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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第89話 自称後見人

 
前書き
ようやく書き上げました。ホントいつも申し訳ございません。

仕事の強弱が不定期であることが一番なんですが、やはり長編になればなるほど過去との整合性を
チェックが多くなっていき、書いているうちに見直したりしてどうにも筆が進みません。

今回は戦闘はありません。10000字をだいたい目指しているんですが、どうもクドクドと書くように
なってしまうのが劣化でしょうね。 

 
 宇宙歴七九〇年 二月一九日 ダゴン星域 アシュドット星系

 第四四高速機動集団はかろうじてメルカッツ艦隊の追撃を逃れたわけだが、問題は山積だ。

 まず燃料が尽きかけている。二度の会戦と逃走劇で想定を上回る燃料が消費され、巡航速度でカプチェランカ星系に向かうので精いっぱい。早急に補給の必要がある。

 次に兵器がない。燃料がないのでエネルギー兵器の使用は節約せざるを得ない。機雷は全て撃ち尽くした。レーザー水爆も中性子ミサイルも、相当な数を消費した。補給艦に確保されている分を戦闘艦艇に分配しても充足率は二〇パーセントを僅かに超える程度。一会戦分といったところだ。

 最後に兵員の疲労が激しい。特に最大戦速で舵を握っていた航法要員達の神経は殆ど擦り切れ寸前だ。集団は経済速度にまで落とされ、よほどのことがない限り舵を握ることのない戦闘士官が代わりに配置について、航法士官はタンクベッドへ物理的に担ぎ込まれた。

 それでも第四四高速機動集団の士気は高い。エル=ファシル星系からアシュドット星系までの長距離を走り抜け、さらに二つの戦いで優勢を確保している。損害もないわけではないが、今は興奮の方が勝っているのだろう。交代でタンクベッド睡眠をとり、疲労が抜けた将兵は先を争うように食欲を満たすべく艦内食堂に突撃する。飲酒も許可され、ベッドに戻る途中の廊下でぶっ倒れている若い兵がいるようなありさまだ。

 一方司令部はほどほどに忙しい。三交代で二時間毎の休憩を取った後は、戦後処理と次の戦いに向けた準備を進めている。カプチェランカ星系の友軍とは超光速通信の連結が図られ、相互の状況も確認されている。第八艦隊と付属部隊は順調にカプチェランカ星系の制宙権を確保し、地上軍がカプチェランカⅣに降下して制圧を試みている段階だという。しかしアトラハシーズ星系で三〇〇〇隻のイゼルローン駐留艦隊と遭遇している以上、近日中には艦隊決戦となる可能性が極めて高い。

 第四四高速機動集団の補給不足に対しては、第四一二広域巡察部隊より一個巡航艦戦隊を護衛戦力として抽出し、第八艦隊付属の巨大輸送船一〇隻と共に分派するので、中途星系にて合流し補給せよとの指示が下った。半ば敵地というダゴン星域で随分とのんびりしたことをするとは思うが、カプチェランカ到着早々戦闘となる可能性が高いことを考えれば致し方ない。

「まぁダゴン星域内を帝国軍が分進進撃する可能性は極めて低いだろうな」

 アシュドット星系の跳躍宙点に設置した無人偵察衛星から、帝国艦隊出現の報告が来ないのでじりじりしているモンティージャ中佐は、結局司令部会議室でガムを噛みながらブライトウェル嬢の勉強を見ていた。情報将校という生き物はだいたい多芸なのだが、モンティージャ中佐は自然科学系それも地学が得意なのは意外だった。

「何しろ俺達がダゴン星域に入ったことは帝国軍もご承知のことだろう。去年自分達がイゼルローン攻略部隊相手にやった補給線襲撃を、今度は自分達にやられるわけにはいかないと考えているだろうし」
「カプチェランカ星系より帝国側のハルパス星系に集結後、艦隊決戦を挑んでくるのはまず常道として、その数ですよね」
「第八艦隊自身が事前に情報を漏らしている可能は低いから、政治ルートか後方ルートかフェザーンか。ジャムシードで感づかれたとして、我々が主力と合流する二月二四日以降になっても帝国艦隊がカプチェランカに現れていなければ、少し考える必要があるだろう」

