ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第85話 アトラハシーズ星系会戦 その1
前書き
遅くなりましてすみません。
呟きにも書きましたが、前話を別視点で書こうとして二回書き直しまして、いったん心が折れました。
これほど書けないとは自分でも思いませんでした。
その別視点の方、登場です。イケメンチート共が前線に出てくる前には出したかったので。
社台解禁みたいのようですが、僕の愛している『原作』は新コミカライズで登場するかどうかというところですね。題名から期待してはいますが。
年度代表馬で、既に同馬主の馬も複数出ているのに……
宇宙歴七九〇年 二月一七日 アスターテ星域アトラハシーズ星系
〇三〇〇時。偽装艦隊の準備が整い第四四高速機動集団は進撃を開始する。三〇分前に第八七〇九哨戒隊はヴァンフリート星域方面への跳躍宙点へ向けて艦隊を離脱している。一度方針が決まれば、事態の動きは速い。
既に作戦は第二・第三両部隊にも伝達済みで、敵部隊の戦力が判明し数的不利が確認され次第、司令部からの暗号通信によって作戦の中止、および星系からの強行離脱を指示済みだ。敵に偽装艦隊の内情を把握させるのを遅らせる為にもある程度の無線封止状況下にせざるを得ない為、通信は指向性の高いビーム通信を使用することになる。通信量は最低限にならざるを得ない。状況によっては両部隊指揮官独自の判断力に期待することになる。
先発した偵察隊から敵戦力の情報は届いていない。第四四高速機動集団に所属している強行偵察型スパルタニアンの数は限られている上、星系内は広大だ。妨害もあるだろうし、敵が第Ⅱ惑星の衛星軌道上に留まっていた場合、搭載されるパッシブセンサーの有効範囲内に収められる位置まではこれより五時間はかかる。
爺様は偽装艦隊の放出と別働部隊の運用に異常がないことを確認した〇四〇〇時。麾下全艦将兵に二交代で二時間ずつ休息をとらせた。情報が入るまでは心配してももはや無意味であるし、戦いが始まれば恐らくは不眠不休となる。この時ばかりは俺もタンクベッド睡眠をとった。戦場で見る夢は悪夢だけだろうが、背に腹は代えられない。
最初に敵の情報が入ったのは〇九〇五時。敵戦力は約二〇〇〇隻。第二惑星の衛星軌道上より第三惑星軌道に向かって移動を開始していた。以降の通信は途絶えたが、情報が確かならば敵の指揮官はこちらの部隊が本物と考え、その頭を押さえるべく行動を起こした、と思われる。つまり、こちらの動きについても同様に敵に知られていると見ていい。
推定される敵戦力との会敵予想時刻は一二三〇時。会敵位置は第二惑星軌道と第三惑星軌道のほぼ中間。第二惑星軌道上に到達しつつある別動隊がこのスパルタニアンの報告を受信していれば、事前の打ち合わせ通りに動いてくれる……はずだ。
第二報は一〇〇三時。最初に報告してきたものとは別のスパルタニアンからで、より詳細な敵戦力のデータがもたらされた。
「敵の総数は一五〇〇隻ないし一六〇〇隻。戦艦一八〇ないし二〇〇。巡航艦七〇〇ないし八〇〇。駆逐艦四〇〇ないし五〇〇。宇宙母艦五〇隻弱。ほか補助艦艇が一〇〇隻程度とのことです」
