、何者にも負けない力が。そうは思わないか」
「ラインハルト様、ここでは」
「構うものか…初代皇帝ルドルフは最初から皇帝ではなかった。貴族ですらなく、銀河連邦のいち少将だった…奴は実力で成り上がった。ルドルフに出来た事が俺には出来ないと思うか?…ふん、独り言だ。世辞も追従も要らないぞ」
「…では、当面の目標を決めなくてはなりませんね」
「ふん、とりあえずは艦隊司令官から宇宙艦隊司令長官だな……で、公の言った処罰というのは公式な物なのか」
「それについては何とも…」
「皇帝の寵姫を害しようとしたのだからな、厳しく罰してもらわねばならん。身内の立場としてはこの手で殺してやりたいくらいだ」
「ラインハルト様」
「これくらいはいいだろう…だがグレーザーはどうなるのだ?言わば奴は犠牲者だろう。そして訴え出た張本人だ。情けをかける訳ではないが、奴も何か罰を受けるのか」
「譴責の上解雇、という形になりますが…五日前から所在不明となっています」
「所在不明?」
「はい。接触して以来、フェルナー大尉と彼の部下が交替で監視していたのですが…」
「監視の目をかいくぐって姿を消したと?フェルナー大尉は監視対象を見逃す様な間抜けには見えないが…とすればその部下も間抜けではない筈だ。違うか?」
「私もそう思いますが…最悪の場合、大尉の独断、という事も有り得ます」
「…有り得ない事ではないな。有っては欲しくないものだが」
「大尉も困っていました」
「困っていた?自分が疑われる事が?グレーザーが消えた事が?どちらにせよこれで詮索は不可能だ。フレーゲルやコルプトに直接聞く訳にはいかないのだから」
臭い物には蓋、とは日常でも当たり前の話で、早くどうにかしなくてはならない事の一つだ。早ければ早い程良い。フレーゲルの立場であれば自分達の身の保全の為、フェルナー大尉…ブラウンシュヴァイク公の立場であっても同じ事だ。世の中、納得できなくても受け入れなくてはならない事が多い。権力者達が関わっているとなれば尚更だろう。
部屋の中に再び静寂が訪れようとする中で、コーヒーカップの音だけが静寂に対抗している。それに耐えかねた訳ではないだろうがキルヒアイスが再び口を開いた。
「一つ気にかかる事があります。グレーザーはフェザーンと繋がっていました。侯爵夫人付の宮廷医になれたのもフェザーンの手回しがあった様です」
「フェザーンだと……」
宇宙暦793年8月15日14:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、統合作戦本部長公室
シドニー・シトレ
「それで、貴官はこの先どうなると考えているのだ」
「この先、とはどういう意味でしょうか」
目の前にいるこの男…ウィンチェスター少将という男はたまにとぼける所があるのが悪い癖だ。心底とぼけている様にも、わざとやっているかの様にも見えるのが腹立たしくもある。慣れている私ですらそうなのだから、そうでない者にとっては尚更腹立たしい事だろう。
「どういう意味ではないだろう、君!上司が質問しているのだからちゃんと答えんか!」
特に、私の目の前にいるもう一人の人物、ネグロポンティ氏にとっては、馬鹿にされている様に感じているに違いない。
「この先というのが小官の今後という事なのか、同盟の今後という事なのか、帝国の今後という事なのか…主旨が曖昧で判別しかねる部分がありまして」
「何を言っとるんだ君は!本部長や国防委員の私が聞いておるんだから同盟軍の採る今後の戦略に決まっておるだろうが!」
「はあ…そういう事でしたら政府の決定事項に軍は従うのみであります。軍が勝手に戦略方針を決める事は出来ませんし、いち少将でしかない小官が憶測で勝手に語る事は出来ません」
多分、ウィンチェスターはネグロポンティ氏が嫌いなのだろう。
「君は私を馬鹿にしているのか!方針については君に聞けと本部長が言ったのだ!どうなっとるんだね本部長!」
「申し訳ありません。少将、同盟軍の採る今後の方針について、貴官の思う所を述べてみたまえ」
「まさか、小官の意見が採用されるのですか?」
ネグロポンティ氏は沸点が余程低い人物の様だ。沸点が低くなる理由が判らんでもないが…。
「それはまだ分からん、だが来年度の予算折衝に必要な事なのだ!」
「とすると…国防委員会はいち少将の私案というあやふやな物で来年度の予算折衝を行おうとしているのですか」
「そんな事は言っていない!」
「ですが、そう仰っているのと同じではありませんか。小官は軍の最高責任者ではありませんし、例え本部長が小官に聞けと申されたとしても、軍の進退に関わる様な事をおいそれと申し上げる訳にはいきません。ここで小官が何か発言してそれが議題に挙がる。それが軍の公式見解ではないとなったら、誰が言ったのだ、という話になります。小官は槍玉にはあげられたくありません」
