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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第84話 死地へと送り込む

 
前書き
本当に中途半端な休みしかないので、書き進むことができないのが残念です。

たぶん次は戦闘でしょうが、おそらく別視点です。 

 
 
 宇宙歴七九〇年 二月 エル=ファシル星域エル=ファシル星系より

 後続の船団も順調にエル=ファシル星系に到着し、第四四高速機動集団の陣容は整った。

 エルヴェスダム氏より依頼のあった自航式ジャマーの手配は、カステル中佐から機動集団各艦に向けて『三発ずつ』供出するよう指示が出された。護衛任務が終了した第四四高速機動集団は『一時的なエル=ファシル星域防衛と帰還に伴いその周辺星系での海賊掃討』任務に携わると公表されているので、それを外部に偽装する為のジャマーというわけだが、エルヴェスダム氏から送られてきた作戦書について、機動集団で最もエル=ファシル星系に詳しい二人の艦長は内容を聞いて唸り声を上げた。

 自航式ジャマーには当然ワープ機能はないし、小型の宇宙機雷を改造したものだから航続力に乏しい。それで半年も誤魔化せると言っているのだから、どんな計画かと思ったら重力と太陽風とエネルギー流を利用するというモノだった。各部隊が移動しながら放出することで運動エネルギー自体は与えられるが、そのままでは明後日の方向に飛んで行ってしまう。星系内に散らばることなく留まりつつ、最低限の燃料消費で星系を周回するという離れ業だ。流石はエルヴェスダム氏と思ったのだが……

「これは麻薬密輸組織がよくやる『潮目流し』です。星系外部から侵入し、エル=ファシルⅤに隠れた密輸業者の船は、禁止薬物などの商品を制御機能付きのコンテナに詰め込み、このルートで放出します」
 ユタン少佐は右手を目に当てながら、首を振って呆れている。
「コンテナは発見しにくく、レーダー透過装置まで搭載している奴もありますので、これらを捕まえるには不自然な動きをする回収側の船の動きを把握する必要があります」

 コンテナの重量とジャマーの重量の違いを計算すれば、あとは以前の取り締まり記録や自身が見た回収船の動きを加算することで、『航路』を弾きだすことができる。まさに地勢に詳しい管制官らしい作戦だが、密輸組織の追跡調査も行ってきた元エル=ファシル防衛艦隊の面々から見れば、よくもまぁ古傷を抉るような話を、といったところだろう。

 二月四日一二〇〇時。これ見よがしに管制センター周辺で燃料補給を行った第四四高速機動集団は、海賊掃討作戦の為に、星系外縁部へ向けて出動。星系内最大戦速をもって第五惑星軌道上へ向けて進出。

 同日二三〇〇時、エル=ファシルⅤの惑星軌道上にて、各艦が自航式ジャマーを放出。放出後はエル=ファシルⅤの影に隠れるように部隊毎の単縦陣を形成し、一路星系外縁部の彗星雲へ進む。

 五日〇六〇〇時、二度の進路変更の後に偵察衛星が配備されていない跳躍宙点に到着。既に進発待機していた第九戦略輸送艦隊臨時A四二五五輸送隊と合流。同隊の巨大輸送艦三二隻をハンバーガーのように挟み込む陣形を形成。各艦損傷の無いことを確認した爺様は、正式に隷下全部隊全艦に対し、アスターテ星域からダゴン星域へ抜ける強襲打通作戦を指示した。

 九日一四〇〇時、一二回の長距離跳躍と三〇数度にわたる短距離跳躍ののち、アスターテ星域との接続星域であるエル=ポルベニル星系に到着。通常航行速度を維持したまま、各艦は巨大輸送艦から燃料の最終補給を開始。バンズがパティを何度も圧迫するような動きで、巨大輸送艦の両舷側に数隻ずつへばりつくその姿は、大洋でクジラにへばりつくコバンザメとしか形容しようがない姿だ。その作業途中でドーリア星域から進発している哨戒隊より、『アスターテ星域よりドーリア星域へ向けて、帝国軍が盛んに強行偵察を仕掛けている』との報告が入る。

 予定通りであれば、現時点で第八艦隊を主力とするダゴン星域攻略部隊はエルゴン星域とダゴン星域の接続宙域に侵入しつつあるはずだ。はてさてこの活発化の原因をどう見るか。