ファイフェルの報告に、俺を含めた戦艦エル=トレメンドの司令艦橋に集まった第四四高速機動集団司令部の顔色は悪い。まずもって初手に数的不利なのは分かっていたが、敵の艦艇構成がとても前線哨戒を主任務とする防衛艦隊とは思えない……まるで制式艦隊の、それも旗艦直轄部隊のような中核重装部隊編成。だいたい宇宙母艦が五〇隻も集中運用されているなど悪夢に近い。
「制式艦隊が解散して、中核部隊をそのまま前線に配置転換した、ということか」
モンシャルマン参謀長は喉を鳴らしつつそう言った。確かにそうともとれる編成だ。有人星系の警備部隊のようなきめ細やかな哨戒よりも、接敵することが目的の星域防衛艦隊。本来であれば機動性よりも容積制圧火力に特化している宇宙母艦はお呼びではない。
そして同盟軍の宇宙母艦と違って、帝国軍の宇宙母艦は通常戦艦より個艦戦闘能力においても重武装である。通常戦艦ですら同盟軍に勝る艦載機搭載量がある故に配備重要度は低く、制式艦隊同士の会戦でも滅多にお目にかかれるものでもない激レア艦ではあるが、別に遭遇したからと言ってうれしくもなんともない。
こちらの戦力は八〇九隻。戦艦一〇六、巡航艦三四五、駆逐艦二七七、宇宙母艦五、補給・支援艦七六。単純な数的比率は一対二であっても、砲戦参加面積は一対三、艦載機搭載量だけで言えば一対八。まともに真正面からぶつかれば、壊滅まで持って三時間というところ。
これはやはり一団で行動すべきであったか。今更ながらに自らの浅知恵を後悔しつつも、仮に二四〇〇隻が一団で行動したとしても、やはり総火力においては殆ど互角で意味はなかったと判断せざるを得ない。その上、現場に一六〇〇隻しかいないということは、事前情報よりも少ないということだから、敵にも別動隊がいるのも間違いない。やはり想定通り遅滞戦術をとられた挙句、後背からの奇襲を受けることになる。
敵がこちらをその射程下に収めるにはまだ僅かだが時間はある。逃げ出せないこともないが、逃げたら逃げたで味方別働隊を見捨てることになる。別動隊は数では互角であっても、艦艇構成は本隊とさほど変わらない。
「情報参謀」
決断を迫られていると理解している爺様は、唇を噛み締めているモンティージャ中佐を呼び寄せた。
「敵艦隊の部隊構成を別動隊に伝達できるか?」
「可能ではありますが、この距離ですと発信源を特定され、場合によっては解読される恐れがあります」
「そんなものは今更じゃ。敵は既に儂らの存在を把握している」
腕を組み、深く司令官席に腰を下ろしている爺様は、中佐の諫言を鼻で笑い飛ばした。
「ジュニアのおかげで辛うじて勝ち筋が見えておるのに、余計な心配せんでもよい。通信が送れるなら、速やかに『交戦予定時刻繰り上げ。一二〇〇時』と発信せよ」
それは一体どういうことか。勝ち筋どころか負け筋を作った俺にとっては、爺様が皮肉を言っているようにも聞こえるが、自信満々の爺様の顔を見るにそうとも思えない。それにそういう通信を出せば、別動隊は航行速度を上げると共に予定ルートを早いうちに変更することになり、挟撃体制をとりやすくはなる。だが同時に敵の攻勢を誘うようなものではないだろうか?