国防委員というのは厄介だ。評議員には変わり無いから自分の点数を上げる為に色んな事を言ってくる。ネグロポンティ氏も委員会での点数稼ぎの為にここに来たのだろう。予算に関わる話など、いち国防委員に話す物では無いし、本当に予算に関わる話ならこうやって突然来る事など有り得ない。
「私案を示せというのが本部長の命でもかね?」
「はい」
「…国防委員長に報告するが、構わないかね?」
「ご自由に」
ご自由に、と言われてはネグロポンティ氏は何も言い返せないだろう。勝負あったな。
「委員、少将には本職からよくいい聞かせておきますので、今日の所はお引き取りを。いやはや、強情で本職も困っておりまして」
「…了解した。また日を改めるが、この件は国防委員長に報告するからな!」
肩を震わせながらネグロポンティ氏は公室を出ていった。
本当に報告するとしたら、氏も大した人物ではない。
「本部長」
「何かね?」
「面倒を小官に押し付けるのは止めて下さい。小官は暇ではありません」
「艦隊の編成は貴官がやっている訳ではないのだろう?」
「それはそうですが」
「しかし見事な物だな、私の意を汲んで見事に追い返した」
「言った通りですよ。小官の発言が軍の来年度予算に影響するなんて事になったらとんでもない事態です。私的ルートで予算に口出した、なんて思われたら軍も小官自身も迷惑極まりない」
「そうだな。軍部の中にも国防委員や懇意の評議員に私案を持ち込む輩がいる。結果情報漏洩が生起して軍部は信頼を失う。利敵行為だよ」
国の為、と言いながらやっている事は点数稼ぎに過ぎない。そういう連中を厄介に思うが故に、追い払おうとして喋ってしまう事がある。その結果起こるのは情報を漏らした者の特定、マスコミ対策、防止策の策定、軍法会議…後ろ向きの仕事ばかりなのだ。国防を司る評議員達が発生原因だとしたら、自ら負け戦に突き進んでいるとしか思えない…。
8月15日14:30
同所、ヤマト・ウィンチェスター
全く、ネグロポンティを追い返す為だけに呼び出しやがって…俺は忙しいんだ!
ハイネセンに戻ったら少将に昇進、新設する艦隊司令官への内示を受けた。当初はどこかの艦隊の参謀長か副司令、または分艦隊司令として転任する筈だったんだが、空きがない。どの艦隊の司令職や参謀長もアムリッツァ占領以降の新体制になったばかりで理由もなく転任させる訳にもいかないし、同じ理由で先日の防衛戦では俺達以外昇進していないのだ。だから空きがない、という事で既存の艦隊への転任は無くなってしまった。艦隊への転任も望んだ訳じゃない、いっそ査閲部とかに回して貰えませんか、と頼んでみたけど、そこも空きがない。じゃあ統合作戦本部勤務のままでいいじゃないですか、とも言ってみたものの将官配置の空いている役職は本部次長しかなく、しかもその配置は大将または中将が充てられるらしい。では高等参事官のままか本部長の副官ではどうですか、と言ってみたら、高等参事官は臨時の物だし本部長の副官は大佐または中佐配置だという。そういえば、劇中では本部長の副官って見なかったな…。
「やはり今でも艦隊司令官は気が進まないかね?」
シトレ親父はにやにやと笑っていた。
「少将という身分で独立した艦隊司令官というのはどうも…」
「だが、いずれは貴官も中将という地位を得て艦隊司令官職を経験するのは確実だ。それが少し早くなっただけだ」
「それは本部長の仰る通りなのですが…小官を目立たせなくする為に高等参事官にしたのではありませんでしたか?」
「目立たせたくなくても目立ってしまうからな、君は。であればむしろそのまま突っ走ってもらって、最高位を極めて貰おうと発想の転換をしたのだよ」
「小官に統合作戦本部長に就けと!?」
「宇宙艦隊司令長官でもいいだろう。君がそういう地位に就けば、君の理想とする同盟軍を創る事が出来るぞ」
「出来れば小官はこのまま閣下をお支えしたいのですが」
俺がそう言うと、シトレ親父は応接セットを見やった。はい、コーヒーですね…。コーヒーを用意する間にシトレ親父はデスクを離れてソファに深々と腰を下ろした。
「…君は私の好みをよく判っているようだな」
「何度も淹れてますので」
「はは、そうだったな…今でも充分に支えて貰っている。ルーカスに君を臨時に宇宙艦隊司令部に容れるように言ったのは私なのだ、想像はしていただろうがね」
あれは本当に寝耳に水だった。臨時とはいえ准将が前線指揮するなど有り得ない。
「君は権限を与えられ、見事に任務を果たした。君のスタッフもそうだ。君とヤン准将とで分割指揮した」
「あの時は小官は准将、ヤン准将もまだ大佐でした。敵の増援の有無が判らず、やむを得ず二つの宙域に分けて兵力配置を行いました。そして小官は総参謀長、ヤン大佐は次席参謀でした。小官はすでに将官でありましたからまだいいとしても、ヤン大佐にはかなり迷惑をかけてしまったと思います。権限があるとはいえ大佐という階級では艦隊司令官への抑えは効きません。つらい任務だったと思います」
「だが君は、君達は成功した。それで私は再確認したのだよ」
「再確認…何を再確認なさったのですか」
「私の引退の時期だ」
ページ上へ戻る