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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第五十七話 思惑 Ⅰ

帝国暦484年1月10日13:15
ヴァルハラ星系、オーディン、軍務省、宇宙艦隊司令部、エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム

 この建物に来るのは何年ぶりだろうか…今は亡き父上に連れられて、当主交替の挨拶回りの時以来だから…八年ぶりか。当時は黒づくめの軍服の群れがいそいそと動き回る、この建物の異様さに辟易したものだ。今思うとその異様な印象が嫌だったのだろう、先年の出撃時も此度の出撃時も、この建物に寄る事なくヴィジフォン(TV電話)を介しての命令受領、出撃だった。今思えば何と無礼な事か…。そのせいで、またはそのおかげで私の顔を見知っている者は少ない。下位の者は当然敬礼してくるが、宮廷内の様に時間はあまりとられないのがありがたい…ミュッケンベルガー元帥閣下の執務室まで…あと少しか。やれやれ、場所も忘れているとは…。
「おお、そこを歩いているのはヒルデスハイム伯…いや中将…ああ、今日より大将だな。待たれよ待たれよ」

 聞き覚えのある声に後ろを振り向くと、私に駆け寄ってくるリッテンハイム侯の姿があった。
「これは侯爵閣下。御無沙汰しております。息災でお過ごしでしょうか」
「息災息災、それより卿こそ息災で何よりというもの…此度の武勲、聞いておるぞ?いやはや、ブラウンシュヴァイク公も鼻が高かろうて」
「武勲…とは?何の話でございましょう」
「そのように謙遜せずともよい…イゼルローン要塞は取られたが、叛徒共の艦隊を一つ、見事撃攘したという話ではないか」
「確かに叛徒共の艦隊を撃攘…殲滅致しましたが、当初の要塞救援という目的を果たせず、恥ずかしい限りでございます」
「増援を出し渋ったのは軍の不手際であろう?そなたが気に病む必要はない。新たな武門の誕生、これ程嬉しい事は無いぞ」
「…お褒めの言葉、まことに有りがたく存じます…ところで侯爵閣下は、この軍務省に何ぞご用の向きがお有りでございますか」
「うむ。ご用もご用…と、そういえばそなたは何処へ向かっておるのだ?」
「ミュッケンベルガー元帥の執務室にございます。帰還の報告をせねばなりませんので」
「そうか、それなら丁度良い、余も元帥の執務室に向かう所よ。ご同道願えるかな?」
「それはもう」
まさかリッテンハイム侯とはな…。となるとブラウンシュヴァイク公もここに現れるか、既に来られているか、のどちらかだろう…しかし何の用だろうか。まさか、いやまさか…。



宇宙暦793年1月11日13:00
イゼルローン回廊、イゼルローン要塞、中央指揮所、
ヤン・ウェンリー

 うん、暇だな。勤務中は暇なのが一番だ、こんな時は『銀河連邦建国史』でも読んでいるのが一番だ。どこまで読んだかな、そうだ、ラグラン・グループ結成の辺りだったな…。
中央指揮所での勤務は立直制だ。副官はキャゼルヌ先輩、私の順番で回っている。
参謀の皆は、総参謀長、ハフト准将、ギャバン准将、ロックウェル准将、ウィンチェスター、の順で回っている。年が明けるまでは皆緊張した面持ちで配置に就いていたものだが、年が明けて新年を祝うパーティーが終わった後はその余韻が抜けきらないのか、緊張感も今一つ、といった所だ。何しろイゼルローン要塞を奪取し、アムリッツァ星系に進駐した後だ。パーティーの盛大さはとんでもないものだった。本国では、年を越した真夜中に政府がイゼルローン要塞奪取とアムリッツァ進駐の公式発表を行ったものだから、近年希に見る大騒ぎの年越しとなったという。ハイネセン記念スタジアムでニューイヤーイベントが行われたのは例年通りだったが、政府の公式発表の後から更に市民が集まりだして、最終的にはおよそ百万人もの人がスタジアムの周囲に集まって同盟国歌の大合唱が始まり、その大合唱に釣られてスタジアム内の群衆も唱和し出してニューイヤーイベントどころではなくなって、それが延々二時間近く続いたそうだ。そして同様の光景は政府施設、特に最高評議会ビルと統合作戦本部ビルでも見られ、市街地のあちこちで自然発生的に市民によるパレードが始まり、乱闘騒ぎ、強盗、火事まで起きる始末だったという…。