「敵がこちらを少数と見ていないと、閣下はお考えですか?」
同じような疑問を持ったモンシャルマン参謀長が問うと、果たして爺様は鷹揚に頷いた。
「もし儂が敵の指揮官で、こちらが八〇〇隻程度の弱小部隊であると初めから分かっておったら、急戦速攻を選択する。じゃが最初に観測した二四〇〇隻という数字に囚われておるからこそ、根拠地から出動するのが遅かったのじゃ。時間が経ち儂らの実戦力が分かれば容赦はせんじゃろうが、それが分かるのは敵艦の索敵範囲に入ってからになる」
「では……」
「ジュニア。別動隊の行動可能な航行速度を想定すると、予定会敵位置に到着する時間はどのくらいじゃ?」
爺様からの質問に、一度だけモンシャルマン参謀長に視線を送る。参謀長の頷きに、俺は三次元投影機を起動し、計算する。各艦ともデコイを引っ張っての移動である故に、出せる速度は限界がある。
「第三戦速まで引き上げて一二二〇時と思われます」
「では会敵位置をどれだけ前に動かせば、別動隊を一二〇〇時に敵の左側背へ回り込ませることができる?」
「……一〇時三〇分、距離六.八光秒前にズラせば」
「一一三〇時に儂らがその敵の正面、六.二光秒の位置に向かう航路は?」
「……一時四四分、第二警戒速度まで落としていただければ」
「よし。麾下全艦に通達。進路一時四四分、第二警戒速度」
爺様の命令をファイフェルが復唱し、光パルス短距離通信によって第一部隊全艦に伝達される。会敵予定時刻が修正され一一三〇時となり、残りは一時間弱。別動隊が俺の予想通り動いてくれれば、『耐える時間』は三〇分となる。圧倒的優勢な敵を正面に対して三〇分をどう耐えるか。俺は自分の席に戻り、艦隊運動シミュレーターを稼働させる。敵が自身の索敵範囲にこちらを収めるのは一一一五時前後。そこで偽装艦隊は完全に露見する。
この本隊が敵に対してかろうじて優勢な点は戦艦の数だ。勿論絶対数においては少ないが、比率から言えばほぼ同じ。巡航艦の有効射程より長い距離での砲戦となれば、砲火力差はかろうじて一対二以下。付かず離れずを許してくれるような敵だといいが、宇宙母艦を有している以上、帝国軍は是が非でも絶対優位な近接戦闘に持ち込んでくるだろう。そうさせないためには……
「閣下。機雷を前方に散布してはいかがでしょうか?」
散布範囲にもよるが八〇〇隻余が放つ機雷の量はたかが知れているが、そこに機雷があるというだけで掃射の必要が生まれ、帝国軍の接近戦への意思が低下するのではないか。
「今はダメじゃ。前方投射が低加速である以上、双方の戦力認識下での防御効果は薄い。その上、機雷の存在自体が味方の砲撃行動を阻害する。撒くならこちらが後退するタイミングじゃな」
言下一閃、爺様はあっさりと俺の進言を却下する。確かに原作のマル・アデッタ星域会戦では回廊内に事前に機雷を配置していた。進撃行動中の艦隊の行動としては消極的過ぎるし、それで敵がこちらの防御心理から、自己の数的優位を認識して速攻に出られる可能性もある。
よりダイナミックに、機雷源を敷設して敵の正面攻撃を避けつつ、驍回運動により敵側面を突く疾風のような戦術行動を期待するには……時間もさることながら部隊の練度がまだまだと言わざるを得ない。
一一一八時。
もはや偵察艦艇ではなく、各艦の搭載する探知装置で認識できる位置まで第四四高速機動集団第一部隊は帝国艦隊に接近した。爺様は既に第一級臨戦態勢を指示している。
「先に発見せる敵は、星系標準水平面に沿って台形陣を形成。数一五四〇」
「現在の敵の方位、当艦隊進路方向〇〇二五時。敵中央部までの距離七・五光秒」
「機動集団基準有効射程迄、あと二〇分」