「ジャムシード星域に帝国側の諜報員がいるのは間違いありませんね。そこで第八艦隊以下一万隻五〇〇〇隻以上の主力部隊が侵入してくれば、何らかの警報が出るはずです。一般的な抗体反応でしょう」

 情報漏洩を真っ先に疑われるであろうモンティージャ中佐は、視線の集中砲火を受けながらも、胃薬を手放せずにいた先週とは打って変わっていつもの陽気なカリビアンの剽軽な表情で応えた。

「だがそれならば、これからエル=ファシル星域へ向けても同じように強行偵察してもおかしくはないのではないか?」

 強行偵察隊はせいぜい数隻の巡航艦で構成されるとはいえ、そんな危険な宙域での補給活動、護衛が付くとはいえ浮かぶ標的である巨大輸送艦が帰路で遭遇戦になるということだってありうる。そんな心配からカステル中佐は問うと、話を向けられたモンティージャ中佐は軽く手を振って応える。

「エル=ファシル星系防衛艦隊は藪蛇が怖いので『代替わり』してから積極的な偵察行動をしておりません。ジャムシードの帝国側諜報員がよほどのマヌケでない限り、あれだけ放映されたエル=ファシル帰還船団の動きは間違いなく察知しています。当然我々の護衛部隊も計算に入っているでしょうが、八〇〇隻ずつ分化して移動してますから、普通に『偽装誘引を兼ねての海賊掃討作戦しての動き』と考えるのが自然でしょう」

 それら全てがエル=ファシル星域に補充された、と考えるよりも、一つないし二つの部隊がドーリア星域に増援として加わったと考える。仮に一六〇〇隻の増援が加われば、ドーリア星域の防衛艦隊の数は三六〇〇隻を超える。
 民間人が帰還し、これから惑星復興しようという状況下のエル=ファシル星系を巻き込んでの軍事行動というのは、帝国側諜報員の視点からしても『非常識』と判断する。故に偵察行動は戦力的・政治情勢的に安定して軍事活動も活発なドーリア星域からの侵入を警戒したのだ、と。とすれば、

「やはり主力部隊の目標がダゴン星域であることは、ある程度見抜かれている。ということでしょうか?」

 俺の疑問に、モンティージャ中佐は『それは俺の責任範疇外』と言わんばかりに肩を竦めて応えるし、爺様と言えば『そのくらいはシトレ(中将)も覚悟の上じゃろう』と冷めた顔をしている。帝国軍の主力部隊であるイゼルローン駐留艦隊一万五〇〇〇隻は、総力をもってティアマト星域を突破してダゴン星域に向かうことだろう。第四四高速機動集団の打通作戦の難易度は下がったとみていい。

「全て想定の範囲内じゃな」

 爺様が司令席で腕組みをしたまま頷くと、補給終了後ただちに出発との指示をする。高速集団に随伴する中型補給艦が最後に巨大輸送艦から離れ、再び速度を上げて二度の長距離跳躍の後、一〇日〇九〇〇時、八箇月前に到着した場所に同じように出現し、跳躍宙点から慌てて逃げ出していく二一隻の帝国軍哨戒隊と遭遇した。跳躍宙点のルート哨戒の部隊だろうが、前衛部隊が咄嗟砲撃によって戦艦一隻と巡航艦三隻を撃破し、追撃によってさらに戦艦一隻を大破鹵獲、巡航艦二隻を撃破したが、残りの一四隻は取り逃がしてしまった。こちらも砲撃を受けた巡航艦一隻が小破し、戦闘能力喪失ということでエル=ファシルに送り返されることになる。

「後先考えない短距離跳躍に未来をゆだねた、彼らに幸運あれ」

 光り輝く円盤の中に我先と逃げ込んでいく帝国軍駆逐艦の艦尾に向けて、モンシャルマン参謀長は呟くように吐き捨てた。彼らが跳躍前に司令部へ緊急通信を発しているのは間違いない。星域侵入早々、発見されたところでもう引き返すわけにはいかない。追撃は中止され隊列を再度整えると、一目散に隣接するトリエラストラ星系への跳躍宙点へと突き進む。

 一二日にはトリエラストラ星系、一四日にはウリガット星系、一五日にはユールユール星系に侵入。やはり同じように少数の哨戒部隊だけしかおらず、これを砲撃によって蹴散らしながら突き進み、周辺を警戒しつつ第二戦速を維持したまま各艦一度の燃料補給を行い予定より一日遅れの一七日、ダゴン星域トルネンブラ星系との接続星系であるアトラハシーズ星系に到着した。跳躍宙点に敵戦力は確認されなかったが……