 ジャムシード星域で第八艦隊の挙動を感づかれて、その目的をダゴン星域と推定しても帝国軍は容易にはイゼルローン駐留艦隊を動かすことは出来ない。一万五〇〇〇隻という数は駐留戦力としては大きいが、第八艦隊と付属部隊を合わせた数にほぼ互角。イゼルローンを空にするわけにもいかない故に、本土からの増援部隊が主力となる……これは出撃前の作戦会議で出された結論だ。二月二四日は第八艦隊がジャムシード星系を離れてから二五日目。経験則から帝国軍が本土より遠征軍を送り込む最短の日数となる。間違いなく一万七〇〇〇隻を超える戦力が来るだろう。本来なら来寇はもう一〇日は遅くなるはずだったが。

「予算承認、順調にいけばいいんですがね」
「二月はちょうど年度のど真ん中だからな。宇宙艦隊司令部は事前準備をしてくれているだろうが、上手くいかなきゃ予備費出動になる」
「そうなると統合作戦本部長がいい顔しないでしょうね」
「流石にこれ以上シトレ中将にデカい面させるのは、お好みではないようだからな」

 現統合作戦本部長ジルベール=アルべ元帥は来年で本部長改選となる。この戦いは宇宙艦隊司令長官がサイラーズ大将に変わって以降初めての艦隊規模での出征。成功すれば当然シトレの功績だが、同時に作戦を推したサイラーズ大将の功績になる。シトレが大将に昇進するかどうかは微妙なところだが、仮に昇進したとしてポストの問題が出てくる。サイラーズ大将に残されたポストは統合作戦本部長しかない。そうなるとアルべ元帥は必然的に次の改選時に勇退を余儀なくされる可能性が出てくる。

 しかも正式に国防委員会と財務委員会の承認を通さない予備費出動は『事後承諾』となる上、両委員会において統合作戦本部長か次長が後日状況説明をする必要がある。余計な面倒ごとを押し付けられ、さらに自分のポストを危うくするような話など面白いはずがない。次長となると、宇宙艦隊司令官職をサイラーズ大将と争ったロカンクール大将が出張ってくる。

 その点を作戦会議で俺は質したわけで、シトレも重々承知してしっかり根回しはしているのだろう。朝寝坊の幼馴染が財務委員にいるのは大きいとは思うが、作戦を承認した統合作戦本部長がへそを曲げるようなことはなるべく避けたい。そのあたりも含めて国防委員会にもちゃんと根回しした方がいいとは思うが、国防委員会に所属する怪物とシトレは、俺の処遇なども含めてもはや武装中立といっていい間柄だ。

「一番都合がいいのは、敵が近々でのカプチェランカ奪回を諦め、六月以降に出征してくるパターンだな」

 そうなれば迎撃作戦となる為、予算の通りは早い。事前予算で六月にはダゴン星域のパトロールに一個艦隊があてがわれている。しかもその時には第四四高速機動集団はハイネセンに帰還している。半年せずして再出動しているのだから、三ヶ月程度の休暇を与えられても問題はない。

「そうなれば地上軍の制圧期間も大きく取れますからね。かつ十分な防御態勢も取れるでしょうし」
「その時は改めて地上軍への口利きをボロディン少佐にお願いすることになるだろうな」
「口利き、ですか?」

 モンティージャ中佐が俺にそんなことを求めてくるというのも珍しい。だいたい機動集団のペーペー参謀が、地上軍にどんな口利きができるというのか? 俺が首をかしげると、中佐は興奮したチンパンジーのように目を輝かせてブライトウェル嬢の開いている教科書を指で叩いて言った。