司令艦橋所属のオペレーターの報告が続々と上がってくるにつれ、俺の胃からも胃酸が上がってくるように思える。初陣はケリムでの海賊戦、それからマーロヴィア、エル=ファシル、アスベルンと戦ってきた。いずれも戦力的には優勢な立場だったが、今度は圧倒的に不利な立場だ。
「敵戦力、巡航艦戦隊が前衛を形成。その後方に戦艦と思しき主力部隊を確認」
「後衛に宇宙母艦群を確認。その周囲に駆逐艦戦隊を確認」
帝国軍の指揮官は極めて常識的な陣形を形成している。打撃艦艇を前衛・中央に、母艦群は護衛を付けて中央後方に。正面砲戦により直進し一撃でこちらの前衛を粉砕、接近戦に持ち込んで勝負をつけるということだろう。隊列に隙らしい隙が全く無い。分隊単位ですら定規で計ったような戦列、上下左右どの方向に対しても、攻撃・防御・支援が可能な態勢をとっている。戦力的な不均衡・不均一性もない。まるで教科書のように重厚な台形陣だ。
「敵中央部に識別可能な艦艇を確認。現在データ照合中……」
既に望遠目視ですら可能な距離だ。自動で敵艦を確認・照合するシステムが作動していて、データベースで照合できるような『名のある艦』があったという事か。通常戦艦でも指揮官が座乗指揮する艦艇のデータについてはフェザーンでもよく収集することがあったが、特に帝国側は指揮官に貴族が多いせいか、自己顕示欲の表れか巨大で武骨ながら派手な艦艇が多い。
「艦形照合。敵陣重心点付近に位置する識別可能艦艇は、戦艦ネルトリンゲンと判明」
オペレーターの報告と共に、俺の端末画面上で回転する帝国軍戦艦の姿は、標準戦艦を縦に伸ばした、横から見たら銃身の太い拳銃のようだった。
◆
戦艦ネルトリンゲンがここにいる。
帝国軍の将官は、大将に昇進すると専用の旗艦が皇帝より下賜される。そして下賜された艦の所有権は帝国軍であっても、本人の同意なしに取り上げられることはない。つまりはこの時期において、戦場で一番会ってはいけない帝国軍の将帥が正面にいることになる。
「司令官閣下!」
俺は自分の席を立ち、できる限りの速度で爺様の傍に駆け寄った。目と口で三つの円を作るブライトウェル嬢や、緊張で体が半分硬直しているファイフェルを他所に、俺は爺様の左隣に立つと、正面メインスクリーンを指差して叫んだ。
「直ちにスパルタニアンの全機発進準備をお命じください!」
「……そんなに近くで叫ばんでも、儂ぁ、まだ耳は遠くないぞ」
わざとらしく爺様は自身の左耳を手で叩いた後、そのまま腕を伸ばして俺の右肩をがっちりと掴み、小さくそして力強く前後に揺らす。俺を見るその顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「まず息を一度入れよ。その後で手短に理由を説明せい」
俺の右肩に食い込むような手に力が込められたのが、ジャケット越しにもわかる。言われた通り、俺は一呼吸した後、爺様の端末にシミュレーション画像を映し出して説明する。
「戦艦ネルトリンゲンがいるということは、敵の指揮官は恐らくはウィリバルト=ヨアヒム=フォン=メルカッツ『中将』と思われます……」
メルカッツ自身の歴戦の宿将であり、データでは確か『まだ』中将。五〇歳だったと思うが堅実で隙が無く、常に理にかなう戦術をとる。それは目の前に映る戦列・陣形を見るだけではっきりとわかる。エル=ファシルで去年ぶつかった奴らとは比較にもならない。その上で敵戦力は、その重厚さから想定するに、彼の子飼いとも言える部隊である可能性が極めて高い。
彼の得意とするところは、理にかなった砲撃運動戦もさることながら、宙雷艇のような小型戦闘艇の集中運用による近接撹乱戦。ということは、宇宙母艦と『思われる』艦艇にはワルキューレだけではなく、宙雷艇が搭載されている可能性が極めて高い。