 「先程から何を読んでいるんです?…銀河連邦建国史…面白いですよね、それ」
現直のペアはウィンチェスターだ。私の本を見てウンウンと頷いている。
「ちょうど今ラグラン・グループ結成のくだりなんだ。わくわくするよ」
「チャオ・ユイルンとか、ヤン中佐にそっくりじゃないですか」
「え、そうかい?私より君に似ているんじゃないか?」
「そうですかねえ」
「…ところで、君はこの先をどう予想するんだい?」
ウィンチェスターは腕を組んで考えている。彼の頭の中はどうなっているんだろうか。一度覗いてみたいものだ。
「中佐は、どうお考えです?」
「質問したのは私なんだが…まあいいか。やはり講和ではないかと思うんだが」
「講和ですか…」
「前に君が言っていただろう?帝国の宗主権を認めた上での講和。まあ降伏に近い形だし、どう同盟市民に説明するかが難問だが」
「ですが…我々の降伏を主張したとしても、帝国にとってはやはり我々は共和主義者、政治犯、という事は変わりません。何年後、何十年後かも知れませんが、国力を回復した帝国が攻めてきますよ。同盟もある程度は国力を伸長させているでしょうから、また長い間戦う羽目になりませんか?」
「だが、一時的な平和は得られるだろう?人類の歴史に恒久的な平和というものは無かったし君の言う様にまた戦争になるかも知れない。だが、このまま戦争が続くより余程ましじゃないか?」
「そうですかねえ…なんか無責任な気がするんですが」
ウィンチェスターは真剣な顔をしている。無責任?無責任なのだろうか。軍人として平和を勝ち取りそれを次世代に受け渡す…無責任な事だろうか?
「どうせなら、戦争を続ける気が起きないくらいまで叩く。それでこちらの主張を認めてもらう。後は少しの寛容を。せめてそれくらいしないと平和にはなりませんよ」
そうか。ただ講和や和平ではなく、結果は同じでもそこに至る過程が大事という訳か。
「なるほどねえ。だが民主共和制と専制による絶対君主制、という対立構造は残る訳だろう?この二つは相容れないと思うんだが」
「相容れなくても構わないんじゃないですか?小官は多様な価値観こそ民主制の真髄と思うのですが…。隣の家同士、近所付き合いをする。その時隣の家の内情にわざわざ口を出しますか?相談されれば別ですが、同盟と帝国、互いがその相談相手になれればいい、と思っています。それには我々が政治犯のままではいけないんです。反乱者という立場ですから、我々の価値観を認めてもらわねばならない。認めてもらって、そして向こうの価値観も認める。一朝一夕に出来る事ではありませんがね」
「どれだけ他人に寛容でいられるか、という事か…まさかそのためにアムリッツァ星系に進出したのかい?」
「まあ、そうです。だからアムリッツァ進出前の会議で述べた事は嘘でも何でもないんですよ」
同盟の、民主共和制の価値観を、帝国の民衆に受け入れられるかどうか試す、という事か。
「受け入れられるだろうか」
「我々が解放者という顔を見せている限りは大丈夫でしょう。現状、アムリッツァの人々は逃げ出す手段を持ちませんし、現地を統治する貴族と話し合い今後を決めていけば大丈夫ではないでしょうか。主だった貴族としてチャンディーガル総督にダンネベルグ、カイタルにクラインゲルト、近隣の星系にミュンツァー、バルトバッフェルという在地領主がいます。彼らは農奴階級を保持せず、比較的話の分かる貴族であるという報告が来ています」
「農奴を保持していない…開明的な人達なのだろうか?」
「辺境ですからね…彼等は在地領主です。惑星や領地開発にはまず資金が必要ですが、いわゆる大貴族、門閥貴族ではない彼等にはその資金がない。インフラ、物流、教育、産業…どれをとっても帝国中枢部より数段劣る。劣るゆえに投資の動きもない。だから労働力は農奴に頼るべきなのでしょうが、資金がないため維持出来ないのでしょう。でも農奴階級がいないのは幸運でした」
「何故だい?」
何故だ、と聞いたが理由は推察出来る。
農奴階級とは政治犯や共和主義者など、何らかの理由で平民より下の階級に落とされた人々やその眷属、子孫達だ。平たく言えば奴隷、という事になる。国父アーレ・ハイネセンがそうだった。人間として恥ずべき事だが、奴隷なので物として扱われている。その上給料を払う必要がないので余計な人件費がかからないから労働力としては最適だ。大貴族ほど彼等を多く抱え込み、自らの権勢の維持に役立てている。しかし農奴階級に落とされた人々だって人間だ、意地も尊厳もある。自分達の処遇だって改善したい筈だろう。という事はアーレ・ハイネセンがそうだった様に、彼等は潜在的な反乱階級という事になる。
そんな所に解放軍として我々が現れたらどうなるか。我々の後ろ楯を得た、と勘違いした農奴階級の人々が反乱を起こすかも知れない。となると彼等を鎮圧せねばならない。在地領主達がそれをやればいいではないか、と考えるかも知れないが、それでは在地勢力の協力を得られなくなってしまう。鎮圧する力を持ちながら反乱を傍観する我々は、在地勢力にとっては共犯と同義語だからだ。解放者など、現地の帝国の為政者から見ればそれは破壊行為に等しい。彼等に協力、または懐柔して協力体制を維持しなければ、恒久的な進駐など無理だろう。