「カプチェランカってな、惑星自体が金属鉱山みたいな星なんだ。分厚い氷の層はあるし、人間共の都合でろくな地質調査が行われていない。どうやったらこんなヘンテコな地質構造の惑星ができるのか、是非とも地上に降りて見たくてね。地層図も地質断面図も作りたいな。ボーリング機材も大気圏内航空機も地上軍なら持っているだろうし」

 本当に好きなことになると、人間って急に早口になるんだよなぁ。俺は、中佐の豹変に引き攣り笑いを浮かべるブライトウェル嬢を横目に、そう思うのだった。




 
 二月二四日〇六〇〇時。

 途中シドン星系にて補給船団と合流した第四四高速機動集団は、無事にカプチェランカ星系に到着した。三日間で後方からの追撃もなく、将兵の肉体的疲労は一応回復している。惑星カプチェランカ周辺宙域は味方艦ばかりで、今のところ敵影はない。

「どうやら息災でなによりだな」
「それはこちらのセリフですよ。ボロディン先輩」
「ヤン、俺は皮肉を言ってるつもりなんだが?」
「十分承知してますよ。パンチ力が足りません。キャゼルヌ先輩の域にはまだまだ」

 第四四高速機動集団の合流により、作戦指揮官シトレ中将の命令で第八艦隊旗艦ヘクトルの会議室に作戦麾下全部隊の指揮官幕僚が集められた。第四四高速機動集団が集積したアスターテにおける帝国軍の行動の確認と、今後の作戦遂行における各艦隊の行動確認というところだ。

 そこで当然第四四高速機動集団のエル=ファシル星系からカプチェランカ星系迄の行動を説明することになったわけだが、案の定、第八艦隊や付属艦隊の参謀達からは『四四は運が良かったな』という僅かばかりの嘲笑を含んだ評価が述べられた。実際運の要素は大きかったから、短気な爺様も意外と血の気の荒い参謀長も声に出してキレることはなかったが、握りこぶしの血管がピクピクしているのは見逃せない。

 取りあえずは取っ組み合いになることなく「艦隊戦力が来たら、事前の打ち合わせ通りに対応する」という結論に達し、会議は散開。そして俺は会議室の端っこでヤンに捕まったというわけだ。

「ハイネセンの様子は第八艦隊司令部に入ってきているのか?」
「一応は。ただ駐在武官から新たな帝国軍の動向は未だ確認されていないという情報も入ってきました」
 紙コップの珈琲を嫌そうに傾けながら、ヤンはつまらなさそうに呟いた。
「先輩はフェザーンにいらっしゃいましたよね? これ、どう思います?」
「二万隻は固いな」

 イゼルローンから三〇〇〇隻の増援をダゴン星域と接するアトラハシーズ星系に送り込み、アスターテ星域防衛にメルカッツと四五〇〇隻を配備したのだ。第八艦隊の目的がカプチェランカとはっきりした以上、イゼルローン要塞駐留艦隊の残り一万二〇〇〇隻と帝国辺境駐留の即応戦力が加わり、新規にオーディンから戦力を出動させずとも二万隻程度の遠征軍は編成できる。

 むしろフェザーン駐在部が帝国軍の動向を察知しえないという方が問題だ。駐在部が無能というわけではない。俺にとってのドミニクのような、フェザーン人の同盟側協力者は大勢いる。それに物資や船舶の移動、株価の変動、新規国債の発注状況など、軍事活動のベンチマークとなるデータの取得や分析といった基礎的な能力に欠ける駐在武官がいるとは思えない。帝国側が遠征してくる場合はそういった情報も派手に流れるが、逆に迎撃作戦となると掴みにくいのも確かだが。

 アスターテ星域にメルカッツ麾下の重戦力を用意し、さらにイゼルローンから増援がでていたことを考えれば、同盟軍の前進作戦についてのある程度の情報は、事前にかつ意図的に帝国側にもたらされていた可能性が高い。その上で未だに帝国軍がまるで手をこまねいているような状況であると言わんばかりの情報が来るということは、何者かが情報に介在していると見るべきだ。