「以上のことからこちらが少数と判断した敵将は、戦艦や巡航艦による正面砲戦を選択しつつ、我々の左右いずれか、あるいはその両方から宙雷艇による近接戦闘を挑んでくるものと思われます」
宙雷艇母艦は一隻につき三〇隻程度を搭載しているだろうから、最大で一五〇〇隻以上の宙雷艇となる。それに戦艦や巡航艦が搭載しているワルキューレが直衛に加われば、近接打撃力は途轍もないものになる。
対抗するには数的不利を承知でスパルタニアンを先手で発進させ、宙雷艇の接近襲撃を防がなければならない。少なくとも味方の部隊が、敵部隊の後方に到着するまでは。
「参謀長。儂らに必要なのは時間じゃな」
俺の進言を聞き終えた爺様は、俺と席を挟んで反対側に立つモンシャルマン参謀長を見上げて言った。
「左様です。しかしあの手練れのメルカッツに加えて宙雷艇となると、些か稼ぐのに苦労しそうですが」
「なぁに、この程度の不利で尻尾を撒いたとなったら、あとでジュニアに『ウチの司令官は歳喰っただけの役立たず』と陰口を叩かれるじゃろうて」
爺様は席から立ち上がり、逆にモンシャルマン参謀長へ席に戻るように指図すると、俺の肩を二度ばかり叩いた。
「負けない戦い方とはいかなるものか、若造共に教育してやろう。ファイフェル!」
「ハッ!!」
困惑と恐怖の中にいたファイフェルが、爺様の声に文字通り反射的に背筋を伸ばす。
「艦隊全艦、急速停止。制動後、後進一杯。陣形を維持しつつ敵との離隔距離をとれ」
「ハッ! 艦隊全艦、現宙点急制動停止。後進一杯! 陣形変更なし離隔とれ」
ファイフェルの声が司令部オペレーターを通じ、第一部隊各艦に伝わる。訓練が生きたのか五分も経たずに全ての艦が後進を開始する。だがそれに合わせるかのように、帝国艦隊は速度を上げて接近してくる。
「各艦デコイの操縦のみを切れ。同時に機雷を前方無制動射出。各艦三発」
「全デコイ操縦制御カット。麾下全艦機雷前方無制動射出せよ。各艦三発」
これで各艦に追従していたデコイが制御を失い、部隊の前方へと投げ出されるような形となる。それに加えて各艦が機雷を無制動で射出する。無制動ということは投射したタイミングでの運動エネルギーと同一という事であるから、制御を失い等速で後進しているデコイとタイムラグで開いた僅かな空間を挟んでほぼ同一の動きをしている。
デコイは制御を失っているとはいえ、重力波や熱源は艦と同等のモノを発しているから、帝国側のレーダーから見れば一六〇〇隻と八〇〇隻の部隊に分離した、ように見えるだろう。既に光学上で我々が八〇〇隻程度の小集団であることはバレているから、帝国側は恐れることなく進路を変更せずに突き進んでくる。
「のうジュニア。もし頬を殴られるとしたら、どちらが良いか?」
まったく関係ないような爺様の問いかけに、俺は爺様に一度視線を向けた後、その向こうにいるモンシャルマン参謀長に向け……右正面に映る爺様用の端末画面を見て、答えた。
「左頬です」
「まぁそうじゃろうな。陣形を変更する。モンシャルマン、左後進しつつ密集隊形」
「移動。方位〇四三〇、仰角〇、速度そのまま。陣形、密集」
「全艦後進。ポイントXマイナス六.三三、Y・Zプラマイゼロ、速度そのまま。陣形変更、フォーメーションC」
これで左翼後進しつつ、第四四高速機動集団はゆっくりとではあるが球形密集陣に変更される。長方形の粘土を左手に持って、右手でギュッと押しつぶすようなイメージだ。帝国軍右翼への砲撃密度は高くなるが、右翼は空っぽになる。
ここで帝国軍の左翼部隊が急進でもしてくれれば、一斉射撃でその鼻面を叩きのめせそうだが、帝国軍はそうしない。陣形を左斜陣形に変更しつつも前進を続ける。その上で敵の後衛から、小さいが一〇〇〇隻以上の重力反応が新たに現れる。間違いなく宙雷艇だ。通常の戦闘艦よりも優れた速力と短時間だが濃密な近接火力によって、我々の左翼から襲い掛かり、本隊と挟撃体制をとろうとしてくるだろうが……
