DOREAM BASEBALL ~夢見る乙女の物語~
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リスク
前書き
最近色々あって心によくわからない余裕が生まれているため筆が進む進む。筆持ってないけどww
「莉愛も翔子も役割を果たしてくれたな。次はお前らだぞ、三年生」
マウンドに集まっている桜華学院。その姿を見ながらベンチ前に集まっている伊織、栞里に発破をかける。それに二人も笑みを浮かべながら頷いていた。
「莉愛も翔子も動かさない。お前らが打って返せ。恵が流れ作ってくれたんだからな」
同じ三年生の恵が代打として役割を果たした。このチャンスは彼女が作ってくれたと行ってもいいほどの大きな役目を果たしてくれた。
「向こうも円陣解けたみたいだな、行ってこい、伊織。自信持って行けよ」
「はい!!」
ノーアウト一、三塁。前打席はデッドボールだったが一打席目はムービングを捉えられなかった。しかし彼女はその打席でソフィアの持っている全ての球種を見ている。そしてランナーが三塁にいれば投球の幅は狭めざるを得ないはず。
(打ちに行くのはダメだ。ムービングも振り切れば外野まで運べる。ならストレート狙いのタイミングで強振す……る?)
チャンスなのは明宝、ピンチなのは桜華。そのはずなのに、なぜかマウンド上のソフィアは笑みを浮かべている。それも不自然な笑みではない、本当に楽しそうに……嬉しそうにしているのだ。
(空元気じゃない、あの笑いは何?)
セットポジションからの投球。ランナーを気にする様子もなく脚を上げたソフィア。その右手が振り抜かれると間髪置かずに彼女の目の前を白球が通過する。
「ス……ストライク!!」
ソフィアのストレートは速い。それは周知の事実だった。しかしこの場面で投じられたのは今まで見てきたそれよりも明らかに速い。それも女子野球では見られないほどのスピードボールだった。
「今何キロ出てた?」
思わず町田がBSOボードを担当している男に声をかける。この球場にはスピードガンがあるが、町田の指示により選手たちが球速で一喜一憂しないようにと試合中は球場に計測が出ないように設定されている。
「128km……でももっと出ているように感じました」
女子野球においてなら相当速い球速ではあるが、ソフィアの手から投じられたストレートはそれよりも速く感じた。さらにはマウンド上の彼女はピンチだと言うのに、間合いを長く取ったり牽制を挟んでリズムを崩そうとしない。これまで通りの速いテンポで投球に入る。
「これは三振を取りに行くピッチング……よね?」
「だと思うけどな」
二球続けてのストレート。それもこれまでの打たせて取ろうとしたストレートとは違う。完全に力業で抑えに行っているのが誰の目から見ても明らかだ。
「でも打たせて取ることで失投を目立たなくしていたんですよね?ランナーが二人もいる状況でそれを崩すなんて……」
ゴロを打たせられればセカンドでのゲッツーも狙える。それなのに試合を支配することを徹底してきた桜華がその可能性を捨てて三振を奪いに来ていることに佐々木は首を傾げる。
「失投を狙い打たれるリスクを背負ってでも抑えたいんだろう。その判断が吉と出るか凶と出るかはわからないけどな」
(二球で追い込めた。ボール球を混ぜるのもありだけど、そんなことしたくないでしょ?)