 イゼルローンを空にできるかは分からない。が、こちらがイゼルローンを攻略しないことを知っていれば話は別だ。三個艦隊動員して失敗した要塞攻略を、たかだか増強された一個艦隊でイゼルローン要塞を攻略するとは、誰も考えないだろう。まして『半個』艦隊でなんて……まだまだ若いヤンの横顔を見つつ、俺は思った。

「三万隻は超えない、と見ても?」
「いいと思う。それほどの規模だと指揮官は大将では済まくなる」

 元帥・上級大将クラスが動くとなれば、流石にフェザーンの駐在武官も感づく。定期的な駐留艦隊要員の交代はあるにせよ、仮に一個艦隊分丸ごと代わるにしても両方を指揮するには、普通は上位者が必要になる。ラインハルトが要塞到着早々レグニッツアに攻撃命令を下されたのも、要塞にミュッケンベルガーがいたからだ。

 だいたい同格の要塞防御指揮官と駐留艦隊指揮官で喧嘩するなんて、原作の方がおかしいんじゃないかと思っていたが、捕虜や亡命者によると事実らしい。面子とかいろいろあるのかもしれないが……

「最悪は同格の大将が一個艦隊と共に増援戦力として来るパターンだ。仮にこれを一万五〇〇〇隻として、最大で三万五〇〇〇隻。それ以上はない」
「一番あり得るのはマリネスク副参謀長のおっしゃる通り、近隣の防衛艦隊をかき集めるパターンだと」
「自分のところの上司を信じてないのか?」
「第四四高速機動集団の類まれな戦功を、運がいいの一言で言い切る程度には信じています」
「なるほどね」

 学閥から疎外されている。士官学校を出ていないことをモートンやカールセンほどではないにしても、コンプレックスにしていると言っても過言ではない爺様だ。シトレもロボスもグリーンヒルも数目おく爺様ゆえに、彼ら派閥の領袖の下についている中堅、特に三〇代前半から四〇代半ばの高級幕僚にとってみれば眼の上のたん瘤、頑固なジジイ、と思うのだろう。

 それを嫉妬というのは簡単だ。だが爺様はそういう中堅幕僚達に対しても気を廻している。短気で頑固な爺様という外面は、結局のところ組織に使いつぶされる兵士達の意地の発露もさることながら、そうであっても組織を維持しなければならいという爺様なりの思いやりでもある。それを高級幕僚側も分かってくれればいいのだが、恐らくは無理だ。ただモンティージャ中佐は別部隊の情報将校という俯瞰的な視点から、それに気が付いている。

「第四七高速機動集団ならば」

 指揮官としてだけでなく組織運用上におけるグレゴリー叔父の存在感。四〇代前半で少将。爺様ともシトレとも信頼関係があり、年齢的にも高級幕僚達と同じ。第一二艦隊がどうしてそんな窮地に陥ったかまではわからないが、旗艦ペルーン以下八隻になるまで戦い続ける(そして自決しなければ全滅するまで戦っただろう)だけの部下からの信望の厚さ。

 爺様とシトレが話す横で、笑顔を浮かべつつ白い眼を浮かべているマリネスク准将や、明らかに距離を置いている各独立部隊の指揮官達を眺めて、俺は思った。アムリッツアでウランフとボロディン(グレゴリー叔父)の死を惜しんだ爺様は、当面の戦局における有能な指揮官の喪失というよりも、それ以降の同盟軍再建における組織的指導者の喪失について惜しんだのではないだろうか。

「ウィッティ先輩から聞いてましたが、ボロディン先輩は本当に突然意識飛ばされるんですね」

 トントンと右肩を指で叩かれ、首を振れば若作りのヤンが苦笑を浮かべている。前世の頃の、銀河英雄伝説を読み始めた頃の多感な俺だったらどう思っただろう。地球教徒に気を付けてくださいとか言ったのだろうか。

