DOREAM BASEBALL ~夢見る乙女の物語~
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経験不足
前書き
もうまもなくWBCが始まりますね。
まだまだ先のことのように思っていたのにもう来週なんて早いなぁ(  ̄- ̄)トオイメ
『3番・ショート・水島さん』
打席に向かう背番号2。その背中を見送る背番号5はネクストバッターズサークルに入ると数回バットを振る。
(莉子さん、私まで回して)
この試合最後のチャンス。ここで同点……いや、サヨナラに持ち込めなければ恐らく明宝に勝利はない。そう直感していた優愛は昂る気持ちを落ち着けるため姿勢を低くし、下を向く。
「莉子さん、もしかしたら狙ってるかも」
「……何を?」
集中している時に声をかけてくる葉月に細目で視線を向ける。それを気にする様子もなく、彼女は顎をクイッと動かし、先輩の姿を見るように促す。
「莉子さん、たぶんホームラン狙ってるよ」
「えぇ!?マジ!?」
葉月の指摘でようやく顔を上げた優愛。その声に球審が視線を向けていることに気づいた二人は姿勢を低くし注意されないように取り繕う。
「確かに……あの顔は狙ってるかも」
「どうする?繋ぐ意識の方がヒットになる確率は高くない?」
声を出して自分たちに回すためのバッティングをお願いするかこのまま任せるか、選択肢は二つに一つしかない。
「……任せていいんじゃない?」
「その心は?」
「まぁ莉子さんだし」
優愛の何気ない言葉。彼女は本当にそれとなく呟いただけだったが、葉月も妙に納得してしまう。
「そうだね。莉子さんはいつでも何とかしてくれるし、下手に刺激しない方がいいかもね」
「ホントホント。その言い方だと怒らせないようにしてるみたいだけど」
クスクスと笑った後、葉月はベンチへと戻り打席の準備へと入る。優愛は握っていたバットを地面に置くと、立ち上がりながら大きく背伸びする。
(このピッチャーから連打は難しい。狙っていった方がもしかしたらがあるかもしれないし。まぁ、最後を決めるのは私だけどね)
莉愛side
打席に入った莉子さんは足場を慣らすとマウンド上のソフィアさんに視線を向け、構えを取る。2アウト満塁、この試合の最終局面であることは間違いないだろう。
(外野まで行ったらホームまで帰る。外野も抜けたら紗枝だって狙ってくるだろうし)
一塁ランナーの紗枝に視線を送ると、彼女もこちらと意志疎通を取りたかったようで視線が交わる。ファーストがベースに付いていないおかげで紗枝も普段よりリードを大きく取れる分、より同点のチャンスは広がったと思う。
(あとは莉子さんが打ってくれるのを待つだけ)
ランナーにいるのなら本当は援護のために動いた方がいいんだろうけどソフィアさんは私たちのことを気にしている様子がない。これでは私たちからできることは何もない。
(莉子さん、あとはお願いします)
今までにない真剣な表情の先輩に心の中でエールを送る。そんな私たちを一瞬見たかと思うと、ソフィアさんは投球に入った。
第三者side
強い踏み込み。傾いた身体から放たれる腕は真横に振り抜かれると、スピンの効いた音を残しミットへと吸い込まれる。
「ストライク!!」
右サイドハンドから放たれたストレートは糸を引くようだった。右打者である莉子の最も遠いところに決まったそれは彼女の投球フォームも相まってより離れたところに決まったように感じる。
(確かにスピードは出ているが、捉えられないボールじゃない)
これまでの打席よりも速いストレートではあるが、それよりも速い球はマシンでも打っている。それに目が慣れていたからか、莉子の表情に焦りはなかった。
(水島は警戒するほどじゃないって話だったけど、この場面じゃそうは割り切れない。それにもしこいつが出たらあの二人に回っちゃう)
一方キャッチャーを務めるリュシーは彼女の崩れない表情に焦りを感じていた。リードしている上にここまで莉子は完全に封じ込めている。しかしこの場面では誰が打席に立っていても恐怖を感じるのは仕方のないこと。
(どうする?カミュ)
一度ベンチへ視線を向ける。試合を見ていた青年は彼女の視線に気付くと手を振って応えるだけ。
(気にしなくていいってことか。確かにうちはもう全部出し切ってる。ここから何かをできる力なんてないか)
全ての戦略、全ての力を出してこの試合を優位に進めてきた桜華学院。そんな彼女たちにできるのはマウンド上の少女を信じることだけ。
(頼むよソフィア。真ん中だけには入れないで)
来るコースはもはや彼女の力加減次第。それでも最善の球種とコースをリュシーは送り、ソフィアもそれに応えるために腕を振る。
(内角への……ストレート!!)