マウンド上の妹に目で問いかける。それに少女も笑顔で答え、姉は次のサインを送る。
『リスクは俺が背負ってやる。だからここからは全部三振を取りに行け、ってさ』
全力で投げれば失投のリスクが増える。ましてや三振を取りに行っていると分かれば相手もそれに対応しようと集中力が増す。そんな中で失投が投じられれば大ケガは必須。
(それなのにカミュはここを任せてくれたんだ。絶対に抑えてみせる)
向けられた期待……しかしそれは彼女のプレッシャーにはなっていなかった。全力を尽くしての投球は彼女がずっと抱いていた希望。そしてリスクを背負ってまで自らの力を信じてくれた彼に応えたい。そんな彼女が見せ球なんて使うことはない。
(次も勝負球のはず。ストレートかスプリット……でもこれだけスピードが出てたら判別できるはず)
スプリットはストレートに比べて球速が落ちることは間違いない。問題は伊織がこの速度での投球に対応できるかどうか。
(ストレートにタイミングを合わせてないと打てるはずない。スプリットなら低めに来るはずだから見極められる!!……たぶん)
これまで戦ってきたどのピッチャーよりも速いボール。それを前に確信なんて持てるはずはない。彼女にできることはこれまでの自らの努力を信じ、それに賭けること。
(最後はスプリット。低めになんかいらない、ボールの力で押し切りなさい)
腕が振れているおかげでソフィアの投球には力も勢いもある。それを生かしリュシーは確実に空振りに取れるワンバウンドになるスプリットよりもゾーンで振らせに行くスプリットを選択した。そしてその判断は功を奏す。
(この高さはストレート!!)
コースは外ギリギリだが、高さは真ん中とありここから落ちるボールは考えられないと手を出す伊織。しかしそんな彼女の読みとは異なりボールはバットを避けるように落下していく。
「ストライク!!バッターアウト!!」
三球三振。一球もバットに掠らせることとできず三振に倒れた伊織は悔しさで天を仰ぐが、プレーの進行の妨げにならないようにとベンチへと駆け足で戻ってくる。
「あとは任せて」
「ごめん、頼むよ」
すれ違い様に栞里と言葉を交わしベンチへと戻っていく。次に打席に立つ少女はその背中に視線を向けることなく打席へと向かう。
(このスピード感……付いていくのでやっとかも)
栞里自身打撃には自信がある。しかし、これだけの球速ではそれがどれだけ通用するか分からず、余裕がなかった彼女は伊織に視線を向けることができなかった。
「……」
全員が次の展開に意識が向いているそんな中、数少ない冷静さを保っていた男はサインを送る。そしてそれ相手の指揮官も気が付いていた。
(走らせてくるかぁ?牽制を挟めば刺せそうだが、この流れを変えるのは嫌だなぁ)
真田が何のサインを送ったのかおおよそ検討が付いたが、ここはあえてスルーする。両軍の指揮官が今できる最善手を打った初球、一塁ランナーの莉愛が二塁へと走る。
「ストライク!!」
全く警戒していなかったソフィアはクイックもしていなかったため楽々二塁へたどり着く莉愛。三塁ランナーの翔子は動いていなかったため、1アウト二、三塁となり明宝はチャンスが拡大する。
(気にしなくていいよね?)
(もちろん、こっちはもう三振しか狙ってないんだからよぉ)
ピンチが広がった桜華だったが焦りはない。もう彼女たちは腹を括っているのだ。
(もし投げてくれれば翔子の足なら返れるかと思ったが、もう気にしてないらしいな)
今塁上にいる二人を返してもリードがある桜華は二人のことを警戒するだけ無意味。それが分かってはいたものの、もしかしたら希望を抱いた真田だったが、それがうまくいかなかったことでより相手の頭のよさを痛感していた。
(もうこうなったら任せるしかない。何とかしろ、栞里)
初球は外角低めへのストレート。続く二球目は低めにスプリット落としてきたが、栞里は見極めることができず空振り。
「マジか……」
思わず声が出た。ストレートとスプリットの見極めができるかと思っていたがそれすら許さないほどに投球に勢いがある。次スプリットが来ても見送れる自信がなくなってしまった。
(監督)
(……セーフティか?)
打っては当たらない。そう感じた栞里は真田に助けを求め、彼はそれを察した。
(試していいぞ、翔子と莉愛は確実な時以外出るなよ)
(((了解)))
スクイズではない、ランナーがもう一人でなければ追い付くことすらできない。セーフティバントで転がったコースがいい場合のみ二人は進塁する。一縷の望みをかけた戦法だったが、このバッテリーはそれすら許さない。
(ストレート、高めに行こうか)
(おけまる!!)
セーフティバントを読んだわけではなかったが二人が選択したのは高めへのストレート。当然MAXの力で投じられたこれは伸びもこれまでと違う。
((((スクイズ!?))))
