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海底で微睡む

作者:久遠-kuon-
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狭間-白 睡蓮が浮かぶ水辺

 白く濁った空。
 見上げても、雲があるのか晴れているのかもわからない。ただ、優しい乳白色の光が、どこからともなく降り注いでいる。

 足元を見下ろすと、ふくらはぎくらいの高さまで、辺り一面に睡蓮の花が広がっていた。
 白やピンク、淡い紫色の花びらが、まるで絨毯のように水面に浮かんでいる。その高さまでは確かに水があるようで、でも足が濡れている感覚はない。少し変な感じがする。

 そっと自分の体を確認してみる。
 死ぬ間際にできた、深い刃物での切り傷は全て消えていた。首を絞められていた痛みも、もうない。あの時の息苦しさも、恐怖も、何もかもが嘘のように消え去っている。

 さらに不思議なことに、服が——少し変わっている。
 生前は黒いミニスカートのタイトワンピースを着ていたけれど、その裾が膝下くらいの長さまで伸びている。まるで、上品なドレスのように美しい。でも、こんな美しいドレスを買った覚えは一度もなかったし、そもそも着替えた覚えも——

「……本当に、死んじゃったのかな」

 声に出してみても、自分の声がどこか遠くから聞こえてくるような感覚だった。

 ここでただ立っているだけじゃ、まだわからない。もしかしたら、まだ生きているのかもしれない。夢を見ているだけかもしれない。

 そっと足を前に出してみる。ちゃぽ、と小さな音を立てて、水面が揺れた。
 睡蓮の花びらが、波紋に合わせてゆらゆらと揺れる。まだ、体があるみたい。触れることができる。音も立てられる。

 また一歩、また一歩と、歩を進める。
 水の感触はあるのに、足が濡れることはない。不思議な世界だった。

 お母さんが死んでしまったあの日から、水も少し怖かったけれど——これは不思議と、怖くない。
 あの日の海は私から母を奪っていった。でも、この水は違う。まるで、優しく包み込んでくれているみたい。

「……ここは、どこなのかな」

 声は静寂に吸い込まれて、やがて消えていく。
 でも不思議と、怖くはなかった。 
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