 「お分かりでしょう?解放軍とはいっても帝国からすればただの侵略ですからね。彼等にしてみれば我々は農奴と変わりません、農奴階級が存在していたら我々はその協力者という事になってしまう。面倒ですよ」
「しかし、そういう人達は助け出さなきゃいけないだろう?」
「段階的に、ですよ。残念ですが今はその段階ではない。だから彼等がいなくて幸運だったんです。帝国人にとって農奴階級とはその境遇に同情する事はあっても、庇護すべき存在ではないんです。五百年近くそういう社会体制をとっているのですから。地球時代の奴隷制度と同じですからね。生かされているだけましですよ」
「嫌な言い方をするね…」
「あえてこういう言い方をしました、申し訳ありません」
「いや、いいんだ。私だって分かってはいるんだ。ただ他に方法は無いものかと思ってしまうんだ」
「そうですね…同盟と帝国の邂逅、これが戦闘であったのが現在の情勢のそもそもの発端です。そしてダゴン星域会戦。同盟は予想していた出来事でしょうが、あれで負けた事によって帝国は引くに引けなくなってしまった」
そうなんだ、発端がいけない。そこから百五十年…。人類同士で争う、地球だけに人が住んでいた頃と何ら変わらない。人は社会的機構を備えると他を許容できなくなる生物なのだろうか…。




帝国暦484年1月10日16:15
ヴァルハラ星系、オーディン、軍務省、人事局、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
 
 今日付で俺は中佐に、シューマッハ参謀長は大佐に昇進した。キルヒアイスも大尉に昇進した。叛乱軍艦隊撃滅に功あり、という理由だった。辞令書を渡され、艦隊事務室に戻ると、ヒルデスハイム伯がもう一度人事局に行け、という。それから一時間半、人事局の応接室で待たされている。俺もキルヒアイスもしばらく軍務省で勤務していたが、今まで人事局の応接室になど入った事もないし、そもそも人事局に昇進以外の件で呼ばれた事もない。
「参謀長は今までこういう経験をなさった事がありますか?」
「いや、記憶に無いな。何か伯爵への伝言、いや、内密の頼み事でもあるのか…」
「参謀長のご意見が正しいのかも知れません。ラインハルト中佐や参謀長だけではなく、小官もここに同道しておりますし…」
キルヒアイスはまだ尉官だ。佐官である我々ならまだしも、人事局から見れば一大尉に過ぎないキルヒアイスまでこの場にいるというのは不自然だった。
「という事は、我々三人は伯爵の重要なブレーンとして認識されている、という事かな?」
シューマッハ参謀長はそう言って笑った。軍事面ではそうだろう。確かに我々は伯爵を補佐している。だがキルヒアイスや参謀長の言う様に内密の伝言や頼み事となると、それは政治的な領分の物だろう。であれば我々より伯爵の縁者のノルトハイム兄弟などに頼む方がいいのではないか。
「さすがは軍務省人事局だ。コーヒー豆も上質だな、二人共、お代わりを貰わないか」
ちょっと貰って来ます、とキルヒアイスが立ち上がった時、局長室から入りたまえと声がした。