外角から一転しての内角。リードとしてはセオリーだったがここでソフィアの投球は思いもよらないところへと飛ぶ。
「「!?」」
彼女が投じたボールは莉子の顔面付近へと飛んでいた。それに倒れるように回避する莉子と飛び付きながら抑えるリュシー。あわよくばとホームを狙おうとした翔子だったが、リュシーがしっかりとボールをミットに納めていたことで三塁へと戻る。
「危なかった……」
思わず安堵の声が漏れる。デッドボールもそうだが、ここでのワイルドピッチは致命的になりかねない。点差的にも精神的にも。
(でも今のボールは結果的にはよかったかもしれない。一球目の外の意識もあって踏み込んだところにあのボール。これなら外はさっきよりも遠くに感じるはず)
ボールを返しながら思考することはやめない。ユニフォームに付いた土を払った莉子が打席に入り直すとリュシーはすぐさまサインを送る。
(思考する暇は与えない。こっちのペースに持ち込む)
サインを受けるとソフィアはすぐにセットに入る。予想以上に速いテンポ、普通の打者なら構え遅れていても仕方ない場面だが、莉子にはそれがなかった。
(今の球は完全に抜けてた。でも、それを生かそうとしないキャッチャーなんていないよな?)
ピッチャーから投げられるボールは常に要求通りの物になるとは限らない。それを踏まえて引っ張っていくのがキャッチャーの仕事なら、今のボールを利用しない手はない。
(外を振らせる。でもこの場面でリスクが少ないのは三振。それなら……)
(今度は外に来る。それも振らせた上に空振りを取りに来るのなら……)
二人ともキャッチャーを経験してきた故の読み合い。そしてここでの読みは莉子に軍配が上がった。
((低めへのスプリット))
先程の投球から修正してきたソフィアはリュシーの要求通りにアウトローへのスプリットを投じる。ここから落ちてくればボールゾーンに入るため打ちたくても打てない。
(速いストレートよりもわずかに遅くなる分打ちたくなるはず。これは絶対手をーーー)
空振りにして追い込む。その戦略通りに莉子は手を出してきた。ストライクからボールへと逃げる上に先程のビーンボールの残像でバットの出が遅れ空振りになる。そうなるはずだった。
キンッ
しかし莉子はこれを読み切り流し打つ。
「なっ……」
フラフラと上がった当たり。ファーストの永島とセカンドの朝倉がこれを追いかけ、飛び込む。当たり的には打ち取った打球だったが、二人の懸命な飛び込みを嘲笑うように打球はグラウンドへとポトリと落ちる。
「ファールボール!!」
その直後一塁審判の両手が高々と挙げられる。面白い当たりではあったが打球は一塁のラインよりも外に落ちておりファール。これに莉子はタメ息を付き、リュシーは安堵の息を漏らす。
(スプリットで空振りを取る予定だったけどまさかこんなにうまく合わせてくるなんて……)
結果的には追い込むことはできた。しかし今の感じを見ると彼女はスプリットを拾う技術を持っていることは言うまでもない。
(ソフィアのボールは確かに一級品。だが、こいつはサイドスローの利点である外からさらに外へと逃げていくスライダーを持っていない)
右投げのサイドスローは右打者に強く左打者に弱いと言われる。その理由は右打者から逃げていくスライダーは有効に使えるが、左打者から見ればこのボールは非常に見易く、さらに食い込んでくるため捉えやすい。
(最初の投球より外に行くことがないのなら、最初のコースの選定さえできれば打つことはできる!!)
これまでの鬱憤を晴らすようにバットを持つ手にさらに力が入る。力んでいるわけではない、必ず打てると言う自信が乗り移っているのだ。
(まるでこれまでの水島と違う。どうする……ストレートで押す?それとも……)
チラリと相手の次の打者に視線を送る。そこに待機している少女も真剣な眼差しでこちらを見ており、思わず目を反らす。
「リュシー!!迷うな!!」
「!!」
サインを出せずにいると指揮官からそんな声が飛んでくる。応援歌がひっきりなしに続いているはずの球場で、彼の声ははっきりと……しっかりと彼女の耳に届いた。
(迷うな。ソフィアを見てみろ)
ジェスチャーでピッチャーを見るように指示され、そちらへと視線を向ける。その目に映ったのは一切の迷いも気負いもなくリュシーからのサインを待っている妹の姿。
(何考えてるの?ソフィアのボールはこの人はまともに打ててない。必ず抑えてみせるよ)
自信が乗り移っているのは莉子だけではない。ここまで積み重ねてきたものでいえば、ソフィアの方が優れている。なぜなら彼女はこれまで負けたことがないのだから。
そしてその自信は姉にも伝染した。
(そうだね、追い詰めてるのは私たち。ならここは攻める姿勢を貫こう)
止まっていた手から次のサインが送られる。それにソフィアは頷き、投球に入る。
(前の打席、スプリットを見れたおかげでついていけている。そしてそれは向こうもわかっている。ならあっちが今一番頼れるボールはストレートになるはずだ)
その読み通り、ソフィアの手から放たれたのはストレート。これを待っていた莉子のタイミングはバッチリ。
「ん?」
捉えられると思った。内角高めに来たそれを腕を畳みコンパクトに捉えにいったはずが、打球は真後ろにライナー性の当たりとなりフェンスにぶつかる。
「なっ!?まだ上があったのか」
相手の上限を見極めたつもりになっていた。しかし相手はそれを上回るボールを投げてくる。それも先程よりも高い制球力で。
(リリースが安定してる。これならもっと上にいけるんじゃない?)