「いや想像力に豊かなだけだよ。そういえばヤン、ラップ達とはちゃんとつるんでいるのか?」
「いますよ。あ、もちろんワイドボーンにも声をかけてますが、以前はともかく最近頑なに拒んでますね」
「本当に面倒だな、英雄って奴は」
「まったくです。なりたくてなったわけではないんですが」

 ワイドボーンのヤン・コンプレックスはもしかしたらエル=ファシルのせいで強化されているかもしれないが、とりあえずラップはまだ病気にはなっていない。防ぎきれるかは分からないが、病気がなければ今頃は……とアッテンボローが言っていたはずだ。あの会議室の真ん中あたりで笑っている『顔だけゴリラ』には勿体ない。

「ハイネセンに戻ったら、ちょっとマルコム君の精神的成長を促すとしようか。ヤン。協力してくれるな?」
「いいですよ。ラップと、時間が合えばアッテンボローも連れてきます」
「割り勘でいいな?」
「何言ってるんですか?」

 わりと真面目な表情で瞬時に聞き返してくるヤンに、俺も返す言葉がなかった。





 二月二六日 一〇四五時

 地上軍からカプチェランカの攻略について、地表のほぼ三分の二を制圧しあと二週間あれば制圧可能で、以降は掃討戦になるとの連絡が届いたタイミングだった。

「敵は第一および第二跳躍宙点よりほぼ同時刻に出現。ティアマト星域側第一跳躍宙点より一万七〇〇〇隻。アスターテ星域側第二跳躍宙点には六〇〇〇隻、とのことです」
 第八艦隊旗艦ヘクトルからの公式通信を受け取ったファイフェルの説明に、司令部の面々は眉を潜める。合計すれば二万三〇〇〇隻。第八艦隊司令部の公式想定よりも二割以上多い。
「第一〇艦隊はすでにシヴァ星域ズィヴィエ星系まで進出しておりますが、このカプチェランカ星系まで早くても七日はかかります。また第四艦隊は即応待機ですので、現時点ではハイネセンを出ておりません」

 そう。ヤンと話した後にハイネセンの宇宙艦隊司令部から届いた知らせが、これ。結局、国防委員会は未だ帝国軍との交戦の無い状況から一個艦隊の出動のみ認め、残りの一個艦隊を戦況に応じて投入するという話になったのだ。

 統合作戦本部と宇宙艦隊司令部は流石にバカではないので、敵の迎撃想定日を逆算して事前に第一〇艦隊だけは動かしてくれていたのだが、結果的にそれを政治側に逆手に取られた形となった。そしてその結果、三割増しの敵艦隊と戦うことになる。
三割というとそれほどの差ではないように思えるが、五五〇〇隻差となると最低でも攻め口が一つ以上増える。アスターテ星域会戦時の第四艦隊と金髪の孺子の戦力差が七〇〇〇隻と考えると、到底愉快ではない結末が見えてくる。

「星系内で各個撃破をするには、些か長居をし過ぎましたな」

 モンシャルマン参謀長の口調は冷たい。周辺星系への分散偵察を行っていたにせよ、本隊は二月上旬からカプチェランカ星系に留まっており、その戦力については敵も十分に把握している。それ故に数的優位を確保してから星系内に侵入してきたと見るべきだ。

 各個撃破するとしても、アスターテ方面から侵入してきた六〇〇〇隻に対しては優位でも、ティアマト方面から侵入してきた一万七〇〇〇隻に対しては不利だ。そしておそらくアスターテ方面から侵入してきた敵は、第四四高速機動集団が戦ってきた相手だろう。星系内機動戦による各個撃破の危険性は、つい先日味わったばかりだ。すぐさま一万七〇〇〇隻の本隊と思える部隊への合流を果たすべく機動するとみていい。それに残念ながら艦隊が駐留する惑星カプチェランカの現在公転軌道位置は、各跳躍宙点とは恒星を挟んで反対側。合流を阻害する行動は時間的に不可能だ。