「指向重力波探知、逆探により発信源を確認。帝国艦隊らしきもの第二惑星軌道上に集結している模様。反応極めて大」

 観測オペレーターの声に、司令部要員はそれぞれの席を立ち、爺様の座る司令官席を囲むように集まった。

 敵地打通突破の都合上、事前に偵察部隊を先行させることはせず、集団で一斉に星系に入ってから想定航路先に高速艦艇を展開して強行偵察をするという荒っぽい偵察方法で我々はここまで潜り抜けてきた。しかしどうやら相手もそれを見越してきたようだ。

「これはどうにも一戦交えなければならんようじゃな」

 敵戦力を無視してトルネンブラ星系への跳躍宙点に向かうことも考えられたが、跳躍宙点に到着する前に後背からの攻撃を受けることは間違いない。元からのアスターテ星域防衛艦隊、ダゴン星域からの戦力分派、ヴァンフリート星域からの増援も想定される。

 そもそもとして、本隊がカプチェランカを攻略するのを助けるのが目的の強行軍だ。戦うことは充分に計算してはいたが、まとまった戦力をこの戦域に集結させた帝国軍の指揮官は少なくとも近隣星域レベルで俯瞰的かつ冷静に対応できる人物とみるべきだ。もっとも昨年のアスベルン星系遭遇戦でも数と質に差がなければ、苦戦は免れなかったわけだし、今度は立場が逆になる。

 即座に爺様はモンティージャ中佐に強行偵察艇による艦隊全周への偵察哨戒を、カステル中佐に部隊の資源備蓄状況の再確認を、モンシャルマン参謀長に第二警戒速度での移動と陣形再編を指示した後、俺を呼び止めて問うた。

「何か言いたそうじゃが、今のうちに言っておいた方がいいのではないかの?」
「正面の敵艦隊の数にもよりますが、今のうちに偽装艦隊を出しておいた方がいいのではないと」

 集結中の敵が一万隻を超えるような大軍であれば、真っすぐ近づいて戦うのは自殺行為だ。五〇〇〇隻でもほぼ同義だろう。帝国軍が事前に作戦を察知し数万隻を動員していない限り、帝国軍の戦力を本隊が攻略の間、アスターテ星域に引き付けるというダゴン星域攻略戦への当部隊の任務は果たせたと言っていいし、極度の戦力差がある場合は撤退の許可も出ている。

 ただ第四四高速機動集団がアスターテ星域に侵入した時点において、帝国軍のドーリア星域への強行偵察が行われていた。防衛艦隊全戦力がこのアトラハシーズ星系に到着するには七日ではギリギリ。(同盟軍が認識している範囲では)まともな補給基地のないアスターテ星域だ。集結できたとしても燃料の補給や強行偵察で負った損傷修理には時間がかかる。

 事前の情報分析で得ているアスターテ星域の防衛艦隊総数は二〇〇〇隻ないし三〇〇〇隻。指揮官は最近交代があったらしく不明。まともな指揮官ならば後方に増援を要請するはずだし、ジャムシード星域に大規模な同盟軍の存在を察知した段階でイゼルローンからも救援が出るだろう。

 となると、ヴァンフリート星域からの航路に敵艦隊が出現する可能性が高い。勿論帝国軍が同盟軍本隊のいるカプチェランカの防衛を無視してトルネンブラ星系との跳躍宙点に出現する可能性もあるが、可能性は極めて低い。ならば偽装艦隊を出して増援部隊の注意を引き付け、味方本隊から離隔した方がいいのではないか、と。

 たっぷり三分。俺の説明を目を閉じて聞いていた爺様は、組んでいた腕を解きモンシャルマン参謀長を呼び寄せ、改めて力のある鋭い目で俺を見て言った。

「この星系に現有する敵戦力が我々の同数以下と想定してじゃ、偽装艦隊を二つ出すのはどうじゃ?」
「一方はヴァンフリート方面への跳躍宙点に向けてとは思いますが、もう一方はどちらに?」
「トルネンブラ星系への跳躍宙点への最短航路じゃ」