それを感じ取ったリュシーは続けて内角へのストレートを選択。膝元に決まったそれに莉子は手を出すことすらできない。
「ボール」
勝負あったかと思われたが球審の手は上がらない。ボール一つ分外れていたようで莉子は九死に一生を得た。
(厳しく攻めすぎた。でも今のに反応できないってことは……)
今の莉子なら付いてこれると考えてあえて厳しいボールを要求したリュシー。結果としてはそれは不発に終わったが、決して悲観するものではない。
(見えたよ、あなたの上限が)
むしろ逆、いまだ底を見せないソフィアに対し莉子は対応することができないほどの崖っぷちに追い込まれている。これには彼女たちはもちろん、試合を見ているもの全員が同じように感じていた。
(このストレートに照準を合わせてスプリットを拾うのは難しい。かといってその逆はもっと無理だろう)
真田からのサインはない。もうこの局面で彼にできることは何もない。それは彼女もわかっている。
(何としてでも打つ。もう一度陽香をマウンドに立たせるために)
春までバッテリーを組んできたチームの柱。それが居なくなって彼女の存在の大きさに気付かされた。そしてそんな彼女のために戦わねばらならないと。
(リュシーの言っていた通りだ。下級生に主力を取られているようではダメだ。このチームは三年生のチームなんだから)
塁上にいる一年生たちは全員が役割を果たした。この試合の全ての得点は二年生たちが叩き出してくれた。それなのにまだ三年生たちは何もできていない。そしてそれを返せるのはこの場面しかない。
(この状況でも集中力が落ちてない。となるとスプリットはやっぱり怖い。最後までストレートを貫くよ、ソフィ)
(大丈夫、絶対抑えてみせるよ)
スプリットに反応できている莉子にだがストレートにはまだ慣れていない。それならばとここもストレートを選択したバッテリー。
(ストレートの速度がどんどん上がってる。恐らく次のストレートも最速を出してくるだろう。そう考えるなら、スプリットを入れる必要はない)
対する莉子もさらに上がってくるソフィアのストレートに全てを賭けた。両者ともに選択した球種は同じ。そして自身の選択に相手も気が付いているだろうと二人の背番号2は気付いていた。
(それでも抑えられる。今のソフィなら)
(必ず打つ!!何としてでも!!)
選択の時は終わりソフィアが投球に入る。試合の決まるこの局面でも力みのない理想的な投球フォーム。そして自身の長い腕を最大限に利用しての角度の付いたリリースポジション。
(最後は外角。インコースを続けた後ならより遠くに感じるでしょ?)
渾身の腕の振りから放たれたストレート。右サイドハンドの特徴をもっとも生かせる右打者のアウトロー。彼女の投じた投球は完璧だった。そしてその要求をしたリュシーの判断も。
ただ一つ、彼女たちには一つだけ落ち度があった。
((外角のストライクゾーンで仕留める))
カウントは2ボール2ストライク。まだボール球に余裕があった。しかし彼女たちにはそれを生かすほどの余裕を持ち合わせていなかった。
この大会で初めてバッテリーを組んだ二人。野球後進国から来たことにより経験の不足、全試合をコールドで勝ち進んできたことにより追い詰められた状況への慣れのなさ。
さらには2アウト満塁でフルカウントになれば次の投球はランナーがスタートする。そうなれば2ベースで一気に同点にされるという焦り。そして極め付けは前の一球。
莉子はソフィアの最速のストレートに反応できないと考えたリュシーはゾーンでの勝負でいけると踏んだ。そしてソフィアも姉の判断に従った。もし……
(外角!!巻き込め!!)
彼女たちがもう一球ボールになってもいいという余裕があれば、結果は変わっていたのかもしれない。
カキーンッ
「え……」
快音を残して空へと舞い上がる打球。予想していなかった展開にソフィアは目を見開き、打球の行方を追う。
「レフト!!」
2アウトのためランナーは一斉に走り出す。レフトは高々と打ち上げられたそれを追いかけるが、次第にその脚が緩む。
「あ……」
そして打球はレフトスタンドへと吸い込まれた。
後書き
いかがだったでしょうか。
これにて準決勝桜華戦終了です。
もうこの試合が個人的には一番の盛り上がりだったので次の試合やれるかわかんねぇww
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