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展覧会の絵

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第四話 インノケンティウス十世像その十二

「人がこの世に生まれた時からね」
「原罪ですね」
 神父はキリスト教世界で常に言われているこの単語も話に出した。
「主が清められた筈の」
「人はその本質におそらくは」
「善と悪をですね」
「その二つを併せ持っているものだろうね」
「男性だけでなく女性も」
「そう。そのことに関係なくね」
 その二つがあるというのだ。善と悪とがだ。
 十字は人についてだ。こんなことも述べた。
「一方的に悪としたり善とすると」
「神の御教えの本質を見誤りますね」
「そう思うよ。これはバチカンの見解と離れるかな」
「そうは思いません。ですが」
「それでもだね」
「うん。僕はそう考えているよ」
 人には善と悪双方がありそれは一方的に見るものではないと。しかしだった。
 それと共にだ。彼はこうしたことも言った。
「ただ。魔道、邪道に堕ちた輩はいるから」
「外道ですね」
「そう。地獄に落ちるべき輩はね」
 それはいるというのだ。そうした者はだ。
「善と悪を併せ持つものなのに。魔道に落ちた輩はね」
「それは確かにいてですね」
「悪を為していくだけの輩はいるよ。そしてその輩を」
「枢機卿は」
「神の裁きの執行を担わせてもらう。それが僕の仕事だよ」
 淡々としているがそれでもだ。十字のその黒い目がだ。
 光った。強く鋭い、剣の輝きの様な光だ。その光を発しながら彼は言った。
 そしてそのうえでだ。彼は神父にこう提案した。
「じゃあ今はね」
「夕食にされますか」
「いや、画廊に行かないかい?」
「画廊にですか」
「うん、どうかな今から」
 教会の隣にあるその画廊にだ。共に行こうと誘ったのだ。
「二人でね」
「御覧になられたい絵があるのですね」
「そうなんだ。だからどうかな」
「わかりました」
 落ち着いた礼儀正しい声でだ。神父も応えた。
 そしてそのうえでだ。彼は十字に問うた。
「ではどの絵をでしょうか」
「肖像画になるね」
 十字は神父のその問いに答えた。
「それになるよ」
「肖像画ですか」
「僕が描いたものだけれど」
 画廊にあるのは全て十字が描いたものだ。彼が名画を模写したものばかりだ。彼はどの様な絵も完璧に模写できる、それが彼の特技の一つなのだ。
 その中の一枚をだ。彼は観ようというのだ。
「それだよ」
「では共に」
 神父は断ることをしなかった。十字の提案に。
 そしてそのうえでだ。二人で画廊に入った。十字がその中で観たものは。
 白い法衣の上に紅い帽子と上着を羽織って座している老人だ。だが只の老人ではない。
 知性は感じさせるが何処か狡猾そうであり目の光は剣呑だ。そして背景は赤黒く何処か禍々しい。その老人の肖像画を観てだ。
 神父はだ。十字に対して言った。
「ベラスケスですね」
「うん、かつての法皇様だった」
「インノケンティウス十世」
「その方を描いたものだよ」
「確かにこの方は法皇様でしたが」
 だがそれでもだとだ。神父はその言葉を濁らせた。 
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