 モンシャルマン参謀長が爺様の回答に喉を鳴らす。単純な二択を敵部隊に示し、敵を能動化させこちらの意図的に動かす案だ。偽装艦隊側に引っ掛かれば、本隊は安全距離をとって第二惑星軌道上を通過して跳躍宙点へと向かえる。敵艦隊が迷って部隊を二つに分ければ、数的優位を確保できる。妙案ではあるが……

「敵が第二惑星軌道上から動かなかった場合はいかがいたします?」
「我々の同数以下であることが前提じゃ。多少の戦力差であれば力で中央突破する。我々よりはるかに多い場合は、判明時点で転進。ユールユール星系に撤退する」
「そうなると当集団の目標はカプチェランカでの合流からユールユール星系における遅滞戦闘行動、となりますが……」
「……ビュコック閣下」
「なんじゃジュニア?」
「偽装艦隊を二つ出すのであれば、当集団を二つに分けてはいかがでしょうか?」

 増援の見込みのない戦域で、部隊をさらに二つに分けるのは兵力集中運用の原則に反する。下手をすれば各個撃破される。その危険性はあるが、敵が多数の場合には逃げ切れる可能性がより高くなる。

「二分するというと、どのようにかね?」

『バカなことを言うな』と頭ごなしに否定されてもおかしくないにもかかわらず、モンシャルマン参謀長は咳払いをした後、俺に向かって問うた。それだけとってもウチの司令部が人格的にも知性的にも健全であると安心できる。ど真ん中に短気で頑固な爺様はいても、だ。
 そんな眉を潜める爺様に許可をとり、司令官席のモニターにアトラハシーズ星系の星図を表示して、俺は説明する。

「当集団を旗艦部隊とそれ以外の部隊の二つに分け、それぞれがデコイを出し双方とも二四〇〇隻の一集団となるように偽装いたします……

 旗艦部隊は第二惑星軌道を避ける自然曲線をなぞりつつトルネンブラ星系への跳躍宙点への航路を、それ以外の部隊は第二惑星軌道上の敵艦隊への直線航路をとる。

 相互の連絡距離が最長になるのは一一時間後。それまでには爺様の言う通り敵艦隊は何らかの行動を示すだろう。旗艦部隊の進攻を阻止するか、それとも現状を維持し第二・三部隊の正面攻撃を迎撃するか、兵を二分してそれぞれ対処するか。

 敵兵力が過大である場合は速やかにユールユール星系方面へ離脱する。敵が三〇〇〇隻程度の場合は、時間差が付くことになるが戦闘を選択する。

 敵が第二惑星軌道上で迎撃する場合は、旗艦部隊がその右側面から後背に回り込む。旗艦部隊の進路に立ちはだかるよう動く場合は、第二・三部隊が左側背に回り込み、半包囲態勢をとる。敵が急戦速攻で旗艦部隊を攻撃に向かってきたら第二・三部隊はその背後を突く。

 敵がグレゴリー叔父のようなまともな指揮官であれば、包囲される前に進路を変更する。その為、意図的にトルネンブラ星系への跳躍宙点とは反対側に逃げられるよう包囲網に意図的に穴をあける。敵はその方向へ急速前進し砲射程外で反転、包囲網の裏側に回り込もうとするだろうが……

「我々は敵の回避行動に合わせその後背を砲撃しつつ、タイミングを計って恒星アトラハシーズの方向へ急速前進します。そこで恒星を使ったスイングバイにより加速を得て、恒星風にも乗って跳躍宙点へと向かいます」
「時間ロスはどのくらいじゃ?」
「戦闘終了後部隊再編成する時間を含めればマイナス一時間です。改めて最短航路を最大巡航速度で進むより、早く跳躍宙点に到着できます」
「なんじゃ、最初から誰かの入れ知恵で計算しておったか」
 フンと爺様は鼻息を吐くと、進路シミュレーションを見ながら顎を撫で、しばらくの沈黙の後、今度は冷めた何かを悟らせるような視線を俺に向ける。
「各個撃破されるリスクをとってまで一集団となって正面決戦を挑まないのは、敵が少数の場合に遅滞戦術をとり、ヴァンフリートからの増援を待たれるのを阻止する為じゃな?」
「はい」
「ではヴァンフリート星域方面への偽装艦隊を作り出す任務は、どの部隊に命じるか?」

 それは聞かれたくない質問であったが、答えざるを得ない。本隊が戦わないのであれば、事前にプログラムした航路を進ませることもできるが、本隊が敵と戦う以上、ヤンが第四次ティアマト星域会戦で見せたように、敵増援部隊が敵本隊の交戦を確認し進路を変更したタイミングで、背後に回り込んで偽装艦隊を作り出すよう仕向けたい。その為には少なくとも有人艦による制御が必要だ。