「スパルタニアン順次発進。目標左翼」
「スパルタニアン各飛行隊。準備出来次第、順次発進。左翼防空戦闘上空待機。目標、宙雷艇」
こちらはスパルタニアンでお出迎えする。対艦攻撃力では宙雷艇には及ばないが、機動性では優れている。数的にはほぼ互角。半数は取り逃がすかもしれない。残りはあくまでも艦艇舷側にある短距離砲によって撃破するしかない。主砲目標はあくまでも接近する敵艦隊本隊だ。
「敵艦隊、機雷源に接触」
オペレーターからの報告の六秒後。小さな光点が複数、帝国軍の左翼に現れる。デコイであると認識して途中まで悠々と進んできた帝国艦は、デコイの出力するエネルギーに隠れた機雷を見逃し、不運な数艦が接触。爆発が他の機雷を誘引し、帝国軍の脚が一時的に止まる。
「艦隊左翼移動。二」
「移動。方位〇六一五、仰角マイナス〇.二、距離〇.五光秒」
「艦隊。ポイントXマイナス六.一一、Yマイナス一.二三、Zプラマイ〇に〇.五光秒移動。左舷砲戦準備」
脚が止まった敵本隊から距離をとりつつ、宙雷艇群に艦隊側面を見せる。既にスパルタニアンは敵の艦砲射撃前に発進しており、旗艦エル=トレメンドのメインスクリーンにも数機映っている。
「射程内に入り次第、掃除じゃ」
「砲撃。方位〇八三〇、仰角プラス〇.四、距離〇.〇〇〇九」
「全艦左翼舷側中・近接砲戦。ポイントXマイナス二.四五、Yプラス〇.〇九、Zプラス〇.六五。射程目標確認次第、掃射」
主砲よりも射程の短い舷側砲の砲門が開き、接近しつつある宙雷艇のいる方向へと光の刃が伸びていく。ビームの出力を絞り、追尾目標が消えるまで繰り返される掃射の光の壁に宙雷艇群は突っ込んでくる。命中撃沈した宙雷艇もあるが、基本的には空間領域に比して宙雷艇は小さい。数パーセントの損害を出しつつも奴らは果敢に突っ込んでくる。
「全艦近接戦闘。全兵装開け(オールウェポンズフリー)」
爺様の声に、ファイフェルが復唱し、それに呼応するかのように勇躍してスパルタニアンが機動戦闘を開始する。密集隊形とは言えそれなりに距離の離れた位置にある各艦の隙間を縫うようにスパルタニアン達が、密集陣形内に侵入してきた宙雷艇を追っかけまわす。
それを躱しつつ宙雷艇側も、これと目標を決めるや数隻の集団となって、艦艇にレールガンや多弾頭ミサイルを撃ち込んでくる。エル=トレメンドの右舷前方を進んでいた戦艦が、接近してきた一隻を撃破したものの他の四隻からの集中砲撃を受け、一瞬緑の外装に無数の穴が開いたように見えた後、船体が真っ二つに分かれ光球となってエル=トレメンドを大きく揺さぶり、右側スクリーンを一時的に白化させる。
「戦艦モレンシー撃沈! 戦艦リーランド大破、航行不能」
オペレーターの報告は適宜行われるが、もはや巡航艦や駆逐艦の被害は数字でしかない。だが珍しくというか初めて俺は爺様の舌打ちを聞いた。
「一航過で大物ばかり狙って来よる。全く可愛げがない……モンティージャ、交戦まであと何分じゃ!」
「五分です。きれいに機雷を掃射してきました」
シミュレーションを見てみれば、機雷源を突破した敵本隊が進路を左に変更しつつ、斜陣形のままこちらに接近しているのが分かる。数隻ほど失われているだろうが、数的には現状未だはるかに優勢だ。宙雷艇部隊が反復攻撃をせず、敵左翼の外回りに後衛へと逃げ込んでいくのを見て、爺様は声を上げた。
「長距離砲戦用意じゃ。敵の左鼻面を叩け」
「砲撃。方位一一〇五、仰角プラス〇.一、距離〇.〇〇七光秒」
「部隊主軸変更、包囲〇二二五時。水平角変更なし。長距離砲撃用意、ポイントXプラマイ〇、Yプラス〇.〇四、Zプラス〇.二三に狙点固定、発砲は旗艦に合わせ。以後各艦交互射撃継続」