 「人事局長のグロスマンだ。ラインハルト中佐、キルヒアイス大尉、久しぶりだな」
確かに会った事はあるが、廊下で数回敬礼しただけだ。顔を覚えられていたとは…。
「お久しぶりです、中将閣下。本省勤務時はお世話になりました」
「うむ…おお、失礼した大佐。シューマッハ大佐は会うのは初めてだな。まあ皆かけたまえ」
俺達が応接ソファーに座ると、グロスマン中将も俺達の向かいに腰を下ろした。それと同時に隣の部屋からコーヒーセットが運ばれて来る。セットを運んできた中尉が局長室を出ると、グロスマン中将が口を開いた。
「三人共、昇進おめでとう。まあ、伯爵閣下をはじめとしてヒルデスハイム艦隊の主だった者は皆昇進となったのだが」
甘党なのか、中将はコーヒーに角砂糖を四つも入れた。
「伯爵に代わりまして御礼申し上げます…ところで閣下、ぶしつけながら、我々三人を呼んだのは、どの様な用向きでございますか」
コーヒーには目もくれず、参謀長が質問をぶつける。
「大佐は中々せっかちだな…まあいい。…卿等は明日、昇進する」
「…人事局長自らのお言葉を疑う訳にはいきませんが、それは本当でしょうか?小官等は、本日昇進したばかりですが」
「冗談でこんな事を言う訳がないだろう。今日の昇進は艦隊参謀としてヒルデスハイム伯を補佐し、叛乱軍艦隊の撃滅に寄与した結果だ。明日の昇進は敗残のイゼルローン要塞の将兵を無事オーディンに帰還させた功によるものだ。生者に二階級特進はないのでな」
「…ありがとうございます。では伯爵も上級大将になられると?」
「いや、伯は大将のままだ」
「何故です?我等の功は伯爵に帰するものです。我等のみ特別に昇進するなど…」
コーヒーに口をつけながら、人事局長は参謀長を制した。
「まあ聞きたまえ。軍内部でも色々あるのだ。軍内部の序列、配置、宮廷序列…さるお歴々の派閥争い…そこに手を突っ込まねばならぬくらいなら、伯は大将に留め、その司令部を強化する、とのやんごとなき方々の間で話し合いがあったのだ。イゼルローン失陥、叛徒共のアムリッツァ侵攻…その中でも著しい功績があった卿等に報いねばならんとも伯もおっしゃられていた」
確かに伯爵も分艦隊司令官達も二階級特進となれば、伯は上級大将、伯の縁者達の分艦隊司令官達も一挙に大将や中将になる。となると軍内部のポスト争いが起きかねない。さすがに大将、中将を分艦隊司令官のままではつたないし、かといって彼等に大将という地位に見合うだけの能力があるかどうかもはっきり言って未知数だ。それにもしそうなった場合、当然軍内部でのヒルデスハイム伯の発言権は増す。それは同時にブラウンシュヴァイク公の影響が軍内部に拡がるという事でもある。そしてその状況は対抗閥であるリッテンハイム侯が見逃す筈はなく、軍が門閥貴族にいいようにされる事態を引き起こしかねない。現在の伯爵を見る限り、そんな事態は伯爵の望むところではない筈だし、更に軍、政府そして皇帝すらも望まないだろう。であれば帝国上層部に影響の少ない我々を昇進させ、伯爵の艦隊司令部強化を行った方がよい、と判断したのだろう…。

 「…重ね重ね、御礼申し上げます。謹んで拝命いたします」
参謀長が深々と頭を下げた。俺もキルヒアイスもあわててそれにならう。
「礼はヒルデスハイム大将に言いたまえ。本来ならばこのような事はないのだ。だが未曾有の事態と言われてはな…まあ人事局としても卿等の力量を見誤っていた面はある。そこは素直に認めよう。話は以上だ…ああ、司令長官の執務室に向かいたまえ。伯爵と司令長官がお待ちの筈だ」
「はっ。失礼いたします」
人事局長室から出ると、参謀長が大きく息を吐いた。
「まさか閣下と呼ばれる日が来るとはな。霹靂とはこの事だな」
「おめでとうございます。准将閣下」
「止めてくれ、まだ大佐だ…卿等も明日からそれぞれ大佐、少佐か。昇進おめでとう…では長官執務室に向かうとしようか」
 
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