 火力の援護もなしに隠密裏に数十倍以上の敵艦隊の背後へ回り込む必要がある。必然的に任務部隊は少数とならざるを得ない。そして状況が露見すれば、圧倒的戦力差によって磨り潰される。

 仮に逃げ切れたとしても……燃料が満腹としてもユールユール星系への跳躍宙点を通ってエル=ファシル星系に向かうにはギリギリだ。ドーリア星域方面には哨戒戦力がウヨウヨしている。到底逃げ切れるとは思えない。第四四高速機動集団本隊への合流が叶うかと言えば……もろにその姿を敵に晒すことになって追撃を受けるだけのことだ。つまり生還は極めて困難で……

「……第八七〇九哨戒隊がその任に適していると小官は、考えます」

 壁に折り畳まれた従卒席のあたりから、息を吞む僅かな音がしたことを、俺は聞き逃すことは出来なかった。





 慌ただしく作戦が構築されていく間、俺はあえてシャトルでフィンク中佐とユタン少佐を旗艦エル・トレメンドへと呼び寄せた。想定される現在の戦況図、自軍のこれからの行動と推測される敵の反応を聞いただけで、俺が与えられる任務を口に出す前に、二人は察したようだった。

「ありがとうございます。ボロディン少佐」

 司令官公室。しかし持ち主である爺様も、参謀長も、副官もいない。ようやく耳に届くくらい僅かな空調の音と、俺の右後ろに立っている従卒が淹れた珈琲の匂いが静かに漂う中で、フィンク中佐は俺の向かいのソファに座りながら深く頭を下げて礼を言う。

「第八七〇九哨戒隊がこれまで鍛えた能力の全てを挙げて、見事任務を果たして御覧に入れましょう。そうビュコック司令官閣下にお伝えいただけますでしょうか」
「それは勿論です。ですが、お礼を言われるようなことでは……」
 俺はアンタ方に『八割ぐらいの可能性で死ね』というに等しいことを言っているんだぞと、言外に言ったつもりだったが、言われた側の顔色は死地に赴く悲壮感の欠片もないものだった。
「何をおっしゃいますか。ボロディン少佐は第四四高速機動集団に数多といる巡航隊や哨戒隊の中から、我々を特に選んで集団の命運を委ねて頂けたわけです。その栄誉、これに過ぎたるはありません」
「しかし……」
「我々はこれまで偵察哨戒とは何たるかを常に考えて訓練し、鍛えておりました。その実力を存分に発揮できるとなれば、文句を言うなど烏滸がましいと言わざるを得ません」

 フィンク中佐もユタン少佐も司令部から与えられたこの任務で死ぬ。確実ではないが、そうなる可能性は高い。こちらの戦術的意図を理解した上での了承。エル=ファシルで、そしてアトラハシーズで。結局のところ、情を逆手にとって、俺は彼らを都合のいい『弾除け』扱いしているのではないか。

「第八七〇九哨戒隊の燃料タンクと酸素タンクは全て満杯にします。カステル補給参謀が最優先で手配をかけてますので、帰艦後、支援部隊方向へ配置移動を願います」
 澱のようなものが一秒ごとに腹にたまっていくのを感じつつ、俺は二人から目を逸らすことなく説明を続ける。それで何かが救われるわけでもないのに。
「陽動作戦終了後、第八七〇九哨戒隊は第四四高速機動集団の編制より外されます。ビュコック司令官閣下より、先任指揮官独自の判断により戦線離脱を許可するとのご命令です」
 胸ポケットに収めていた命令書をフィンク中佐に手渡す。フィンク中佐の指紋照合によって封が切られ、中佐は中身を読み、読み終わった後はユタン少佐に手渡す。
「命令書、確かに受領。了解いたしました」
「陽動作戦に特段必要な物資がございましたら小官かカステル中佐にご連絡ください。可能な限り便宜を図るようにいたします」
「承知いたしました……今のところ燃料や酸素以外で必要とする物資はありませんが、幾つか各艦より補給艦に私物を預けると思いますので、保管管理をお願いいたします」
「了解いたしました」
 それは残念ながらエルヴェスダム氏の手紙のような笑い話になるとは到底思えない代物だろう……
「フィンク中佐、ユタン少佐」
 だからこそ司令部命令ではなく俺の独断で、言っておくべきことがある。正式な命令ではなく、記録にも残さないような形で。爺様も参謀長も恐らくそれを察して席を外してくれたのだ。
「はっ」
「『小官は』この陽動作戦の主目的を、あくまでも敵増援部隊の誘引と考えております。故に手段は問いません。第八七〇九哨戒隊の考えられる最善の手段をお取りください。状況に応じて艦を放棄しても構いません。責任は小官がとります」
「……承知いたしました」