 現時点での戦力構成を考えれば、両翼いずれかに第四四高速機動集団と独立部隊の連合部隊で、中央に第八艦隊となる。少数側が部隊を分けて分散進撃するほどシトレも耄碌はしていないだろう。となれば、惑星カプチェランカ衛星軌道上での戦闘となる。敵艦隊が惑星カプチェランカに到着するまでのひとまずは一二時間、時間的な余裕がある。

「また、作戦司令部より第四四高速機動集団は惑星標準水平面に対し、A象限X10-Y50-Z50の宙域へ哨戒戦力を出し索敵を実施せよ、とのことです」

 ファイフェルの持ってきた通信文に目を落としていた爺様は案の定、口をへの字に曲げで顔を向きもせずにモンシャルマン参謀長に手渡した。手に取った参謀長があきれ顔で溜息をつきながら小さく首を振る。

「これはマリネスク副参謀長閣下のボロディン少佐に対する意趣返しのつもりですかな?」
「ケツの穴が小さいエリートなど、存在価値が疑わるな。のう、ジュニア」
「精進いたします」

 勿論第八艦隊からもティアマト星域への跳躍宙点があるA象限(XYZ軸+)への哨戒戦力は出るのだろうが、ただでさえ長距離航海と艦隊戦やってきて数を失っている付属部隊に、哨戒戦力を抽出せよというのは悪意以外考えられない。周辺視野で無表情で立つブライトウェル嬢を確認しつつ、俺は司令部直属の宇宙母艦と連絡を取ってスパルタニアンを出動させる。

 同時に爺様は集団全艦に三時間三交代三ワッチの休息を取らせた。すぐに戦闘になる可能性はなく、敵戦力の方が多く機動戦を司令部が指示することは常識的にありえず、増援が到着するのは七日後。戦い始めればほとんど休息はとれない。カプチェランカに到着してから補給と補修は継続的に行われているから、取り立てて急ぐ必要はない。

「最初の留守番はカステルとジュニアに任せる。索敵情報は適時伝えよ。報告の判断はジュニアに任せる。儂もしばらく横になりたいんでな」

 細かいことは伝えんでもよいと言わんばかりに、爺様はスタスタと艦橋背後のエレベータへと向かっていく。それにファイフェルと参謀長が付いていき、モンティージャ中佐は階段で戦闘艦橋へと降りて行った。結果的に司令艦橋にはカステル中佐とブライトウェル嬢が残されたわけだが……

「俺は戦闘に備えて在庫確認をしておくから、参謀長席には貴官が座っていてくれ」

 と、捨て台詞を吐いて早々に自分の仕事に没頭し始めるカステル中佐を他所に、俺は言われたとおり参謀長席に座ることになった。といっても何もすることがない。戦闘計画は今頃第八艦隊司令部がゴリゴリに詰めているだろうし、それに口を挟もうなんて気には到底なれない。

 ただすることもなく参謀長席に座っているのも気が引けたので、第四四高速機動集団の現有戦力を参謀長の端末を使って再チェックしていたところで、ブライトウェル嬢がトレーに軽食を詰めて持ってきてくれた。士官食堂のバイキングやカロリー重視の戦闘糧食ではなく、箱入りのハンバーガーと炭酸飲料のセット。赤地にMのプリントがされたポテトがあったら完璧な、そう完璧なマッ●バリュー。別に俺だけというわけではなく、カステル中佐のデスクの上にも同じものが置かれている。

「なにもそこまで気を使わなくてもいいぞ」
 礼を言ってハンバーガーを口に運ぼうとしたが、ブライトウェル嬢が俺の座る参謀長席の左わきで、無言で直立不動しているのに気が付いた。
「ブライトウェル伍長。六時間もしたら爺様達も起きてくるし、しばらく敵襲は想定されない。休めるうちに休んでおいた方がいい」
「はい。少佐。三時間後には休ませていただきます」
「次の戦いは間違いなく長期戦だ。最低でも二〇時間は眠れないと思った方がいい。悪いことは言わないから、少しでも横になって寝ておきなさい」
「……少佐」