栞里の予想外の動きに内野手たちは慌てて反応していたが一番威力のある球種に彼女のバットは当てることすらできず三振となる。
「あれ?」
スクイズと勘違いしたリュシーは三塁ランナーを迎え撃とうとするが明宝のサインはセーフティバントだったため、翔子は塁上に釘付け。ダブルプレーで試合終了とは行かなかったが、桜華はついにアウトカウントを残り一つまで漕ぎ着けた。
「二者連続三振……」
「これはいよいよかもね」
試合を観戦していた東英学園も絶体絶命のライバルを見てそう言葉を放つ。それもそのはず、打席に向かうのは小柄な少女なのだから。
「あいつ、ヒット打ってるっけ?」
「ヒットはないです。前の打席でも送りバントでしたし」
まともに当たっていない紗枝。しかし現段階で明宝には彼女に代われる打者はいない。
(もし陽香が試合に出れれば……なんて、考えても意味ないんだけどな)
その頃本部席では……
「ここで丹野さんか……決まっちゃったかも知れないわね」
皆が口に出さなかったことを平然と呟く佐々木。これに全員が視線を向けたが、誰もそれを咎めることはしない。なぜなら全員が同じように考えていたからだ。
「確かに丹野はここまでの感じだと打てるとは思えないけど……」
「万が一ということもありますし……」
完全に紗枝はこれまでの打席封じ込められている。一打席目こそいい当たりを出してはいたがそれは桜華の戦略の一つであるため一概に信じることはできない。
「いや……丹野ならワンチャンあるかもよ?」
そんな中一人違う見解をしているのはこの試合の勝者と当たる東英の監督である町田。その言葉に本部席にいた全員が驚愕した表情で視線を送る。
「どういうことですか?」
「あのストレートじゃあ小技も難しいんじゃないですか?」
栞里ですらセーフティバントも当てることもできなかった。紗枝はまだ一年生なこともありやはり実力は劣るところがある。そんな彼女がここまで二連続三振を奪っているソフィアからヒットをビジョンが見えてこない。
(こいつ……何か別のものでも見えているのか?)
如何なる手段を使って出塁するのか誰にも想像ができない。しかし町田はそんな面々とは違い、笑みを浮かべている。その表情からは何かに気付いたことを伺わせることは間違いなかった。
(ようやくあと一人。ソフィアのピッチングも完璧だし、このまま押し切れる)
打席に入る少女を見つつも気持ちは勝利に向かって舞い上がっていた。
(まだ油断しちゃいけないのは分かるけど、やっぱり気が緩んじゃうなぁ。でも、この子ははっきり言って怖くない)
前の二人の方が遥かに手強い。そしてこの後に続く選手たちの方が力がある。
(小技もあるけどソフィアの球速ならそれも許さないはず。押し切るよ、ソフィア)
初球はストレートのサイン。ソフィアもそれに頷き投球に入る。
(まだ終わってない。あと一人……最後まで集中して……)
残り一人でもマウンドの少女は緩みがなかった。放たれたストレートはまたしてもMAXのスピードが出ていた。紗枝はそれを振っていくが空振り、それも完全に振り送れている。
(やっぱ速い。普通に打ったら打てない)
空振りした後、大きく息を吐き出す紗枝。その表情の移り変わりにリュシーは違和感を覚えた。
(なんだ?なぜそんなに自信を持って構えられる?)
とても打てそうになかった彼女は空振りをした直後は空を仰ぎ諦めたかのような表情を浮かべていた。にもかかわらず、今構え直した彼女の表情は全く迷いがないものに変わっている。
(諦めて開き直ったか?それともまだ何かここから逆転する方法があるのか?)
あるとすればと思考を行うリュシー。彼女は紗枝の姿を見て改めて考察する。
(振り遅れてるのにバットは長く持ったまま。ということは打つことは考えてないはず。セーフティバントかな?)
バントとなるとスプリットは当てられる可能性がある。低めは転がしやすい上に球速も落ちる。相手がボールを捉えきれていないならストレートで押し切る方が吉とソフィアへサインを送った。
(もう一球ストレートか。大丈夫、私なら投げ込める!!)