復唱が繰り返され、戦艦エル=トレメンドの長辺主軸が一気に右方向に動き、メインスクリーン中央に敵艦隊の光点が映し出される。スクリーン下の戦闘艦橋は、艦長が砲術長と砲手に指示を出している声が響いている。
「狙点固定! 主砲砲撃準備よし!」
「撃て(ファイヤー)!」
オペレーターの報告を待つ時間を惜しむかのように、爺様が即座に命令を下す。戦艦エル=トレメンドの主砲門が二門ずつ順々に開き、それに従って直属戦隊から順次砲火が開く。巡航艦の有効射程よりやや遠いが、狙点を指示しているから、ある程度は集中砲火のような状況になっているはずだ。オペレーターからも数隻撃破報告が上がる。
しかし僅かな優勢も束の間。こちらの砲火を乗り越えてきた帝国軍の左翼から順に砲撃が始まる。こちらは球形密集陣を敷いているので、防御力においては先ず優れてはいる。だが帝国軍の砲撃は単純にこちらの倍であり、その砲火は戦理に則している。砲撃と防御の切り替えタイミングの隙を突かれて血祭りにあげられ、球形陣は表層部分側から削り取られていく。その度に内側から増援を送り込んで穴を塞ぐが、それは自然と球形陣の縮小につながっていく。
「ジュニア。どうじゃ?」
忙しく細かい部隊の補充指示をしていた爺様が、珍しく声を抑えて俺を見て問う。俺を見る爺様の瞳に衰えはなく、とめどない闘志に溢れてはいる。時間制限があるとはいえ、消耗戦は不愉快だということだろう。俺は時計を見て、さらに司令官用の端末を操作し、ある程度の目途を付けた。こちらが左後退で移動した分の時間ロスはあるが……
「あと一〇分ほどで、敵将が判断してくれるでしょう」
俺の返答が意外だったのか、太い眉を少し吊り上げた後、少しばかり髭の生えた顎に手を当て、天井を見た後で、悪戯っぽい顔つきになって再び俺に問うた。
「敵の脇腹に拳を入れてやりたいんじゃが、どうじゃ?」
それは第二・第三部隊の戦線到着と共に部隊の一部を抽出して、別方向からの攻撃を仕掛けようということか。そうなれば三方向からの砲撃となり、より効率的に敵戦力を撃破できるようになる。だが敵将メルカッツも恐らくはこちらが少数であることを認識した上で別動隊がいると判断し、まずは宙雷艇で第一部隊の背骨と拳となる戦艦を狙ったのだ。
「既にこちらの戦闘可能艦艇数は六〇〇隻を切っています。初手に戦艦を狙われましたので……」
「手柄を部下に譲るのも上官の器量じゃな。わかった。儂らはこのまま大人しくしてよう」
はぁぁ、と大きなため息をついた爺様は、司令官席にどっかりと腰を下ろし、腕を組む。部隊の消耗は激しい。だがそれでも各艦は連携し、戦列を崩さず防御に努め、軽々に突出したりしない。
そして一二〇七時。第一部隊の奮闘は報われる。
「敵艦戦列に異常発生。右翼と後衛の一部が後退し、変針しつつあり」
「方位〇一二九時、距離一六光秒に艦艇重力反応らしきものあり。数、およそ八〇〇」
「敵味方識別信号受信。プロウライト准将の第二部隊です……助かったぁ」
気分を口に出すな、という副長の叱責が吹き抜け越しに聞こえてくるが、まぁそれは御愛嬌だ。艦橋内部の緊張感が少し緩むのは仕方ない。仕方ないが……何故か引っかかる。その違和感が分からなかったが、眉を潜めた俺の顔にモンティージャ中佐は気が付き、モンティージャ中佐からカステル中佐に、カステル中佐からモンシャルマン参謀長に、参謀長から爺様に伝播し……
「第三部隊(バンフィ)は、どこ行ったんじゃ?」
首を傾げて司令部全員が気付いた疑問を、爺様は口にするのだった。
後書き
2023.02.23 更新
2023.03.05 語彙修正
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