 返事を聞くまでもなく俺がハンバーガーにかぶりつくと、ブライトウェル嬢は何か言いたそうにしてはいたが、一分後には敬礼してエレベータへと消えていった。それからしばらくして、いい感じに胃に血が下りて、清醒と癲倒が半々くらいになっているところに、トレーを持ったカステル中佐が皮肉っぽい声をかけてくる。

「流石に気が付いていないわけじゃないだろう?」
「……何にです?」
 言いたいことはわかるが、答えたくありませんという気持ちを存分に込めて応えたつもりだが、カステル中佐はまったく気にしない。
「ブライトウェル嬢の貴官に対する好意だよ。言わせるな、恥ずかしい」
「言ってて恥ずかしいと思うなら、言わなければよろしいのでは?」
「それはアレックスの薫陶か? 命が惜しかったら、そういう口は上官に向かってきかない方が身のためだぞ」
「中佐がキャゼルヌ先輩の先輩であるのはよく存じているつもりです」

 中佐が階級にモノを言わせてパワハラかけるような人間でないことは分かっている。でなければ編制時にはブライトウェル嬢に対してあれだけ警戒していた中佐が、まるで親戚の兄貴分か後見役みたいな行動をとるわけがない。口は悪いし、融通の利かないところもあるが、補給のプロであり基本的には善人でもある。

「ブライトウェル嬢はまだ一六歳ですよ。普通ならハイスクールで青春している年齢です。たまたま歳の近い先輩に憧れているにすぎません」

 それだけではない、とは分かっているつもりだ。カステル中佐も軍人で既婚者だから、俺の回答が敢えて的を外しているのも分かっている。彼女の将来を恩義と好意の両面から軍に縛り付けるという悪徳。だが仮に彼女が軍を辞めてハイスクールに復学したとしても、常にエル=ファシルの輝きに怯えて生きることになる。

「捨てられた子犬を拾ったら、最後まで面倒は見るべきだと俺は思うがな」
「軍属でいた方が彼女の為にもいいとお考えですか?」
「正直、俺はそう思っている」

 そういうとカステル中佐は、持っていた自分のトレーをモンティージャ中佐の机の上に置き、腕を組んで正面メインスクリーンを見つめて言った。

「士官学校は大なり小なり野心のある人間が集まる場所だ。命懸けの出世レースで、相手を蹴落とす練習をする場所と言っていい。リンチの娘というのは大きすぎるハンデだ」
「しかし下士官や兵になるに比べれば、はるかにマシでしょう?」
「ビュコック閣下の従卒であれば、どんなバカでも二の足を踏むさ。違うか?」

 それは確かにそうだろう。小説通りならば一〇年後のマル=アデッタまで、爺様は同盟軍の一線級指揮官として戦い続け、生き残る。その従卒であれば確かに彼女は安全であるかもしれない。それまでに『いいところの坊ちゃん軍人』と結婚でもして、軍の保護下のままに生きることもできる。

「それで後見人殿からみて、小官はご息女の結婚相手として合格ですか?」
「階級と能力と家柄はな。だが性格がダメだ。臆病者は軍人としては良い素質だが、家庭人としては最悪に近い」
「そうでしょうね」
「……即答する貴官の性根の悪さに敬服するよ。礼にお前の分のトレーも片付けてやる」

 当然皮肉だろうが、カステル中佐は断りもなしに俺のトレーを手に持って、何事もなかったかのようにさっさとエレベータの奥へと消えていく。
 ブライトウェル嬢が士官学校を受験するのは、多分に影響を受けたにせよ結果的には彼女自身が決めたことだ。それが正しいか、正しくないか。例え正しくないと考えていても、相手の意思を尊重しつつ心配して口を挟んでくる中佐の、人の好いおせっかいさはキャゼルヌによく似ているなと、誰もいなくなってしまった司令艦橋で参謀長席をリクライニングしつつ思うのだった。
 
 

 
後書き
2023.05.31 更新

マルコス=モンティージャ (CV:菊池正美)
ギー=カステル      (CV:茶風林) 
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