自信が表情から滲み出る。打たれる気も打たせる気も更々ない彼女は最後も三振で締め括るために次の投球も全身全霊で腕を振るう。
(勝負はこの一球。これがストレートじゃなかったらもう私の負け)
内野手がリュシーの指示を受けてバントに意識を向けている中、紗枝はバントの素振りを一向に見せない。
(ここからじゃバントはない、じゃあ一体どうやって打つつもりだ?)
彼女の表情の変化は両軍の指揮官も本部席にいた町田も佐々木も気付いていた。しかし彼女は何か小細工をする様子はない。
「バッティングには色んな定説があるよな」
「なんですか?突然」
試合に集中したいのに町田が話しかけてくるためそちらに気が向いてしまう。彼女の思考に気付いているのか分からないが、町田は話を続ける。
「手首の返し方、タイミングの合わせ方、体重移動の仕方、色んな意見がありすぎて多くのバッターは混乱してしまう。だが、その中で確実に一つだけ、どのバッターでも必ず統一して指導されることがあるよな?」
「後ろを小さく前を大きく……ですか?」
コクリと頷く。ボールに最短距離でバットをぶつけフォロースルーを大きく取ることにより打球に勢いを増す。これはどの理論においても変わることはない。
「そのスイングを作るための指導はまた何通りもあるが、一時期かなり流行った方法があってな」
「??なんでしたっけ?」
彼が何のことを言おうとしているのかわからない佐々木。そして彼が次に何を言うのか本部席にいる全員が注目している。
「グリップエンドをボールにぶつけるように振り出すと、理想のスイング軌道になる」
(来たッ!!ストレート!!)
待ち望んでいたストレート、それも内角へ来たことで紗枝はスイングを開始する。しかしそれは完全に振り遅れているのは誰が見ても明らか。
(これで追い込んだら最後はスプリットだ)
(最後までストレートで押させた方がいいかなぁ)
既に頭の中で次の投球に思考が行っているリュシーとカミューニ。それとは真逆に真田は奥歯を噛み締めている。
(追い込まれたらもうどうしようもない。なんか起きろ)
ゴッ
祈るような想いの中、普段聞き慣れないような音がする。それと同時にサード前に転がるボール。
「え?」
「??」
「デッドボール?」
桜華ナインは転がるボールと一塁にゆっくりと走り出す紗枝を見てデッドボールかと思い急ぐ素振りもなくそれを拾いに行く。翔子と莉愛もボールデッドになったとそれぞれの塁に帰塁した中、リュシーの声が響いた。
「美空!!ボール一つ!!」
「え!?」
その声でそれまでゆっくりと一塁に向かっていた紗枝が全速力で走り出す。それでサードを守っていた清原も彼女のグリップにボールが当たった打球なのだと気付き、処理する。
「!?」
際どいタイミング。しかしこれが中途半端な送球になってしまい、身体を張って永島が止めたため一塁ベースから足が離れた。これにより紗枝が一塁へと残ることになる。
「たまたまか?いや……なら慌てて走るよな?」
グリップに偶然当たってしまったなら一塁に慌てて走るしか道はない。デッドボールに見せてアピールすることもできるが、それもしていなかったということは彼女は狙ってグリップに当てたと言うことになる。
(セーフティバントは構えるまでに視線がブレるし時間の誤差がある。理論上はグリップバントの方が速い球には有効だが、あそこまで振り遅れててよく実行に移せたよな)
それもデッドボールに見せかけるために一塁に歩き出すフェイク付きで。リュシーが気が付いていなければ何食わぬ顔でヒットにしてしまっていたのだろう。しかし、それでもカミューニに焦る素振りはなかった。
(まぁ、次のバッターはカモだから問題はねぇな。指示は変えない、三振を狙ってこい)
3点差の最終回、2アウト満塁。一発が出れば逆転の場面で打席に向かう背番号2。その背中には不安も緊張もないように見える。
(今までの借り、ここで全部返してやる)
後書き
いかがだったでしょうか。
いよいよ次で桜華戦ラストになります。
そう言うとどんな結果になるか丸分かりですが気にしません。
だってあんまり読んでる人なんていないしww
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