 これ以上の伝達事項がないのに、必要以上に彼らを引き止めておくわけにはいかない。作戦開始時間も迫っている。だがソファから腰を上げたくない気持ちが喉までせりあがってくるが、先にフィンク中佐とユタン少佐が腰を上げてしまった。軍規範通りの敬礼と答礼の作法の応酬。

「……あ、そうでした」
 このまま何事もなく公室を出ると思われた寸前、フィンク中佐は突然回れ右をすると、俺といまだトレーを持ったままのブライトウェル嬢に向かって言った。
「司令部従卒殿は今年士官学校を受験されるとか。合格をお祈りいたしております。では」
 そういって改めて敬礼するフィンク中佐とユタン少佐には一部の隙もない。ブライトウェル嬢の敬礼を待つまでもなく、二人は回れ右をして公室を出ていく。
 
 俺とブライトウェル嬢は無言のまま、目の前でとじられた青丹色の扉をしばらく見ていたが、先に口を開いたのは、ブライトウェル嬢だった。

「士官とは誰かの生死を決断しなければならない。そういう役職なのですね」

 残された珈琲カップを片付けながら、ブライトウェル嬢はしみじみと呟く。士官学校での教育で嫌というほど学ばされ、戦場においては日常茶飯事。今回のように殆ど生還の可能性が低い命令は稀であったとしても、敵砲火の届く範囲に将兵を送り込むわけだから大して変わらない。

 当然のことながら自らも敵砲火の只中にあるわけで、俺だって死ぬ可能性がないわけではない。だが決死の覚悟で戦うことと、必死に戦うことは違うのは、前世の好きだったアニメのセリフだ。

 特攻に近い作戦を命じた側の人間が、戦場でその指揮を執るのも責任とリーダシップのありようの一つだろう。ヤンがユリシーズに乗っていたのは、ラインハルトに借りを返すつもりとは言っているが、査問会でも言っている通り他人にどうしろこうしろ命じる前に自分で実行しろということを体現していたのだろう。

 であれば、この陽動作戦を立案したのは事実上俺であり、その指揮も本来俺が取るべきものなのかもしれない……だが希望したところで、爺様は承認してくれないだろう。無駄飯喰らいと言われたマーロヴィア防衛部の時とは違い、艦隊の次席参謀にはやるべき仕事がそれなりにある。

「士官学校受験を止めるなら、今のうちだぞ」

 誰かを犠牲にして作戦を成功させる。エル=ファシルで民間人を見捨てて逃走したリンチ少将を父に持つ彼女にとって、それは酷な任務となるだろう。特に戦略研究科を希望する彼女にとっては。だが、俺の言葉に一瞬呆然とし、その次に怒気を現し、最後は微笑を浮かべるという面相で応じた。

「お気遣いありがとうございます。ボロディン少佐」

 笑顔が怖いと思ったことは一度や二度ではない。ボロディン家は特に女性が多く、しかもプライドが高くて気が強い(ちょっとばかりメンドクサイ)人ばかりだったから遭遇機会もそれなりにあった。が、その中でも今回のブライトウェル嬢の笑顔はとびぬけて危険性が高い。普段から感情をあまり大きく見せない彼女だからこそ、余計に怖い。

「ですが既に士官学校入試事務局には願書を提出済みですので、問題ありません」

 一瞬だけ司令官公室と繋がっているミニキッチンにブライトウェル嬢の視線が動いたのは間違いない。そこは爺様用の接客セットや救急ツールなどが仕舞われているが、それに加えてディディエ中将からの物騒な贈り物(二本目・実刃付)も隠されている。

 少なくともさっきの俺のセリフは、彼女の『優しいエル=ファシルの叔父さん達』を死地に追いやる男が言うべき言葉ではなかったなと、胸の奥底で深く自省するのだった。
 
 

 
後書き
2023.02.05 投稿 
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