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展覧会の絵

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第四話 インノケンティウス十世像その十三

 十字もまた、だった。言葉にはやはり感情がない。しかしだ。
 それでもだ。こう言ったのである。
「この時代の法皇様がどなたもそうだった様に」
「政治家であられましたね」
「そして多くの謀略を駆使してきた」
 そうした意味で政治家だったのだ。バチカンは長い間腐敗を極めてきていた。その頂点に座す法皇に至ってはだ。まさに腐敗と謀略、奸智の象徴にになっていたのだ。
 そのことについてだ。十字は言った。
「右手に奸智、左手に謀略」
「アレクサンドル六世ですね」
「あの方もまたそうだった」
 あのボルジア家の法皇だ。信仰よりも政治の中に生きた人物だったのだ。
「多くの子供もいたしね」
「チェーザレ=ボルジアをはじめとして」
「そう。そしてそれは他の法皇様も同じだった」
「腐敗、謀略、そして政治」
「この方もその中に生きてこられたから」
「その本質を絵として描かれた」 
 ベラスケスにだ。そうされたというのだ。
「それがこの絵だよ」
「人間の本質ですか」
「邪悪な、決して人に見せるものではない本質をね」
 ベラスケスは描いたのである。法皇のその本質をだ。
 そうしたこの絵についてだ。十字はさらに述べた。
「そしてこの絵を観た法皇様は非常に不機嫌になられたそうだね」
「御自身の本質を見抜かれ絵画として残されるからこそ」
「そう。例え聖職者であっても」
「本質が邪悪な場合がありますね」
「そうだよ。どの様な立場にあっても邪悪な輩はいるよ」
 十字が今言いたいのはこのことだった。
 このことを言いつつだ。そのうえでだった。
 彼は法皇の絵から目を離さなかった。そしてだった。
 また神父に言った。今度の言葉は。
「だからこそ僕がいるんだ」
「神の裁きを与える者として」
「神は全てを御覧になられているからね」 
 それでだとだ。十字は言ってだ。そうしてだった。
 法皇の肖像画を観続けていた。そしてやがてだ。
 神父に顔を向けてだ。感情のない声で言った。
「じゃあ充分観たから」
「今からですね」
「夕食にしようか」
「それでは」
「今日の夕食は何かな」
「今宵はスパゲティです」
 それだとだ。神父は十字に話した。
「トマトとガーリック、それに茄子を使ったものです」
「オリーブは使っているかな」
「無論です」
 それは当然だとだ。神父は十字に返した。
「パスタ自体にも使いますしソースを作る際にもです」
「使ってくれているね」
「パスタにオリーブは欠かせませんから」
 だからだと述べる神父だった。
「ですから」
「有り難いね。パスタは大好きだよ」
 とはいってもだった。今もだ。
 十字の顔にも表情にも感情はない。全くの無機質だ。
 そしてその無機質なままだ。彼は神父の言葉に応えてだ。こうも言ったのだった。
「赤ワインにも合うしね」
「だからこそですね」
「喜んで頂くよ。では今日も神に感謝して」
「はい、そのうえで」
「頂くよ」
「では早速作りますので」
 こうしてだ。二人は教会に戻り画廊を後にした。法皇のその内面まで描き出した絵は画廊にあり続けた。そのうえで闇に包まれていく画廊の中でだ。次第にその闇の中に消えたのだった。


第四話   完


                      2012・1・30 
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